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旅路 ①

「しかし、なぜ王子さまともあろうお方がこんな旅に?」

 クロルは首を傾げながら隣を歩く。日はまだ高い内に森を抜けられた事に安堵していると、不意に隣からそんな疑問が飛んできた。

 しばらく真っ直ぐ進んだ先に道があった筈だ。そう考えながら、ゼノは疑問に答えた。

「僕は第一王子と言えども、何の才能もなかったんだ。だから王位継承を弟に譲り、僕は軍に入った。ただそれだけの事だよ」

「とはいえ、王子さまなんですからお付きの人くらいは同行しても良いのでは?」

「居たよ、勇者――エッジ・ロイドがね。だけど旅の途中で今回話したような事になって、こうして別行動しているわけさ」

「でも二人だけの旅だったんですね?」

「うん。僕はこれでも実力で千人隊長まで上り詰めたんだ。力だけで言えば、エッジにも負けないと思うよ」

「そのエッジさんは、勇者さまなんですか?」

「ああ、僕がそう呼んでいるだけだけどね。彼は化物じみた戦闘能力を持っているし、たった一人で『邪なる者』に挑もうとしている。とても出来ることではないよ」

 うーん、と少し困惑したような顔でクロルが顎に手をやる。

 やがて大きな整備された道に出た所で、ゼノは荷物から地図と方位磁石を取り出した。方角と現在地を適当に計算して、北東へ伸びる道を歩きだす。クロルはゆっくり隣に並んだ。

「邪なる者って、『深淵の始祖』の事ですよね? たった一人で……そんなこと」

「無謀だと思うかい?」

「と、とっても失礼なんですけど、思います」

「だよね。僕もそう思ってる」

 ならなんで。そう続けようとするクロルを遮るように、ゼノは微笑みながら続けた。

「エッジと一緒にいると、とても不可能で非現実的な事をしようとしている……そうは思えないんだ」

 だってそうだろう? ゼノは続けた。

「邪なる者はわざわざ深淵から離れ、直接ルル・ロステイトに呪術をかけたと聞く。何故だと思う?」

「お姫さまはその勇者さまの婚約者なんですよね? ってことは、少しでも足止めとか、したい……的な?」

「うん。そういうことをするってことは、つまり奴は僕らを、ひいてはエッジを少しでも脅威だと思ってる。ということは、ほんの僅かでも彼は己を殺せる存在だと確信しているという事。なら、これはそんなに無茶な事だとは思えないんだ」

「まあ……そうですねぇ」

 納得出来るような、出来なような。そんな曖昧な返事に、ゼノはクス、と小さく笑う。

 確かに荒唐無稽にも思えるかもしれない。ただの迷い言に聞こえても仕方がないだろう。

「どっちにしても、君が心配することはないよ。邪なる者との戦いになる前に、白銀竜を見つけて君は家に帰れるんだから」

「……深淵の始祖との戦いでは、軍は動かさないのですか?」

「まあ、出せるものなら出したいけどね。敵勢は間違いなく大量の魔物を放ってくるだろうし。でも……」

「でも?」

「恐らく戦いは深淵になる。前人未到の地で、大陸の広さや、ましてやそこに大陸があるのかさえもわからない土地だ。先鋭で邪なる者だけを討伐する……というのが大まかな目的だよ。大勢連れてけば、連れて行っただけ帰れなくなるかもしれない。だったら可能性のある少人数だけってのが理想なんだ」

