表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/116

第75話 今更な自責

リードではなくファウドのような人、もしくは初めからルイと出会っていたら、レシナはクリスのような性格になった気がします

 2月27日8時15分頃、連絡所の地下は閑散としていた。聴取の班は1人が留守として会議室に控えており、残りは皆民兵署に調査を引き継がせるため足を運んでいた。本来の馬車の出発時刻は10時となっているが、収監前にレシナから受けた助言に従い裏口契約で特急料を払ってあるため馭者には1時間半ほど前には街門に待機してもらえる。仮に俺達が出発する目的を僅かにも悟られて妨害を目論まれているとしても、その前に出発してしまえばどうということはない。この15分で全て片付ける。

 俺は装備を固め、納めた剣の柄に右手を添えたまま、左手は2つ折りに畳んだ赤いワンピースを乗せて覆っていた。その姿のまま足を忍ばせ、レシナの居る留置室の前まで辿り着いた。俺は静かにドアをノックし、無警戒にドアを開けて出迎えたジーンに微笑み掛けた。

「…何だ、レムリアド。別に出発の挨拶は…」

 そこまで言い掛けてからジーンは俺の右手に眼をつけ、急いで自らも背中の大剣に手を伸ばし、躊躇いつつ俺の目を睨んだ。俺が剣を振るうのであれば彼も何か対処が出来ただろうが、これはフェイクだ。動揺を誘った段階で俺の勝ちだった。飛び退こうとした彼の顔を追うように俺は左手を突き出し、ワンピースの下に隠し持っていた赤いケースのスプレーを噴射した。彼は強烈な眠気に襲われて足を縺れさせ、そのまま背中から床に倒れていた。

「…レム……リ……な…ぜ………」

 ジーンは悲しそうに、しかし毅然とするように気を張って眉を寄せながら、俺に手を伸ばしていた。その手が下がり、彼の瞼が閉じたのを見届ける。ドアは開けたままにして俺は部屋の中に進んだ。

「…すみません」

 小さく頭を下げ、眠る彼のポケットから鍵を奪い取り、俺は正面の壁に枷と首輪で繋がれたレシナを向く。レシナは皮肉を込めた嫌らしい笑みで「随分待ったわよ」と小言を告げ、俺は彼女の下へ歩いて腰のポーチから復帰薬と魔力薬を取り出した。その小さな赤紫の丸薬をレシナの唇の隙間に押し込み、紫の小瓶を開けて飲ませる。彼女の喉が大きく鳴ると、その灰色だった肌は見る見る元の生気を取り戻していく。

 彼女は自らの足で立ち上がりながらその身体に汗を滲ませていき、手枷や首輪から壁へと繋がる鎖を忌まわしげに引いて揺らしてはその汗を床に振り落とした。「少し待て」と鍵を見せ、手枷と首輪を解錠すると、すぐにワンピースを手渡す。彼女はつまらなそうにそれを着て、手首を擦りながら少し安心したように笑った。

「下着は無いの?あなたは気が利く方だと期待したけど」

「馬車まで我慢してくれ。着替えに使う時間は無い」

「そう、なら仕方無いわ」

 俺は鍵を床に捨て、レシナの手を引き踵を返す。後は脱出するだけ…。しかし、ドアの前には足音を殺して現れた者がいた。予想はしていた分驚きは無く、俺は剥き出しのスプレー缶を持つ手に少し力を入れた。彼女は左手を此方に向けて部屋の中まで進み、警戒と、受け入れがたい現実への困惑とを睥睨に込めていた。

「見逃してもらえませんか…サラさん」

 真摯に眼を合わせて請うと、サラはどうするべきか分からなくなったのか眼を泳がせ、足を止めていた。そして左手はフラフラと下ろされ、泣き出しそうに目を細くした。

「…どうしてなの、レムリアドくん。…何で、こんなことを…」

「いずれ何かの形でサラさんにも伝わると思います。今は、とにかく俺を信じてください。…全部上手くいくようにしますから」

 全てを教えて彼女を安心させたく思った。しかしそうもいかない。レシナが見ているし、何より時間が無い。彼女には予め話してしまっても良かったかもしれないと、今更ながら後悔して彼女に歩み寄って行った。

