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114話 5月10日 ディアナのお相手。

 それにしても、ディアナはともかく、アルテアとファルシナに誘いが来ないことを不思議に思っていたら、三人での会話が途切れたタイミングで、まずアルテアがダンスのお誘いを受けた。アルテアがにっこり笑って了承すると、男子生徒は腰に添えた手をぐっと握り、密かにガッツポーズしながら、アルテアをエスコートして行った。

 ……アルテアさま、やったねっ。

 とディアナが思っていると、今度はファルシナのとなりに男性が立った。その相手を見て、ディアナはほおを引きつらせる。

 ……ぐげ。

 ディアナにとって、それは、最低最悪の展開だった。

 ファルシナをダンスに誘っていたのは、長髪の炎使い、ヨハンネス・メリカントだった。もちろん攻略対象者であり、ファルシナがダンスをOKしたら、まちがいなく親密度が上昇する相手だ。

「ファルシナ・オランジュ嬢。よろしければ、わたしと踊っていただけませんか?」

「あ………」

 ……え、え、どうしよう…! 止めた方がいいのかな? でもどうやって? いきなり、あ、めまいが。とか言ってよろけてみる? それとも、ファルシナさまはわたしと踊るんです! とか言ってみる?

 ……だめだ、どっちも不自然すぎる………。せめて男装してくればよかった………。

 的外れなことを思いながら、ディアナはかっくんと肩を落とす。

 ……そもそも、人さまの恋路の妨害方法なんて、知らないよう~、助けてみのるぅ~。

 苦し紛れに(元)弟に助けを求めてみるけれど、ライルは同じ特化生でも年齢が一学年上だ。どうやってもクラスの授業での助けは期待できない。それでも、ディアナは心の中で訴えた。

 ……みのライルがこっちの授業に出ればいいんだっ。王子さまなんだから、ちょっとくらいのわがまま許してもらいなさいよう~っ!

 いや、許されるはずがない。ちょっと考えればわかることなのに、追い詰められた状況にあるディアナに、そこまでの考察力は存在しなかった。

 しかしここで、ディアナは思わぬところから援護射撃を受ける。

「申し訳ありませんが、メリカント様、わたしがここを離れると、ディアナ様がお一人になってしまいますので………」

「! ファルシナさま…!」

 まさかのファルシナからの友情優先宣言だった。おそらく先日の、殺された鳥さんがディアナの机に放りこまれたよ事件を気にして、ディアナをなるべくひとりにしないようにしてくれているのだろう。

 ライルからは、警備を増やしたので、ひとりで歩いても大丈夫と言われてはいるのだけれども、それでも心配してくれるファルシナの気持ちがありがたい。特に今は。

 ……よしっ。ヨハンネスくん、君も男ならば、女性に断られたらあっさり引くのだっ。そして、他の女の子を誘うのだ~っ。

 と、ディアナがファルシナに期待の目を寄せていると、それは起きた。

「じゃあ、おれがサルーイン嬢と踊るよ。それならいいだろう?」

 ちょうど真後ろから、ディアナの希望のすべてを打ち砕く提案がなされた。

 ……この声…!

 ディアナが振り返ると、想像したとおり、おさななじみのリューク・ブルグがすまし顔で立っていた。

「リュー!」

「ブルク様…」

 リュークはディアナに対してよう、と軽く手を上げたあと、ファルシナへと向き直る。

「大丈夫。サルーイン嬢は、おれがちゃんと迷子にならないように見てるから。安心して踊って来なよ」

 視線でヨハンネスの手を取るよう促すリュークに、ディアナは噛みついてみる。

「ちょっとリュー? 迷子ってどういうこと?」

「え? 迷子の意味知らないの? そうだなあ、たとえば、サルーインの街中で露店に夢中になって走り回ったあげく、お付きの者とはぐれて泣いちゃう女の子の事だよ」

「そんなことはわかってるの! ていうか、やけに具体的な例なんだけども?!」

 伸びあがって訴えるディアナに、リュークはにっこり笑って答える。

「うん。目の前に具体例がいるからね。それにしても、迷子の意味がわかるなんて、ディアナも成長したんだね。よしよし。でも身長はたいして伸びてないなー」

「! これでも去年だけでだいぶ伸びましたー!」

「何センチ?」

「五センチ!」

「おれ十五センチ。ディーの三倍だね」

「! 身長なんて、伸びればいいってものじゃないもん!」

「まあそうだな。ディーは今くらいがちょうどいいよ」

「え? ほんと?」

「ほんとほんと。つむじまで見降ろせて、気分いいしね」

「! なんですって~! ま、負けないもんっ」

 ディアナの頭の上をのぞき込んでくるリューク相手に、精一杯背伸びをして対抗するディアナ。

 だがしかし、いかんせん身長差があり過ぎる。

 どう見ても、頭一つぶんはリュークの方が高いのだ。ディアナがかなうはずもない。

 ディアナがむきいと怒っていると、近くでこほん、と咳払いの音がした。

 ……むう。ちょっと誰よ、こんな時に、わざとらしい咳払いするのは。

 ディアナが口をとがらせて音がした方を見てみると、そこには女性講師の姿があった。

 どうやら、咳払いは、おふざけが過ぎたディアナとリュークをたしなめるためのものだったらしい。

 ……も、申し訳ありませんでしたー………。

 ディアナが、講師にぺこりと頭を下げ、おふざけはもう終了、と訴えんばかりにリュークに視線を戻すと、リュークはほほえみを浮かべながら、ディアナの前に手のひらを差し出した。

「サルーイン嬢、わたしと踊っていただけますか?」

「はい、よろこんで」

 ディアナは、渡りに船とばかりに、その手を取った。ようするに、まじめに授業を受けていますよアピールだ。まあ、さっきまでおふざけをしていたところは、すでに見られているので、今さら遅いのかもしれないけれども。

 それでも、ディアナとて一応貴族のはしくれ。おすまし顔でリュークにエスコートされながら、ダンスフロアへと移動する。

 その際、小声でリュークにお願いするのを忘れない。

「ねえ、わたし、ファルシナさまの近くで踊りたいんだけれども」

「了解」

 予想通りリュークは気安く応じ、ディアナたちじゃれている間にダンスを踊り始めていたファルシナの方へと移動してくれた。

 ファルシナは、ディアナの将来のカギを握る存在と言っても過言ではない。通常時ならまだしも、イベント中は、できる限りその動向を知っておきたいのだ。

 ……情報はあればあるほど、対策も浮かぶものだと思うし、いろいろわかっていた方が、みのるにも相談しやすくなるしね。

 心の中で自分をほめながら、ディアナはリュークと踊り出す。

 曲の途中に入るのが苦手なので、すこし不安だったけれど、そこはリュークがうまくフォローしてくれたのだった。

次回タイトルは『次のお相手は、意外な人でした。』です~。


ディアナ「え? わたしったらいつからヒロインに…?!」

ライル「それは絶対勘違いだから」


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