第96話 わたしはどうぐわたしはどうぐ
「レムリアド先生、聞きましたよ。本命はどっちなんですか?」
「早速生徒食べちゃうなんて先生もなかなかやりますね!」
「レムリアドくん、後で校長室に来てもらえるかね」
木曜日は朝からこの調子だった。あの後授業に遅れたイノギアがポロッと正直に話してしまったお蔭で午後の業務に遅れた俺と辻褄が合い、即刻噂の種になってしまった。現在俺はメーティスとイノギアに二股を掛けているという話にされている。メーティスには事情を話したが、当然いい顔はされなかった。
放課後、契約部屋へと歩いていると偶然曲がり角でイノギアと鉢合わせる。驚いてワタワタと狼狽えているイノギアの後ろにはアロガンとラストが並び、2人はサッと密かに繋いでいた手を放して俺とイノギアとを見比べて意味深に微笑む。…今日は授業が無かったので、これが昨日以来初の会偶だった。
イノギアは素早く翻して逃げ出そうとする。その背に咄嗟に「おい」と声を掛けると、イノギアは恐る恐る身体を此方に向け直してくる。
「悪かったな、変な噂になってしまって…。同級生に色々言われてないか?」
「えっ……あ、あぁえ……えっ…」
イノギアは相当俺の言葉が意外だったのかあり得ないくらいテンパっていた。ラストがクスクスと笑い、アロガンまで腰に手をやって口端を震わせ始めると、イノギアは顔を赤くして2人を睨んだ後に言い訳っぽく口を開いた。
「せ、先生の方こそ!こんな噂立っちゃって他の先生から何か言われなかった?怒られたりしたでしょ?」
「あぁ、まぁ怒られたよ、校長に。あんまり生徒と仲良くし過ぎないようにってさ」
「…ぇ……いや、別に、仲良く…はしてくれていいと思いますけど…」
イノギアは面白いくらいすぐに顔色を青くして小さく言い返す。俺は思わず笑って彼女の頭を撫でた。すると、彼女はまたすぐに真っ赤になる。
「分かってるよ。別に避けたりなんかしないから安心しろ」
「…そ、そんな心配…してない…」
イノギアは視線を斜め下に逸らして固い表情のまま言い返す。…実際、昨日打ち明けてくれた悩みを知っている以上彼女を放っておくのは剰りに可哀想だ。俺が突き放したら余計に彼女は寂しく思うだろう。他に友達がいないではないのだろうが、きっとそれらは甘えられる相手という訳ではないのだろう。親友達と離れる寂しさを俺で紛らわせられるのなら、やはり俺はイノギアの傍にいてやるべきだと思う。…何だかんだ言って、まだまだ子供な教え子が可愛くて仕方ないのだ。
「…あ、の……2人が見てる…から…」
イノギアは俯いて消え入りそうな声で訴え、俺は速やかに手を降ろして「そうだな、悪い」と微笑み掛けた。…いくら子供に見えても彼女なりのプライドがある。その辺りはきちんと考慮してやらなければ彼女にも迷惑だろう。…年頃の女の子だし他にも気を付ける所があるだろうと考えてみると、意外と難しいようだと感じた。
「…ま、お前が何ともないなら俺はいいよ。もし今後同級生とかから嫌なこと言われたりしたら言えよ。ちゃんと助けるし誤解も解くからさ」
「わ、わかっ…た…………り…ました」
そうしてイノギアがどもる後ろでアロガンが耐えきれず背を向けて腹を抱え出した。ラストもアロガンに同調して口元を手で覆って顔を背けて笑い声を噛み殺す。とうとうイノギアが「うがー!」と真っ赤になって2人に飛び掛かり、3人で黄色い声を上げてじゃれ合い始めた。よく分からんことになったなと苦笑しながら「じゃ、またな」とその場を離れると、後から急いで追い掛けてきたイノギアが「ま、またね、先生!」と律儀に挨拶を返してくれる。
それに後ろ手を振って「おう」と返し、進むと少し先の廊下でメーティスが壁に背凭れて腕を組んでいた。お待たせ、と手を振っても無視したまま俺を睨み付けているメーティスに嫌な予感を覚えながら近付くと、彼女は大きな溜め息と共に壁から起きて隣を歩き始める。…やっぱり何か怒ってるよなぁと頬を掻いて顔を覗くと、ジロリと細めた目で此方を見た彼女が随分と低い声で、