 目の前に至っても、サラは俺に何をしようという気も起こさなかった。『信じろ』という言葉を受け入れるか否かをただ立ち止まって考えていた。彼女がその気になれば、俺はたった1回の『スリープ』で眠らされる。それをすぐにしなかった時点で、彼女に俺を止められるはずがなかった。

 彼女はスプレーの噴射をまるで防ぎもせず、呆気無く瞼を閉じて倒れてきた。俺は両手で彼女を抱き止め、『信じる』と呟きながら眠りについた彼女をそっと床に横たわらせた。彼女の瞼に掛かる前髪を優しく撫でて流す俺を、レシナは溜め息を溢して見下した。

「甘いわね。殺せと言ったのに」

「殺す必要が無いし、殺したくない。…要は後を追われたり妨害されたりしなければいいんだろ。お前もキィマも、簡単にリードのことをバラしてた。それは、知られたところで任務に支障が無いからだ。『ツェデクスと合流してクリスを渡す』という一点が保証されていればお前は満足だ。そうだろ?」

「そうね。…追われなければ、いいわ。何か策を講じたのでしょう?」

「ああ、安心してくれ。…さぁ、行こう」

 立ち上がり、剣を納めて手を取ると、レシナは『イダト』と数回唱える。手を通して魔法が掛かり、身体が軽くなった俺は考え直して彼女を横抱きにし、スプレーを預けて部屋を飛び出した。底上げした俊敏さで瞬く間に連絡所を抜け出した俺はその勢いのまま住宅の屋根を跳んで街門を目指す。

 メーティスが後ろの乗り口から顔を覗かせている馬車の傍に飛び降りると、腕から降ろしたレシナと共に駆け足で乗り込む。メーティスもロベリアも彼女を見てあからさまに憎しみと殺意の篭った眼を向けたが、対してレシナは涼しい顔でスプレーを床に投げる。右手の長椅子に隣り合う2人に向かい合うように、レシナは左手の長椅子に座って呑気に伸びをする。俺は乗り口に出ていた階段を勝手に内部に収納し、そのままスタスタと客席の前方へ突き進んだ。

「お客さん、予約は3名様じゃありませんでしたかね。手違いでしたらお手数ですが門番の所で再申請しますので時間を貰いますが…」

 馭者の男は振り向いて客席を覗き、乗客の顔を確認しながら声を掛けた。俺は剣を抜いて馭者に近づき、彼が漸く危機を感じると同時に急接近してその刃を首筋に宛がった。馭者は青冷め、額や背に大量の汗を噴いて即座に息を殺した。

「料金ならお釣りも付けて払います。今は急いで出発してください。あと、万が一追われても見つからないように休憩場所も規定ルートから幾らか南へ降りた場所に変えてもらいます。これを守っていただければ報酬は弾みます。よろしくお願いします」

 馭者は発言もままならず慌てて頷き、俺は馭者を離れて客席に戻る。レシナには馬車後方に荷車と横並んで付いているトイレ用の台車に隠れてもらい、馭者は言動を引き攣らせながらも無事に門を通過した。いいぞ、と声を掛けてレシナを客席に引き返させると、彼女は不満そうに眉を寄せた。

「で、追われないようにどうしたの?策があったんじゃないの?休憩場所を変えるだけ?」

「いや、これからやる。…メーティス、頼む」

 答えながらメーティスに目配せすると、レシナは両手を腰にやって手並みを眺めた。メーティスは頷いてすぐに指を組んで目を瞑り、正面にガブノレを召喚する。ガブノレは馬車の乗り口から飛び上がり、塀を越えて街に降りた。レシナはそれを見送ると「なるほど…」と納得して頷いた。

「街に残る馬車をガブノレに破壊してもらう。門番の警護の時に倉庫の場所は教えられてたから、倉庫にしまわれてる馬車はお前を救出してる間にメーティス達に破壊してもらった。これで向こうは追い掛けられない。万一向こうが走って追い掛けたとしても、休憩場所が規定ルートを外れていれば向こうも深追い出来ず退散するしかない。…まぁ、連戦で戦力が持たないだろうし、そんな手段には出てこないだろうけど」

