109話 5月9日 ライルの予測……予測?
ディアナは、カーサの話は終わったと思い、ティーカップを手に取った。
王太子と言うことで、一般貴族の知らない秘密めいたものが聞けるのでは? と手に汗をにぎって期待していたので、喉が渇いたのだ。
仕切り直し、とばかりにこくこくと紅茶を飲んでいると、今度はライルが口を開いた。
「……魔物の統率に関して…、さまざまな記録書を読んでも、統率が取れていると確認できたのは、アリオスの戦いの時のみとされています。ただ、これを偶然とかたづけてしまうには、気になる点が多いんです」
「ふむ。気になる点とは?」
カーサがすかさず相槌を打った。
「ここにいる方々は、全員何らかの形で魔物と遭遇した事があると思います。魔物は、我々人間を見ると、まるで狂人のように襲い掛かって来る。恐らくやつらは、人間を食料としか思っていないのでしょう」
「まあ、そうだな」
「それに魔物たちは、自分と比べて明らかに強い人間相手にも、構わず襲いかかる。この点からして、魔物たちの知能は、かなり低いと言えます」
「そうだろうな」
ライルの言葉に、カーサがうなずいた。
ディアナもうなずいたのだけれど、ここまでのライルの話は、一般的にも浸透している内容だ。でも、彼はあまり無駄な話はしない。なので、この先に、おそらくみのるライルが本当に言いたいことがあるのだろう。
そう思って、静かにライルの話に耳をかたむける。
「にもかかわらず、彼らの理性のカケラも見当たらない狩りの仕方が、統率された例がある。一回だけの事だから、ただの偶然ととらえる学者もいるが……、わたしはそうは思いません」
「では、ライル殿下は、どのようにお考えなのですか?」
ここでライルの言葉に食いついたのは、ファルシナだった。問いかけた声がやけに硬かったので、すこし恐れのようなものがあるのかもしれない。
……ファルシナさま、この話題にかなり興味をお持ちみたい。小さいころに、魔物に襲われた経験でもあるのかな?
ファルシナのこわばった顔を気にかけながら、横に座るクライヴをちらりと見てみると、難しい顔をしてライルの言葉を待っていた。
……まあ、フロンド王国の貴族は、魔物が発生した時には矢面に立って戦うから、気になるのも当然だよね。
しかもクライヴは、将来的にはサルーイン領にお婿に来てくれるのだ。サルーイン領は、土地の魔物やら、隣国からの軍隊と、国内で一番敵に遭遇する確率が高い場所。クライヴが敵の情報に敏感なのはとても頼もしい。
漆塗りのような黒にわずかに青みをにじませたクライヴの瞳を見つめながら、ディアナは彼にほれ直す。
自分もしっかりしなくては、と気合を入れつつ、ディアナは、目線でライルに続きをうながした。
……みっのる、みっのる、つっづき、つっづきっ。
心の中で念じていると、どうやらディアナの想いを察したらしいみのるライルのまなじりがひくりと動く。
おそらくあきれられているのだろうけれども、そんなのはいつものことだ。ディアナはまったく気にしない。
「はぁ…」
ディアナのそんな心情にも気づいたのだろう、ライルは、いったん目を閉じてため息をつく。
そして、再び開いた深い紫色の瞳には、何かをあきらめたような色が漂っていた。
疲れたのだろうか、ライルは、だるそうに口を開く。
「わたしは、知能が低い魔物たちを支配できる存在が、どこかにいるのだろ思っています。たとえば、魔物の脳神経に直接信号を送り、まるで自分の手足のように操れるような」
「………!!」
「それだけではありません。もしも、その存在を操れる人間がいたとしたら、……どうなると思われますか?」
「なっ…!!」
ライルの意見は、その場にいた全員を十分に驚かせた。特に一番驚きを見せたのはカーサで、彼は勢いよく椅子から立ち上がっていた。それまで彼の体を支えていた椅子が、がたん、と音を立てて雪のような白い床に横たわる。
「魔物を人間が操るだと…!? 馬鹿な…そのような事が……!!」
カーサは、椅子と同じ色のテーブルに両手をついた。そして、まるでかきむしるように指を立たせる。
「ありえない、とは言い切れませんよ。兄上」
「確かに……そうだがっ……」
肯定はしたものの、カーサの指にはさらに力が込められていた。人が魔物を操り、同じ人を蹂躙するという残酷さを認めたくないのは、ゲームでも純粋仕様だったカーサならあり得るかもしれない、とディアナは思った。
……あれ…? でも…、人を魔物が操るって、どこかで聞いたようなフレーズ……………あ。あ!!