「レムって本当によくモテるよねー。定期的に女の子口説く病気なのかなー。何なんだろうねー」
と責めるような言葉を吐き捨てた。普段とのギャップに背筋が凍りそうに思いながらも、下手に言い返さないことにしてついて歩いていった。
契約の部屋に着くとメーティスが鍵を開けて中へと先導する。教室と変わらない広さのその部屋の中には、中央にポツンと佇む台座の上に直径20cm程の純白の珠が1つと、その頭上に半ドーム形の青いライトが薄明かりを灯しているのみだった。
メーティスはさっきまでの不機嫌を一旦忘れて「こっち来て」と普段通りの態度で呼び寄せ、俺は一安心して彼女と共に珠の目前まで進んだ。…風の神殿で見たものと同じなので、おそらくこれが契約初式の魔石なのだろうと理解出来た。
「この魔石、何の魔石だと思う?」
メーティスは唐突にそう訊ねた。質問の意図が分からず「何のって…?」と首を傾げると、メーティスは表情も変えず真っ直ぐに魔石を見つめた。
「風の神殿で契約した魔石から与えられた召喚獣のペリュトンは、風魔法を司ってた。…これを風の魔石と位置付ける。他にもきっと、炎や氷を司る魔石が世界の何処かにあるでしょ。…だとすると、このアカデミーに保管されている魔石は何を司っていると思う?」
…どのみち辿り着けないからとメーティスへの伝達を見送ったことだが、俺はメアリーズ・バーで炎の魔石の在処も聞いている。黒魔法の法則に則れば残るは氷の魔石だけだが、ガブノレが氷魔法を使用したことも氷魔法への耐性があったことも無かった。そうなると特に思い当たる節は無い。
「さぁ、分からないな」
「…正解はね、…これは、光の魔石なの」
メーティスはそれに手を触れて告げた。そう言われれば、確かにアムラハンは勇者リアスがかつての討伐軍――特獣隊と連携するための拠点としていた。リアスがこのアムラハンを選んだ理由としては割としっくりくる。しかし…、
「魔石で召喚獣との契約を行う仕組みはよく知らないけど、さっきからの話を聞くに魔石を通じて神から召喚獣を与えられるって感じなのか?…けど、そうだとしたらその魔石はクリスに繋がってるってことになるよな?」
「…私も資料で読んで知ったんだけどね、魔石っていうのはこの世界と神様とを繋ぐゲートみたいなものなの。召喚獣は、召喚師が神様と交渉して受け取るもので、実際私は契約の度に『誰か』に会ってるの。…初めての契約ではカトリーヌ先生が言った通りにお爺さんに会って、風の魔石でもお爺さんに会うと思ってたらもっと若い男の人と会った。資料を見るに、この人達は私の心によって人の姿に可視化された神様みたい。…この魔石とクリス本人とは、別に繋がってる訳じゃないね」
話が難しいが、メーティスに少し待ってもらって内容を呑み込む。そして理解すると此方から続きを促す意味で訊ねる。
「…じゃあ、光の魔石ではクリスとは別に、この世界の光の力に反応してるって感じでいいのか」
「そうだね…。風の神はその見た目通り青年らしい口調で話してくれたけど、光の魔石で会ったお爺さんは…何だか女の子みたいな言動が多かったり、此方が話し掛けないと魂が抜けたみたいに固まって反応しなかったりして、色々チグハグしてたんだ。まるで、私の心に反映して無理に作られた人格って感じに。…多分それは、魔石を通じて会ったのが神様じゃなくてクリスの中に眠ってる『光の力の核』の象徴だったからだと思う。…今日はそれを確認したかったの」
そう告げて、またも混乱気味の俺を放ってメーティスは魔石に両手を突き目を瞑る。そして呼吸が消え、メーティスは契約時の雰囲気を醸す。邪魔すべきではないと考え、それを見つめながら話を纏めていると、メーティスは思いの外早く目を開け、そしてまた閉じて呼吸を消した。
何だったんだろうかと不思議に思って見ていると、再び目を開けたメーティスが魔石から手を放して此方を向き、「会ってきたよ」と神妙に告げる。予想はついたのでそれ程驚かず、「何か分かったか?」と訊ねた。
