133話 5月19日 同好会へのお誘い。
「………」
だいたいの予想はついていた。
今日は、月に一度、ディアナにとっては二度目の、学園主催のダンスパーティの日。
寮まで迎えに来てくれたクライヴにエスコートしてもらって会場入りしたディアナは、最初の二曲をクライヴと踊った。それを終えると、あっという間にクライヴが女の子に囲まれ、ぽつんとひとりフロアに取り残される。そこにちょうどヨハンネスが通りかかったので、一曲お相手していただき、その後、同じ特化クラスの男の子何人かと踊る。立て続けだったのでのどが渇き、トレイの上に飲み物を乗せてダンスフロアの外を回っていた給仕の人に、果実ジュースをもらって壁際に退散。色とりどりのドレスが舞い踊るきらびやかなダンスフロアをながめながら、こくりこくりとジュースを飲む。
「………」
クライヴはまだまだ女の子たちから解放されそうにないし、アルテアもひっきりなしにダンスの申し込みを受けているようだ。二曲目まではカーサと踊っていたし、ダンス会場に来るまでのエスコートも受けていたけれど、アルテアとの義務的ダンスを終えたあと、カーサはすかさずファルシナのもとへと行き、ダンスを申し込んでいた。その時、多少会場がざわついたけれど、今は、一応落ち着きを取り戻している。
けれども、やっぱり話題にはあがっているのだろう。会場内にいる人たちが、休憩がてらファルシナの動向を見ている節がある。
「………」
……まあ、そりゃそうかー。昨日、ファルシナさまとカーサさま、堂々とデートしてたもんなー。
アルテアから許可を得た二人は、そのまま連れ立って町へと繰り出した。
ディアナもクライヴと一緒に遅れて町に向かったけれど、その際二人を見かけて驚いた。
カーサが、銀の髪飾りを手にしていたのだ。
それには、ディアナも見覚えがあった。
……あれって、ゲームの中でヒロインがカーサに買ってもらったのと、同じヤツ!
カーサはそれを、自分の気持ちだと言ってヒロインに渡し、次のダンスパーティで身に着けて欲しいというのだ。
ただ、ファルシナのきれいに結い上げられた髪には、パールのような白い宝石は散りばめられていても、銀の蝶は見当たらない。
……今日は、とりあえずつけなかったのかな?
確かに、ゲームの中でも、自分と会っていることで、カーサに悪い噂が立ってはいけないと、ヒロインは最初、人前で髪飾りをつけることをためらうのだ。そのうち、心境の変化が現れるわけなのだけれども、その時には、悪役令嬢Aが、嫉妬に狂ったあまり、ヒロインにさまざまな嫌がらせをする。ヒロインは、最初のうちこそ、Aが怒るのももっともだ、と耐え忍ぶのだけれども、ヒロインに寄り添い、的確な恋愛アドバイスをしてくれるパメラまで傷つけられたことで、立ち向かう決意をし、ダンスパーティで身につけるのだ。あれは確か、八月あたりのことではなかったろうか。
……ただ、アルテアさまのあのご様子じゃあ、ファルシナさまを傷つけるようなことをするとは思えない。とすると、ファルシナさまは、いつのタイミングで髪飾りを身に着けるんだろう…。もういっそ今日でもいいんじゃないかな? 何と言っても、ファルシナさまとカーサさまの仲は、アルテアさまも認めていらっしゃるわけだし。
ちなみにそのファルシナは、今はロナンドと踊っている。見ていた限りでは、ヨハンネスから始まって、マリス、カーサ、レダン、ロナンドと立て続けに攻略対象者に誘ってもらったようだ。
……まさか次は、クライヴさま、とか?
