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男人禁制の国アマズ・ハイネ ② 女性の身体

 身体の芯が熱くなり、ゼノはたまらずその場に跪く。胸の奥底から湧き上がる爆発的な熱が、全身に広がる。指先が燃えるように熱くなって、眼球が茹だるように灼熱を宿していた。

 胸がゆっくりと形を変え、膨らんでいくのがわかる。

 身体の線が丸く、柔らかくなる。

 短い金髪が長く、背まで綺麗に流れて伸びていた。

 やや鋭かった目つきは少しだけ目尻を釣り上げさせ、覚えさせる冷たい印象は故にその美しさを際立たせている。

 張り裂けんばかりに膨らんだ胸に、細くくびれた胴、強調するように丸みを帯びた臀部。 

 そこまでの変容を終えた所で、熱が冷める。先程までの発熱が嘘のように、ゼノは大きく息を吐きながら立ち上がった。

 クロルはそれを見て困ったように笑いながら、バッグから取り出した小さな手鏡を渡す。

 それを見て、ゼノもつられて困ったように眉根をしかめて笑った。

「ここまで変わるのか」

 柔和で、少し低い声。だがそれは紛れもなく女性のものであり、彼を知っているものですら、その姿をゼノと関連付けることは難しい。

 クロルに渡された手鏡を返しながら、ゼノは微笑む。途端にその場に一輪の薔薇が咲いたかのような華やかさが生まれた。

「なにも、こんな美人にしなくても良かったんじゃないか?」

「いえ……ゼノさんの身体を女性のものに変えただけですよ。元が良かったってことです……」

 ゼノさんが男性でよかったと、今日ほど思ったことはないです……そうぼやくようにクロルは呟いた。

 先程までの得意げな顔はどこへやら、妙なまでに落ち込んだように肩を落とすクロルに疑問符を浮かべながら、アンジェリーナへ顔を向けた。

「アンジュはともかく、クロルは大変なんだね。胸が重いし、剣のベルトが締め付けられて……」

 言いながら胸元に手を添わせる。剣を背負わせているベルトが豊かな胸を締め付け、その形と、大きさ、柔らかさを露骨に見せつけていた。

 アンジュはともかく――そんな言葉が気に障ったように、ズカズカと歩み寄ったアンジェリーナは無作法に手を伸ばし、ゼノの胸を力任せに鷲掴みしてみせた。

「あ痛ぁっ! な、何を」

「いらないだろう!? こんなもの! この! この! 下品な身体をしやがって!」

 言いながら何度も何度も揺さぶり、引きちぎろうとする。慌ててクロルが間に入るが、アンジェリーナの荒くなった鼻息は収まらない。

「待て待て、アンジュ」

わたしをアンジュと呼ぶなと言っているだろ!」

「アンジュさん怒らないで! アンジュさんだって十分美人さんだし、スタイルだって抜群じゃないですか。人を嫉妬するような容姿じゃないですよ」

 身体を抑え込むようにして説得するクロルの後ろで、グルグルと喉を鳴らすようにして息巻くアンジュを見て、ゼノは肩をすくめた。

「美人だってさ、良かったね」

「ちょ、ゼノさん!?」

 茶化すように笑うゼノに、アンジェリーナは激昂した。クロルの制止を容易に振り払った彼女は、一息でゼノに迫る。

 が、距離は腕一本分ほど足りずに縮まらない。ゼノが彼女の顔面を掴んでそれを止めたからだ。

「君は素直でいいね。貶せば怒るし、褒めれば照れる。羨ましいよ」

「何が、言いたい!」

「君は可愛いね」

「なっ――またバカにしてっ!」

 半ば喚くようにして歯牙をむき出しにする。全力で踏み込んでいるのに、距離は一向に縮まらない。それどころか地を削りすぎて足元が滑りやすくなっている。構わず突き進もうとして、やがてアンジェリーナはそのまま前のめりにすっ転びそうになった。

 それを受け止めたゼノは、耳元で囁くように告げる

「君が素直に怒るから、僕も素直に言っているんだよ」

 もはや訳がわからない。アンジェリーナは困惑しきって、怒りによって茹だった頭が冷めてしまう。気色悪い、という気持ちがやがて恐怖に変わっていくのを感じて、アンジェリーナは確信した。

