12話 4月10日 悪役令嬢B
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「女子生徒のみなさん、すこしよろしいかしら?」
「………」
疑問形なのに、強制な気がするのは気のせいだろうか。
声のした方にちらりと顔を向けてみると、すこし赤みを帯びた黄色い髪をした少女がいる。
少女は、目頭に鋭い角度がついたこげ茶色の瞳で、威圧するように教室を見回す。女子生徒たちの視線が、自分に集まっていることを確かめると、尊大な仕草で腰に手を当て、もう片方の手のひらを上に向け、彼女の隣にいる背の高い美少女を指し示した。
「みなさんは、今日、この方に会えた幸運に感謝しなければなりません」
……げ。始まっちゃった。
ディアナは、口元をひきつらせた。
教室からさっさと立ち去る男子生徒をうらやましそうに横目で見て、一緒に出て行っちゃダメかなー、バレるかなー、と、心の中でつぶやく。
でも、女子生徒を呼び止めた少女がディアナを見ていなくても、少女の後ろにいる二人の女生徒が、まるで見張るように方々に視線を飛ばしているので、とても逃げ出せそうにない。
ディアナは、ため息ひとつと共に、逃走をあきらめた。とりあえずはおとなしくしておくつもりで、ちょこんと膝の上に手を置き、話を聞くポーズを取る。
「この御方は、シャブリエ公爵のご息女、アルテア様です」
……ほうほう、このシャープな目つきの美人さんが、悪役令嬢Aなのね。
黒みを帯びた赤の髪の毛が、燃え盛る炎のようにうねっている様は、アルテアの激しい気性を表しているよう。
瞳の色も赤いけれど、髪の毛よりもさらに黒がかっている。まるで、時間を置いたどす黒い血痕のような色だと、ゲームの中で攻略者の誰かが言っていたのを思い出した。
「どなたか、シャブリエ公爵家がどのような歴史を持つ家柄か、ご存知かしら?」
上から目線でたずねる、たぶん悪役令嬢Bベアトリス。
ディアナもいちおう知ってはいるけれど、ゲームでは、たしか、子爵家の女生徒が答えていたはず。
この、子爵令嬢が答える状況を変えたら、すこしはバッドエンド回避につながるのだろうか。それなら喜んで答えるけれども。
そう思って、意気込みかけたディアナだったが。
「シャブリエ公爵家は、我がフロンド王国建国時から存在する、三大公爵家のひとつです」
先に答えられてしまった。
「ええ、その通りですわ。ラフド子爵令嬢」
……ラフド子爵令嬢……。
口の中でつぶやいてみたディアナだったけれど、まったく記憶にない名前だった。
推測悪役令嬢Bは、よく言ったとばかりに大仰にうなずいている。
でも、三大公爵家レベルの知識なら、爵位を持つ家に生まれたなら誰でも…、領地ニートだったディアナでさえ、家庭教師から学んでいる。
平民に教えるつもりなのかもしれないけれど、ゲーム通りなら、ディアナのクラスの特級組に、女子の平民はいないし、男子はすでにみんな教室から出て行ってしまっている。
………じゃあ、どうしてベアトリスは、わざわざみんな知っていることを説明するのだろう。
もし、ここがゲームの世界なら、プレイヤーにゲームの世界観を教えるためですよ、と言えてしまうのだけれど。
けれど、しばらく考えていて、ディアナも気がついた。
これはたぶん、平民から、つい最近伯爵家に引き取られて令嬢になった、あの少女に向けられた言葉なのだ。
黒に限りなく近い、深い森の色をした瞳を持つ、ゲームのヒロイン、ファルシナ・オランジュ。
生まれてからずっと平民として暮らしていて、学園に入学するすこし前に伯爵家に引き取られた彼女は、おそらく学校には行っていないだろう。
だから、あえて。
新入生で一番の魔力を持つファルシナを、権力の力で牽制しようとしているのだろう。
そんなディアナの想像を肯定するかのように、ベアトリスは話し続ける。
