102話 5月6日 前世夢話・みのり、ケガをする。
誤字報告、ありがとうございました! 感謝です!
自分はどうしてこんなにもドジなのだろう。
体育館の床でほっぺたをぺったんこにつぶしながら、みのりは途方に暮れていた。
遠くから、あるいはすぐそばで、みのりを気づかうクラスメイトの声があがる。
「だいじょうぶー……」
みのりは、手をぴっかぴかにウレタン塗装された木の板について、よっと立ち上がろうとする。けれど。
「………」
「どしたの? みのり」
クラスメイトの小谷野芽久が、心配そうにみのりの顔をのぞきこんで来る。みのりは、へらりと笑って答えた。
「立てないかもー。足、くじいたみたい」
「ほんと!? じゃあ保健室行こう!」
行動力のある芽久は、みのりが足を押さえた側に移動すると、みのりの腕の下に自分の肩を入れ込んだ。
芽久がみのりの体を支えながら立ち上がっていると、すかさず反対側の腰に手が添えられる。
「歩けそう? みのり」
「沙也ちゃん…」
来てくれたのは、同じくクラスメイトの羽鳥沙也加だった。
「うん。ありがとう二人とも」
「どういたしまして」
「そうだよ。困った時はお互い様っ」
みのりが礼を言うと、沙也加にはいたずらっぽくも品のある笑顔を、芽久には明るくはずんだ声で返された。
この二人とは、高校一年生の時に同じクラスになり、親しい友人となった。二年生では残念なことにクラスがバラバラになってしまったけれど、三年になってまた同じクラスになった時は、三人で抱き合って喜びをあらわした。
みのりは、高校に来て、本当に友達には恵まれたと思う。
「先生、わたしたち、柊さんを保健室に連れて行きます」
体育教師兼担任に言ったのは、沙也加だった。
「ああ、頼む。……触診してないからわからんが、そこまで痛くもなさそうだしな。たぶん捻挫だろう」
「はい」
先生の予想は正しいだろうと、みのりは思っていた。
以前、人が足を骨折したところに遭遇したことがあるけれど、その人は全身をぶるぶる震わせて、上着を脱がせようとしただけで足に痛みが伝わるようで、ひどく苦しそうにしていた。
それにくらべたら、多少腫れているとは思うけれど、みのりが痛いのは足だけだし、肩や腰をさわられたってへいちゃらなので、そんなにたいしたことはないのだろう。
大ごとにならなさそうでよかった、とみのりが息をついていると、となりの芽久が大きな声を出した。
「せんせい~っ、わたしたちサボってるわけじゃないので、ちゃんと出席にしておいてくださいね~っ」
「わかってる」
「いいことしてるんで、偏差値を上げてくれてもいいんですよ~?」
「自分で言うな」
芽久と担任のやりとりに、生徒たちからどっと笑いが起こる。
芽久はいつもクラスの中心にいて、今のようにみんなを笑わせたり、明るい気持ちにさせたりと、ムードメーカーのような役割をしている。
芽久の逆隣りを歩いている沙也加は、普段からあまり大きな声を出すこともなく、常に落ち着いた印象を受ける。やはり、ここ英蘭学園の事務局長の娘だからだろうか。
沙也加に関しては、以前妙な噂が流れたことがあった。彼女は成績がとても優秀で、この学園よりも上の偏差値の学校にも入れたと言うのだ。けれども、親がむりやり自分が事務局長を務めるこの学園に入学させたのだと。
それが本当だとして、沙也加が別に行きたい学校があったのだとしたら、気の毒な話だと思う。けれど、それとは別に、みのりは、沙也加に会えてとても幸せだった。だから沙也加も、みのりと同じような気持ちでいてくれたらいいと思う。
「痛む?」
「ちょっとね…。でも大丈夫」
沙也加に問われて、みのりは素直に答えた。
沙也加は、常に人の気持ちに寄り添う。だからこそ、心配をかけてしまうとわかっていても、うそはつきたくないのだ。
けれども、みのりの言葉を聞いていたのは、沙也加と芽久だけではなかった。
「痛むのか?」
うしろから明らかに少年の、やわらかい声が聞こえて来た。みのりは体をささえて貰っているので振り返ることはできないけれど、その声には聞き覚えがあった。
「波瀬くん」
少年の名前を呼んだのは沙也加だった。波瀬は沙也加と軽く目を合わせると、みのりに問う。
「柊、おれ背負って行こうか?」
「えっ」
まさかの申し出に、みのりは驚いた。そして戸惑う。
……えっ、これってどうすればいいの? 断ったら、波瀬くんの好意を無駄にしちゃうし、かと言っておぶってもらったら、……目立つよね。いや、その辺はあんまり気にならないけれども。でも、いいのかな~?
