100話 5月6日 待ち人との会話
すこし強めの日差しが広場の噴水にそそがれて、女神が手に持つ壺から流れ出て来る水が、しぶきをあげながらきらきらと輝いていた。
今日は朝食を終えるとすぐに移動したディアナは、噴水の近くに置いてある白いベンチにちょこんと座った。
五月に入って最初の休日は、確か、ライルのイベントがあったと記憶している。
ちょうど学園の中心あたりにある広場のベンチにヒロインがすわっていると、改良した魔動車の試運転に乗るライルに会えるのだ。
そして、初対面でないかぎり、ヒロインは魔動車に乗せてもらうことになる。
ただ、朝食を取りつつファルシナに今日の予定を聞いたところ、受けた講義の復習をしたいと言っていた。午前中いっぱいはかかるだろう、とも。
その上、相手がみのるライルなので、イベントが起こることはないと思っている。
たとえ起こったとしても、彼ならばうまく対処してくれるだろう。
それなのになぜ、イベントが起こる場所にいるかというと、できればライルを捕まえて、話がしたいと思っているからだ。
カーサに近いヒロインを牽制するどころではなく、むしろもっと仲良くなって欲しいと歓迎しているアルテアの行動が、不思議でならない。
幼少のころから、婚約者の弟としてアルテアの近くにいたライルなら、何か知っているのではないだろうかと思ったのだ。
そんなわけで、ディアナはしばらくの間おとなしくライルを待っていた。けれども。
「………熱い…」
冬のうすい日差しに慣れてしまったディアナの体に、五月の陽光は刺激が強かった。
「ゆでる……たこになるぅ~…」
顔をあおぐための扇子を持って来なかったことを後悔しつつも、せめて黄色いワンピースという日差しを吸収しにくい色の服を選んだ自分をほめながら、気持ちだけでも涼しくなろうと、噴水の水をながめていると。
「………何してんの」
あきれたような…いや、明らかにあきれた声がうしろでして、ディアナはくるりと振り返る。
「みの…ライル殿下…! お待ちしておりましたっ」
うれしさのあまり、ディアナは語尾をはずませた。
朝の陽光を背後に浴びたライルは、青のベストと同色のパンツに白いシャツという、簡素ないでたちだった。それでも洗練されているように見えるのは、本人のスペックが高いからか、それとも衣服が上等なものなのか。
……両方かな、うん。
そうディアナが結論づけていると、一方のライルはすげなく答えた。
「待たれても迷惑なんだけど。しかも約束もなしに、この日差しの中……。とりあえず、日かげに移動」
「日かげ?」
ライルの言葉に、ディアナは首をかしげる。なぜなら、広場のあたりには等間隔に植えられた木の他に、日がささない場所はなく、その木陰もまた、木の幹が細いため、一人分の日かげすら作り出されていない。
「別に、話をするだけなら、他の場所だっていいだろう? しかも、こんな日に広場に来させるとか……勘弁してくれよ」
「? こんな日って?」
みのるライルにとっての、こんな日とはどんな日だ、と軽い気持ちで尋ねたディアナだったけれど、ライルからは意外な返答が返って来た。
「今日は、おれとヒロインのイベントが起こる日だろう? だからお前もここに居たんじゃないの?」
「えっ…! みのる、何で知ってるの?」
「…………。おれもこのゲーム、すこしプレイしただろう? お前が臨海学校に行ってる時」
「! あ! そうだった! 家に帰ってゲームの続きをやろうとしたら、スチルが数枚埋まってたんだった! こらみのる! わたしの楽しみ返せ!」
「それ、前世も言われたなー」
「キサマとぼけるな!」
「とぼけてませーん」
ディアナがいくら怒ったところで、みのるはまるでどこ吹く風だ。
「だいたいさあ、おれのイベントが起こって困るのはお前だろ? なのに何でおれに会う為にあんなところにいるかなー」
それどころか逆にみのりの浅はかさを指摘する。けれども、そのあたりはみのりもまたどこ吹く風のようで、けろっとして答えるのだった。
