表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/116

第77話 壊された人

1日以上も遅れて申し訳ございません。

お詫びに来週は2本立てです。

頑張れたら3本立てにしたいですが、まぁ無理ですかね。


 アムラハンへの7日間、戦闘は全てメーティスとロベリアの2人に任せるしかなかった。クリスは外界の全てに怯え、傍から人がいなくなることを極端に嫌がった。俺は常に彼女の手を取って隣に並び、優しい言葉を掛け続けていた。

 彼女の口数は剰りにも少なかったが、それでも以前と比べて明らかに異様であることはすぐに察知した。成人を迎えた一端の女性であるはずの彼女は、まるでナイーブな子供のようにおどおどとした声で、自分の言葉を理解しているのかも危ういような拙い口前でいた。話す内容もその殆どが『ごめんなさい』やら『あれこれがこわい』やら『おこらないで』やらと、本来聡明であった彼女とは到底繋がらない幼稚なものだった。俺は困惑を隠すことで手一杯だった。

 19日の午前にアムラハンに到着した。2日程前から「きもちわるい」と訴えていた彼女のためにすぐにも病院へ向かわせたく思ったが、普通の人間とは事情の異なる彼女を連れていった所でどうなるとも思えない。そもそも彼女は魔人と等しく、体調不良になること自体がイレギュラーとなる身体だ。精神的な原因と考えるのが妥当で、結局は真っ直ぐ彼女の自宅へ連れていくしかなかった。

 俺達は門番に手帳を見せて身分を証明したが、一方クリスは青いドレスと引き換えに元の衣服も何も全部失ってしまっていた。仲間だと証明出来ないし、一般客と出任せを言うにもそれなら旅券が発行されていなければおかしいため、彼女を街に入れるのは一筋縄にはいかなかった。

 しかし、暫く経緯を正直に伝えていると馭者が俺の肩を持ってくれて、また彼女から放たれている異臭に門番達も訳ありだと納得したのか、一旦俺1人が街に入ることを認めてもらえた。馭者に多額の支払いを済ませ、先に馬車が門を潜って向かうのを見送った後、降りて門の前に固まって並んでいた3人に向かい合う。

 両脇から見守られるようにして真ん中に立ったクリスは、頼りなく俺を見上げ、俺の服の裾に手を伸ばそうとしながら泣き出す予感を表情に湛えていた。俺は彼女の頭を撫で、トーンを和らげて告げた。

「ごめんな、クリス。俺はこれからアカデミーに報告をしにいかなきゃいけないんだ。メーティスやロベリアと一緒に待っててくれよ」

「…どこへいくの…?わたしもいく…」

「アカデミーだよ。ごめんな、すぐ戻るから。ここで待っててくれ。ごめんな」

 クリスは泣きそうな情けない顔のまま、コク…、とおずおず頷いた。引っ張られる思いで俺が背を向けると、「あっ…やっ!…や……」とすぐに彼女の手が伸びてくる。…此方の言うことが伝わっていないのか、何が何でも俺と離れるのが嫌なのかは分からないけれど、彼女がそうして泣きそうな幼い声で引き止めようとするのを聞くとどうしても胸が痛み、足が止まって仕方なかった。

 俺がなかなか歩き出せないので、メーティスがクリスをぎゅっと抱き締めて背中を擦り、

「私達と待ってよう?レム、ちゃんと帰ってくるからね。いい子にしていよう、ね?」

 クリスは返事をしなかったが、多少は我慢しようとしてくれるようになった。数歩進んで振り返って手を振り、また数歩して手を振ってを繰り返しながら門を通り、塀の裏に隠れてクリスから見えなくなると走ってアカデミーを目指した。…縋りつくようなクリスの眼がずっと頭から離れず、走っても走っても逃れず、…ちくしょう、ちくしょう!と何度も叫んだ。涙が溢れて声が掠れ、叫んでも足りない思いを立ち止まって傍の木にぶつけた。殴って殴って、額を打ち付けて、けれど怒りも悲しみも去らず、かたや樹木は簡単にへし折れる。膝をつき、地面を殴っても腕が埋まるだけだった。腹の底から湧き出した感情を言葉にならない叫びに乗せて、吐き尽くすまで吐き出した。そうして、アカデミーへと再び歩き出すまでに数十分は掛けなければならなかった。


