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旅の続きのはじまり

 ようやくここまでたどり着いた、と青年は大きく息を吐いた。

 親友であり相棒でもあったロイド・エッジと別れて早半月。

 青年は休むこと無く歩き続け、国境を越え、季節の変わり目を感じながら森の奥深くにある、その荘厳な館の前に立っていた。

 およそ人気のない環境で、どことなく寒々しさすら感じる雰囲気だ。森の中のせいか昼間であるのにもかかわらず薄暗く、不気味である。

 だがそれこそが、そこに目的の人物がいるという確信に繋がった。

 青年は構わず門を開けて庭へ侵入する。ちょっとした庭園には噴水があり、ベンチがあり、また対面には小さな畑があった。そこではあらゆる野菜が栽培されていたり、少し離れた木々には様々な果実が実っていた。

 一、ニ分でそこを抜ければ館の玄関に到着する。その扉も、青年の二回りほど大きなものだ。どこぞの富豪の別荘だと言われても疑う余地のない立派な建物だ。

 青年は少し深呼吸してから、備え付けてある獅子を模したノッカーを叩いて声を上げた。

「ごめんくださーい!」

 そう言うが早いか、ノッカーを握ったまま扉は突如として開かれた。思わずのけぞるようにして数歩後ろに下がると、給仕服姿の若い女性がそこに現れた。

「どちらさまでしょうか?」

 言いながら、彼女は青年を足元から頭の先まで訝しげに見た。

 透き通るような黄金色の髪に、通った鼻先。力強い目は蒼く澄んでいて、顔立ちは整っている。だがそれとは対象的に身につけているものは薄汚れていて、それを隠すように黒い外套を身につけている。背には対の長剣を背負っているようだが、不審には変わりない。

 対して黒く長い髪を後ろでひとつに縛り、凛とした鋭い目元が印象的な彼女は、そんな容貌から抑揚のない台詞を放つものだから、初対面である彼に少しだけ苦手意識を与えていた。

 青年はしかし狼狽することもせず、ひとつ息を吐くと、端的に自身の目的を彼女に伝える。

「私はゼノ・ロステイトと申す者。ここに大陸にて至高と呼ばれる術者が居られると聞き、訪ねてきた次第です」

「はあ……どちらからいらっしゃったのですか?」

「ここから西、アクアスト王国より」

「アクアスト……」

 彼女は覚えのない名前に少し首を傾げるように間を置いてから、ああ、と記憶の奥底から情報を取り出したかのように手を叩いた。

「わざわざ遠くまでご足労でしたね。確かにあなたの目的であるリリィ・ブランカは在住で在宅しておりますが……」

「それはよかった」

 青年は安堵に胸を撫で下ろす。少なくともどういう展開になったとしても、彼女はここに居るのだ。ここで目的が失敗したとしても、またここに来れば良い。最悪の事態は少なくとも逃れた。

 緊張から弛緩しはにかんだまま、青年は続けた。

「玄関先で失礼します。私はとある旅をしています。時間がない旅です、出来る限り目的を果たす為に時間を使いたい――つまりブランカ様に協力を仰ぎ、同行を願いたいのですが」

「まあまあ、とりあえず中にお上がりください。ここでのやりとりもブランカはお聞きでしょうから」

「ありがとうございます……失礼します」

 背を向ける彼女に、ゼノはゆっくりと玄関を閉めてから追うようについていった。


 玄関ホールを抜けて右手側にある扉を開けると、そこはこざっぱりとした客室だった。

 嫌味のない適当な調度品と、ソファにテーブル。それだけの部屋で、老婆と若い娘が並んで紅茶を啜っていた。

「ブランカ様、ご客人です」

「知ってるわ。そこに座ってもらって」

「はい……ロステイト様、こちらへどうぞ」

 言われるがまま二人の対面のソファに案内される。ゼノは長剣を床に置いて外套を脇に畳んでから、ゆっくりとそこに腰をかける。

 給仕がテーブルにおかれるティーポットで紅茶を注ぎ、彼に差し出した。ゼノは会釈だけして、改めて老婆……リリィ・ブランカに向き直る。

 老婆とはいえまだ若々しさを保っている女性だ。肌にしわは少なく、若々しく開かれた目は紫水晶のような瞳を収めている。長く綺麗なホワイトブランドの髪を後ろで編み込み、膝の上に手を置くその姿は貴婦人そのもので、とても術者には見えない。