「そう。…じゃあ、いい加減下着穿きたいから出してくれる?」

 レシナは心配が去ればもうどうでもいいらしく、素っ気なく俺の説明を突っぱねて荷車へと歩いていく。ロベリアはその態度が気に食わず「あなた…」と拳を震わせて立ち上がったが、俺はそれを手で制して早足にレシナに追い付いた。

 荷車から引っ張り出した布袋をレシナに投げ渡し、共に客席に戻る。メーティスは既に仕事を終えて召喚を解いており、俺が向かいの席に座ると「終わったよ」と報告した。レシナは立ったまま袋の中を覗くと「…ダサい下着」と呟いてその場で着替え始め、俺は反対を向いてやってレシナに問い掛けた。

「催眠ガス…お前に言われてた場所まで取りに行ったが、とんでもない数だったな。あれ全部お前が準備したのか?」

「いいえ。この作戦を提案した時、リード様の計らいでツェデクスから支援してもらったのよ。構成員の誰かが街に持ち込んでくれたんでしょう」

「ツェデクス…魔王軍に従う人間組織、だったか。…魔人に効く睡眠ガスなんて世界でも研究が行き届いてない代物を作って…討伐軍と戦うつもりなのか?」

「どうかしらね。戦うまでも無く勝つ…と、リード様が仰っていたけれど」

 クスクスと笑って衣擦れの音を立てていた彼女は、終わると俺の隣に座った。俺もレシナの方へ顔を戻すと、視界はレシナを睨んで黙り込んでいる2人を通り過ぎた。…何か口をつけば罵声や怒号が飛び出すであろうこと、それが何の意味も成さないことを自分達で理解していて必死に口を噤んでいるのだろう。レシナも彼女らの心情を理解してニヤニヤと笑う。…俺はそんな彼女を見つめて、どうしても確認しておきたかったそれを訊ねた。

「…ミファは、ミファリー・ドレヌはどうなった?クリスと一緒に、ミファも連れていかれたのか?」

「さぁ、その女のことは聞かされてないわ」

「…なら、もし連れていかれてたら、クリスと一緒に返してもらえるか?」

「知らないわよ。けど、それなら返されないでしょう。返すメリットが無い」

 レシナは俺をチラリとも見ずに退屈そうに答えた。…分かってはいたが、そもそもクリスを返してもらえるという話自体が異質なのだ。そう俺達の都合の良いようにはならない。下手をすればクリスの誘拐や、もしくは返してもらえるという話もガセかもしれない。俺達を釣るための方便だというのは十分あり得る。今はレシナに従う他にやりようが無いだけだ。

「あなたねぇ…!」

 ロベリアは声を震わせて立ち、レシナの前まで進み出てきた。メーティスはハッと顔を上げ、急いでロベリアが振り上げようとしていた腕を掴み止める。ロベリアはグッと腕を引いて振り解き、けれど少しは冷静になったのかその場に立ち止まってレシナを睨み付けた。レシナは他所を向いて髪の毛先を指で弄り無視を決め込んでいる。

「リード様リード様って…自分の男のためなら幾らでも他人を欺けるの!?大勢殺して、仲間を騙して、…自分を愛して傍で支えてくれた人まで…平気で…!…ルイは本当にあなたを愛してたのにっ、それなのに、ただ利用されてただけだなんて…!」

「だからどうしたの?」

「……どうしたも何も無いでしょう!?何も思わないの!?…あぁそうだった、あなた男を騙すために身体を売りまくってたのよね。大会の時の違和感が解消されたよ。あなた、あの大会の時も選手達と寝て八百長してたんでしょ。隠す気もないような茶番みたいな試合だし、相手の選手と妙にベタベタしてたし、見るからに怪しかったもの。ルイだけじゃない、利用するためにたくさんの男と寝てきたんでしょ。心も一切痛めずに…。そんな汚れた女、愛しのリード様が受け入れてくれると本気で思う!?どうせ捨てられるよあなたなんか!捨てられればいい!」