 支援局を通してマイクを呼んでもらうと、思いもよらずすぐに彼は現れた。教員なら誰でもいいと考えていたためパッと名前が浮かんだ彼を指名したのだが、此方の勝手で唐突に用件も言わず呼び出したにも関わらず、彼は呼び出された訳を知っているかのように険しい表情で走ってきた。

 彼は事務室のドアを開けて俺を視界に入れた瞬間に「応接室で聞く。来てくれ!」と手招きした。そして此方が用を切り出すよりも早く、

「クリスティーネの行方を知ってるか?」

 とそう訊ねた。俺が面食らっていると、用事がクリス絡みでないと思ったのか「いや、知らないなら…」と落胆して顔を背け、俺は急いでそれに首を振った。

「いえ、用事はクリスのことです!…行方不明だと認識してるってことは、クリスが拐われたことは知ってるんですね?」

 マイクはクリスの名が出て初めは安堵していたが、『拐われた』と話題に上がると一気に顔を青くした。応接室は目前と言うところで思わず立ち止まり、俺に詳細を問おうと顔を寄せてから思い直し応接室へ足早に連れ込んだ。俺を先に入らせ、後ろ手にノブの鍵を閉めると間を置かず問い掛けた。

「…拐われたって、どういうことだ…?リードとミファリーの2人も一緒にか?どこまで知ってるんだ?」

「一先ず、簡単に状況を説明させてください。…卒業式の直後、おそらくその日の内にと思われますが、クリスとミファが行動不能にされた後誘拐されました。犯行に及んだのはツェデクスと名乗る反政府…いえ、魔物に与する人間の組織のようで、そのスパイとして4年間アカデミーに侵入していたリードが誘拐を手引きしていました」

「…ツェデクス……魔物に与するだと……?…信じられないが、嘘じゃないんだな?リードがスパイだっていうのも確かなのか?」

「…俺が1年生だった頃にラズウルフやゴーレムの騒動がありましたよね。その主犯とされたアレナスが大量の女子生徒を率いて集団自殺した事件もありました。だけどそれは全部リードが仕組んだことです。俺達と旅を同行していた36号パーティも、レシナとキィマの2人がリードの命令で俺達を見張っていたんです。何もかも、奴の手の上で踊らされていたんですよ」

 マイクは額を押さえて眉を寄せ、理解が追い付かず四苦八苦していた。しかし、状況や真相がどうあれ、最優先に確かめなくてはならないこととして、マイクは額から手を離して俺の目を見つめ、

「…クリスティーネは、無事なのか?」

「無事……」

 彼を執拗に不安がらせる意味は無いが、果たして彼女の現状を無事と評していいものか…。

「リードから誘拐先を言付かっていたレシナの案内で、クリスの奪還は行えました。理由は定かじゃありませんが、リードにはクリスを殺そうというつもりは初めから無く、ものを要求するでもなく俺達にクリスを返してくれました。…ただ、ミファは人質に取られたまま奪還出来ませんでした」

「…そりゃあ…一体…」

 マイクは謎の深まる展開に堪らず顔をしかめ、視線を伏せて考え込む。…俺にも真相は分からないままで、互いに無言で眼を伏せた。思考に匙を投げたマイクは顔を上げ、気落ちした様子でポツポツと溢した。

「…ポーランシャから先月の報告、そしてサラ・ミーアからは個人的に連絡を受けてる。だから、当然レシナの犯行とキィマの自殺、そしてお前達が訳あってレシナを脱走させてアムラハンを目指したことも伝わってきてる。キィマの遺書とレシナの発言からリードの存在が挙がったこともな…。さっきの嘘のような話も、それらに照らし合わせれば事実と受け止められる。……俺達の、アカデミーの責任だ。スパイの侵入を許したことも、それに最後まで気付かず、挙げ句勇者の末裔まで危険に晒してしまったことも、全て、俺達のせいだ…。…すまない」