「うん、はっきりしたよ。やっぱりこの魔石で会ったのは光の神じゃない。クリスを思い浮かべて入っていけばクリスの姿をした私に、レムを思い浮かべて入っていけばレムの姿をした私に会った。そこには光の神自身の自我は無い。…これでこの魔石が初式に用いられる理由やガブノレがペリュトンより弱かった理由も分かった」
遮らないように黙っていると、メーティスは自分の中で考えを形にするように顎に手をやって話し続けた。その様相はまさに科学者だった。
「召喚師の身体を強化しているのは神の加護…詳しく言えば光の力ってことになる。レベルの上昇は魔物との戦闘経験から召喚師自身の肉体が必要と判断するのに従って行われるけど、その割にはどの召喚師もシステム的に強化される。これはそもそも光の神が既にいなくて、神に選り好みされた対象だけを差別的に強化するようなことが無いから。更に言えば、選り好みされないから素質があれば全員召喚師になれる。…光の魔石によって初式を行うのが運用上一番確実性が保証されてるんだ。アカデミーがアムラハンを離れない理由も、一つには光の魔石を利用・管理し易いからだろうね。……けど、光の神がいなくて魔石は力不足になってる。与えられる召喚獣もそれに伴って弱くなってしまうから、必然的に他の魔石で得られる召喚獣には程遠くなる。これがガブノレが弱い理由」
「……なるほど」
何となくは理解出来た。…俺が全部を理解出来なくても、メーティスさえ分かっていれば問題は無いだろう。とりあえず分かったフリして頷いておく。
「…これはさっきまでの話とは関係無いんだけどさ、…不思議に思わなかった?何で聖水林のバリアが他の街より不完全なアムラハンが、討伐軍の拠点として利用されてるのか」
メーティスはまた唐突に訊ねたが、俺はその問いにまた首を傾げるしかない。
「…さっき光の魔石があるからアカデミーもここに建ってるって言わなかったか?それが理由じゃなきゃ、俺は何も分からん」
「ううん、それは理由の一つでしかない。安全面を考慮に入れたら、それは理由としては弱過ぎるよ」
ならお手上げだ、と俺は苦笑して肩を竦める。メーティスはそれに少し笑って、一呼吸挟んで説明した。
「…私の予想だけど、元々はアムラハンのバリアは不完全じゃなかったんだよ。恐らくここの聖水林は他の街とは違う形式で形成されてて、光の魔石が勇者リアスの力にリンクして聖水林を生み出してる。…多分、全部の街に光の力を集められなかったからアムラハンだけこの措置が取られたんだと思う。本来はリアスの強い力で完成されていたバリアだったのが、今ではレベルの低い勇者しか現れなくなって、結果としてアムラハンのバリアは弱くなってるってことだと思う。……資料にも載ってないし確証は無いけど、合ってると思う」
自信満々のメーティスの発言だが、俺にはそれらのことが何を意味しているか分からないので、首の傾斜が益々深くなるばかりだ。メーティスはそんな俺にまたカラカラと笑い、
「ごめん、悪い癖が出たね。話したくなっただけだから、忘れていいよ」
「…おお、そうか」
メーティスとしては議論する相手が欲しかったのだろうが、残念ながら俺では務まらない。しかしメーティスはまた顎に手をやって「あとはねぇ…」と次の話を思い浮かべている。…いくら聞いても俺には何も言えないのでこれで最後にして欲しい。
「…今日ここに来て、召喚師に加護を与えているその発生源が魔石だってことが分かったし、魔石へのアクセスの制御も…めちゃくちゃ集中要るけど出来なくもないって分かった。だから、これを新しい力にする方法を色々考えてみるよ」
「新しい力…」
まともな返事すら疲れてきてオウム返しになっている俺の頭を、メーティスは目を細めて微笑みながらポンポンと撫でる。一頻りそうすると、彼女は次に両手を胸に組んで召喚を始めた。しかし、驚いたことに、発現したのはガブノレの脚だけだった。
「こんなことも出来るんだよ」