みのりがぐるぐると頭を動かしていると、となりから声が上がった。
「いやいや。ここはわたしたちに任せてよ、波瀬」
そう言ったのは、芽久だった。
「いや、でも…」
芽久の元気な口調で言うも、波瀬にはどうやら異議があるらしい。けれどもそこは、芽久が力技で押し切った。
「あのね、あんたがみのりを運んだりなんかしたら、悪目立ちするの。ひがむ子もいるの。だいじょーぶ、みのりさんは、ちゃんと保健室まで送り届けますよって」
「………わかった。気をつけて」
ねっ? と押し切るように言われれば、波瀬はしぶしぶと言った様子でうなずいた。
「了解! じゃあ、あんさんはあっちで体育の授業を受けて来なよ。ケガの具合はあとでちゃんと報告するから」
「……よろしく」
芽久の言葉に、波瀬は無理やり自分を納得させるようにうなずくと、体育館の、男友達がいるところへと戻って行く。
そんな波瀬の背中を見送りながら、芽久がつぶやいた。
「……ったく、どーしてこんなことが起こったのか、今ひとつわかってないんだよねー、あやつは」
芽久の言葉に、沙也加の声がこわばる。
「えっ…、じゃあやっぱり…?」
「多分ね」
多分、と言うわりには、確信を持っているかのようにうなずく芽久に、みのりはあわあわと口を動かす。
「あっ、ごめん。そうだよね、体育の授業でそう簡単に転んだりする子いないよね」
……まったく、普段から自覚はあったけれども、とんだドジっ子だな自分。
みのりのおっちょこちょいは、家族友人をはじめ、すでに多くの人が知るところなので、がっくりと肩を落としつつ自責の念を込めて頭を下げた。
「えっ?」
けれども、両脇をかためる友人二人から、思いきり首をかしげられてしまった。それから、まるでなぐさめるように、それでいて力強く告げられる。
「大丈夫。そう簡単に転んでないよ、みのりは」
「そうそう。転んだのは不可抗力よ。みのりは」
「えっ、そう? ならいいけど」
……そっかー。転んだの、ドジのせいじゃないのかー。じゃあ、ちょっと力が入りすぎちゃったのかなぁ。
二人が否定してくれたので、みのりは、自分には落ち度がなかったと解釈した。
……次の体育も、まだバスケットをやるだろうから、今日ほどにはがんばらないようにしよっと。……でもそれだと、きっと簡単にボール取られちゃうなー…。
先ほども、バスケットボールをバウンドさせながら、敵陣のゴールに突撃していた途中で、めいっぱい転んだのだ。
そう言えばその時、ディフェンスをしていたクラスメイト、真中亜衣にぶつかったのだけれども、あちらさんにけがはなかっただろうか。
いきなり心配になったみのりは、むん、とつい先ほどの記憶を脳内に呼び起こす。
……わたしが立ち上がったあと、体育館の端の方に移動してたのを見たけど……普通に歩いてた気がする。なら………真中さんは大丈夫、かな。
こうして、自分の中にあった憂いをすべて取りのぞくことができたみのりは、二人の大切な友人の付き添いのもと、安心して保健室へと向かうのだった。
次回のタイトルは『クライヴの魔法属性』です。
ファルシナ「あ、あれ…おかしいなあ…?」
ディアナ「えっ、わたし何かおかしいですか? はっ! さっき食べたケーキのクリームが口についてたりとか?!」
ファルシナ「ディアナ様、ついてませんから」