「いいえ、それは…。…俺も気付かなかった馬鹿の1人です。……それより、事情を把握していただけたんならクリスを街に迎える許可をください。実は誘拐の際に持ち物を奪われたようで、彼女には手帳が無いんです」

「…そうか。分かった、行こう。俺から口頭で許可を出す」

「お願いします」

 マイクは了承すると速やかに応接室を出た。話が込み入ると予想して応接室へ通したのだろうが、それなら此方から断っておけば良かった。彼は一度教員室へ顔を出し、手短に出掛けることを告げると急ぐようにアカデミーを出た。足早に並進する俺に対し、校門を越えた辺りになって「あと、ついでだが…」と少し気を抜いた声を掛けた。

「プライベートならいいが、外で『クリス』はやめた方がいいぞ。一応仕事には立場ってのが付いて回るからな」

 マイクの言葉にハッと自身の言動を省みた。クリスのことは一歩身を引いて関わっていくべきだと再三自戒したにも関わらず、此の所の衝撃にそんなことは忘れ去ってしまっていたのだろうか。いや、それ以前に…。

「…今の彼女が、自分の求められた立場に耐えていけるとはとても思えません。…心が壊れて、もうこれ以上壊れようがない程に追い詰められているように見えます」

「…差し支えなければ訊きたいが、…クリスティーネが拐われた先でどんな扱いを受けたかだけでも分からないか?」

「俺も、彼女から直接聞けてはいないので。…だけど様子を見るに、女性として、それどころか人としても、あらゆる尊厳を踏みにじる行為に曝されたんじゃないかと…。…リードの物言いや場所の気質からしても、少なくとも女性の名誉を傷つけられたことは明白だと思います」

「………そう、か…」

 マイクは無言に戻り、心無しかトボトボと足を遅くした。急ぎましょう、と俺が足を速めて促すとマイクも頷いて気持ちを切り替えた。2ブロック進んで曲がり角に差し掛かる頃、マイクは慎重に言い方を探すようにして「レムリアド」と呼び掛けた。

「…明日にもまたアカデミーに来て可能な限り説明を頼む。クリスティーネ本人が話してくれれば最善だが、無理ならお前だけでもいい。クリスティーネの今後をどうするかを決めなくちゃならないから、一刻でも早くアカデミーが状況を理解しておく必要がある。…例の、拐われた場所についても調査が必要だ」

「分かりました。じゃあ、俺が単身で明日向かいます。今のクリスは…いえ、クリスティーネ様は非常に危険な状態です。暫くは自宅で療養に専念させていただいた方がいいかと存じます。明日の時間はそちらにお任せします」

「ああ、分かった。先生方と都合をつけて、決まったら夕方にでも家に邪魔する」

「ええ、助かります」

「ああ。……それと、な。…明後日かそれより後でもいいが、早い内にクリスティーネを病院に連れていって検査を受けさせてやってもらえるか?アカデミーの方から事情はある程度伝えて迎え入れる準備はさせておくから」

「…はぁ…?…まぁ、承知しました」

 病院の下りの意図は不明だったが、断る理由は何処にも無い。頷いた俺にマイクは「頼んだ」と念を押し、後は街門まで静かに歩いた。


 門のすぐ外には行く前と変わらない場所でクリスがメーティスとロベリアに挟まれてじっと良い子にしていた。左右の2人は装備を解いて袋に纏め、荷車に置いてオフに入る準備を済ませていた。

 パッと顔を上げたクリスは表情こそ大きく変えないものの、待ち侘びた様子でじっと俺を見つめた。その瞳は無垢に丸く開かれ、一見したその儚さは以前のクリスと同様とも取れるが、ものも言わず面と向かって不躾に凝視するという行動自体が以前の彼女とは結び付かない。その違和感はマイクに伝わらなかったようだが、俺が傍まで寄って話し掛けた際のクリスの受け答えを見て流石に息を呑んでいた。メーティスはマイクを一瞥して優しくクリスを見つめ、ロベリアは気まずそうにマイクや俺に視線を行き交わせた。

