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108話 5月9日 カーサ殿下の、ありがたいご講義。(?)

「ところで、ここで何をしていたのだ? 勉強か? わたしも参加していいか?」

 ……ん? 今聞くの? さっきは、護衛に椅子持って来させて、勝手に座ってたよね? ……これは、ファルシナさまのことに関しては、空気を読む気がなさそうだったカーサ殿下が、遠慮を覚えたということなのかな? ていうか、さっき、カーサさまに意見したファルシナさまも、かなり迫力あったなー。ゲームのヒロインは、どっちかって言うと、可憐でおとなしめだった気がするんだけど……。

 ディアナがそんなことを思いつつ、ファルシナをチラ見すると、ファルシナはライルをチラ見していた。ライルがそれに気づき、小さく、本当に小さくうなずいて見せる。

「ええ。もちろんです、殿下」

「そうか。なら、オランジュ嬢も席に着け」

 ファルシナの言葉を、うれしそうに受け止めながら、カーサは席を勧める。

「ありがとうございます」

 ファルシナが礼を言うと、カーサは素早くファルシナの席の後ろへと移動した。

「どうぞ、お座りください。オランジュ嬢」

「は、はい…」

 自然なしぐさで、ファルシナが座るのに合わせて椅子を前へと移動させ、自分も誕生日席へと座る。

 その直後、執事の姿をしたカフェのボーイが、ワゴンを押しながら東屋に入って来た。

 ワゴンの上には、紅茶用のポットとクッキーが置かれている。クッキーは、上の部分に赤や緑や橙色のジャムが乗っていて、とてもあざやかな印象を受けた。

 ……ていうか、すでに用意させてたんだね……さすが。

「これは、西南の区域から取り寄せた菓子だ。ぜひ食べてみてくれ」

「はい。いただきます……おいしい…!」

 クッキーを口に入れ、咀嚼したファルシナが、うれしそうに声をあげた。

 幸せそうな表情のファルシナに、カーサも満足そうに微笑む。

「さあ、お前たちも食べるといい。うまいぞ」

「では、いただきます兄上」

「ありがとうございます、カーサ殿下」

「頂戴いたします」

 カーサからの許可が出たので、ディアナは菓子を手に取るタイミングを待つ。

「……ディアナ? 食べないの? こういうの好きだよね?」

「あ、クライヴさまが召し上がったら食べようと思いまして…どうぞお先に」

「えっ、いいよ。おれには遠慮しないで」

「でも……」

「じゃあ、同時に取ろうか」

「あっ、そうですね。そうしましょうっ。せーのっ」

 クライヴとタイミングを計ってクッキーをひとつ手に取り、かしりとひと口かじってみる。

「………あ、ジャムが甘酸っぱいですね。これ、キウイかな?」

「色的にそうかもね。………この橙色は、オレンジみたいだ」

「あ、わたし、オレンジ好きですっ。赤いのはなんでしょうねえ?」

「うーん…。オーソドックスなところで苺?」

「待ってくださいクライヴさま、ベリー系かも知れません」

「ベリーか…。とすると、ラズベリーかな?」

「あっ、いちじくの可能性もあるんでしょうか?」

「ああ、そうだね。真ん中の部分だけを集めて、ジャムにしたかもしれないよね」

「えーっ、何だろう。食べるの楽しみです」

「じゃあ次は、二人で赤いの食べてみる?」

「はいっ」

「………お前たち、仲がいいんだな」

「っ…!」

 ついつい二人だけの世界に浸っていたディアナは、カーサの言葉で我に返り、首をちぢこませる。

「も、申し訳ありません…」

 ライルはともかく、王太子であるカーサがいるにもかかわらず、二人の世界にぽちゃんと浸ってしまったのだ。

 ……こういうの、若気の至りって言うの? ていうかわたし、いくら学園内だからって、気を抜きすぎっ。

 ディアナが自分を反省し叱咤していると、カーサがディアナの謝罪に、明るい声で答えた。

「いや、構わない。普段はなかなかお目にかかれない、貴重なクライヴも見れた事だしな」

 ……貴重? さっきのクライヴさまの? え、どこが? どの辺が?

 めったにお目にかかれない、プレミアなクライヴを見逃してしまったのかとディアナが慌てる横で、カーサが語る。

「普段はめったに笑わない、成績がいいだけのつまらない男なのだがな」

「…!」

 ……そんなことありませんー。クライヴさまはむしろ笑顔がデフォルトですー。つまらない男でもないですー。クライヴさまとの街歩きはすっごく楽しいですー。ただし成績がいいのはまちがってないですー。褒めてくださって、ありがとうございますー。

 カーサの意見に不満を感じつつ、口をとがらせていると、ふとライルと目が合った。

 ……くそう、みのるライルめ。ほーら、だから言ったろ? みたいな顔をしおってからに。でもでも、誰がなんと言おうと、わたしと一緒にいる時のクライヴさまは、明るくて、一緒にいると楽しくて、笑顔がまぶしい超イケメンなんだからっ。

 まるで、最後の楽しみにとっておいたショートケーキのいちごを食べられた時のように、ぎろんとライルをにらみつけ、ぷいっとそっぽを向いた。

 そっぽを向かれたライルも、ディアナが知らないだけで、ちょっと楽しそうにしている。

 そんな二人の様子を見て、カーサが意外そうに声をあげる。

「………ふむ。噂通り、ライルはサルーイン嬢と親しいのだな」

「…!」

 それを聞いてディアナの顔が引きつった。

 ……た、確か、王宮では、みのるライルのお嫁さんを探してて、みのるライルが気に入った…ように見える子はチェックされているとか何とかいうのを、本人から聞いてた! えっ、どうしよう、これはもしかしてすでに決定されている事項が、権力という暴力によってくつがえされるかもしれないってこと?!

