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1話 4月1日 きっかけは稲光。

 早朝から降り始めた雨は、昼過ぎになっても止むことはなかったけれど、ディアナの心は快晴レベルに晴れやかだった。

 満面の笑みを浮かべるディアナの手にあるのは、青い封筒に入った一通の手紙。

 まるで、やわらかい太陽の光を浴びた海のようなおだやかなその色は、ディアナが抱く手紙の差出人のイメージにぴったりだ。

 雨の中、城に届けられたにもかかわらず、ほんの少しも濡れていない手紙を、ディアナは胸に抱きしめる。

 おそらく、濡れないように大切に届けてくれたのだろう郵便屋さんに、心から感謝したい。


「郵便屋さん、ありがとうっ」


 ……声に出ていた。


 青い封筒に書かれた、きれいな、けれど力強い宛先は、まちがいなく自分のもの。

 机に向かって手紙を書いている相手の姿がふっと思い浮かぶ。ディアナは、まるいおでこに封筒を当て、うにうにと押し付けた。


「まあ、お嬢さま。そんなにしてしまったら、せっかくの婚約者様からのお手紙がつぶれてしまいますよ?」

 やわらかい口調で主人に語りかけるのは、サルーイン領内一の美女と称されるメイドのメイサだ。

 するとディアナは、水色のドレスの裾をくるりとひるがえす。

「つぶしたりしないわよ。クライヴ様からいただいた、大切なお手紙なんだから」

 ほらっ、と言いながら自慢げにかかげた手紙は、確かにしわひとつないきれいな状態だった。


「メイサ、ペーパーナイフ持って来て!」

 ディアナは、華奢な体を応接間のソファーにぽふりと沈めると、メイサに向かって手を出した。

「わたしが切りましょうか?」

 メイサが問うも、ディアナはふるふると首を振る。

「いいの、自分でやるから」

 どうやら、これ以上、手紙を誰にも触れさせたくないようだ。

 そして、早く、早くとメイサを急かす。

「はい、かしこまりました」

 メイサはやさしく笑うと、5段になっているボックスの一番上の引き出しを開けてナイフを取り出し、ディアナに差し出した。

「ありがとう!」

 ディアナは、ご機嫌な様子でナイフを受け取ると、さくっと封筒を切り、白い便箋につづられた文字を目で追いかける。



 親愛なるディアナ


 もうすぐ春とは言え、まだ少し肌寒い日が続いているけど、元気にしてるかな?


 学園への入学準備で忙しい中、手紙を送ってくれてありがとう。毎日楽しそうだね。

 この前の手紙にも書いた、生徒会役員の就任の件だけど、正式に決まったよ。

 まあ、第二王子のライル殿下に推薦されたから、間違いなく就任するんだろうなとは思っていたけれどね。

 そうしたら、とたんに忙しくなった。今は、新入生を迎える準備に追われているところ。

 でもこれは、ディアナ、君をイリュージア学園に迎える準備でもあるわけだから、そう考えるとあまり苦にはならないかな。


 ただ、ひとつ残念なのは、せっかく君のご両親から、この春休みは君の家に滞在するようお誘いをいただいたのに、行けなくなった事かな。

 いずれ婿養子としてサルーイン家に入るおれを気づかってくださっているのだろうね。ありがたくお受けしようと思っていたんだけれど、こうなってしまっては仕方がない。

 残念だけれど、仕方がない。また次の休みに誘っていただける事を願って、与えられた仕事を、早くこなせるようにしておくよ。


 君も四月には、イリュージア学園の生徒だね。

 同じ学園で君と一緒に学べる事が、今から楽しみでしかたないんだ。

 学年が違うから同じクラスにはなれないけれど、君も知っての通り、三学年合同でやる授業もあるから、相談して一緒に受けようね。


 ここイリュージアは、「学園都市」と呼ばれるだけあって、物の流通は王宮がある都市にもひけを取らないから、最先端の流行が楽しめると思うよ。君さえ良ければ、休日、一緒にお店を見て回ろうね。

