第91話 からだをさしだしなぐられて
3話分書くはずでしたが思いの外忙しかったので2話だけになってしまいました。
すみません、次回にご期待ください。
任を解かれた報せの後は、「早々に立ち退け」と命令がある。ヨヒラも、その仲間も、ユニフェスも、俺達が部屋から出ていくのを待っていた。俺は左右の2人をそれぞれに見て、「…出よう」と探り探り声を掛ける。2人とも俺の声が届かないかのようにヨヒラを見つめて口を開閉し、ヨヒラは痺れを切らして、
「メロク、誘導してやれ。埒が明かない」
「え~?もうちょっとどんな反応するか見てたいんだけど」
呼び掛けられたメロクは不満たらたらにノロノロと歩いて、
「お嬢ちゃん達、荷物纏めに行きましょ」
とわざとらしく猫撫で声を上げた。メーティスはそれで火が点いたのかヨヒラへと一歩踏み出して抗議し始めた。
「あの、納得いきません!今日まで私達が傍で見守ってきたんです!これからだって…!」
ヨヒラは無言のまま睨み、取り合わない。メーティスはキッとヨヒラを睨むと、その眼を続けて俺に向け、
「レムも!どうしてそんなあっさりしてるの!?私達の責任だって、絆だって!レムがそう言ったんだよ!?なのに、何で!」
「…ヨヒラさん達はずっと光の血筋を見守ってきた『光の守護者』なんだ。技量も、知識も、覚悟も、全部この人達の方が遥かに上なんだ。…俺達が傍にいるより、ずっとクリスティーネ様のためになるはずだ」
「レム、これってあの時と同じなんだよ!?クリスのパーティ候補から外された時と、全く同じ状況!私達が外されて、代わりにミファがパーティに加わって、それでどうなったか覚えてる!?リードの犯行を許して全部が駄目になっちゃったの忘れたの!?また繰り返すの、あんなこと!?」
メーティスは両手で俺の胸元に掴み掛かり、歯を剥く程にはっきりと敵意を向けた。それでも俺は首を振り、変わらず意見を貫いた。
「状況は、全く違う。ここにはもうリードはいない。ヨヒラさん達はあの大臣やパトリックにだって意見出来る立場の方々だ。なら、もうここにそれ程の脅威は無い。俺達が此処に留まってもそうはいかないだろう。確実に、俺達より皆さんの方がクリスを救ってやれる確率が高いんだ」
メーティスは俺の言葉で僅かに引き下がり、助けを求めるようにロベリアを見た。しかしロベリアも、俺を一瞥してメーティスに首を振った。
「…私も、レムくんの言う通りだと思う。この人達に任せるのが、一番なんじゃないかな、って…」
メーティスは何とか反論しようとしたが、結局何も言えず俺から手を放して項垂れる。俺は彼女の肩に手を置いて諭した。
「ここで駄々を捏ねても仕方ない。俺達がどう思おうと、この決定はきっと覆らない。…遠くはなってしまうけど、クリスのために出来ることはきっとあるはずだから。それを探そう、な」
メーティスは頷くことも返事をすることもない。メロクは俺達の後ろに回るとメーティスとロベリアの背中を押して「はーいはい、出ていきましょうねー」と歩かせた。トボトボと足を止めがちなメーティスに合わせてゆっくり歩き、部屋を出る頃になってシノアを見ると、彼女はサッと俺から眼を反らして唇を噛んでいた。彼女の気持ちを察する暇も無く、俺達はその部屋を追い出される。
寝室に着くと、メロクがドア横の壁に背凭れて監視する中、俺達は持ち込まれていた荷物をバッグに纏めた。メーティスもロベリアも表情が暗く手が遅くなっていて、手際良く終えた俺は彼女らを待つ傍らメロクに訊ねることにした。ヨヒラに比べ、彼女はまだ会話に応じてくれると感じたためだ。
「…皆様は、クリスティーネ様をどうなさるんですか?我々は今日まで、クリスティーネ様が暴れたり自殺に走ったりした場合を想定して対処のため見張りを承ってきました。光の守護者の皆様は、今後我々のこの仕事を引き継ぐことになるのでしょうか?」
メロクは笑みを浮かべたりはせず、俺の問いに素っ気無く、
「さぁね、私達は末裔の監視をするだけよ。細かい目的なんか知らされてないわ」
