第92話 えさをそそがれさげすまれ
盆イベントが立て続いて執筆が追い付いてません!
今日中に第93話も投稿出来るように時間を見つけて書きます。
翌朝、俺もメーティスも私服のまま教員室を訪れ、それぞれ担当上司となるマイク、ユーリのデスクの前に立った。採寸が済むまで制服を与えられないため、一先ずはカジュアルな服装で過ごすように言われているが、手持ちの服自体が少ないのでなかなか最適な格好とはいかない。教員の制服は上下とも基本色を黒とする赤ライン入りの探査旅行服なため学生時代の制服を染め直す場合もあるのだが、生憎2人とも当時の制服は売ってしまっていたので新調するしかない。
マイクがデスクに現れると、此方としては上下関係を意識しない訳にはいかず「おはようございます…」と冗談めかしつつも厳格に深々挨拶を交わす。対してマイクは「おー、おはよ」と普段と変わらない調子で椅子に座り、デスクに散らばるファイルの上に上積みされた十数枚の書類をパッと見て2つの山にテキパキ分けた。あっさり過ぎた反応に手持ち無沙汰な思いをしていると、マイクは左の山を指差して振り向いた。
「レムリアド、朝の内に契約手続きな。まぁ1限で終わるはずだ。それで悪いがこっちの書類2限の間に読んでメモに要約しといてくれ。纏め方は追って伝授するからとりあえず自己流でいい。3限はユーリ先生も空きコマだからメーティスと一緒に仕事の流れを教えていくぞ」
「あっ、はい。了解致しました」
「それとな、明後日はメーティスと2人で防具屋に出向いてもらう。多分会ったことあるだろ、あのお爺さんのとこだ。採寸してもらってこい。…あとはー…、あぁ、今週は土日も出勤な。月末でアカデミー通信の納期が迫ってるから。まぁ他に何かあればまた連絡するよ」
「…りょーかいしました」
『これ絶対忙しくなるわ。次々予定が割り込んでくるやつだわ』と白目を向きそうになりながら手帳に書き留め、書類を受け取ってマイクのデスクから離れる。俺のデスクはマイクのような教員室中央ではなく、思いっきり壁際の隅となっている。この圧迫感は作業をする上では集中力が高まって良いのだが、常にこれとなると少し息苦しい。ただ両隣はユーリ、レイラのデスクとなっているので人間関係的には幾分か気は楽である。
メーティスはと言うとユーリからスケジュールメモらしきものを受け取ると、入口付近に用意された自身のデスクへと戻った。それからそのメモをテープでペタンとデスクの右端に貼り付けてカトリーヌのデスクへと歩いていった。彼女に与えられた仕事が何かは気になるが、互いに無駄な接触は極力避けることにしている。剰りに顔を合わせると気が緩んで仕事どころでなくなりそうだからだ。接触するにしても昼食や放課後にすると決めてある。
時間が空いているからと触り程度に書類を流し読みしていると、不意にガラリとドアを開けて校長が入り、黒板の前に進んだ。教員一同が起立して校長に向かうと、メーティスは駆け足にデスクに戻って畏まる。てんてこ舞いな彼女に校長は然して関心も払わず、教員達を見回して挨拶を始めた。所謂『朝打』だ。
直後日直の教員が前に出て会を仕切り、各々が今日の予定や生徒の指導状況などの報告を行っていく。俺にも出番が回ってきたらどうしようなどと慣れないせいで要らない不安を抱いている内にそれも終了していく。すると、直ぐ様マイクらを含む教員の半数が担任としてHRに出払い、デスクに座り直そうとしていた俺やメーティスに校長からお呼びが掛かる。
俺、メーティスはそれぞれ頷いて校長の後についていった。1時間に亘って雇用条件や契約内容等を伝えられ、手続きを済ますと去り際に『これからよろしく』と頭を下げ合う。そして俺は書類を読むため教員室へ、メーティスはどうやらカトリーヌの手伝いを命じられていたらしく中庭へと向かっていった。また3限に、とメーティスに手を振られ、此方もつい微笑んでそれに応じてしまう。気を引き締めろ、と深呼吸しながら自らに言い聞かせて足を早めた。
