予兆
「ボク、もう随分昔のような気がするんですが、違う世界からここに連れてきてもらったじゃないですか?」
「うん。」
「あの世界って、異世界に飛ばされる話って凄い多くて、吐いて捨てるほどあるんだと思うんですけど……もう年間どれぐらいの人間が異世界に飛ばされてるのか分かったもんじゃないんですが、もう、今となっては、アッチの世界が『異世界』ですよね。」
「あーなるほどね。」
「あの『快適さ』って、ヤバイんですよ。こっちの世界って、まあトイレは水洗じゃないし、エアコンないし、衣料の類はことごとく変な匂いするし、当然、消臭剤とかないし。」
「そこは炭で代用してるじゃないか。」
「まあそうなんですけど。」
この部屋の中にも、脱臭と湿度調節のためにトウモロコシの軸の炭が積んで置いてある。
「ぶっちゃけ、ボクって今、権力者ですよね。」
「それ自分で言っちゃうのね。まあ、ワタシの預言者だからね。」
「でも、前の世界でフリーターやってた方が快適だったんですよね。」
「すまんね。」
ボクは首を振った。
「いや、感謝していますよ。」
「本当に?意外!」
本心だ。
「トウモロコシ食べるのも慣れました。」
「コメ食べたい?」
「まあ、ぶっちゃけ、白いゴハンが恋しいですね。明太子とか乗っけて白いゴハンと味噌汁。何度夢に見たか。あとラーメン食べたいですね。」
「本当にすまなかった。」
「いや、それはもう何と言うか……もはや『女の子に生まれてみたかった』的な願望に近い話で、別に今更それを実現させたいってヤツじゃないんですよ。ボク、元の世界にいたらこんなに沢山の人に感謝される人生なんて送れなかったと思うし。ただ急にいなくなって親にだけは申し訳ない気持ちがあります。」
センテオトルは月を眺めていた。
「予感がするんだよ。」
「予感と言うと?」
一柱一人の会話に間が空いた。
「村で次に生まれてくる子供は、キミと同じ、ワタシを見ることができる人間かもしれない。」
ボクはため息をついた。ボクも月を眺める。センテオトルは言葉をつなげた。
「キミが家に帰るときが来たんだ。」