「…クリスティーネ様は、これからどうなりますか?彼女は既に出産し、しかしその子供は不幸にも命を落としてしまいました。ご存知でしょうが、勇者は一度産めばそれ以上は子を産めない身体となります。彼女はもう世継ぎを産めません。しかし、それにも関わらずこの城の上層部とアカデミー校長との間では世継ぎ問題の対策案が既に出来上がっているという話なんです。…何か聞いたりなどは――」
「知らない」
メロクは俺の発言を切るようにピシャリと告げた。また、残る2人が丁度バッグを閉じ終えて会話に耳を傾けていたので、それを見たメロクは壁から身体を起こして「はい、じゃあアカデミーへ」とドアを開け促す。俺達はそれ以上質問も何もせず大人しく彼女の後をついて歩いた。
アカデミーではわざわざ昇降口でマイクとユーリが待ち構えていた。2人は俺達と合流するとメロクに頭を下げ、出迎えるべき所を手を煩わせたとして詫びた。
「別に気にしちゃいないわ。そんな気張らなくて大丈夫よ。後のことは頼んだわね」
メロクはヒラヒラ手を振りながら回れ右で去っていき、その背中が校門に消えてからマイク達は「今後のことを話そう」と俺達を応接室へ連れていった。応接室にて対面しているソファーの一方には、黒髪にオレンジのツリ目をした20代後半と目される男が座って待ち、彼は俺達の登場と共に立ち上がった。そして後方から息を呑む声。
「お兄ちゃん!」
ロベリアが驚愕して口を手で覆っていた。それまで陰鬱な顔をしていたメーティスも唐突のことに「お兄ちゃん!?」と驚いて両者を見比べていた。彼はその様子に苦笑してからマイクを向いて、マイクも彼と頷き合う。マイク達はロベリアの兄が座るソファーに腰を落とし、俺達には対面のソファーに座るよう促した。未だ目を丸くしている2人を引っ張るようにして座り、俺の方から「それで、話って?」と切り出すとマイクに代わってユーリが話し始めた。俺達はそれを黙って聞き、メーティスとロベリアの表情は真剣味を帯びていく。
「さっき聞いたかもしれないけど語弊が無いように話すわ。あんた達3人にはこの数ヶ月、クリスティーネさんの護衛兼監視役として動いてもらっていたと思うけど、今日からは光の守護者の皆さんにその任を引き継ぐことになる。そうなると当然あんた達はお役目終了だけど、だからってまた旅に出すわけにはいかなくなったのよ。経緯から考えて、あんた達はクリスティーネさんにとって大きな存在よね。つまり……こんな言い方私も嫌だけど、もしクリスティーネさんが何か良くない行動を見せた場合にも、あなた達の存在が抑止力になる。同時に、クリスティーネさんに何らかの行動を起こさせる起爆剤でもある。あんた達にはアムラハンに残ってもらった方が、色々と都合がいいのよ」
「…つまり、俺達は今後アムラハンから出られないということですか?クリスティーネ様を制御するカードとして利用するために」
「ええ、言ってしまえばこの街に軟禁されるということよ。クリスティーネさんの問題が解決するまでね。…とは言っても、その間ずっとあなた達を放ったらかしにはしないわ。きっちり討伐軍として務めてもらう」
「……それが、ロベリアのお兄さんと関係があるんですか」
ユーリは俺の問いに静かに頷くと、その兄にバトンを繋いだ。彼は一先ずロベリアを労るように微笑んで見つめ、
「久しぶりだな、ロベリア。…昔とは見違えたな」
「おにい……兄さんこそ、立派になったね。入学前はあんなに嫌がったのに」
互いにカラカラと笑い合う。もっと2人で積もる話をしてもらいたい所だが、この場ではそれは憚られる。彼はすぐに俺とメーティスに顔を向けて話題を変えた。
「今後会うことは無いとは思うが、とりあえず自己紹介はしておこう。妹が世話になっていることだしな。カンパヌラ・M・プライムだ。今後とも妹とは仲良くしてやって欲しい」
「メーティス・V・テラマーテルです!ロベリアにはいつも助けてもらってます!」
メーティスが便乗して自己紹介を始めてしまったので、俺もカンパヌラの様子を窺いつつ、
「レムリアド・ベルフラントです。妹さんにはいつも良くしてもらっています」
とメーティスと共に頭を下げた。ササッと流して本題に入るつもりだったらしいカンパヌラは困った顔で「ああ、今後も頼むよ」と笑い、そのまま先へ進んだ。