「おーい、レムリアド……っと、あれ?何してるんだ?」
マイクは武器演習から戻ってくると俺のデスクに近寄り、討伐軍からの報告書を分類分けしている俺に声を掛けた。俺はそこで作業を中断し、報告書を分けた箱を重ねた最上層に残りをしまった箱を乗せて身体ごと振り返った。
「先週集まった報告書の整理をしてました。レイラ先生に頼まれたので。あ、書類の要約、出来てます。ご確認お願い致します」
「おぉ、早いな。どれ…」
デスクの端に置いていた要約書をマイクに渡すと、マイクはホウホウと感心した様子で頷いた。好感触だなと満足して眺めていると、
「まぁ、まずまず、こんなもんだろ。細かい指導は昼にでものんびりやるか」
とマイクはその要約書を突き返した。流石に最初から満点とはいかない。俺は「了解です」と受け取って引き出しにしまい、「あの、訊いていいですか?」とまた顔を上げて訊ねた。マイクは不思議そうな顔で「おう、どうした?」と見つめ返す。
「書類の中に、防具屋からの要請で『魔物の皮を採取して防具を作りたいから協力して欲しい』っていうのがあったじゃないですか。あれって、何で引き受けないんですか?」
マイクは心底驚いた様子で、
「凄いな、気づいたのか」
と目を丸くした。
「何となく、そんな感じしたんです。俺に要約を頼んだ書類、全部『引き受けない案件』ですよね。報告書を分けながら、マイク先生がこの書類を分けてた時に何を気にしてたのか考えてみたらそう感じました。……俺は良いと思うんですけど、魔物の皮の防具。協力したらいいのに」
「今は大分こっちもゴタついてるし、優先する仕事が多いもんでな。…更に言うなら、魔物の皮なんて街の中に持ち込んでいることを今の住民に知られたらどんなことになると思う?」
「…まぁ、…ですね。クレームの嵐でしょうね」
防具屋の爺さん…リザード。彼がこの防具を立案したのは1年前だ。そこから今日まで協力を断ってきたということは、前者の理由が要因として強力なのだろう。後者に述べた危惧が解消されても実現はまだまだ難しいことが分かった。俺はそれ以上説得などはしないことにして立ち上がり、「じゃ、行くか」と別の部屋への移動を始めたマイクについて歩く。先に出ていったらしいメーティス達を待たせまいと早足で廊下を進む中、もう1つ気になっていたことを訊ねた。
「今日、レイラ先生もエラルド先生も学校にいますよね。クリスの世話も、あの光の守護者の皆さんが引き受けてくださったんですか?」
「ん、あぁ…だな…」
マイクは曖昧な態度で小さく頷き、率先した返答はしなかった。そのままメーティスと合流し指導を受けていく。
翌々日の午前、先の指示にあった通りメーティスと共に防具屋を目指した。道中メーティスが手を繋ぎたがっていたが、伸ばされ腰に触れてくる手を無視して両手をポケットに突っ込んで歩く。防具屋への訪問は実に2ヶ月ぶりのことだった。
「久しぶりじゃな。…前来た時よりはマシ、と言った感じじゃな」
「顔がですか」
リザードはコクリと深く頷き、俺はそれに自嘲した。メーティスはそんな俺を見て無理やり手を俺のポケットに突っ込んでまでして繋いだ。
「まぁ、お前さんも色々あると思うが根を詰め過ぎんようにな。巷の騒ぎも無視しとりゃあええ」
「そうですねぇ」
笑って空返事するしかなくなっていると、俺に代わってメーティスが顔を上げ、
「今日は制服の採寸、よろしくお願いします」
「おお、任せな。早速やるか」
リザードは声を明るくしてカウンターの後ろで準備を始め、メーティスはそれを眺めて続ける。
「お爺さんが2人分採寸するんですか?」
「いんやぁ、お嬢ちゃんは服屋の店員にやってもらうさ。ちょっと待っとれよ」
「はーい」
採寸されるなら同性の方がいいもんな、と心情を推し量って見下ろすとメーティスは見つめ返してニコッと笑った。その笑顔に何となく心を奪われていると、メジャーとメモを持ってリザードが防具屋の暖簾から出ていった。そして女性店員を連れて戻り、「こっちじゃ」と手招きして奥へと進むので俺達もそれについて歩いた。