「私はアクアスト王国より参りました、ゼノ・ロステイトです。あなたがリリィ・ブランカ様……でおられるわけですね?」

「ええ、深淵を覗きし者。そう呼ばれることもあったけれどね」

「単刀直入に申し上げます」

 ゼノは大きく一つ息を吐くと、自分の中に詰め込まれた想いを全て吐き出さぬように、わかりやすく一言にした。

「神聖なる白銀竜『ホワイト・エンド』を探しています。白銀竜はあらゆる邪を払う力を持つと呼ばれている……私の妹が『邪なる者』に呪術を受け余命が明日とも知れぬ身。帰りの時間を考えたくない現状にあります」

白銀竜ホワイト・エンド……ねえ? おとぎ話の存在でしょう?」

「あらゆる識者の話、かつて古代学者が残した文書を探しました。それは確かに存在している……現存はわかりませんが、ソレに寿命という概念はないと記されていました。私はただひとつであっても、その可能性に賭けたい」

「そんな五里霧中に命を投げ打って力を貸せ、と?」

 リリィの言葉にゼノは小さく首を振り、床に置いてある一対の長剣の片割れを手に取ると、危なげなくそれをテーブルの上に置いた。

 鞘にはやや控えめではあるが、手の込んだ装飾が施されている。宝石こそないが、そこには盾に双竜、そしてそれを包むような滾る炎、といった紋章が刻まれていた。

「これはアクアスト王国の千人隊長に古くから伝わる宝剣です。これをあなたに預けます」

「……これで身を守れと?」

「いえ、あなたの身は私が命の限り守り抜きます。しかし何らかの事態――私が死んだ時、あるいは再起不能な時はそれをアクアストへ持ち込んで頂ければ、これまでの謝礼と、地位など望むものをお渡しします。王国には既に伝えてある事なので、信じて頂ければ……」

「そこまでして、あなたの利になることは何かしら?」

「白銀竜を発見した際、ブランカ様のみが使えると言われている『転送術』でアクアストへ送っていただきたい。そうすればいち早く妹の病を治すことが出来るかもしれない」

「……全てを隠さず話すことが、本当の礼節なのではないかと思うのです」

 思わずはっ、とする。ゼノは図らずも自身の出自、そして妹に関する事を説明しそびれていた事を思い出した。

「失礼しました。改めて――私はアクアスト王国が第一王子にして千人隊長を務めるゼノ・ロステイト。私の妹であるルル・ロステイト第一王女を助ける為に旅をしています」

「お、王子!?」

 言った所で、唐突に驚いた声を上げるのはリリィの隣に座っていた娘だった。ゼノは小さく頷いて、続ける。

「彼女は私の親友であるロイド・エッジの婚約者であり、私は彼と、妹を助ける約束をしました」

「そのエッジ君は何をしているのかしら?」

「私と彼は共に『邪なる者』を打倒するために『深淵』を目指していました。今はまだ彼は深淵へ向かっている事でしょう」

「無謀ではないかしら?」

「そこに関しては心配はしていません。彼は火竜に素手で挑み、角をへし折って来た事もありますし」

「そ、そう……結構無茶苦茶なのね」

 ともかく。リリィはそう言って紅茶を含み、ゆっくりと飲み下してから言葉を継いだ。

「私もこれで高齢です。中々そういった長旅には同行することは出来ません」

「……そうですか」

「ですが」

 言って、リリィはテーブルの上の宝剣を取り上げる。それをそのまま隣の娘に手渡した。彼女は思いの外の重量に驚いて、落とすまいと抱え込むようにして受け取った。

「彼女を代わりに差し出しましょう。このクロル・ルッカは私の立派な弟子であり、私の知る術をあらかた使えるはずです。もちろん、あなたの望みである『転送術』も……丁度、独り立ちする機会を伺ってました」

「し、師匠! わたしはイヤですよ! 危なそうだし!」

「あなただってもう良い年頃なのだから、そろそろここを出てさらなる修練を積まなければなりません。それには実戦は打ってつけだし、何よりこの殿方が守ってくれるそうだから安全です」

「で、でもぉ」

 ひどく困ったように、泣き出しそうな顔をしながらクロルはゼノを見る。栗色の髪は柔らかくウェーブがかかっていて、琥珀の瞳は大きく人形のようだ。その紺色のドレスに身を包んだ身体は小柄で、動きも小さく小動物かのように見えてくる。