「了見の狭い女ね。私はリード様のご命令に従っただけよ。あの方の野望のためには必要な犠牲。私は誰よりもそれが出来た女…捨てる所か、優秀な手駒として傍に置いていただけるわ。私はあの方に必要とさえされればいいの。あの方は初めて私を必要としてくれた、価値を与えてくれた!あの掃き溜めのような暮らしで積み重ねた惨めな経験も、あの方に尽くせば長所に出来たの!あの人こそが誰よりも私を価値あるものにしてくれる!…ルイなんて、私に温もりや優しさを求めて、挙げ句に他人への作り笑いに嫉妬するような、何から何まで勘違いした間抜けな男じゃない!リード様とは比べ物にならない!離れられて、清々するわ!」

 睨み続けるロベリアに反発するように、レシナは大袈裟に笑って身を乗り出し言い返した。ロベリアはその言い種に堪忍袋の尾が切れ、「こいつ…!」と唸るような声を上げてまた平手を振り上げた。

 俺は立ち上がり、ロベリアの手を掴んで止めた。ロベリアは困惑した様子で掴まれた手を見つめ、続けて問い詰めるような眼を向けた。メーティスも驚いて俺を見たが、彼女はすぐに納得して憂いを帯びた眼でレシナを見た。

「ロベリア、もういい。やめてやれ。…徒歩の旅ほどじゃないが魔物が襲ってくるだろうから、いつでも戦えるように椅子に座って辺りを警戒してくれ」

「…何で…?レムくんは腹が立たないの!?…こんな…こんな女…」

「気持ちは分かる。…けど、言ってもどうしようもないことだ。責めても嘆いても、過去に失ったものは戻らない。今はただ今を見るんだ。そうしないと未来に進めない」

 窘めてロベリアの両肩に触れ、そっと元の座席に押し戻す。メーティスも一緒に下がって座り、ロベリアが膝の上に重ねて落ち着かせた手の平を優しく手で覆い重ねる。ロベリアは唇を噛んで憎しみを押し込み、じっとレシナの足下に眼を落としている。

「…苛々するわ…あなた…」

 レシナは舌でも打ちそうに恨み深く呟いた。俺がそれに振り返ると、ロベリアに向けていた視線を俺へ移し、これ以上無く険しく睨む。

「あなたはもっと苛々する」

「…俺が、か?」

「ええ、そう。あなたよ。…知ったようなことばかり言う、あなたのような男が一番嫌い。私がルイを愛してるなんてとんだ勘違いよ。それに私が罪の意識を感じているなんてのも勘違い。何もかもあなたが都合良く押し付けてる戯言なのよ」

「そんなことを口にした覚えは無いぞ」

「あなたの態度がしつこい程そう物語ってるわ。憎むべきなはずの私を簡単に許して、あまつさえその女から庇ったりするその態度。…なら、口にしてみなさいよ。全部否定してあげる」

 レシナは挑発的に告げながら、しかしその割には余裕が無く、見せ掛けるだけの(から)の気迫を俺にぶつけた。俺はレシナの隣に席に戻ろうとしたが、彼女はじっと俺の目を視線で追い続けるので此方としても座りにくくなった。自ずと足はレシナの正面に運ばれ、俺は彼女と向かい合って見下ろしながら答えた。彼女は気にする様子も無く俺を見上げてその答えを待ち構えていた。

「…ルイを前にしてトドメを躊躇っていたのを俺は見た。それだけで十分だ。更に言うならお前は、アジトの場所を知るキィマが隠し階段を見つけて駆けつける可能性があるにも関わらずそのままアジト内で、しかも爆炎弾なんて音の響く武器を使っていた。…すぐ見つけて、止めて欲しかったんじゃないのか?」

「……そんなわけ無いわ。あなたと1対1で話すために見つかるというプロセスが必要だっただけ。自首なんかしたところであなたと個人的に面会する機会は無かったでしょう?だからヒントだらけの場所を選んだだけよ」

「罪の意識を抱えてると感じるのは、今まさにお前がそうやって俺から憎しみを引き出そうと躍起になっている所とかだ。キィマが遺書を残して逝ったことで、余計に自分を追い詰めているように見える」

「そんなわけ無いでしょう!…本当にお人好しなのね、あなた!そうやって嫌なものから眼を背けてばかりいるから私が裏で動いていたのにも気づけなかったのよ!バカみたい、ガキみたい!大体そんなの証拠も何も無いじゃない!あなたの願望よ!」