メーティスと別れてリザードに採寸をしてもらう中、ふと彼は手を休めず気軽い空気で話し掛けてきた。俺をリラックスさせたい意図が読み取れたが、発言そのものは本音のようだった。
「お前さん、アカデミーの教員になったなら、わしらと同じ討伐軍の運営者側ということになったな。もうわしらは横の関係じゃ。敬語も要らないんじゃぞ」
「…そう、いきなり言われてもな…。…まぁそれなら、あんまり堅くならないように気を付けるよ」
「おう」
しかし結局は静かなまま採寸も終わり、メーティス達も終了して合流すると店員も去っていく。リザードは2人分のメモをしまうと領収書を渡して話した。後で経費で落としてもらうので一先ずは自分の財布で制服代を先払いしながら聞いた。
「明日の昼には出来とるから取りに来い」
「明日ですか?…凄い早いですね、作るの」
「まぁのぅ。一から作る訳じゃないからな」
カッカッカッ、とリザードは嬉しそうに、誇らしげに笑って胸を張る。「それじゃあ明日取りに来ます」とメーティスが笑い返し、俺も共にお辞儀してリザードに背を向けた。
「いつでも来て構わんからな。また何か用事があれば遠慮無く来いよ。ロベリアだか云った嬢ちゃんも武器屋の連中と仲良くしとるようじゃからな」
「あぁ、ははは。了解です」
背に掛けられた声に振り向いて笑い返す。…ロベリアは少し前から武器工房の方々にメイスワンドの製作を頼み、自らもそこへ出向いたりしていた。そこの人々とはいつかの仕事で仲良くなっていたことや、メイスワンドの改良という新しい取り組みは武器製造の幅を広げる利益を見込めることもあり、完成した物はほぼ無償で受け取れることになっているらしい。俺も何か作ってもらえたらなと少しだけ羨ましくも思ったりした。
「メイスワンドの改良にはユーリ先生も参加してるんだって。以前メイスワンドの試作品を受け取ったのがユーリ先生だったからその関係で話が伝わって。ロベリアともたまに鉢合わせるみたい」
思い出したようにメーティスが話を繋げる。思わぬ所で関係が構築されていて妙な気持ちになりながら俺は笑った。フムフムと頷いて聞いていると、そこにまたリザードが、
「ワンドの柄は使用者の魔力が魔石に伝達出来るように、魔石屑を混ぜた合金を使用しとるからな。武器として使うには若干脆くなってしまうんじゃ。メイスワンドの改良っちゅうのはその問題を解決して耐久性を従来のメイスのレベルに引き上げるものだそうじゃ」
それに対してメーティスが、
「もし成功したらその技術をメイス以外にも適用出来そうですしね。それか、召喚師も使えるワンドとかあるといいですよね。何でか使えないし」
このまま会話が長引いては仕事が溜まってしまうので、少し強引とは思いながらも別れを切り出すことにした。メーティスの手をグイッと引っ張ってリザードに手を振る。流れを作るべく声は高く、大きくした。
「じゃあ、この辺で。また明日な、爺さん」
リザードは少し驚いたが、何処か嬉しそうに、
「おう!またな、レム坊!」
快活なリザードの声に俺も笑い、メーティスが「リザードさん、またね」と手を振ると外へと歩き出した。
制服を手にし、25、26日と大忙しの休日出勤を経て翌週から授業見学が始まった。マイクやユーリが行う授業についての見学と研究を重ね、木曜日からは授業実習が始まることになっている。今になってマイクがA、Bクラスで探査旅行学Ⅱを教えていることを知り、学生時代にどれ程周囲を見ていなかったかを痛感した。
授業に関わるようになっても事務処理の仕事は増えていくばかりだ。とはいえそれも今だけのことらしく、どうやらマイクが俺の教育係を外れたら俺は生徒指導室に移動することになるらしい。生徒指導室の先生方は生徒の指導だけでなくクレームの対応もさせられているので、新人教育に充てられる教員がいないのだそうだ。メーティスの方はカトリーヌの手伝いと並行して今後もアカデミー通信関連の仕事を続けていくようだった。
