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111話 5月9日 真夜中の対話

 雲の切れ間からそそがれる星の明かりを頼りに、学園の敷地内をひとり歩く。

「……………」

 先日ヨハンネスが言っていた、小鳥が減っていると言う情報も気になっていた。

 今年は特に異常気象ではないので、自然界に原因があるとは思えないし、調べさせたところ、減少が報告されたのは、この土地の周囲――――もっと正確に言うと、学園都市の中だけだ。

「……でも、死体は一切見つかっていない。森の中に何かが襲われたような血の跡はあっても、骨どころか毛の欠片すら見当たらない………」

 実際、一度現場に足を運んでみたのだけれど、報告された事しか分からなかった。地面に残ったものや、葉や草に飛んだわずかな血にすら、舌で舐めたような痕跡が残っていた。それの意味とは一体……。

「………っ」

 あまりにも不気味すぎる光景を思い出し、ライルの背筋がぞくりと震える。

 そんな自分に苦笑しながら、ライルはつぶやいた。

「みのりなら、こんな時どうするのかねえ………」

 同時に、いつも能天気に笑っている元姉の笑顔を思い浮かべる。

「ゲームの隠しルートと関係してたら巻き込んだんだけど、ちょっと展開が違うしなあ………」

 前世で、おそらくみのりは未プレイだった隠しルート。実はライルが一番警戒しているのは、そのルートが成立してしまう事だ。ディアナは、自分がサタンオークに喰われてしまう逆ハーレムルートを警戒しているけれど、隠しルートが現実になれば、逆ハーレムルートよりも悲惨なことになってしまうのだ。

 そこの所を姉に説明しようと何度か試みはしたけれど、何故かいつも邪魔が入る。特にあいつだ。嫉妬にまみれたあの男だ。

「…ったく、やつは、どれだけおれを警戒してるんだか」

 いや、警戒されるような事をした自覚はある。大いにある。

 いつでもどこでも人生つまらなさそうな顔をしているあいつが、婚約者の事をどう思っているか知りたくて、何度か吹っ掛けた記憶がある。第二王子の立場を利用して、おれにくれ、と言った覚えもある。

「ま、警戒されても仕方ないか…」

 にしてもやり過ぎではないかとやはり思うのだ。普段、教室にいる時は普通に接してくるけれど、婚約者に絡んでいる時の自分は、まるで危険人物とばかりに婚約者から引き剥がそうとする。

 けれど、婚約者の方は、前世で弟だったライルを切り捨てる事など到底できないので、またやっかいな話になるのだ。

「あいつ、言い訳ヘタだからなあ……。今日のだって、誤解してくれって言ってるようなもんだったしねえ」

 前世の姉が、現世の兄カーサに、ライルと仲がいいと言われて弁明した時の言葉を思い出す。

「あれって、結局どっちも好きだって取れるよな。…まあ、ある意味事実なんだろうけど」

 そう。姉はどっちも好きなのだ。ただ、好きの種類がまったく違うだけで。婚約者に向けているのは恋愛対象としての。そして、ライルに向けられているのは、家族としてのそれだ。

 だがしかし、ライルと家族だったのは、あくまで前世の事なので、他のみんなには説明のしようがない。そういう話だ。

「とは言え、分からないもんかねえ…。あいつに浮気する気なんて少しもないの。それともやつが嫉妬深すぎるのか? あるいは粘着質………って、ん?」

 寮の周りを歩いていたライルの視界に、透明な月明りと、そしてライルの背丈の二倍はありそうな棒のてっぺんに取り付けられている魔光灯の白い光に照らされた、少年の姿が目に入る。

 少年は、両手に自分の腰と同じ程の幅がある大剣を持ち、ひたすらに素振りをしていた。水色のシャツの色が、不自然にまだら色に染まっている。濃い部分がほとんどで、腰のあたりが少し薄い。顔や首にも玉のような汗をかいているところから、相当の時間鍛錬をしているのだと思われた。

 歯を食いしばり、一心不乱に剣を振るうその姿は、どこか追い立てられているような、または追い詰められているような印象を受ける。

 ……どうしてあそこまで必死になるんだかねえ………。

 ライルは腕を組み、級友を見守る。

 ……サルーイン領を守る為に力が欲しいにしても、あそこは国の防衛の最前線だし、屈強な兵士も多い。それでも戦力不足となれば、国から優先的に兵士が送り込まれてくる。のに、睡眠時間をガリガリ削ってまで鍛錬をするって………。

