おともだち。
あくまでも、真剣に読まないように。
「 ── み……水ぅ……」
── 呼んだ? ──
呼んでねぇよっ!
てか、誰だよお前……。
にょろにょろとしやがって……。
良いか?
俺は今、高熱で魘されて地獄をみてるんだよ!!
── ふ~ん、大変そうだねぇ ──
苛つくまでの呑気さが頭に鳴り響き、拳を叩き付ける余力も気力も体力も無いので。
その身を預ける布団のシーツを僅かに掻き毟るのだ。
だが、そんなことをしている場合ではない。
喉の乾きは斯くも厳しく、一人暮らしの狭い部屋は節電された空間が漂い。
朦朧としながらも知識を総動員させて、言葉を選ぶ。
「う……water……」
── 潤った? ──
違う。
そうじゃあない。
てか、お前もう出てくるなよ!
さっさと土竜にでも喰われやがれ!
oh……。
なんてこった。
パンナコッタ。
常日頃から気を付けていたハズなのに ── まさか風邪を引くなんて。
食生活にも気遣い、野菜を多目に、肉を少なめに。
だが、炭水化物は欠かせずに。
適度な運動もしていた。
過度な、筋トレなどではなく。
極力、電車やタクシーに頼らずにひと駅ぐらいなら徒歩で済ませていたぐらいなのに。
元来、俺は汗っ掻きで新陳代謝も良く、幼少の頃から病気とは無縁だった。
怪我はさておき。
こと、重病とは無縁だったのは間違いない。
しかし、今は。
今だけは後悔せざるを得ない。
予想するに、多分先日マスクをし忘れた時だろうか。
急遽、訪れた仕事に大慌てで勇んだ私は常時装着していたマスクを手放してしまい。
果ては、手洗い・嗽もせずに夥しく群がる人混みの中へとその身を投じたのだ。
今を思えば、何故に毎日の規則を徹しなかったのか悔やまれる。
── だいじょうぶ? ──
何なんだ、コイツは。
ひとの記憶に介入しやがって。
ええい、貴様なんぞグッツグツに迸ったコンクリの上でへたばりやがれっ!?
忌々しげに俺は、にょろ~んと延びた首を傾げる薄茶色の生物に苛立ちを叩き付けた。
しかし、次の瞬間にはその姿は消え、虚しさだけが残る。
……ちくせう。
これが世に云う幻か。
私は重い躰を引き摺り、漸く辿り着いた白濁色の電気製品の扉を開く。
億劫に開かれた中身へと視線を注ぎ、ふと手にした其れを徐にかっこむ。
ぐびり、ぐびり、ぐびり ───
たかが、三度の呑み込みで干されるも、有り難い乳酸菌が染み渡り。
私はその有り難みに感謝しては、1滴1滴を見つめる仕事の偉大さに心より敬意を表したのだ。
── ふぅ。
潤った喉元を糧に、私は再びしっとりと湿った我が家に戻り。
その恩恵に預かろうと試みる。
さすれば、開かれた布団は帯びた我が汗を伴い。
「さあ、早く眠りなさい。疲れきった躰を抱き寄せて」と誘っているようであった。
冷たい床を這いずる私。
宛らその光景は、哀れな子羊であろう。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
温もりの一端に触れ、私はその身を委ねる。
窓の外から吐き出される冷気など知らぬ。
考えたくもない。
── 明くる日。
あまりの空腹と、襲い掛かる頭痛が。
せめて、病院に行けと私に促していた。
否応もなく、ゆっくりと衣服を着こみ、目映い景色に思わず双眸を伏せてしまう。
「……う…………」
── どうしたの? ──
うるせえ、黙れ。
てか、お前まだ居たのか。
主観だが、心配そうに見つめるヤツを余所に。
ふらつきながらも、近所のこじんまりとした病院へと足を運び。
順序を踏まえ、私は診察を待つ。
oh……。
脇に挟まれた体温計を取りだし、朧気ながらもトンでもない仮説は事実へと導かれる。
もう……アレだな……。
「○○さ~ん、どうぞ診察室へ」
多分、正常な状態であれば口説きたくなるような看護婦に手を引かれ。
マスクを装着した壮年の医師が、イヤそうに距離をとり、診察書を手にして現状を告げた。
「インフルエンザ、ですな」
…………。
薄々というか、ほぼ気付いていた。
だが、認めたくない。
敢えて私は医師に伺う。
「ファイナルアンサー?」
「………………」
間が怖い。
いっそのこと、貴方の命はあと僅かですと言って欲しかった。
しかし、それは私の欲求にしか過ぎない。
「ファイナルアンサー。貴方はインフルエンザにかかっています」
まるで、さっさと帰って閉じ籠れと言わんばかりに現実は突き付けられる。
「……はあ。そうですか……」
簡潔に診察されるも早々に待合室へと連れ出され、其処らにあった絵本を眺めつつ。
処方薬を手渡され、家路につく。
揺らめく視線も宛らに用途を読み ── ああ。
食後に飲まねばならないのだな、と。
引き出しを開き、非常食を摘まむ。
『白湯で飲んでください』
なんだ?
最近の処方薬は用途が面倒くさいな。
致し方なく、何処で仕入れたか分からない高級品のポットへと水を注ぎ沸かす。
些か古ぼけた椅子に座り、机に突っ伏すこと2分ほど。
シュンシュンと湯気が立ち上ぼり、完全に沸き上がる前にスイッチを切る。
と ── 戸棚から微かに皹が入った湯飲みを取りだし、沸いたヤツを七分ほど注ぎ。
冷水を足す。
白湯など、こんなもので良い。
処方薬を口に含み、苦味が舌先に伝わるも一気に流し込む。
後は寝るだけだ。
重い躰を引き摺り、床に就く。
何だろうな。
この苦しみは……。
── そのうち、元気になるよ ──
また、お前か。
でも、ありがとうな……。
意識は、ふっと奈落へと堕ちてしまった ───。
明くる日、先日までの苦しみはまるで無かったかのように体は軽く。
時おり、語りかけてきた存在は身なりを潜めていた。
「はぁ ─── 今日はいい気分だ!」
窓の外を観れば、ちらつく粉雪が今日も1日冷え込む現実を叩き付けていた。
ぐぅっと背伸びをして、朝食にありつこうとした私に、ヤツは言う。
── よんだ? ──
呼んでねぇよ。
翌日から、一人暮らしのボッチである私に。
友達ができた。
愛嬌はない。
唯のミミズなので ── 。
皆様、お身体には気を付けてくださいませ。