「…戻ったぜ、クリス。ちゃんと待ってたな」

「レムっおかえりっ。もうよーじはおわり?」

「ああ、もう終わったよ。どっか行ったりもしない」

「うんっ。ぜったいよ?」

 クリスは両側から添えられていた2人の手を払って俺に抱き付いた。…逸そ幸せそうな程の無邪気な笑顔だった。彼女を抱き返して頭を撫でる俺に、マイクは肩を震わせて顔を逸らせた。そして苦しい声で門番達に、

「ご無沙汰してます。彼らと彼女の身分はアカデミーが保証します…。第50号パーティ並びにクリスティーネ・L・セントマーカに入街許可を…」

 と一方的に言い残して背を向けて行ってしまった。俺達は彼を暫し立ち止まって見送り、その姿が消えた頃我に返って門へと歩いた。門番達と礼を交わしながら街に踏み入るも、故郷に戻ることでクリスが不安から逃れた様子は無かった。


「お嬢様…!」

 真っ直ぐクリスを家へと送ると、チャイムを鳴らしてすぐ玄関は突き飛ばしたように荒々しく開け放たれた。そして召し使いのチェルスは老体に鞭打って息を切らしつつ飛び出すと、驚いて俺の背中に隠れてしまったクリスに目を見張った。クリスも現れたのがチェルスと分かると、「ばぁやっ…」と喜んでピョコンと飛び出した。チェルスは感極まってクリスに駆け寄り、「よくぞご無事で…!」と涙を溢し抱き締めた。

 クリスは腕を回さず、しかし心の底から安心したような柔らかい笑みを浮かべて身を任せる。しかしすぐ、チェルスはクリスのドレスの下から漂う異臭に気付き、顔を強張らせて身を離す。

「…ばぁや…?」

 チェルスの様子に不安を覚えたクリスは叱られるのを待つような怯えた眼でチェルスを見上げた。チェルスは言葉を失い、しかし悟ったように1人頷くと、またポロポロと涙を溢した。

「…申し訳ございません……申し訳ございませんっ……本当に、あなた様にはいつも…いつも…」

「ばぁや…?…なかないで…?…な、なかないでっ…?」

 クリスは釣られるように泣きながらチェルスを慰めようと頬に触れたり顔を覗いたりしていた。それを何も言えず眺めていると不意に鼻を啜る音が聞こえ、振り返るとここまで荷車を引きながら後方を付いて歩いてきたメーティスがしゃがみ込んで顔を覆い、傍のロベリアがその背中を撫でて俯いていた。ふと、ロベリアは此方を向いて眼が合うと、クリスとメーティスとに交互に眼をやってまた俺を見た。そして歩き出すと俺を通り過ぎてクリスの肩を掴み、頬を濡らした顔を上げたチェルスに会釈をして告げた。

「少し汚れてしまっているので、お風呂の用意をお願い出来ますか?ちょっと身体洗ってきます」

 チェルスは直ぐ様袖で目元を拭うと困惑した様子で「はい、少々お待ちを…」とゆっくり歩いて何度も振り返った。不思議そうにしているクリスにロベリアは、

「クリスティーネ様、一緒にお風呂に入りましょう。お背中流します」

 クリスは大きく開いた目で無垢に見つめて、それから「いいの…?」と呟いた。ロベリアがそれに首を傾げると、本当に不思議そうな顔をしてクリスは続けた。

「わたし…にんげんじゃないのに…」

 チェルスが顔面蒼白になり息を呑んで立ち止まった。それに気付き焦ったロベリアは、

「クリスティーネ様は人間ですよ!お風呂も入っていいんです!ここはクリスティーネ様のお家じゃないですか!好きにしてもらっていいんですよ!」

 と捲し立てるように励ました。クリスは困った顔で首をまた傾げ、けれど少し嬉しそうに頬を赤くした。チェルスはまたトボトボと浴室へ歩き出し、ロベリアはクリスの両肩に手を置いたまま此方に振り返った。