「…だったら、何で取り調べの時あんなに何もかもバラそうとした?キィマの遺書に名前が出たからって、お前がリードの存在を明るみに晒す意味は何処にも無かっただろ。……レシナ、お前は自分が辿ってきた悪夢を皆に知って欲しかったんだよ。そして、その反応は怒りでも同情でも、殺意でも良かった。何でも良いから、自分が犯してきた過ちの人生を、誰かに審判して欲しかっただけなんだ。…だからこの場で誰よりもお前を恨み得る俺にその審判をさせたい。なのに俺はお前に優しくする。それが許せない理由は、お前が自分の間違いを理解しているからだ。…俺はそう思った」

 レシナは暫く言葉を失った。死角からの言葉に反論することも忘れて、彼女は自身に問い掛けるように細めた目で虚空を見据えた。ハッと気を取り直した彼女は乾いた笑い声で誤魔化しながら急いで返答を探す。焦って飛び出したそれは失言だった。…彼女が必死に隠し通した本心の表れだった。

「…はっ、…バカみたい…ホントあなた…。…私が後悔してる?そんなわけ無いのよ…。…私はリード様に愛と忠誠を誓ったのよ。それを裏切るわけないじゃない。彼が私を救ったのよ。私がリード様を裏切るわけない。リード様はいつも私を受け入れてくれたわ。だから私はリード様のお願いを聞いてきた…。そう、そうよ!ルイは私に無い物ばかりねだってきた!素直に笑えだとか、皆に気を許せだとかっ、私に似合わないことばっかりいつもいつも…!リード様だけよ、私を分かってくれたのは!だから!…だから、リード様は私を受け入れてくれるのよ。…後悔なんてしなくても、リード様さえ受け入れてくれるなら…」

 俺は彼女の両肩を押して椅子に落ち着かせた。彼女は今更に熱くなって立ち上がろうとしていた自分に気付き、それまで訴えるように八の字に寄せていた眉を、必死に取り繕って笑わせた口元を平静へ還した。そして項垂れながらに俺の両手を叩き退け、「疲れたわ…寝る…」と呟いた。

 俺は無言で頷いて彼女の隣に座り、向かいのメーティス達にも構わないでやるように視線で伝えた。メーティスは憐れみの眼をレシナに向け、ロベリアは困惑してレシナを観察しているようだった。

 …レシナも、とっくに自覚しているのだろう。自分が頻りにリードを賛美しているのは、もうそこにしか自分の居場所が無いと分かっているからだと。リードに縋る以外に自分を許す術が無いからだと。…そしてルイが自分に温もりと優しさを望み続けたのは、本当はそうありたいと彼女が望んできたことを分かってくれていたからだと。

 彼女がネウロに向けたという笑顔の正体は、無自覚に育まれたルイへの愛が彼女に生気を吹き込んだに過ぎないのではないかと感じる。…彼女はルイだけでなく多くの男と並行して関係を持った。その殆どは肉欲で繋がれただけの歪なもので、彼女はその全てになけなしの笑顔を振り撒いていた。…そんな中で、ルイとの時間は彼女を使命から解き放った。何も不安に思わなくて済む穏やかな一時が彼女の笑顔に力を与えた。…ただそれ故に、ルイにはその笑顔を向けることが出来なくなった。それがこの2人の間に起きた擦れ違いの真相ではないかと、俺は此処に至りそう解釈できた。

 ルイはレシナの言動の奥に潜む、本当の姿を見ていた。父親の悪意とリードの陰謀に捻じ曲げられてしまった、彼女の優しく真面目な本性を知っていたのだ。けれど彼女は自分が後戻り出来ないと思い込み、彼の期待する存在にはなれないと感じた。だから彼女はルイに形だけしか甘えられず、リードに全てを委ねることで自分を正当化するしかなかったのだ。そうして彼女はたくさんの未練に身を引き裂かれながら此処まで来てしまったのだろう。

 …俺達は道中、レシナをそっとしておくことにした。2人もレシナを許すとはいかないながら、これ以上責めることはしなかった。レシナは目を覚ましても口を開かず、ぼんやりと窓から来た道を振り返っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