「今、各地で街の警護に魔人を起用するプロジェクトが進んでるんだ。例のツェデクスは魔王軍に従事する魔人組織という話だろう?なら、ツェデクスが街に侵入してくる可能性などを考慮して対策する必要がある。パーティを組めなくなったハグレの魔人など、討伐軍として働けなくなった魔人を対象に集めて使役することになっていて、既にこの街でも数十人もの魔人が参加し、宿舎の用意もあるんだ。部署名は『アムラハン防衛部』となってる」
此処でこうした話を持ち出すということは、俺達もそこに参加するということだろうと解釈して頷いた。一先ず聞いてみた感じとしては確かに必要だと納得するプロジェクトだ。例えばイシュルビアのような働き口の無い魔人も、このプロジェクトのために救われる。ツェデクスへの対抗としても尤もだ。この仕事に対し俺は全面的に支持する考えだった。
しかし、カンパヌラの視線はロベリアにのみ向けられる。ロベリアは俺やメーティスを一瞥して兄と眼を合わせ、それを不思議がった。
「俺もここに参加してる。ロベリアには、明日から共に防衛部のメンバーとして働いてもらいたい。現状では男手ばかりで女が参加するのは不安に思われるが、一先ず宿舎では俺と同じ部屋で過ごしてもらうことにしたから心配しなくていい」
ポカンと見つめるロベリアの横でメーティスがおずおずとテーブルの上に乗り出し、
「ロベリアだけ、なんですか?参加するの。…私とレムは…?」
カンパヌラが頷くと、直後マイクが引き継いで説明を始めた。
「実はアカデミーの方も人手が欲しくてな。お前達にはとりあえず教員として働いてもらう。最初は研修生だけどな」
「えっ、…私達、先生になるんですか?」
メーティスが目を丸くして訊き返し、ロベリアも同様の顔をしていた。俺もきっと同じ顔をしていたと思う。
「元々は68期卒生のジーンとサラを受け入れる枠だったが、この状況だからな」
マイクはそう言いながら苦い顔をした。実際、旅に出られない俺達を教員として迎え、ジーン達には引き続き旅をしてもらう方が効率が良い。そう考えるとこの決定は妥当と思われた。
此方がそれに納得すると、ユーリが俺達を見渡して立ち上がり、
「今、荷物を持って来てもらってるんだから、このまま異動を済ませましょう。ロベリアさんはお兄さんに案内してもらって、あんた達は教員寮に部屋を用意してるからこれから案内するわ。じゃ、早速行くわよ」
ユーリがソファーからドアへと歩き出すと、マイクとカンパヌラも共に立ち上がる。俺達も従って立ち、揃って昇降口へ歩くが、ロベリアは状況の整理が付かず困惑していた。…それはそうだろう、俺はメーティスと一緒にいられるからそれ程心を揺さぶられないが、ロベリアは兄がいるとは言えたった1人で慣れない環境に飛び込まなければならない。人見知り気質の彼女には相当な負担だろう。
昇降口を出ると、そこで俺達は別れなければならない。俺とメーティスは教員の傍に、ロベリアは兄の傍に立って向かい合い、別れの挨拶という空気になった。メーティスが微笑んでロベリアと握手を交わし、
「頑張ってね。たまの休みには会いに行くからね」
「…うん、ありがとう。メーティスも、頑張って」
ロベリアは緊張して少し強張った返事をした。彼女らが手を放して離れると、替わって俺がロベリアの前に立つ。俺が笑って頭を撫でてやると、彼女は目を見開いて驚いていた。
「辛くなったら遊びに来いよ。休日とか、…多分平日も夜なら空いてるだろうし」
「…うん、ありがとう。分かった、遊びに行くねっ」
「ああ」
ロベリアは少し元気を出して手を振り、「じゃあ、またね!」とカンパヌラと並んで歩いていった。それを手を振り返して見送っていた俺のもう一方の手を、ムスッと口を尖らせたメーティスがぎゅっと握ってきた。
「相変わらず女誑しを地で行ってんのね、レムリアドくん…」
呆れて笑うユーリに振り向き、「いや、そんなことは…」と否定しているとメーティスがぎゅ~っと目一杯力を込めて手を握ってくる。何事かと見るとメーティスはズイズイと旋毛を此方に突き出して上目遣いでじっと見つめる。
…無言でその頭を撫でてやると漸く手を放してくれた。
「………ま、まぁ、とにかく寮の部屋に案内してください」
