シチュー
ルデリク王子はこの土地の呪いについてボクが語った内容もよく理解した。彼はビタミンが不足するという概念は知らなかったが、例えば塩が足りなくなると人が弱って死ぬという事実は知っていた。だからトウモロコシについてのボクの話も何となく理解はできるらしい。
「だから、ボクはニシュタマリゼーションを広めないといけない。……たいした人数じゃないんだけどね。そのためには村の人たちが食べて『美味しい』と感じるものを供給するのが近道だと思ってるんです。見るとあまり肉を食べないみたいなので。」
前の世界にいたときにちらっとネットで見た記憶だと、彼らにとっては肉を食べるのも大切だったはずだ。七面鳥は十分集まって肥え太っている。ルデリク王子はこの世界で食べられている野菜や野草について色々教えてくれた。実際のところボクが彼に教えたことよりも、彼からボクが教えてもらったことの方が多いのではないか。彼は土器の作り方も僕に伝授した。と言うより必要な土器は彼が焼いてくれた。おかげで高度な調理が可能になり、主食はトウモロコシの固い薄焼きパン、副食は七面鳥と野草でシチューが定番になった。
「これでトマトがあれば完璧なんだけどな。」
「トマトってなんですか?」
ボクは王子にトマトと言う野菜があるのだと説明したが、王子はそれらしきものはリンゴしか見たことがないらしい。ボクはそんな話をしながらも王子と荷物を抱えて村へ向かう。村人たちはボクを覚えていた。
「オマエがまじないをかけた畑は良く実るようになった。だけどオマエが作った畑はもっと凄いな。」
ボクは愛想笑いをして誤魔化した。
「呪いを解く話はウソではないんですが、すぐに信じてもらおうというわけでもないんです。かわりに皆さんに食事の用意を持ってきました。皆さん全員が食べられるぐらいあるといいのですが。」
ルデリク王子が村でかまどを借りて、シチューの準備をする。ボクもべつのかまどで薄焼きパンを作る。
「これは以前、皆さんにお見せしたニシュタマリゼーションして作ったパンです。予め用意してきました。」
普段は良く喋るルデリク王子はボクの従者を演じきるつもりらしく、終始無口だった。しかし、彼の作るシチューの匂いが村中に漂っている。普段ほとんど、トウモロコシの練り物や焼いたものだけを食べている彼らにとっては、相当なカルチャーショックのはずだ。
「さあ、召し上がって下さい。」
胸の高まりを隠しながら、ボクたちは食事を勧めた。