「アルテア様は、我がフロンド王国の建国に、大きく貢献したオランジュ家のご息女。それだけではありませんわ。ほとんどの方がご存知かと思いますが、アルテア様は、フロンド王国の次期国王となられる、カーサ殿下の婚約者でもあらせられるのです」
大きく腕を動かしながら説明するベアトリスの言葉に、他の女生徒たちはこくこくうなずいている。
ベアトリスは侯爵家の令嬢。女生徒の序列的には、アルテアに継いでおおよそ二位。
一応、表向きでは、イリュージア学園で学ぶ生徒たちは、みな平等に接しようという規則があるけれど、実際問題として、学園を卒業してしまえば、家の序列に従わなければいけなくなる。
なので、えらい家系には逆らわないように気をつけたくなるのは、当然のこと。
……まあでも、サルーイン家はちょこっと特殊だから、へたすると、侯爵家よりも発言権があったりするんだけれどもねー。
ただ、別に、権力闘争でベアトリスとやりあう気なんて、さらさらないので、ディアナも他の生徒たちに合わせて、こくりと相づちを打っておく。
ふっと顔を上げると、ストロベリーブロンド色の髪がふわりと動くののが見えた。
ディアナよりも前の席に座るヒロインファルシナも、うなずいたのだろう。
「みなさんは、本当にお幸せですわ。未来の王妃となられるアルテア様に、とことん尽くすことができるのですから」
頬をそめ、熱に浮かされたように話すベアトリス。若干悦に入っているように見えるのは、気のせいか。
ベアトリスの背後に、咲き乱れた花が見えた気がして、ディアナは、ぱちぱちと目をしばたかせる。
「ええ。大変光栄に思いますわ」
そう声を高らかにあげたのは、悪役令嬢Eの、イルマ・ダントン。
ゲームでは、率先してヒロインの悪口や悪評を吹聴して回る役割だった。
「そうでしょうとも。これからは、クラス一丸となって、アルテア様におつかえいたしましょうね」
「もちろんですわ、エトフォート侯爵令嬢」
大きくうなずいたのは、先ほどラフド子爵令嬢と呼ばれた少女。
彼女も、貴族階級にこだわっていそうだ。
「……………」
それにしても、ベアトリスの言い方は、否を許さない強さを持っているようにディアナには思えた。アルテアの次に自分をうやまいなさい、と言っているようにも。
まあ、確かに、ゲームの序盤では、きっちり階級の序列が守られていた。終盤になると、特級組が、アルテアのほぼ独裁で成り立っていると気づいた攻略者たちの手によって、解消されて行くのだけれど。
自分の演説に酔いしれていたベアトリスは、そろそろ満足したのか、その場から一歩下がり、となりにいたアルテアに場を譲る。
「では、アルテア様、みなに一言お願いいたします」
さあ! と促すベアトリスの目が、輝いている。
確かに、公爵令嬢のアルテアが、ベアトリスの言葉を肯定すれば、ベアトリスのクラスでの発言力も増すだろう。
ふと、ディアナは考える。
……ええと、こういう人を表現することわざがあったよなー。何だっけ?
「………狐」
……そうそう。虎の威を借りる狐だよ。ということは、虎はアルテアさま? ……うん。たしかに目がきりっときつめだし、にらまれたら冷や汗かいて縮こまっちゃいそう。ていうか、アルテアさま、虎柄の服似合いそう。10等身の抜群スタイルを行かして、レオタードなんて着ていただけないかな? はい、無理ですね、妄想が過ぎました。ごめんなさい。
ディアナが、頭の中でレオタードを着ている美女にお詫びをしていると、学園の制服を規則通りに身にまとったアルテアが、おもむろに口を開く。
そうだった。ゲームのアルテアは、ベアトリスよりもさらに高飛車な態度で、みんなを威圧してきた。
画面で見ていた時ですら、ちょっと怖いものを感じていたのに、当事者として話を聞くとなると…。
「……………」
ディアナは、思わず、膝に置いた手をぎゅっと握りしめる。
アルテアは、まるで今にも頭から食べられそうになっている子ねずみのようにぷるぷると怯えるディアナに気づくことなく、挨拶を始めた。