ディアナは気づいた。
みのるライルは、ゲームの中で悪役令嬢A、アルテア・シャブリエがぶたの魔人を呼び出したことを言っているのだ。
ゲームでは、悪役令嬢Aが、どこで知ったのかわからない怪しい術を使って、意のままに操り、邪魔なヒロインを亡き者にしてやろうと呼び出したぶたぶた魔人に逆に喰われてしまったけれど、実際に魔人や魔物をあやつる術は存在していたということだ。だから、あくまで自分の予想として、みんなに…主にカーサに、この世界でも、魔物を操る術を知る人間いるかもしれないと意見したのだ。
……さすが…! さすがだよみのる…!!
ディアナは、みのるライルにどんくり眼を向けた。その瞳はきらきらと輝いていて、もしも絵で表現するとしたら、おそらくディアナの周囲はそうとうまばゆいことになっているだろう。
対してライルは、ようやく気づいたか、ばーか。と言わんばかりの呆れ顔でディアナを見ている。そんなライルに、えー、そりゃーみのるライルよりはばかだよー。高校一年生で早々にメンサ会員になったみのると比べられても困るよーだ。と表情で返す。
するとライルは、何かをあきらめたかのようにため息をついた。
ライルが先に視線を外したので、勝った! と内心で喜んでいるディアナに、猿のケンカか、ばーか。とやはり内心で毒づくライル。
前世では頻繁に行われていた行為だったけれど、こちらでは久々だったので、ディアナはとても楽しんでいた。
そのやりとりを身近で見ていたファルシナは、お二人、やっぱり仲がいいのね、と微笑ましく見つめ、カーサは、母上がこれを見たら、どんな裏技を使ってでもライルとディアナを婚約させるだろうなと思い、クライヴは湧き上がるいらだちをなだめるかのように細い息を吐き、とりあえずあさっての方を向くのだった。
「要するに、ライル殿下は、魔物を…もしくは、魔物を統率できる存在を操ることができる人間がいる、とお考えなのですね?」
いったんほんわかしてしまった雰囲気を引き締めたのは、ファルシナだった。
「人間が、直接魔物を統率する可能性もあるか……」
気持ちが落ち着いたのか、カーサは、従者に目配せで指示を出し、椅子を起こさせるとそれに座った。
「そういった術があるかもしれないと思っていた方がいいかと」
「そうだな……。しかしどうやってまとめるんだ?」
「具体的な方法はまだ解っていません。今、国内全領域の、魔物に関する書物を取り寄せて調べています」
……おおう…! みのるライルったら、勉強とか鍛錬とか生徒会の仕事とか発明とかの合間に、調べものまでっ…! さすが、頼りになるっ。持つべきものは、優秀な弟だねっ!
「そうか……。直接にせよ間接的にせよ、魔物を操る力は人間…いや、世界に生きるもの全てにとって脅威と言っていい。魔物は人や動物を喰い、田畑を荒らし、森の木々をなぎ倒す。生活に欠かせない魔石や素材をもたらす側面もあるが、それがなくとも人は生きていけるしな」
「そうですね。エドガー兄弟は、魔石を利用した道具を多く発明しましたが、これからは魔石に代わるエネルギーを手に入れて行ければいいと思います」
「魔石に代わるエネルギーとは、例えば一体どういうものだ?」
「開発に成功したら、ご報告しますよ」
「そうか…まあ、そうだな」
ライルの言葉に納得したらしく、カーサは、あっさりと引いた。
……ていうか、カーサ殿下とライル…殿下、普通に話をしてるよ。ついさっきまでいがみ合って…いや、カーサ殿下が一方的にがるるるしてたのに。やっぱり、ヒロインの力は偉大ってことか。
ヒロインが攻略対象者に与える影響の大きさを、ディアナは思い知った。果たしてディアナは、彼女の影響力に勝利する…いや、一矢でも報いることができるのだろうか。
……まあ、その一矢が、あさっての方向に飛んでいっちゃう可能性もあるけれども。
自分の運命が、やけに前途多難に思え、ため息のひとつもつきたくなるディアナだった。
次回のタイトルは『真夜中の考察』で~す。
ディアナ「こらこらライル殿下、夜更かしはお肌に悪いですよ? でも殿下はお肌きれいですよねえ? そういえばみのるもきれいだったし、何でだろ? うらやましいなあ、そのお肌」
ライル「……………」