そう思ってちらりとクライヴを見る。群れをなしてクライヴに熱い視線を送る女の子の集団はまだいるけれども、それは他の攻略対象者も同じだ。ヨハンネスやマリスは爵位のせいか多少集団は小さいけれど、他の辺境伯以上の家名を名乗っている人たちは、それこそより取り見取り状態だ。
ただ、パートナーを選ぶのはあくまでも男の子側なので、女の子は待つしかない。だからこそ、ディアナもヨハンネスと踊れたのだ。
同じやり方で、今のダンスが終わったら、クライヴがファルシナのところへダンスを申し込みに行くかもしれない。そう思いつつ、目線だけでクライヴとファルシナを追いかけていたディアナの横に、ふっと人が立つ気配がした。ディアナは、先月クライヴが選んでくれた花緑青色のドレスをつまみ、ひざを折る。すると、その人物は、ディアナをまじまじと見つめて、うなずいた。
「――――ふうん。馬子にも衣装だね」
「とーぜん。クライヴさまが選んだくださったんだから」
ディアナは、えっへんと胸をはってドレスのすそをひらりと振る。
「へーえ、そうなんだ。……独占欲全開だな、あいつ」
「ん? なんか言った?」
「別に」
そうなんだ、のあとが聞き取れず、ディアナが聞き返すも、ライルはふいっとそっぽを向く。
ディアナもそれを気にした様子はなく、果実ジュースをこくりと飲んだ。
「……それ、お酒入ってる?」
「んーん。ジュースだよ」
「ふーん。じゃあ素面だな。なら、そのまま話を聞いて」
「いーよ。あ、承知いたしました?」
「……お前が使う敬語、うすら寒い」
「そんなこと言ったってー。王子さま相手ですから、しかたのないことでございませんでそうろう?」
「はいはい、もういいから。とりあえずおれの話を聞け」
「かしこまりましてそうろう」
「だから……もういいや」
ディアナがわざと時代劇口調で言うのを、ライルは受け流すことにしたらしい。はあ~っ、とため息をついて何かを心の中から追い出したあと、ライルは言った。
「サルーイン嬢、おれが主催している同好会に入ってくれ」
「? 同好会? ………あっ」
何のことかと首をかしげていたディアナだったけれど、やがてぽん、と手を打った。
「もしかして、あれでございますか? えっと……、魔動具研究同好会…? でしたっけ?」
試しに、ゲームの中でライルが運営していた同好会の名前を言ってみる。すると、ライルからすぐに反応が返って来た。
「違う。魔動具開発研究同好会、だ」
「ながっ」
「ゲームの同好会と同じ名称にしたくなかったんだよ」
「あー、そっか」
ヘタにゲームと同じにして、ストーリーが逆ハーレム状態になったら、被害を受けるのは何も悪役令嬢ズ本人たちだけではない。
国政の中心部にいると言っても過言ではないシャブリエ家、エトフォート家や、国家防衛の前線に立つサルーイン家、バンニング家の力を大幅にそぐことになるのだ。ダントン家も、つい八年ほど前にフロンド王国の領地となった地域で力を持っていた家で、今でもその力を保持し続けている。これらの家が没落することは、フロンド王国にとって決してプラスには働かないだろう。
「とりあえず、同好会のメンバーになれば、室内一緒に居てもそんなに怪しくないもんね。すこしくらい廊下で立ち話してても、業務連絡をしてましたって言えば、通っちゃうかもしれないし」
ディアナが、ライルの同好会に入ることで得る恩恵を挙げて、満足そうにうなずく。
そのとなりで、ライルは言う。
「まあそもそも、このおれが、異性を同好会に誘った時点で、噂の恰好な餌食になると思うけどね」
「……そーいうこと言うー…」
ライルとの噂が広がるとか、非常にめんどうくさい。ぶーたれて見せるディアナだったけれど、ライルの言うことが事実なのもわかっている。なので気を取り直してうなずいた。
「けどまあ、こっそり話せる場所ができるのはいいことだよね。こないだみのるが言ってた、逆ハーレムよりもやっかいなルートがあるって話、すっごく気になるし」
「それだけど」
「ん?」
それまでも、周囲に話を聞かれないように、ひそひそと話していたディアナたちだったけれど、ライルがいっそう声を小さくしたので、ディアナは思わずライルの口もとに耳を寄せる。けれども。
「――――あいつ、感知力上げたな」
「? なに―――」
ライルの発した言葉の意味がわからず、訊ねようとしたディアナを、ライルが腕で制する。
……とりあえず、会話は禁止ってこと?
わけがわからない状態だけれども、とりあえずみのるにしたがって口を閉ざすディアナ。
……で。わたし、こっからどうすればいいの?
そんな思いを込めつつライルをじっと見ていると、ライルがおもむろな様子で口を開いた。
「サルーイン嬢、おれが主催している同好会に入っていただけませんか?」
「?」
……それ、さっき話したよね?
首をかしげるディアナを、ライルが目を細くして見据える。
……あ、そういうこと?
何となく事情を察したディアナは、ドレスのすそを指でつまむと、ライルに向けてひざを折った。
「お誘いいただき、大変うれしく思います。こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします」
……で、合ってた? みのる?
ディアナがそろりと目線を上げると、ライルが小さくうなずいたのが見えた。どうやら合格点はもらえたようなので、ディアナは心の中で自分にぱちぱちと拍手を送る。
「活動日は後日連絡するので、出来る限り参加してください」
「承知いたしました」
ライルの敬語がすこしこそばゆかったけれど、ダンスの音楽が止み、声が通りやすくなったので、配慮しているのだろう。
……他の人に聞かれてもいいように、ちゃんと話してるんだろうなー。ダンスパーティは、社交の練習も兼ねてるから、王子さまとしてはちゃんとしとかないと、ってとこかな? あ、クライヴさまだ。
クライヴは、まるで自分が風にでもなったかのような身軽さで、するりするりと人の波をすり抜けている。しっかりと目線が合っているので、おそらくこちらに来るつもりなのだろう。
ディアナの想像通り、クライヴは、あまたの女性の感嘆やため息を背に、壁際で背景と化しつつあったディアナたちのもとへとやってきた。
次回のタイトルは『入会をめぐる…戦い…?』です。
ディアナ「ちょっと待って! こないだみたいに、鍛錬室に暴風雨とか吹き荒れるのはダメだよ?!」
クライヴ「ああ、それはないよディアナ」
ライル「多分」
ディアナ「多分て!」