 ゼノは改めてクロルを見てから、安心させるように頷いた。

「身の安全は確かに保障します。この旅の成果に問わずあなたには望む報酬をお渡ししましょう」

「そっ、そういうことではないです! わたしなんかまだまだ未熟で……お役には立てません! 旅なんか行けません! 行きたくありません!」

「困りましたねぇ……まあどちらにせよ、もうあなたにも独り立ちしてもらおうと思っていたので、彼が帰り次第出ていってもらいますからね」

「そんなぁ……」

 リリィは柔和な笑みと共に辛辣に突き放し、クロルはひどく狼狽している。ゼノは短く息を吐くと、ゆっくりと立ち上がった。

「申し訳ありませんが、時間がありません。白銀竜を見つけた際にはまたこちらへ寄ることがあるかもしれませんが、その際はご協力願えますか?」

「ええ、それなら何の問題もないわ」

「ありがとうございます。貴重なお時間ありがとうございました」

「あっ……」

 クロルから長剣を取り上げると、改めてフックを取り付けロープで対となるように背負い直す。その上から外套をまとうと、また二人へ向き直り深く頭を下げた。

「お世話になる事もあるかもしれませんが、その時はまたよろしくお願いします」

「ええ、ご達者で」

 ゼノはそのまま二人に背を向け、客室から出る。外で控えていた給仕に玄関を案内され、そのまま館を後にした。

「――というわけだから、あなたも出ていってちょうだい。クロル?」

「な、なんでこのタイミングなんですかっ! ま、まだ私は未熟ですし独り立ちなんてとても……」

「彼についていくのが、無難で成長出来ると私は思うのですよ」

 リリィはまたティーカップを手に取り、既にぬるくなったそれをゆっくりと飲み干す。ふう、と息を吐いてからまた続けた。

「彼は強い人ですよ。物理的にも千人隊長であるし、一人で、ただ一つの目的の為に幻想かもしれないものを追い続けている。彼自身へのメリットはほぼ皆無であるのに」

「で、でも見ず知らずの男の人と二人きりだなんて!」

「愚直なまでに誠実な人間です。私の見立てでは不穏な事にはならないと思いますが」

「で、でも」

「でなければあなたはいつまでたっても成長できませんよ? どうするんです、私の死後は誰もあなたを支えてはくれませんよ?」

「……わ、わかりましたよ! 行けばいいんでしょ、行けば! 危なくなったらすぐに帰ってきますからね!」

「ええ。出来れば彼の力になって貰いたいものですが――彼はロイド・エッジ……邪なる者を打ち倒す方と友人。いずれ語り継がれる人物となり得るでしょう」

「よ、よくわかりませんが……準備が終わり次第、旅立ちます」

「はい。気をつけるのよ、クロル。私の教えを忘れないようにね」

「ありがとうございます、師匠。無事に戻ってきます」


     ❖     ❖     ❖     ❖


「僕もまだまだだな……」

 相手が聡く見透かす術者でなかったらただの不審者だった。リリィ・ブランカが心の広い人物でよかった、とゼノは思う。

 白銀竜はこの大陸の遥か北方、死地の雪山を超えた最北端にある断崖に洞穴を作り、そこを住処としていると聞く。

 せめて馬でもあればとも思うが、道中のささやかな手がかりも見逃したくはない。全ての可能性は拾い上げていきたいのだ。

「にしても急がないと……もう半月か」

 王国お抱えの術者によれば長くても百日だという噂だ。帰りの時間を考えればその猶予は半分以下、要らぬトラブルも避けなければならないし、自己管理も十分に行わなければならない。

 出来れば魔物との遭遇も回避したいから、早急にこの森を離れなければいけないだろう。

「すーみーまーせーん!」

 足早に先を進んでいると、不意に背後からそんな声がした。

 振り返ると、大きい荷物を背に白い外套を身につけた少女の姿が走って近寄ってくる。先程リリィの隣りにいた、クロル・ルッカだ。

 立ち止まって彼女を待てば、ようやく息を切らしながら合流する。クロルは膝に手を置いてゆっくりと呼吸を繰り返して整えると、しばらくしてゼノに向き直った。

 身長差はちょうどゼノの胸のあたりといったところ。思っていたより小柄なためか、彼女は精一杯ゼノを見上げて口を開いた。

「リリィ・ブランカに代わり、わたしクロル・ルッカがお供します。師匠から直伝の術はあなたのお役に立てると思うので」

「……君、すごい嫌がってなかった?」

「嫌……というか、正直怖いしお家から出たくないし、あなたもよくわからないしで不安で、心の準備も出来てなかっただけですから!」

「今は?」

「変わりません! ……ですが、やるしかないなら、全力で頑張らせて頂きます!」

「よし!」

 ゼノは勢い良く手を叩くと、クロルへ手を差し伸べた。

「君の事は僕が何が何でも守り抜く。改めて、ゼノ・ロステイトだ、よろしく」

「はい、クロル・ルッカです。よろしくおねがいします」

 挨拶とともに交わされた握手は強く、そうして二人の旅路が始まった。

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