「一人でサルーインを背負うつもりなのかねえ………」

 ライルは、ぽつりとつぶやくと、汗まみれで剣を振るう少年――――クライヴに近づいて行った。

 クライヴを照らしている魔光灯に黒い影が差し込むと、それに気づいたクライヴが驚きの表情を浮かべる。

「………ライル殿下? どうしたのですか? こんな夜中に」

 クライヴは、頭を下げると剣を地面に置き、首に掛けていたタオルで、全身から噴き出るように流れ出る汗を拭った。

「それはこっちのセリフでもあるけどな。……お前が大剣を使うとは知らなかった」

 ライルの記憶を辿る限り、クライヴが大きな剣を持つのを見るのは初めてだった。彼が得意とするのは風と水の魔法だし、―――もっとも、ゲームの設定では、風の魔法だけだったけれど―――、クライヴの体は、ある程度の筋肉はついているけれど、それでもやはり細身だ。普通の剣ならともかく、大きめの片手剣ですら、クライヴの体には余る印象を受ける。

 そんなライルの問いに、クライヴは首を振って答える。

「いえ、これはあくまで素振り用です。実戦では使いません」

「………へえ……」

 おそらく、ライルへの忠誠の証なのだろう、地面に転がされた剣の大きさを見て、ライルがからかうような口調で言う。

「お前は努力家だな、クライヴ。将来サルーイン辺境伯に嫁ぐ者として、努力は怠らないってとこか」

「いえ」

 そんなライルに、クライヴは真面目な表情で答えた。

「これは、ディアナを守る為です」

 その、真剣でいて、どこかぎらついたような表情から、必ず成し遂げようとするクライヴの意思、そして、ディアナは誰にも…正確にはライルには絶対に譲らないという、威嚇が込められているように思えた。

「オオカミが、ここにも居たか」

「……え?」

 ライルは小さくつぶやいただけだったので、その声がクライヴに届く事はなかった。代わりにライルは肩をすくめながら、別の言葉を投げかける。

「お前の気持ちは分かったよ。もうお前とサルーイン嬢にチャチャを入れるのは止める」

 そう告げると、ライルに向けるクライヴの目が一層厳しくなった。

「………それは、本気でディアナを貰い受けるという事ですか?」

 クライヴが、腹の底から凍りつくような低い声で、ライルに問う。

 普段、淡々としてはいるがあまりポーカーフェイスを崩さないクライヴが、このような表情をするのは珍しい。

 ……いや、最近はよく見てるか。

 ディアナが絡むと、途端にクライヴの表情は豊かになる。おもにマイナスの方にではあるが。

 それでも、何を言っても能面のような顔で受け答えされるよりはずっといい。

「いや?」

 ライルは素直に首を振った。

「逆。と言うより、そもそもサルーイン嬢に対して恋愛感情持ってないし」

「………は?」

 クライヴが訝しげな目で見てくるが、ライルはかまわず続けた。

「いや、だってさ。サルーイン嬢が絡むと、お前表情がころころ変わるから、楽しくて」

「……は?」

 やっぱりクライヴはライルを見ているが、今度の彼は目を丸く見開き、口もぽかんと開けていた。そんな彼を見て、ライルはぷっと吹き出す。

「ほら。そういう顔するし」

「………」

 クライヴは、ライルを睨みつけた。あからさまな嫌悪感をぶつけられたライルだったけれど、ショックを受けた風もなく、さらりと言う。

「ていうかさ、お前、この間サルーイン嬢と両想いになっただろ? おれのおかげで」

「………」

 ライルの軽口にも、クライヴは口を閉ざしたままだ。

「ということは、今、けっこう幸せなはずなのに、お前と来たら、いっつも切羽詰まったような顔してるよな。何で?」

「………」

 ストレートに聞いてみたけれど、クライヴに答える気はないようだ。

 ライルも、そこは予想済みだったのでたいして驚きはしなかったけれど、クライヴが、唇をわずかにかみしめたのは、見逃さなかった。

 クライヴのわずかな変化を頼りに、ライルは問う。

「何か、心配事でもあるのか?」

「……………何でもありません」

「いや、それ、何でもないない間でも顔でもないから」

「だとしても、殿下のお気を煩わせるような問題ではありません」

「やっぱり問題はあるんだ」

「人間生きていたら、多かれ少なかれ問題は抱えているものでしょう」

「ま、そりゃそうなんだけどさ」

 クライヴの声の硬さに、これ以上の問答は無意味だと察したライルは、おどけたように肩をすくめた。

「ま、鍛錬もほどほどにしておけよ。お休み」

「…………お休みなさいませ」

 ライルがクライヴに背を向けると、すぐにブゥン! という音が周囲に響く。おそらくクライヴが、鍛錬を再開したのだろう。

「……ただ真面目なのか、それとも………。強くならなければいけない理由があるのか………」

 剣が空を切り裂く重たい音を聞きながら、ライルは学生寮の自室へと帰って行くのだった。

次回タイトルは、『朝からぐちってみました。』です。


ディアナ「だってさだってさ、聞いてよみのライルぅ~」

ライル「ふーん、それで?」

ディアナ「……とりあえず、その、今手にしている本を置いてはくれないかね?」

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