「はいはい、了解。私はメーティスさんを案内するから、マイクくんはレムリアドくんをお願い」
ユーリはカラカラ笑ってメーティスの手を引き、メーティスは「じゃ、後で」と手を振って行った。俺の方も遅れてマイクと歩き出し、暫くは同じ経路を進んでいたが、メーティス達は2階の廊下へ、俺達は更に登って3階廊下へと別れた。316号室に着くと鍵を渡され、入室しつつ掃除など管理面の説明を受けた。
部屋の内装はというと、学生寮の寝室部分を右半分だけ持ってきたような様子で、つまり風呂もトイレも洗面所も無く、ベッドと机、壁内蔵のロッカーが1つずつの殺風景な小さい部屋だった。囚人部屋と言われても納得してしまいそうな簡素な風景を見ながら荷物を床に置いた。
「…っていうか、教員は1人部屋なんですね。学生と違って」
マイクの説明が一区切りついた辺りで、そんな素朴な疑問を口にしてみた。
「そりゃあな。教員間で浮わついた話が上がっても風紀が乱れたりするだけだし」
「学生の方は男女同室のお蔭で風紀が乱れまくってましたけどね」
「…それは、…まぁ、同じ部屋同士でそういう関係になってくれた方がパーティも簡単に決まるし、旅に出てから強姦事件を起こすような輩も出なくて済むからな。昔の教員達が仕組んだゲスな計らいだよ。言っとくけど俺に文句言うなよ、俺だってアホらしいと思ってるんだ」
マイクは決まり悪そうに溜め息をついて顔を逸らし、急かすように手招きしながら廊下へ出た。俺もついて出て教員室を目指しつつ、教員寮での生活についての不明点を訊き出した。
どうやら教員寮には大浴場というものは無く、男女共用のシャワー室があるだけのようだ。一応学生寮の大浴場は教員も使えるという話だが、別に使いたいと思う教員もいないので皆シャワーで済ますらしい。部屋に無かった便所や洗面所はシャワー室と並んで寮の1階に集中しているので、利用する度に1階まで降りてこなければならない。…と言っても、このレベルの魔人ならそう何度も利用するものでもないからこそ、この環境なのだろうが…。
食堂は元々学内のものと学生寮のものとがあり、学内の方は授業日の昼にだけ利用されるのだが、教員寮にはやはり食堂が無いらしい。教員はレベルが高い分食事を然程必要としていないため、平日の昼に食べられれば十分ということだった。何なら仕事が詰まっている時は数日ほど食事もしないらしい。…別に食事出来ないことはいいのだが、食事の暇が無い仕事量というのは勘弁してもらいたい。
教員室に着くと、いきなりではあるがメーティスと一緒に黒板の予定表前に立ち、教員達と互いに自己紹介を行う。大半の教員は俺達のことをある程度認識していたが、俺は学生時代に関わりがあった者しか知らなかったので少し申し訳ない気分だった。
それから校長室へ向かい、校長からの講話を聴く。目紛るしく状況が進むので若干訳が分からなくなりそうになりつつも、それを聴き終わってマニュアルを貰えば今日は解散ということになった。教員になるための手続きや研修は明日から本格的に始まるため、今日は気持ちの整理をつけておくようにとのことだった。何か困れば訪れていいと言われてマイクとユーリの部屋も教えてもらい、俺とメーティスはそれぞれ自室に帰ってマニュアルを読み耽った。
…今更、新環境で不安などと青臭いことは言わないが、不安と言えば不安だった。俺達がいなくなった後、城に残ったクリスはどうしているだろうか…。ヨヒラ達に怯えたりはしていないだろうか…。ユニフェスとかいう研究者は、クリスやヨヒラ達とどう関わってくるのだろうか…。それらを気にしていると、まるでマニュアルが頭に入らなかった。
だけど、城にはまだシノアも居てくれるし、チェルスだって居てくれている。彼女らが常にクリスに付いていてくれるとは言えないが、それでもクリスは独りぼっちな訳じゃない。…今の俺はただの教員。あの王子にあの大臣とくれば、今後俺には自由に城に入ることは出来ないだろう。だから彼女らに後を託す他無かった。
今はとにかく目の前のことに取り組む。その中でクリスのために出来ることがあれば力になる。今はそれで納得しておくことにした。