「なるほど」

「そういえば僕の剣、片割れを君に預かってて貰いたかったんだけど……その荷物じゃ無理そうだね」

 言って、背負われる大きな荷物を一目見る。一体何が入っているのかわからないが、負担になりそうな量ではあった。

 対してゼノは肩から提げるバッグが一つのみ。それもあまり膨らんではおらず、飲料と保存食、地図とコンパス程度の簡素なものだ。

「す、すみません。初めて旅に出るので、なんでもかんでも持ってきちゃって……」

「何が入ってるの?」

「基本的なものはもちろんなのと、着替えや毛布や、ちょっとした小物なんてものを」

「なるほど。なくさないようにね」

「ありがとうございます、気をつけます」


 日が暮れてきた。夕日が鋭く差し、あたりが朱色に染まり始める。近くの町まではまだしばらくかかりそうだった。

「あまり夜に動くのも危ないし、今日はここらへんで休もうか」

「わかりました」

 あたりは平原。少し離れた方角に森があるが、そこまで危険な気配はない。こんな時間だから馬車も通らないだろう。

 道から外れ、適当な位置に石を囲んでかまどを作り近くの小枝をかき集める。バッグから火打ち石を取り出そうとした所で、クロルが制した。

「火はわたしに任せてください」

「……う、うん? 大丈夫?」

「焚き火をつけるくらい、簡単ですよ」

 得意げに胸をそらしてから、小枝に手を向ける。ほんの僅かだけ目を閉じた瞬間に、その手のひらが淡く輝いた。そう思った瞬間、小枝の底から火の粉が散り始め――ぼう、と音を立てて炎が上がる。やがてパチパチと音を鳴らしながら小枝に火が移り、火力が安定し始めた。

「おお! すごいね!」

「腐っても師匠の元で育ったんです。これくらい、朝ごはん前ですよ!」

「いやあ、すごいすごい。クロルちゃんも中々やるんだね」

 言いながら、近くに落ちているやや太めの木々を集め始める。追いかけてきたクロルもそれにならって枝を抱え始めた。

「私のクロル、って呼び捨てで大丈夫ですよ、王子さま」

「じゃあ、僕のこともゼノでいいよ。今は王子や隊長じゃなく、ただの旅人なんだし……あと枝は出来るだけ乾いた奴でね」

「えっ、じゃ、じゃあ……ゼノさん、で」

「うん」

 二人で集めた薪を適当に地面に投げ置くと、どちらからともなくどっかりと地面に座り込んだ。

 ふう、と息を吐きクロルは革袋を取り出して水を飲む。ゼノはそれを眺めながら、焚き火を維持するために木を投げ入れた。

「疲れた?」

「すみません、こんなに歩いたのも久しぶりなもので……」

「もし眠くなったら、ゆっくり休んでね。もう春先とは言え、まだ寒いから暖かくして」

「あ、ありがとうございます……。あっ、そうだ」

 何かを思い出したように、クロルは荷物を漁る。そこから取り出すのは小さな鍋と、布に包まれた茶葉だ。鍋に革袋から水を注いで焚き火にかけ、沸騰する間に茶葉を別の布に小分けした。

「滋養強壮に良く利くっていう茶葉を持ってきたんです。よかったらどうぞ、温まりますし」

「ありがとう」

 言いながら、ゼノもバッグから食料を取り出す。日持ちする黒パンをナイフで適当に切って、干し肉と、乾燥させたフルーツを分けてクロルに渡す。

「あんまりおいしくないけど、食事も摂らないとね」

「ありがとうございます! いただきます!」

 言って、二人はゆっくりと軽い夕食を開始した。

 そんな折に、今度はゼノからクロルへ疑問を投げかける。

「そういえば、クロルはどれくらいブランカ様の元に居たんだい?」

「えーっと……生まれてから、ずっとですね」

 その返しに、ゼノは少し言葉に詰まる。あの家に両親らしき気配はなかったし、いくらなんでもリリィ・ブランカの実の娘というわけでもないだろう。

 彼女がリリィの家に預けられているだけなのか、あるいは両親が存在しないのか……年頃の娘には少し突っ込みにくい話だった。

「……そっか。君も大変だったんだね」

 ゼノは短く息を吐きながら無難に答える。

「ううん……とは言え、わたし自身まったく覚えてないので、もうすっかり師匠がお母さんというか、お婆ちゃんというか、家族同然に育ったので苦労も何もしてないんですよ。ツラいと言えば、師匠の修行くらいなもので、えへへ」