メーティスはそう言って召喚を解除し得意気になるが、何をしているのか分からない。やはり説明が必要だった。
「今のは魔石から受け取る力を制御して、中途半端な召喚をやって見せたの。…普通、魔人はワンドとかの魔石片を一度に1つしか使用出来ないでしょ?召喚師も同じで一度に1つしか魔石を利用できないから、本当は召喚獣も1体しか呼び出せないんだけど…」
そう言ってまたメーティスが召喚を行うと、今度はガブノレの脚と並んでペリュトンの前脚が出現し消えていく。
「…こんな感じに、1つの魔石から受け取る力が弱ければ複数にアクセス出来るんだよ。これをもっと上手く利用出来れば特別な力になる」
…これをメーティスが1人で発見したというのなら本当に末恐ろしい。こんな現象は前代未聞のはずだ。頭が良いとは思ってきたが、まさかこんなに規格外だったとは思わなかった。
俺が呆気に取られているとメーティスはパンッと手を叩いて「はい、報告終わり。撤収!」と俺を押して部屋を出た。そのまま廊下を歩かせながら、メーティスは俺を元気付けるように、
「ごめんごめん、レムは魔人だしよく分からなかったよね。今日はもう休憩。ほら、今日は私が腕枕してあげるからっ」
…誘ってくれるというなら遠慮無く恩恵を受けさせてもらうことにするが、心境的には疲れている場合ではなかった。メーティスがこんなにも必死にやっているのに、今の俺には出来ることが無い。…これを何とかしなければならないという焦燥と、そのために暴走してもいけないという自戒とが胸の中に渦巻いていた。
その週末、俺達は再びマイク達との話し合いのため人目を気にせずに済む場所を目指した。集まるメンツにはユーリやマリックなどの先生方も加わるため、大所帯となる。当然何処へ集まるにしても、もし見張られていたら警戒は免れない。可能なだけ説得力を持たせ、かつ話を聞かれずに済む場所として、俺が提案したのは…アカデミーから最も距離が離れたラブホテルだった。
…勿論理由はある。レシナに騙された経験から立案した訳だが、男女の関係を仄めかすことは人の眼を誤魔化すのに最適なのだ。周囲を気にしながら移動してきたのを見られていても、行き先がラブホなら納得してもらえる。そして複数組が同じホテルに入ったことも、知り合いとの遭遇を避けた結果だということで説明がつく。可能な限り道中では雰囲気を作るようにしてもらったので大丈夫なはずだ。ここでの会話も他の客の矯声に紛れて外には漏れないだろう。
「…もし噂が立ったら一生恨むわよ、レムリアドくん」
「…ははは…まぁ、その、すんません」
集まったメンバーの多くが不快を露にしている中、ユーリは一際憎らしげに俺を見る。…それも当然だ。ラブホという舞台に合わせ、それぞれに男女1組で数十分ずらして部屋に来るように伝達してあった中、男が足りないためにユーリとレイラだけが女同士で来る羽目になったのだから。俺とメーティス、マイクとエラルド、マリックとカトリーヌは以前から学内でカップルとして噂が立っていたのでダメージが薄いものの、この2人だけはダメージが大き過ぎる。俺は平謝りだった。
…しかし、マリックとカトリーヌが交際していたのは初耳だった。お蔭でこの密会の装いにも信憑性が出たのだが、俺にとっては青春の一幕だったカトリーヌの真実に触れてしまい悲しくもある。
「…まぁ、言っててもしょうがないですよ。せめて『半日もホテルにいた』なんて噂が流れないように早いとこ終わらせましょう」
マイクの一言にユーリはうんざりした溜め息を溢し、渋々頷いてベッドに座り直す。皆がベッドの上に輪になって座る内、ユーリと並ぶレイラは特に不満を感じなかったのか普段の調子で周囲を眺めている。カトリーヌは環境が落ち着かないのか顔を赤くして視線をあちこちに泳がせ、マリックは時折それを楽しそうに見ながらマイクの発言に注意していた。
エラルドは初めから報告を心待ちにしてマイクばかりをチラチラと見ていたが、マイクはずっとそれに意も介さずユーリを宥めていた。…俺達も似たようなもので、ずっと手を繋いで俺の様子を窺ってくるメーティスに、意図して無反応を決め込み他の会話に集中する俺という図だった。