「メーティス、私の着替え取って!あと他の荷物も下ろして、レムくんも装備修繕に出しておいて!こっちは私がやっておくから!」

 ロベリアは指示しながら『早く行って』と視線で訴えていた。それはきっと、クリスと関係が深くそれ故に傷付いた俺達に、少しでも休む暇を与えたのだろうと気が付いた。

「…じゃあ、頼んだよ。メーティスも、ほら、行こう」

 ロベリアに笑い返して任せ、しゃがんだまま涙を拭いていたメーティスに手を差し伸べる。メーティスは小さく頷いて手を取ると、急ぎ足で荷物を玄関先に下ろし、急かすように俺の手を引いた。への字に口を噤み無言を貫くメーティスに代わり、「んじゃ、行ってくる!」とクリスにも手を振ってみると、クリスはまた泣き出して小さく手を振り見えなくなるまで此方を凝視していた。

 まずは宿へと荷車を片手で引く俺に、メーティスは漸くぽそりと震えながらに口を開いた。酷く弱々しく、掠れた声に悲哀が籠っていた。

「…私の家族ね、私がまだお腹の中にいた頃、何処かに拐われそうになったことがあるの。お父様が仕事の関係でパンジャに数ヶ月くらい出掛けた時があって、私の出産が間近だったお母様も傍にいるべきってことで付き添って2人での船旅だった。そこで港が占拠される事件が起きて、お父様達もそこに居合わせたの。結局は上手く隙をついて逃げたって話だけど、逃げられなかった人達は皆船に乗せられて連れ拐われたって…。だからお父様は私にいつも言ってた。『世の中には良識に沿わない正義を掲げる人達がいて、今も何処かに潜んで悪さをしているかもしれない。信じられない悪行を誇る人々が徒党を組んでるかもしれない。取り返しのつかないことが起きる前に奴らの所在を突き止めないといけない』って…。今回のこと、レムから初めて聞いた時から思ってたんだけど…」

「…パンジャに来たそいつらは、ツェデクスだったかもしれない…ってことか」

 メーティスはこくんと大きく頷いた。そして続いて、大きな溜め息。

「…私、ツェデクスのことずっと前から知ってたんだ。…本当はもっと、クリスのために色々出来たんじゃないか、って…。ツェデクスの存在を知ってたのに、それを全く活かせなかった。もっと周りを警戒して、クリスを守れたんじゃないかって…。…だから、今すごく後悔してる」

「…俺だってそうさ。幾らでも疑う機会があったのに、俺は全部無視してきた。少し踏み込んで考えればリードの思惑も分かったかもしれないし、レシナの不可解と思われた数々の行動も無視なんかしなかったはずだ。俺も後悔してる」

 頭を撫でるとメーティスは赤く腫らした目で見上げた。いつもは安心させるために笑い掛ける俺だが、今回ばかりは真剣に眼を合わせていた。メーティスもそれを感じてか、縋るように向けていた眼に力を宿した。

「きっと後悔してるのはこれに関わった全員だ。だから独りで自分を責めるより、これからどう力を合わせていくかを考えるべきだ。そうだろ?」

「…そうだよね、うん。…そうだね」

 メーティスはうんうんと頷いて前を向いた。俺も合わせて前を向くと、彼女は俺から手を離した。そして薄く微笑むと悲しそうに告げた。

「2人きりになっちゃって、ルール違反だね。…けどもう、ルールも何も無いか。今のクリスとは、どうしたって張り合えないもん…。だったら最後に1回くらい、2人きりでもいいよね」

 そしてメーティスは俺を見ようともしないまま、

「クリスの傍にいてあげて。きっと、もうそれしか無いと思うから」

 俺はそれに了承するべきだと思った。しかし頷こうにも、何故だか俺の首は縦には振れなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