「いま、いくつくらい?」

「つい先月、十六になったばかりです」

 クロルはそう言いながら、二つのカップに紅茶を注ぐ。まだ熱いそれをゼノに渡してから、火傷しないように啜った。

「なるほど、可愛い子には旅をさせろってね。そんな大事な子を、ブランカ様は僕に託してくれたわけだ」

「うん……でも、ゼノさんが優しそうな人で良かったです。怖そうなとは思ってなかったんですけど、こうして男の人と二人きりになるのも初めてだったので……」

「はは、それじゃあこれから色々勉強していかなきゃだね」

「ですね、えへへ……」

「うん……っと、たく」

 和やかに紅茶を口に含んだ所で、森の方から何かが蠢くような音がした。それを機微に察知したゼノは立ち上がり、即座に脇においた長剣の片方を手に取り、鞘から抜く。

 白刃は焚き火に照らされ、すっかり日が落ち薄暗くなった世界で、怪しく輝いていた。

「魔物だよ。幸いここは深淵から程遠いからそこまで強くはないけど……」

「わ、私はどうすれば……?」

「魔物の気配はあそこからだけだ。とりあえず周囲を警戒しながら、見ていてくれればいい」

 その言葉だけを残して、ゼノは走り出す。

 同時に森から飛び出してきた影は三つ。いずれも野良犬のような姿だったが、その牙は常軌を逸して鋭く伸び、瞳は不気味なほどに赤く光る。獰猛な唸り声は、その音を残してゼノへ飛びかかってきた。

 が、対するゼノは深く屈み込み、一閃。鋭く貫くのは犬の腹だ。そしてその動きを止めぬまま力任せに振り払えば、近くにまで迫っていたもう一体へ犬の体が投げ込まれ、衝突する。ゼノは怯んだ二体に接近し、上段からの一撃を叩き込んだ。

 大地が唸るように衝撃で震える。二体は骨もろとも両断され――脇から飛びついた犬へ、今度は油断のない蹴りが叩き込まれた。短い悲鳴が飛ぶ……それを認識するより早くゼノの剣撃が、逆袈裟に犬を切り裂いた。

 戦闘は一分ともたずに終了した。ゼノは再びその場に立ち尽くすように辺りを警戒した後、その死骸を適当に掘った穴に投げ入れた。

 まとめたそこに、ポケットから取り出した小瓶の中身を簡単に撒く。その液体は聖職者から加護を受けた聖水であり、簡単に言えば邪を払う力を持つ。魔物の死体にかければ、他の魔物がその血肉に臭いに誘われる事を防ぐ効果がある。

 ゼノは辺りを見渡しながら焚き火へ戻ると、ぽかんと口を開けたまま固まっているクロルに気がついた。

「……大丈夫?」

 声がかかり、はっと意識が舞い戻る。彼女は両手で握っていたコップを地面に置くと、大きく息を吸い込んだ。

「ぜ、ゼノさんすごいです! 魔犬が、三体も居たのに一瞬で倒しちゃうなんて!」

「はは、ありがとう。あれくらいで感動してもらえたようで良かったよ」

「申し訳ない話ですけど、ゼノさんがあんなに強いなんて思えなくて……」

「まあ……でも十五年も前線に居れば、あれくらいは誰でも出来るよ」

「じゅ、十五年……ゼノさんは、おいくつなんですか?」

 剣の血を適当な布で拭いながら、そういえば、とゼノは考える。そういえばしばらく自分の年齢など気にしたことがなかった。

「確か……ニ五、くらいかな」

「まだニ五歳で、千人隊長で、こんなに強くて……ホントに、ホントのホントにゼノさんは王子さまですね!」

「いや、それはよくわからないけど……ありがとうね。さあ、本格的に夜が来るから、さっさと食事は済ませてしまおうか」

 感動し、実力を認めてもらえたことは良かった。早い段階で信用して貰えれば、今後もスムーズに行くことだろう。ゼノは簡単に考えながら黒パンを口に詰め込んで、まだ熱い紅茶で流し込む。

 クロルがさっさと毛布被って荷物を枕に横になる。それを眺めながら、ゼノは意識を研ぎ澄ませ辺りを警戒することにだけ集中した。

 しばらく、眠れない夜が始まりそうだ。そう思うことに特段、嫌気が差すわけではないが。

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