106話 5月8日 エドガー王の伝記
前回のあらすじ。
なんか黒い生き物(?)が、お腹すきすぎて獲物を捕まえるために身体を変化させたよ?!
肩から手が生えちゃったよ?!
放課後、ディアナはカフェの敷地内にあるかまくら型の東屋の中にいた。
カリカリカリ…。
ディアナは、教科書を見ながらノートにペンを走らせる。
「?」
「どうしたの?」
わからないところがあり、小首をかしげると、すかさずとなりに座っているクライヴの声が掛かる。
「えっと、ここの部分なんですけれど……」
「うん。……ああ、これはね」
ディアナが教科書を指すと、クライヴは懇切丁寧に数式の説明してくれた。
「………あ、そっか。ここがこうなるんだ!」
「そう」
「わかりましたっ。ありがとうございます、クライヴさま」
「どういたしまして」
ディアナが礼を言うと、クライヴは笑顔で答えてくれた。それはもう、とろけるような甘い笑顔だ。
……こんな素敵な笑顔ができるクライヴさまだもん。人とのコミュニケーションに難があるなんて、絶対にうそだ。
そう思ってライルを見ると、本から目を離したライルと目が合う。
おそらく、ディアナの思っていることなどお見通しなのだろう。呆れたように肩をすくめるライルに、ディアナは口をとがらせる。
……そんなことないもんっ。クライヴさまは何でもできるすごい人だもんっ。みのるライルのあほっ。
心の中で毒づきながらライルをにらみつけるも、ライルよりも彼が手にしている本が気になってしまい、じっと見る。
「強拳の知恵者、エドガー王の軌跡………」
「興味あるの?」
クライヴに問われて、ディアナはこくりとうなずく。
「ええまあ…。エドガー王は、サルーイン区では英雄ですから…」
「そうか、アリオスの戦いか」
「はい」
「それも本に書いてあるよ。ちょうどその辺りを読んでるとこ」
ライルが本をテーブルに置いてくれたので見てみると、どうやらルテイン領を治めていた息子、ファーガス・アリオス公爵を魔物に殺されたエドガー前王が、老齢にもかかわらず出陣を決めるシーンのようだった。
「魔物って平地や森に発生することが多いんだけど、このケースでは山奥だったんだよね」
「はい…ですから、魔物が増えていくのにもなかなか気づかず、人が住む地への大量侵入を許してしまった、と聞きました」
ディアナは、幼少の時に家庭教師にならった内容を思い出しながら言う。
フロンド国は、大きく五つの区に別れている。大陸の中心に位置し、王族が住まう中央区、その東に位置するのがサルーイン領のあるサルーイン区、サルーイン区の南、中央区から見ると東南にあるのが、魔物が大量に発生した山のあるアリオス区だ。
当時、アリオス区はまだフロンド国の領土ではなかった。いくつかの部族が点在して暮らしているその地域を、フロンド王国ではナルルと呼んでいた。
魔物が発生した山は、ナルルの中心部にあった。昼でもうす暗くうっそうとしている上、傾斜が激しいので、地元の住民もめったに入ることがない場所だった。
だからこそ、魔物が大量に発生したことに誰も気づけず、周囲の村々はあっという間に蹂躙されてしまった。
彼らに人間を征服しようと言う意思があったかはわからない。けれど、勢いづいた魔物たちは、村々を飲み込みながら北上し、やがてフロンド王国の領土であるサルーイン区にまで達した。
その時、最初に魔物と対峙したのが、当時の国王ウィリアムの弟で、その父、前国王エドガーの次男の、ファーガス・アリオス公だった。強拳の知恵者と呼ばれていた父同様、勇猛だったファーガスは、魔物がサルーイン区に入り、自身が治めるルテイン領の近くまで来たと知るや、兵を率いて魔物の討伐に向かったけれど、激しい戦いのすえ、戦死してしまった。
その知らせを聞いたエドガー前王は、現国王や、聡明の知恵者と呼ばれた弟アルスが止めるのも聞かずに出陣した。激戦の末、勝利をおさめたエドガー前王は、今度はナルルまでおもむき、わずかに生き残った部族の世話をした。そうしているうちに、気がつけばエドガー前王は、部族たちに『王』として崇められるようになり、最終的に、ナルルはフロンド王国に組みこまれたのだ。
そして、新しく領土になった土地に名前をつける権利を得たエドガー前王は、その地をアリオスと名付けた。戦いで命を落とした息子、ファーガス・アリオス公爵を偲んでのことだったのだろう。
「……歴史的にも、戦で奪い取るのではなく、信頼によって領土を増やして行く国って、めずらしいですよねえ…」
ファルシナが、ほうと息を吐く。本を見つめるその瞳が、やけににこにこしているように思えた。
……ふむ。ファルシナさまの好みは、エドガー王のような方、ってこと、……なのかな?
そんな、ある意味どうでもいい予測を立てつつ、ディアナはいい機会だから聞いてみようと思って、口を開く。
「アリオスの戦いでは、ふたつの謎が生まれたって言われてますけれど…、そのことも本に書いてあったりします?」
ディアナの問いに、ライルは首をかしげた。
「んー。まだ全部読んでないけど……、目次を読んだ限りでは書いてなさそうだね」
「そうですか」
みのるは本を買う時、目次と後書きを見て決める子だったな、とディアナは思い出す。
「ふたつの謎って?」
「あ、それはですね―――――」
ファルシナの問いに答えようと口を開いたディアナだったけれど、東屋の外から飛んで来た声に遮られてしまう。
「ひとつは何故山奥に魔物が大量発生したのか。もうひとつは、基本的に魔物は本能で動いているから、獲物を見つけたらまっすぐそっちに向かっていくものだが、ナルルに出現した魔物は、同じ獲物に群がっても三~四体くらいまでだったようだし、何より、全体的に統率が取れているように見えたと。――――その訳が知りたいって事で、いいかな?」
次回タイトルは、『王子の憂鬱。』です。
ディアナ「ファルシナさまの生き方講座、はじまりはじまり~」
ファルシナ「始まりませんよ、ディアナ様」