 君と婚約してから一年以上、手紙のやり取りをしてきたけれど、きっと、これが最後の手紙になるんだろうね。


 この手紙が君の手元に届く頃には、もう、イリュージア学園に出発する日も近いと思う。

 生徒会役員になっていなかったら、魔動車で迎えに行ったんだけれど……申し訳ない。

 せめて、正門まで迎えに行きたいから、学園に到着する日の目途がついたら、前もって知らせてもらえるとうれしいな。待ってるよ。


 婚約者殿の到着を、心よりお待ちしております。



 クライヴ・フィクトル



「うきゃ~~~~~っっっ」


 ディアナは、読み終えた手紙を胸にしまい込むように抱きしめると、両足をぱたぱた上下させて喜んだ。

 辺境伯の令嬢としてはちょっとはしたない行動かもしれないけれど、この場にその行いを咎めるものはいない。

 というか、この家の人間は、両親を含め、みな基本的にディアナに甘いのだ。

 理由は、彼女が本来持ち合わせている天真爛漫な性格と、もうひとつ、時に貴族の常識を打ち破るアイデアによって、領地の財政難を救って来たところにある。

 男爵家に生まれ、ある程度は貴族としての教育を受けて来たメイサも、ディアナのアイデアの恩恵を受けた一人だ。

 なので、本来は雪のように白い肌をピンク色に染め、きゃっきゃと声をあげて喜びをあらわすディアナを、ほっこりとした様子で見守っている。


「早く魔法学園に入学したい~っ」


 ディアナは、手紙を抱きしめながら立ち上がると、くるりくるりと回転し、窓際に行ってレースのカーテンをすこしだけめくった。

 あいかわらず雨が降ってはいたが、さきほどよりも少し勢いが弱くなった気がする。

 メイサも、ディアナのティーカップにお茶のおかわりを注ぎつつ、ディアナがめくったカーテンから外を眺めた。


「明日はいよいよ魔法学園へ出発する日ですものね、晴れるといいのですが」

「きっと晴れるわよ」


 ディアナはぱっと振り返り、弾んだ声で言った。そして、カーテンから手を放した、その時。

 一瞬だけではあったが、家の中がまるで昼間のように明るくなり、同時に、大地が割れるかのようなドーンという轟音が鳴り響いた。


「えっ? ――!!」


 その、何かをはげしく地面に叩きつけたかのような轟音は、屋敷の壁越しではあるものの、窓際にいたディアナのすぐ背後に落ちた。


 ディアナの全身に、まるで感電したかのような衝撃がビリビリと走る。


「っ!? お嬢さま!?」


 メイサが光と音の正体が雷だと気づくと同時に、呆然と目を見開く年下のあるじのひざが、まるで糸が切れたあやつり人形のようにかくりと折れる。


「お嬢さま!」


 本来、おだやかな性格のメイサは、人生初だろう悲鳴に限りなく似た声を発しながら、ディアナのもとへと駆け寄り、必死に手を伸ばす。けれど、その手が届く前に、つる草や花びらをモチーフに織り上げられた美しいカーペットの上に、ディアナの華奢な体が崩れ落ちた。


「お嬢さま? お嬢さま」


 メイサは体をかがめ、ディアナの口元に手のひらを近づける。

 か細くも確かに手に当たるディアナの吐息の感触に、メイサはいったん安堵の息をつくと、立ち上がって応接間の扉を開け、助けを呼びに行くのだった。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

長編初挑戦になります。

いたらない部分もあるかと思いますが、天の川銀河よりも広く慈悲深いお心でご覧いただければ幸いです。


おもしろい、続きが読みたい等思っていただけましたら、ブックマーク、あるいは評価ボタンをぽちっとしていただけるとうれしいです。


どうぞよろしくお願いいたします。m(_ _)m

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