そんな若干気の抜けた空気だったのが、マイクの報告と共に一気に張り詰めていく。ロベリアが来ていないのは残念だが、彼女は仕事の関係で来れなかったというので仕方ない。此処にいる8人で状況報告を共有し、計画を前に進めることとなった。
「一応本件の元責任者として、アカデミーを代表して報告を受ける立場にある俺ですが、研究情報は厳重に扱われている分報告が控えられている部分もあるかと思います。とりあえずは俺が知り得ている情報だけを話していくので、そのことは頭に入れておいてください」
それぞれが頷き、速やかに報告が進む。
「率直に言って、研究は思うように進んでいないとのことです。そもそもが非人道の研究なため研究所内でも常に疑問の声が上がっています。しかしその声が上がる度に圧力と怒号が飛び交うため、場の空気は悪くなる一方です。現場の荒んだ空気がクリスティーネに飛び火しないとも限りません。…また、クリスティーネの心身ケアをシノア医師が引き続き担当してくださるそうです。実際に世話をするのはこれまで通り看護師ということですが、その管理を味方が行ってくれるというのは此方としても安心感があります。…それで、問題はここからです」
マイクはそこで一区切りつけて俺達を見回した。それだけで嫌な予感はあったものの、だからと言って聞いてすぐには対応出来ないため冷静であるように努めて先を聞いた。
「クリスティーネとの交配に起用された兵士達は、皆種蓄にされたと憤って研究員に反発しているようです。これには行為中の記録のため監視カメラで撮影され続けていることも関係しているかと…。兵士達はその鬱憤をぶつけるようにクリスティーネに暴力的な行為を行っているとのことです。…また、更には以前からクリスティーネを世話していた看護師が辞めることになったのですが、どうもその人は嫌悪感やストレスからクリスティーネに大分辛く当たっていたようで…。新しい人が就いたから一先ずは問題も起きないとは思いますが、兵士達や研究員達が余計なことをして再び看護師を追い詰める可能性も十分にあります。研究そのものも大いにクリスティーネを虐げていますが、それに絡めて周囲の人間が彼女の負担になっているんです。…その有り様は、度が過ぎたいじめや拷問と何ら変わらないように窺えます」
聞いているだけでも胸焼けしそうな痛烈な現実を伝えられ、俺は平静を装うので手一杯だった。ただ、メーティスがしっかり手を繋いでいてくれるお蔭で無闇に暴れ回らずに済む。
「…正式に責任者間の報告会があるのはいつになりますか?」
無言になった俺を労り此方を一瞥したマイクに、事態の客観視に努めるようにレイラが無感情に訊ねる。マイクはそれに頷き答えるが、視線は後半から俺を向き始める。彼はそれをまず俺に伝えたかったのだろう。
「報告会は6月20日に行われます。現場にはヨヒラ様もいらっしゃるので、直接そこでアカデミーへの警戒の度合いを見ることが出来ます。…もし可能と判断出来れば、すぐにもクリスティーネ救出の作戦に出ることとします」
…漸く状況が好転するかもしれない。その喜びを笑顔にして、俺は真っ先にメーティスへと向けた。メーティスも同時に振り向き、一緒になって笑った。俺達の素直な反応に感化されてか、皆も各々に笑みを浮かべる。そしてマイクは咳払いし、また全員が真剣な表情に戻る。
「そこで今日は、作戦の詳細を話し合って決定していこうと思います。既に俺とエラルド先生、ユーリ先生である程度の流れは決めてあるので、マリック先生やカトリーヌ先生にも惜しまず意見を出していただきたいと思います。では、まずは流れだけお伝えします」
マイクの司会により会議は進み、クリスを救う道筋が鮮明になっていく。…ただ、未来への希望より何より、俺はこんなにもクリスのために戦おうとしてくれる人がいることを嬉しく思った。