 クロルは年頃の娘で体付きこそ大人になりつつあるが、まだ幼い。対照的に己はゼノと同年代程度の筈だ。

 この男には胸をはだけさせられたし、飛び立つ際には裸体を見られていないとは言い切れない。さらには先程裸のまま抱きしめられた。

 いくら好青年然としていたとしても、男だ。発情しても仕方がないし、そう見られている可能性も高い。なにせ己は人並み以上の容姿を持っているし、身体も十分に引き締まっている。筋肉質すぎると言っても仕方がないし、バストだってこのふしだらに膨らんだ胸よりも健康的だ。

 ならばこのゼノ・ロステイトは己に薄暗い下ひた感情を抱いてしまうことは至極当然とも言える。

 そこまで考えて、先程まで赤くなりつつある顔が気がついた時にはすっかり血の気を引いて真っ青になっていた。

「なんだ、どうしたんだ。なんなんだ、お前は」

「好意を口にしただけで今にも吐きそうになるほど僕の事が嫌いなのか――ともかく。君は鋭いからね。色々と勘違いさせたようで申し訳ない」

「……と言うと、なんだというんだ?」

「クロルが割って入った後から、見られている。誰か……恐らく、アマズの連中だろう、ニ人か、三人。僕らの様子を探っているようだ」

 小声で、ゼノは耳元で囁き続ける。

 なるほど、と合点のいったアンジェリーナ。確かに、ゼノの肩越しに背後を見やる。

 鬱蒼と茂る木々の影に、人の気配を感じる。姿までは見えないが、竜人としての野生の感性が人の息遣いを感じさせた。

 そこまで理解して、さらに彼女は声を大きく荒げてみせた。

「そう言ってまた我をからかうのか、貴様は!」

「少しずつ足音が近づいてくる。どうしたらいい?」

「そのままじっとしていろ! ったく!」

 身体を委ねていた腕を払い、アンジェリーナは一歩距離を離して腕を組んだ。

「元はと言えばお前の方向音痴が祟ってこんな所に迷い込んでしまったのだろうが! 少しは反省しろ!」

 わざとらしい説明口調だ、とゼノは苦笑する。

 クロルはひどく不安げな様子で二人を見守っていたが、やや妙な雰囲気になっていることに気づいたようだった。

 ゼノはそれに気づいて、人差し指を口元に運ぶ。クロルは小さくうなずいたのを確認してから、ゼノは言葉を返した。

「ぼ……わたしのせいにばっかりしないでくれるかな。それに何か争いが起こっている様子もある。わたしたちが言い合っている場合じゃないだろう」

「ああ……空に竜が飛んでいたと思ったら、どこからか矢も飛んできてな。それを免れたのは、お前のお陰でもあるか」

「――お前たち!」

 声は、あからさまに大きく踏み鳴らされて大きくなった足音とともにやってきた。

 三人の足音は瞬く間に彼らを三方向から包囲する。一人は弓を構え、弦に手をかけている。もう二人は鋭い槍を構えたまま、やがて手近なゼノへと接近した。

 三人は予想通り全員が女性だった。なめし革を加工した胸当て、腰巻きという軽装で、露出される肌は男顔負けなほどに筋骨隆々としている。

「ここはアマズ・ハイネ領だ、何のつもりでここに来たかはしらないが今は大変な……」

 そう告げながら、ようやく振り返ったゼノの顔を見て、彼女は言葉をつまらせた。

 なんと美しい姿だろうか――さながら天使か、否、女神のようだ。彫像のように良く出来た顔の造形に、ひどく肉感的な体付き。背負う剣は大振りで、その格好が鎧姿であれば戦乙女にさえ見えていたかもしれない。

「すみません、実は訳あってアマズ・ハイネに訪問しようと思っていたところなんです」

 凛然とした声。低そうで高い、魅惑的な声色。今にも魅入ってしまいそうになった女性は、大きく首を振って意識を力任せに呼び戻す。

「まあいい、話は後で聞く。ここは、このまま居れば危険かもしれない――お前たちの素性も知れないが……みんなもそれでいいな?」

 女が問うと、他の二人は小さく縦に首を振った。

「ええ、願ったり叶ったりです」

「……着いてこい」

 目を合わせてはにかんで見せるゼノに対し、女は見とれそうになりながらも振り返って進み始める。

 ゼノたちはその後をついていき、また残った二人がしんがりを務めるように、あるいは三人が妙な動きをしないよう監視するようにして続いていった。

 ――まず一段階目は突破と言った所か。ゼノはそう考えるが、もっともここから先が全て難関なのだ、と思う。

 男性であることを偽ったまま女王を騙しきり、さらには国宝である首飾りを借りる。

 バレれば死罪だな、と冗談めかしく考えながら、ゼノは歩みを進めていった。

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