「あ、それは大丈夫。ファルシナさま、少なくとも午前中は寮におこもりして、授業の復習をするって言ってたから」
ディアナの言葉に、ライルは顔をしかめる。
「………へえ…、午前中は…ね」
「うんっ。だから、イベントは起こらないのだ!」
まかせなさい! とディアナは得意気に胸を張った。
「だったら、まあいいけど」
つぶやくように言ったライルの顔を見ると、すこしだけれど安心したようにほおを緩めていた。
……そっかー。みのるライルは、思ったよりも気にかけてくれてるんだなー。
どうやらライルも、積極的にイベントを回避しようとしてくれていたようだ。弟の心遣いをうれしく思いながら、ディアナは彼に聞きたかったことを思い出した。
「そうだ、あのね、みのる………」
かくかくしかじか……と、ディアナは、昨日アルテアがファルシナに言ったことを伝えた。
「…てことなんだけど、何かおかしくない?」
「何が?」
「え。何がって言われるとわかんないけど…………なんとなく?」
「なんとなくねえ……まあ、王妃になる人間としては、むしろ模範的な意見なんじゃない?」
「それはそうだけど……」
フロンド王国に後宮はないけれど、現国王には妾は何人かいるし、王妃が子を成せなければ側妃を持つこともできる。それは、国王の血筋を絶やさない手法としては正しいのだろう。けれども。
「自分の好きな人が、お妾さんとか持つのって、いやじゃない?」
ディアナが問うと、ライルはあからさまなため息をついた。
「その前に、貴族や王族なら、自分の好きな人と結婚すること自体がめずらしい」
この世界では、貴族階級の結婚とは、ほぼ家同士の繋がりの強化が目的で行われる。どこぞの恋愛シミュレーションゲーム『イリュージアの光』のように、恋愛結婚が成立する可能性は、かなり低いのだ。
「そおだけどさー」
けれども納得がいかないディアナは、口もとを、みゅう~、とあひるのようにとがらせる。
「ま、その点、お前は相手に恵まれたな」
「…! え、そう? そう思う?」
「少なくとも、お前はクライヴがいいんだろう?」
「うんっ!」
ライルの言葉で、一瞬にして天にも昇る心地になったディアナは、めいっぱいうれしそうに彼の問いに答える。
が、次にライルの口から発せられた言葉で、気分は急降下して行った。
「クライヴも、お前と結婚する覚悟を決めたみたいだしな」
「! ちょっと~、覚悟ってどういうことっ~?!」
まるで、スリッパで頭をすぱこーんと殴られたような気持ちになったディアナは、ライルにぶうぶう抗議する。
「何よ~、みのるライル殿下なんて、まだ婚約者も決まってないくせに~、そういえば、何でまだ決まってないの?」
おかしいよね? と首をかしげるディアナ。
「なになに? なんかしたの? ていうか何したの?」
おねいちゃんに相談してもいいんだよ? と冗談ぽく言ってみると、ライルにかわいそうな子を見る目をされた。
「ひどーい。せっかく相談に乗ってあげようと思ったのにー」
役に立つかはわからないけれど。というか、たぶんみのるライルの方が、みのりディアナよりもはるかにおつむの出来がよろしいので、相談されたところでむしろ邪魔しかしないかもしれないけれども。けれどそれでも、もと姉としては、やはり弟が心配なのだ。
けれども、弟は、眉間にきつくしわを寄せると。
「遠慮しておく」
きっぱりと断ってきた。
……あー、これはたぶん……前世にどっかでよけいなお世話したなー。覚えてないけど。
たぶん、みのるの恋愛を手助けしようとして、お怒りを買ったことがあるのだろう。
自分のやらかしを確信しつつ、けれども反省もする気はない。だって、たぶん、前世のみのりは、弟のためにめいっぱいがんばったと思うのだ。ただ、結果がともなわなかっただけで。
世の中、結果がすべてと考える人もいるけれども、それはあんまりにも悲しい気がする。
結果に向かう過程だって、未来の実となり糧となる。今、意味がなかったと思う経験も、あとあと…十年か五十年後に役に立つかもしれないのだ。人生とは、きっとたぶん、そういうものなのだ、とディアナは思う。