「あ、あのですね! カーサ殿下!」

 ディアナはあわてて声をあげた。とても一国の王子…ましてや王太子にする声の掛け方ではない気がして、ディアナはさらにあせった、のだけれども。

「ん? 何だ?」

 カーサは意外と気さくに返してくれた。

 ……ゲームのカーサ殿下は、ちょっと神経質っぽいところがあったけれど……。こっちの殿下は、けっこうフレンドリーだ…。

 ゲームとのうれしい齟齬に助けられたとほっとしながら、ディアナは訴える。

「えっと、確かにわたしとライル殿下は仲がいいように見えるかもしれませんが、…いえ、見えなくもないというか、見えても困らないんですけれども困ると言うか、その……えっと………」

 クライヴとの婚約を守るために、ライルとの仲を疑われては困るし、かと言ってライルと親しいことまで全否定するのは絶対にいやなのだ。

 前世の話ではあるけれど、ライルはディアナと同時に生を受けた魂の持ち主なのだ。気づいてしまった以上、親しくしないほうが無理なのだ。

 けれども、結局言葉ではうまく表現できず、最後には、自分で何を言っているのかわからなくなってしまった。

 ……だって、ここでクライヴさまと結婚したい宣言したら、みのるライルがふられたみたいになりそうだし…。王子さまが一貴族にフラれたとなったら、みのるライルの婚活にも影響が出そうでこわい。だからと言って、みのると婚約とか……あ、ありえない。絶対にありえない。たとえマンモスが逆立ちできたとしても、それだけは絶対にありえない…!

 ディアナが顔を青くしながらふるふると震えていると、カーサは何かを察したような表情で言った。

「まあ…、だいたい事情は飲み込めた…気がする。この話は終わりにしよう。そう言えば、さっきアリオスの戦いの話をしていたな? ちょうどいい、わたしが知っている限りの話をしよう。これは、魔物と戦える力を持つ者全員に知っていて欲しい事だ」

 そう言って、カーサはいったん言葉を切り、その場にいる全員を真剣な目で見つめてきた。

 ……おお、さすが王太子。国に危険を及ぼす存在についてはちゃんと調べてるんだ。

 ディアナは、国を思う王太子の姿に感動を覚えた。けれども。

 ……ファルシナさまを見てる時のカーサ殿下って、鼻の下が伸びてるというか何と言うか……ふーむ、でもクライヴさまは、わたしを見ても、デレたりはしないんだよね…。常に冷静と言うか、どこか冷めていると言うか……。やっぱり愛情表現て、人によって違うってことなのかな?

 ディアナはじっとカーサの様子を見ていたのだけれど、本人はまったく気にした風はなく、ときおり横に座るファルシナに視線を向けながら、明るい声で話す。

「まず、ひとつ目。何故山奥に魔物が大量発生したのか、だな。その訳は、はっきり言って、解明していない。何せ、魔物が発生する理由自体がわかっていないからな。当然と言えば当然だ」

「………」

 ……わかってないんかーいっ。

 ひとつ目の謎の答えに、ディアナは心の中でこてんとすっ転んだ。

 だって、そんなことは、貴族の、しかも魔力を持つ者であれば、幼少のうちに家庭教師から学んでいるだろう内容だからだ。

 実際、ライルはもちろんのことクライヴも、そしてある程度大きくなってから伯爵家に引き取られたために、他のみんなより勉強期間が短いはずのファルシナですら、こくりとうなずいている。

「そして、もうひとつの謎、アリオスの戦いで、やけに魔物の統率が取れていた件だが………」

 おもむろに言いながら、手を胸のあたりにまであげ、ゆっくりと人差し指を天に向けて一の数字を作るカーサ。

 いかにも、これからあなたの知らない真実を語ります、的な演出に、ディアナの期待値も自然に上がる。ひざに置いた両手をぎゅっと握り込み、まるでエサを待つひな鳥のようにカーサの話を待つ。

 けれども。

「残念だが、これに関しても、はっきりとした事は解っていない」

「――――」

 カーサの言葉に、ディアナの目がすうっと糸のように細くなる。

 ………結局わかってないんかいっ!

 もしも相手がライルだったなら、えり元をがしっとつかんで、ぐらんぐらんに振ってやったことだろう。

 けれども相手は王太子だ。いくら身分の上下が関係なく、ある程度の無礼は許される学園内でも、さすがに王太子相手にぐらんぐらんはダメだろう。さすがのディアナにも、それくらいわかる。そう言った意味ならば、本来はもちろんライル相手にだってダメなのだけれど、まあそこはそこ。前世からのよしみに乗っかって、許してもらう方向で行こう。

 ……大丈夫、許してくれるよ。うん。………たぶん。

次回のタイトルは『ライルの予測……予測?』


カーサ「ライル、お前、そんなことを考えていたのか。目の付け所がなかなかいいな」

ライル「……お褒めにあずかり光栄です」

ディアナ「(ぼそっ)……とか言って、ほんとはちょっとうしろめたい?」

ライル「……。(そっぽ向く)」

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