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クモッグの町 ③ 盗賊団の襲撃

 宿に戻ってからようやく食事を始める。

 クロルが淹れてくれた紅茶を飲みながらサンドイッチを流し込むとようやく人心地がついた。

「……盗賊の件、どうするんですか?」

「んー」

 クロルが少し不安げな声で問う。

 ゼノもちょうど、そのことに関して考えていた。

 最も気にしていたのは盗賊の目的ではなく、それによる副次的な被害。つまり町民や、もといクロルが危険に晒されやしないかということだ。

 もし身の丈を知った連中なら本来の目的だけを遂行し、成功したらすぐに去るだろう。だがもののついでとばかりに家に押し込み、さらに金目のものや人をさらって行くのならば危険極まりない。

「ま、様子見かな。この町のことに首を突っ込む必要もないし、妙な連中にヘンな恨み買ってもしょうがないからね」

「……ゼノさんなら、絶対に盗賊と戦うと思いました」

 妙にほっとしたような顔でクロルは言う。ゼノは紅茶を一口飲んでから頷いた。

「まあ町長も傭兵雇って対策してるみたいだし、そこまで心配するような事でも無いと思うしね」

「傭兵……マダムさんが言ってた、妙な男の人の事ですか?」

「うん。まあ彼がその実盗賊側のスパイだったとしても、大掛かりな競売をするのに保身の術を持たないわけがないし」

 心配することと言えば、それを承知で襲ってくるということ。

 ただ盗み出すのならまだしも、マダムは襲撃と言っていた。それはつまり連中が腕が立つか、想定よりも数が多いか、あるいはその両方であるかだ。

 果たして町長の準備した傭兵で対応しきれるのか。また、そこで撃退出来なければ恐らくほぼ確実に、競売の品以外にも魔の手が伸びるだろう。

 無闇な事を言って心配させるのも悪いな、と少し考えて、

「でもわざわざ忍び込むでもなく、襲いに来るって連中だ。用心はしないに越したことはないよ」

 彼女も相棒だ。自分の考えを伝えることくらいはしないと、まともな信頼関係は築けないだろう。

「まあ、ですよね……盗賊って話にしか聞いたことが無いですけど、わたしも頑張りますよ!」

「いや、君はまだ戦わなくて良いよ。特に人相手ならなおさらだ」

「な、なんでですか。わたしだって、これでもお師匠さまの弟子ですよ。そんじょそこらの術師には負けない自信があります!」

 むくれるクロルを見て、ゼノは立ち上がり、ゆっくりと彼女の隣に移動した。

 腰掛けると、ふわりと優しい甘い香りが鼻腔をくすぐる。彼女から漂う香水のものだ、と初めて気がついた。

 クロルは少し戸惑った様子でゼノを見る。彼は少し厳しい顔をしてみせた。

「人を殺せるのかい?」

「そ……、それは……」

 理由は一言で終わった。

 人を殺す――言葉では簡単だ。恐らく、その直前までなら感情の赴くまま成し遂げることは出来るだろう。

 だが自分と同じ存在をこの世から断つ。常人にはそれが難しい。そして難しいのが当たり前だ。

 一度戸惑えば恐らく二度と武器は握れなくなるかもしれない。もし殺せたとしても、それを割り切る事には時間がかかる。たとえ相手がとんでもない外道であったとしても。

「クロル、僕はこう考えてるんだ」

 真面目に人を殺害する事を考え始めたのか、握るコップに注がれている紅茶がにわかに波紋を作っている。ゼノは落ち着かせるため、話を聞かせるために優しくその手に自分の手を重ねた。

「わざわざ手を汚す必要のない人は、そのままでいい。その代わりに僕みたいな人間が、全てを請け負えばいい。訓練と実戦は違う、一度でも躊躇えば立場は簡単に逆転する。そして相手が同様に、命を重く考えているはずがない」

 そうなれば、殺されるのは自分だ。

 ゼノは言わなかったが、最悪なのが弄ばれた挙句に情報を抜かれて味方を不利にすること。一思いに殺されれば悲劇だが、その死を余すこと無く無駄にされなければ惨劇だ。

 だから戦場で囚われた場合、あるいは逃げ場なく敵に囲まれた場合は自害の選択肢がある。もっともこれは、アクアスト国軍による教えだが。

「魔物ならいい、連中は容赦がないから自分の命を守ることで精一杯になるし、それどころじゃなくなる。ただ人間は、自分と同じ形をしていて、同じ言葉を話す、というのは厄介でね」

