146話 5月23日 アルテアの心のうち
誤字のご指摘、ありがとうございます。
見るだけじゃしたかないですよねえ…?
とっても助かりました!
むぐむぐと必死にそしゃくして、水分のかたまりをようやく飲み込んだあと、ディアナはふと思った。
「そういえばさ、ファルめぐちゃんは、誰かに恋したりしてないの?」
「むぐっ…!?」
ちょうどコーヒーを口にふくんでいたファルシナが、わかりやすくむせた。
あわててカップを置いて、口もとを押さえているファルシナに、ディアナはにんまりと笑う。
「……おぬし、…しておるな?」
「………」
口調はまるで、どこかの時代劇の悪役のよう。それに答えず無言であさっての方向を向いてしまったファルシナに、ディアナはますます確信した。
「ねえねえ誰だれ? 同じクラスの子? それとも先輩とか先生とか? ……今のところ攻略者でフリーなのは、マリス先生と……あれみのライルもだ」
「それは違う」
「わあ、間髪入れずに否定した~」
「いやいやだって、ライル殿下はないよ。みのるくんならなおさら」
「ええっ? みのライル、そんなにダメな子?」
「そうじゃなくて。お互いにそういう雰囲気にはならないと言うか」
「そうなの?」
「うん、それにさ、みのるくんの好みって――」
「お話の途中申し訳ありません。ファルシナ様、ディアナ様」
そう言って、本当に申し訳なさそうな声で二人の会話は突然さえぎられた。
出入口の方を向いていたディアナは、ファルシナよりも先にその存在に気づく。
「アルテアさま…」
「おはようございます、アルテア様」
「おはようございます。ディアナ様、ファルシナ様」
名を呼ばれたアルテアはやさしげな声で答えると、ファルシナに近づいて言った。
「ファルシナ様、申し訳ございませんが早めに朝食を済ませていただけますか?」
「え? ええ、それはかまいませんが…何かありましたか?」
ファルシナが問うと、アルテアはまるで事務報告をするかのような淡々とした口調で言った。
「カーサ殿下が、女子寮の外であなたをお待ちです」
「は…?」
ファルシナは、ぽかんと口を開けた。
「……そのお顔は、王太子の愛妾としては好ましくありませんが、おいおい慣れていただくとして、今はお急ぎください」
「は、はいっ!」
アルテアの言葉ではっと我に返ったファルシナは、がつっと食べかけの朝食を乗せたトレイをつかむと、がたりと音を立てて立ち上がった。
「もう行かれるのでしたら、食器はこちらで片づけておきます。ガーナ」
「かしこまりました」
それまでアルテアの後ろに控えていた教育係は、静かに頭を下げると、同時にディアナの向かいの席に座ったアルテアの前に、トレイをそっと置いた。そして「こちらへ」とファルシナをうながし、彼女の持つ食器を受け取る。
「あ、ありがとうございます」
ファルシナは、彼女に礼を言うと、「では、失礼いたします」と小さく言って、ディアナたちに背中を向けた。
ディアナはその背に向けて「いってらっしゃ~い」と言ったけれど、おそらく聞こえていないだろう。
ディアナは、慌てて食堂を出て行くファルシナを見ながらぽつりとつぶやいた。
「ていうか、あのあわてようは………」
……もしや……。
ディアナの知っているファルシナも、みのりとして行動を共にしていた芽久も、どちらもものおじしないタイプだった。正義感が強く、違うと思えば教師にさえ意見をする。
そんな彼女を間近で見ていたディアナには、彼女の狼狽っぷりが意外に思える。
……でもって、芽久ちゃんが意味不明にあわてる時っていうのは、たいてい………。
「恋………」
「カーサ殿下とファルシナさまがですか?」
「ふえ?!」
……しまった…! 心の声がだだもれた…!