まあだがしかし。迷惑をかけたのなら、ちゃんとあやまらないといけないと思う。たぶん前世のディアナもあやまったはずだ。うんたぶん。
ディアナが、持論を心の中でひそかに披露して自分で納得していると、ライルが、ディアナの耳にやっと届くほどの小さな声で話し出した。
「お前、あのゲームに隠しルートがあったの、知ってる?」
「え? 隠しルート? えー…? 逆ハーレムルートのこと?」
生前、ディアナがよく利用していた攻略サイトにはひととおり目を通してあったけれど、隠しルートの存在には特に触れていなかったように思う。それでも、ディアナが知っているルートの中では、一番隠しルートに近い内容だと思ってので、口に出してみたのだけれど、残念なことに、ライルにはあっさり首を振られた。
「違う。あれは別に隠されてなかったろ?」
「うん、まあ。でも、他に思いつかないよ?」
「やっぱりか…。ヒロイン…オランジュ嬢てさ、実力的にはどう?」
「実力って…、魔法?」
「勉強も」
「どっちも優秀」
「四月に学力テストあったろ? クラスで何位だった?」
「えー……二位じゃなかったかなー?」
「一位は?」
「アルテアさま」
「一位狙ってそう?」
「わかんない」
「他の攻略対象者……レダンとヨハンネスとは接点持とうとしてる?」
「んー? そうだなー…、わたしが知ってる限りだと、あんまり積極的には関わってないかも」
「マリスは?」
「ああー…、マリス先生とも、必要以上には会話してないと思う。時々、学園の近くにある村に一緒に行くんだけど……マリス先生よりも、わたしと一緒にいる時間の方がずっと長いし」
「エルカ村か」
「知ってるの?」
「その手の情報は、生徒会にも入ってくるからね。あと、魔法の方は? クラスで何位くらい?」
「えっ、それは難しい質問だなー。すごいのはやっぱりファルシナさまとアルテアさまだけど…、どっちが上って聞かれると……。みのるも知ってると思うけど、二人とも属性違うから、くらべにくいし……」
戸惑うディアナに、ライルが少し考えて問う。
「………魔伝鳥を飛ばす授業はもうやった?」
「あー、うん。こないだやった。あ! その時は、アルテアさまが一番飛距離が長かったよ。ファルシナさまは二番。でも、差は一メートルくらいだったと思う」
「てことは、今のところアルテア嬢が一番かな」
「うん。そうだと思う」
魔伝鳥は、鳥の魔石に魔力を込めて飛ばす魔動具だ。先日の魔法授業で、実際に飛ばして飛距離を確認したところだった。
「ちなみにお前はどうだったの?」
「んーと六位かな」
「六位か。三位は誰?」
「ヨハンネス・メリカントさま」
「四位は?」
「リューク」
「ああ、ブルク辺境伯子息ね。レダンは?」
「五位だったよ?」
「へー…」
ライルが、意味ありげにじっとディアナを見据える。何かあるのかと訊ねようとしたディアナだったけれど、どうせ教えてくれない気がしたので、まあいいかとやめてしまった。
「じゃあ、今のところ、魔法も勉強も、ヒロインとアルテアの実力が拮抗してるわけか」
「そうだね」
「で、オランジュ嬢は、恋愛イベントには積極的に関わらないけど、勉強はちゃんとしてる、と」
「うん」
「………」
ディアナがうなずくと、ライルは難しい顔をして黙ってしまった。
「えっ? 何? どうかしたの?」
「………」
口を引き結んで、考え事をしているらしいライルに、ディアナが問う。
「相談があるなら、いつでも乗るよ?」
「ないな」
「ないんかいっ」
せっかくめずらしく真剣になろうと思ったのに、あっさりと断られてしまったディアナは、お笑い芸人のツッコミよろしく手の甲でぽす、とライルの胸をたたいた。一度やってみたかったやつだ。
ライルは、念願かなったディアナの満面の笑みを無表情で受け止めると、ディアナに視線を向けた。
「相談はないけど、協力はしてもらおうかな」
次回タイトルは『クライヴの本質?』です。
ディアナ「クライヴさまのことなら、わたしに聞いて!」
ライル「相当フィルターかかってるけどな」