「……だからこそ、相手のこれまでや今後を考えてしまう。お師匠さまにも、同じことを聞きました。自分と同じ生き方をするならば、いずれそういう時も来る」

「……今でこそ穏やかだけど、『深淵を覗きし者』とまで呼ばれた彼女だ。最高峰の術を持ったが故に、その逸話も少なくはない」

 だからこそ人を遠ざけるような地に住んでいるのかもしれない。

 もしかすれば、あの一帯は彼女の術によって守られている可能性もある。魔物の気配はなかったし、もしかすればゼノ自身も訪れはしたが、招かれただけなのかもしれない。

「お師匠さんの弟子だから、君の力を疑ってるわけじゃない。冗談じゃなく、床を燃やさずに熱を発してお湯を沸かせる、それは繊細な力の行使のなせる技なんだと思うしね」

「ありがとうございます……でも確かに、わたしは魔物以外に、この力を使おうと思ったこともなくて」

「うん、それでいいんだよ」

 申し訳なさそうに小さくなるクロルは、今にも消えてしまいそうだった。まるでたったこれだけのやりとりで自信をなくして、存在意義を失ったように。

 ゼノは場を和ますように苦笑しながら、彼女の頭を優しく撫ででやった。

「僕は、君に人を殺させるために連れてきたわけじゃないんだよ。だから言っただろう? 君は僕が守る」

「……守られてるだけでは、人は成長できません。わたしはゼノさんのお供であることと同時に、お師匠さまに胸を張れるほど、立派になりたいんです」

 声は、先程より大きく、強かった。

 顔を上げて改めてゼノを見る。その表情は眉尻が下がる不安げな様子と、また強く口元を締め決意を腹にくくったような頼もしさが入り混じっていた。

「ごめん、僕は君を甘く見てたよ。……それじゃあ」

 頭から手を離し、ゼノは立ち上がる。夜もやや更けてきた。盗賊が襲撃してくるという時間にはまだ早いかもしれないが、その時になって動くのではあまりに遅すぎる。

「見るのも勉強だ。僕についてきれくれ」


 対の長剣を背負い、町の一番高いところへ移動する。

 まずは宿の近くの柵から屋根に登り、そこから屋根伝いに教会の近くへ。教会までは通りを挟むほど離れていたが、ゼノはクロルを抱えて軽く跳躍して超えて見せた。

 息も絶え絶えと言った様子の少女を横目に、三角屋根に刺さる大きな十字架のモニュメントにゼノは寄りかかった。

「な、なんでそんなに……動けるんですか」

「なんでって、まあ。鍛えてるからね」

「人間離れですよ、もう……ふう」

 過酷な道のりと、空高く跳んだ事によって今にも心臓が破裂してしまいそうだ。クロルは何度目かの大きな深呼吸でようやく落ち着くと、まだ人も多く明かりも目立つ町を見下ろすゼノを、上目がちに見た。

「それで、こんな所に来てどうするんですか……?」

 クロルは毛糸の衣類に白い外套、そして腕ほどの長さの杖を腰に差した姿という軽装。

 対してゼノも、薄汚れた絹の服の上に黒い外套。その上に背負う長剣は重々しく、無骨な雰囲気を放っている。

「相手はこんな所に用がないから見つかりにくいし、何より高い所は見渡しがいいからね。敵の動向を掴むにはもってこいだ」

 とは言え、町は広い。城壁のような高い塀こそないが、町の広場に広がる夜市を中心とした大きな通りが四方に広がり、その先に扉のない門がある。その程度の仕切りで物理的なものはないし、その先にもちょっとした畑作や家畜の飼育がされているから、まばらに家屋も散らばっている。

 盗賊が狙うとなれば恐らくは競売の品物が保管されている場所。さすがに目星がついているだろうが――ゼノにはさっぱりわからない。

 ひとまずの注意点として視線を送るのは、この教会からほど近い丘の上に立つ豪邸だ。あれがこのクモッグの町長の屋敷であり、そして今では十数人ばかりの甲冑姿の男達が庭に集まっている様子が見えた。

「なんだか、町長の家に人が集まってるみたいですね……マダムさんが言ってた、傭兵みたいな方たちが」

「みたいだね。でも、マダムが言ってた気になる男ってのは居ないみたいだ」

「わかるんですか? 傭兵みたいな格好ってだけで、あとは言動くらいしか特徴は聞いてないのに」

「ああ、彼女がわざわざ目をつけるくらいだから、良くも悪くも目立つ人間なんだと思うよ……っと、どうやら彼かな」

 町長の家からしばらく歩いた先、夜市の端っこで甲冑を着込んだ男が千鳥足で歩いている。背には馬鹿げた大きさの大剣が背負われているのを見るに、たしかに目立つほど大柄なようだ。まだ若そうな横顔に、ざんばらに刈ったような短髪。

一見屈強そうに見えるが、しかし……。

「今夜が仕事だというのにあの足取りで、大丈夫なのかな。まあ関係ないか」

「よ、よく見えますね。わたし、ゼノさんの視線を追っても暗くてよくわからないですよ……」

「ん、まあ……夜目が利くからね」

「夜目というレベルで済むんですかね……」

 ゼノの視線は既に男から離れていた。焦点を定めずにざっと広く町を視界に収めて、動く影一つ一つに集中する。特に気をつけるのは、町の外で蠢く影だ。

「なんだか……イヤな臭いがしますね」

「ん?」

 隣で町を見るのを諦めて満天の星空を見上げていたクロルが、不意に呟いた。

「火薬のような……」

 言いかけた時、同時にゼノの瞳はそれを見た。

 町の外、八方から男達が走って逃げていくその後姿を。

 そしてその直後に、彼らが去った先から赤く白く燃える一閃が走るのを、見た。

 ソレは理解とほぼ同時だった。

 全方位から響く衝撃、轟音、それらが辺りから全ての音を掻き消し――白く激しく巻き上がった火焔が、燃えるというよりは爆発にほぼ近い勢いで天高く伸び、町を包み込んだ。

 夜は、刹那にして消え去った。

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