細い指で、ぱっと口を押えてみたけれどもう遅い。
「………」
気まずい気持ちでおずおずとアルテアを見ると、アルテアはにっこりと笑った。
「ディアナ様は、本当におかわいらしいですね」
「えっ! それをおっしゃるなら、アルテアさまはおきれいだし、スタイルいいし文武両道で、みんなのあこがれの的です!」
「まあ…」
「え、待ってくださいアルテアさま。いったい何を驚いていらっしゃるんですかっ。まんまるく目を開けたお顔もかわいらしいですけれども、アルテアさまがおきれいでスタイルよくて文武両道なことなんて、学園の中をちょこまかと歩いているうさぎさんだって知ってますっ」
「うさぎ…ですか?」
「はいっ」
ちょっと疑わしい表情で見られるも、ディアナはかまわずうなずいた。それはもう勢いよく。
するとアルテアは、そっと口に指をそえて、上品に笑った。
「そうですか…。ディアナ様とお話していると、楽しいですね」
「………」
アルテアの笑顔は、たしかに楽しそうではあったけれど、でもどこか影があるように思えた。
「ファルシナ様と会われてからのカーサ殿下も、毎日とても楽しそうになさっています」
「ええ………」
……そりゃあもう、おしりにしっぽが見えるくらいですよ。ファルシナさまの前では、きっとぶんぶん振ってるんですよ、あれ。
「ただ…ファルシナ様は、貴族令嬢としてのマナーは十分だと思いますけれど、王族と関わるとなると、足りない部分があるのです。王族とそれに属する者しか許されない動作もありますので……。時間を見つけて、わたしが知っていることを教えてさしあげたいんですけれど…」
「まあ………」
ゲームのアルテアは、ファルシナ…ヒロインに対して、常に「貴族としてのマナーがなっていない」となじっていたけれど。
……こっちのアルテアさまは、ちゃんと見てるね。うん。ただ……。
「ですが…、ファルシナさまがカーサ殿下の……えっと……、あ……愛妾さん…? になるとはまだ決まっていないのでは?」
愛妾、のところで、なぞの照れにおそわれながらもディアナが言うと、アルテアは、すこし驚いた顔をした。
「ディアナ様は、ファルシナ様が王太子殿下の愛妾になることに反対ですか?」
「いえっ、いえ、そんなことはないんです。ええ。でも………」
「でも?」
もごご、と口ごもるディアナに、アルテアが問う。
……ううん…。あんまり言いたくないけど、でも話題を変えれそうな雰囲気じゃないし…、そもそもそんな特技持ち合わせてないし……。
しかたがないので、ディアナは覚悟を決めて口を開く。
「わたしは、みんなが幸せになれるといいと思うんです」
「………」
「アルテアさまは、幸せですか?」
たとえ愛情がなくても、婚約者に恋人がいるなんて、ディアナなら耐えられない。
アルテアは大丈夫なのだろうか。ディアナとしては、これを聞くのは酷な気もしたけれど、今、聞いておかなければいけないと思ったのだ。
「………」
アルテアは、静かに目をふせ、そっとフォークを置いた。
「………いいのです。わたしは」
「? いいとは…?」
ディアナが話をうながすと、アルテアはきゅっと唇をかみしめた。それから、気持ちを落ち着けようとしているかのように、小さく細い息を吐く。そして言った。
「……わたしには、幸せになる権利はないのですよ、ディアナ様」
「……………。…え?」
ディアナが問いかけた時には、アルテアはすでに立ち上がっていた。
「アルテアさま―――」
「朝食、ご一緒してくださってありがとうございました」
これ以上話をする気はないのだろう。アルテアは、ディアナの言葉をさえぎると、背筋をぴんと正して歩いて行ってしまった。
……むむう…、こんな時にもお行儀がよいアルテアさますてき。じゃなくて。
アルテアの食器を持って、やはり背筋ぴん状態で立ち去るマーサをも見送りながら、ディアナは思う。
……幸せになる権利がないって………どういうこと? なぜに? どうして?
こてんこてんと首をかしげながら考えてみるも、いっこうに理由はわからない。
なので、ディアナはすぐに、自分で考えるのをやめた。
……よし、みのライルに聞いてみよう。
おそらくライルにとっては迷惑だろう結論を出すと、ディアナは、最後までお皿に残していたぷるぷるのゆでたまごを、一気にぱくんとほおばるのだった。
次回のタイトルは『ライルのイベント封じ×四攻略対象者』で~す。
ディアナ「よしっ、がんばれみのライル~。わたしのために!」
ライル「むしろお前ががんばれよ…」




