103話 5月7日 クライヴの魔法属性
「んー…。困りましたねえー……」
本日最後の授業で使った、現代社会の教科書を閉じながら、ディアナはぽつりとつぶやいた。
今日は一日、まったく魔力を使うことのない講義の授業だけだったので、魔力が有り余っているディアナ。
いつもならば、ファルシナと一緒にはりきってエルカ村へ赴くところなのだけれども、今日はちょっと問屋が卸してくれないのだ。
「そうですねえ…困りましたね」
ファルシナも、ディアナのそばで思案にくれている。
「意外といないものなんですね、水の魔力をお持ちの方って」
「ですねえ……」
ディアナから端を発したエルカ村での畑復活作戦。これまではけっこう順調に進んでいたのだけれども、ここしばらくの間、晴れの天気が続いたせいで、農地の土が乾いてしまった。
そのため、水の魔力を持っているクラスメイトに、土を湿らせて欲しいとお願いしたのだ。その結果。
「みんな、お忙しいんですねえ……」
クラスには、水の魔力持ちが何人かいるのだけれども、都合があるとのことで断られてしまったのだ。
もっとも、全員に聞いてみたわけではない。たとえば、パメラも水の使い手ではあるけれど、どうやらディアナは好かれていないようだし、今でも事あるごとに突っかかってくるので、頼み事はしづらい。というか、一緒の馬車に乗って村まで移動するのも正直きつい。
あと一人声をかけていない子がいるのだけれど、パメラの父が治める領地に住んでいるので、主人の娘と険悪な関係のディアナにはあまり近づいてこないし、引き受けてもらったところで、パメラとの板挟みになってしまいそうなので、やめておいた。
「今日は一日けっこう暑かったですから、できれば水をまいておきたいですよね…」
「そうですねえー……」
ファルシナが思案顔で言うのに、ディアナが同意する。
「先生にお願いしてみます?」
「いい案だとは思いますけれど…、先生の中で水の魔力をお持ちの方って、あまりいないんですよ、ディアナ様」
「そうなんですか?」
「ええ…、四属性が扱えるサリーバン先生は、もちろん水の魔法も使えますけれど…、いつもお忙しそうにしていらっしゃいますしね」
「そうですねえ…。学年主任として、先生を束ねるお立場でいらっしゃいますしねえ…」
「いっそ、冒険者に依頼を出すというのは?」
「! いいですね、それ」
ファルシナの提案に、ディアナはぽん、と手をたたいた。
「ありがとうございます。ただ、ちょうど水の魔力をお持ちの方が、冒険者の詰め所にいらっしゃるかはわかりませんので、一種の賭けではありますけれど」
「確かに。でも、行くだけ行ってみましょう」
「そうですね」
話をまとめた二人は、連れ立って教室を出る。
「ファルシナさま、実はわたし、冒険者の詰め所に行くの初めてなんです」
「まあ…! わたしも初めてです」
「一体、どんなところなんでしょうね」
「楽しみですね」
二人、わくわくする気持ちを押さえられずに、顔を見合わせて笑い合う。
軽い足取りで校舎を出て、学園の門に向かって歩いていると、門の方からぞろぞろと、学園の生徒らしき少年少女が三十人ほど歩いて来た。
その中に、見知った姿を見つけて、ディアナは胸をときめかせる。
「! クライヴさま…!」
「えっ? ……ああ、本当ですね。あっ、ライル殿下も」
「え? ライル殿…、あ、いた」
ライルは、クライヴのとなりを歩いていた。
制服ではなくチュニックを着て、腰に剣をぶら下げていることから、今日のクライヴたちは魔物討伐に行っていたのだろうと予測できる。
「………あ! そういえばライル殿下も水属性だった!」
ディアナは、ひらめいた、とばかりにぽんと手をたたく。
「え? もしかして、ライル殿下にエルカ村への同行をお願いするおつもりですか?」
あせった表情をうかべるファルシナに、ディアナはこくりとうなずく。
「? いけませんか?」
「いえ、いけなくはありませんけれども………」
ファルシナが口ごもる。いくら身分差は問わないと言っても、さすがに王族に頼みごとをするのは気が引けるのだろう。
ディアナにだって、その気持ちはとてもよくわかる。けれどもライルはみのるなので、特に予定がなければ引き受けてくれるだろう。
「殿下もお忙しい方ですけれど…、聞くだけならタダですから。お伺いしてみましょう!」
「えっ、あの…」
「だいじょうぶですって~」
おろおろしているファルシナにかる~く言って、ディアナはライルに近づいて行く。
「ディアナ」
ライルのとなりにいるクライヴは、とうにディアナに気づいていたらしく、ディアナを目の前にしてうれしそうに笑った。
………ん? よく考えてみれば、婚約者の目の前で、他の男の人に頼みごとするって、けっこうハードル高いかも……。
とは言え、今、エルカ村の土に水が必要なのはまちがいないので、ディアナも引くわけに行かない。
ディアナは、意を決してスカートの裾をつまみ、膝を折る。
「こんにちは、ライル殿下、クライヴさま」
「こんにちは」
「こんにちは、ディアナ。これからどこかに行くの?」
ライルの後に挨拶を返してきたクライヴが、行先まで聞いて来た。ディアナは好都合とばかりに話に乗っかることにする。
「はい、エルカ村へ向かいます。けれど…、最近の日照り続きで、エルカ村の土が相当乾いてしまったんです。なので、今日できれば水まきをしたいなと思って、水の属性を持つ冒険者に依頼をしに行くところだったんですけれど……」
いったん言葉を切り、ちらり、とライルを見る。
「………」
すると、ライルは表情を変えずにディアナを一瞥し、クライヴに言った。
「クライヴ、お前行って来れば?」
「はっ?」
「えっ」
「よろしいんですか?」
ライルの言葉に、ディアナはきょとんと眼を見開いた。ファルシナも口に手を当て、驚く様子を見せている。
指名を受けたクライヴは、確認するようにライルに訊ねた。
「いいよ。魔動車の試運転は、明日でもできるからね」
「ありがとうございます。それじゃあエルカ村に行こうか、ディアナ」
どうやら、当事者のディアナとファルシナを置き去りにしたままで、話がまとまってしまったようだ。
「えっ? え?」
しかも、ディアナとファルシナが探していたのは、水の魔力属性を持つ人だ。クライヴは風。条件に合わない。
けれど、それでもライルがクライヴを指名したのだから、クライヴには、水を運ぶ力があるのかもしれない。
そう思ったディアナは、確認のため口を開く。
「えっと、クライヴさまは、風の力で水を運ぶことができるんですか?」
「えっ? ……いや、それはさすがにできないけど、おれは水の属性も持ってるからね」
「え…」
「はあっ!?」
ディアナのこぼした小さな声は、ファルシナの大きな動転によってきれいにかき消された。
普段、あまり大声をあげることのないファルシナが一体どうしたのかと、ディアナは視線を向ける。
ファルシナは、小さく「え、ええ…?」とつぶやきながら、うろたえた様子でクライヴを見ていた。
次回のタイトルは『広がる噂』でございまふ。
ファルシナ「……、………(な、なに…? どういうこと?)」
ディアナ「…? (クライヴさまが水属性? そんな設定あったっけ?」
ライル「……………」