制服の具合については良好だ。激しい動きにも対応した作りの良さで、このままフィールドに出てもバッチリ使えそうだ。ピッシリした黒い制服は俺の趣味に合い、学生時代の青と白の色調よりも気に入っている。また、今までは気付かなかったが、学生用に比べて教員用のスカートは膝に届くまでにはいかないものの丈が少し長くなっている。まぁ先生達があんまりパンチラしていても反応に困るからこれでいい。
月曜日の全校朝礼で挨拶をしてからというもの、廊下で生徒と擦れ違う度に「先生、おはよう」と挨拶を掛けられるので照れ臭く思いながら挨拶を返したりしている。廊下を走る生徒を軽く叱ったり、教員室の前で困っている生徒に事情を訊いてあげたり、人懐っこい生徒から先生先生と話し掛けられるのに対応したりしていると、学生ってこんなに子供だったかと物思いに耽る。歳の差なんて離れていても5歳差しか無いだろうに見えている世界がこうも違うのかと、過去の自分を思い出した。
そうしてつつがなく教育実習を進めてきて水曜日の放課後、3日間の授業見学で得た発見を活用して教育指導案の作成を行っているとマイクが後ろからデスクを覗き込んでくる。俺がすぐに手を止めて振り向くと、マイクは「あぁ、すまん」と顔を離した。俺は身体も彼の方へと向けて姿勢を正した。
「どうだ、明日の授業は。上手くいきそうか?」
「さぁ、どうですかね。とりあえず自分が出来る最大限の授業をやりますよ。後で添削をよろしくお願いします」
「そうか。まぁ実習中は俺も付いてるからな。あまり気を張らず、リラックスしてやれ。焦っても良い授業にはならん」
「了解です」
話はこれで終わりだろうかと、脚をデスクの下へと戻しながらマイクの反応を待っていると、どう切り出したものかと言い方に悩んでいるのか「あ~」とか「ん~」とか言い出したので此方から訊いておきたいことを先に訊ねることにした。俺はまた脚をマイクに向け直して姿勢を良くした。
「クリスティーネ様はあれからどうしていますか?何も変わりありませんか?」
マイクは待っていたと言わんばかりに頷いて答えた。それは先程から俺に伝えたがっていた話だったのだろう、マイクは憑き物の落ちたような表情で、しかし真剣な目をして告げた。
「変わりはあったよ。ただ、お前にはあまり良くないことだ」
俺はすぐに立ち上がって「一体何が?」と詰め寄った。彼はそれに首を振り、俺が首を捻ってその意図を探っていると思わぬ提案をした。
「次の休日、2人で出掛けよう」
「…それは、一体どこへ…」
またあの城に入らせてもらえるのかと考えた矢先に彼は、
「どこでもいいが、2人きりになれる場所かな」
「あ?」
急にシリアスから一転してふざけたことを言うので少し頭に血が昇るが、マイクはそんなことも気にせずに眼を合わせてくる。マイクは両手をデスクの端に突いて俺の行く手を塞ぎ、真剣な表情のまま顔が接近してくる。
「…おい。おいってこら、おい!そーゆー趣味はねぇぞ俺!」
身の危険を感じて威嚇するもマイクは止まらず、却って勢い良く俺の耳元に口を寄せてきた。これ以上変なことをするなら容赦無く腹を殴ろうと心の準備をした時、
「盗聴されない場所でクリスティーネについて話す」
周囲に聞かれないように小さくした声でそれを囁かれ、俺はその鬼気迫った声音に意識を切り替えた。クリスの身に何かとてつもない事が起きたのだと、その一言で確信した。
「じゃあ、土曜は部屋まで迎えに行くから外出すんなよ。また明日な」
マイクはそう明るく言い残すと足早に教員室を出ていった。端から俺達のやり取りを見ていた(耳打ちの内容を知らない)ユーリは自分のデスクに戻ってきた途端、若干引いて青冷めた表情を向けた。
「何?あんた達そーゆー関係なの?」
「いえ、違います。ぜんぜん違います」
「……私かメーティスの部屋に避難する?土曜」
「大丈夫なんでお構い無く」
ここから数日に掛けて、俺とマイクは他の教員から白い目で見られることとなった。本当に申し訳ない。




