第74話 人間の罪悪
これから自分が書くものが何を意味するのか再認識するためにCLANNADとかAirとか感動系を色々見返しました
あと、けもフレ□を見返してこの世への憎しみを増幅してきました
ジャック ごめんなさい
ずっとあなたを裏切ってきたの 本当にごめんなさい
でも本当に好きだったよ
愛してた それだけは信じて
リード様は私の人生で初めて優しくしてくれた人で
見限られたくなくて何でも言うこと聞いてた
ジャックのこともレムリアドくんを監視し続けるために
取り入れって言われただけだった
ずっと嘘ついてたの
でもジャックはちゃんと私を見てくれて
私にいろんな気持ちをくれた 本音を言わせてくれた
本当にありがとう 大好きだった
ルイもレムリアドくんもメーティスさんもロベリアさんも
みんなありがとう 一緒に騒いだりして、1番楽しい1年だった
なのに私またみんなをだました
ジャックのことも裏切って他の人と寝ちゃった
みんなを危険な目に遭わせた
ごめんなさい
言っても足りないけど、本当にごめんなさい
さようなら
遺留品と共に回収し連絡所へ持ち寄ったそれは、真っ先にジャックに手渡すことにした。彼らの滞在する留置室に出向き、グルスがドアの傍で見守る中で部屋の中央に立つ2人と対面した。遺書だと告げるとジャックは俺の胸ぐらを掴み、「何の冗談だ、ふざけるな」と怒鳴り散らした。頑なに事実だと告げて眼を逸らさずにいると、漸く受け入れ、ジャックは振り上げていた右手を力無く下ろして項垂れた。
胸から離れた左手に遺書を押し付け、お前宛だと告げる。ジャックは静かにそれを広げて読んだ。彼の後ろに立つルイにも文面は見えたのだろう。息を呑み、目を見張って半歩下がっていた。メーティスもロベリアも口を出さずに見守る。俺は眼をジャックの足下に落として彼が読み終わるのを待った。…ジャックは遺書を持つ手を崩れるように下ろすと、声を噛み殺して涙を床に落とした。
「…ジャック…」
慰めようと口を開くも、何も言葉が出ない。…『気持ちはよく分かる』なんて誰に言えるだろう。俺は家族を失った。だから、大切な人を失う苦痛は知っている。…だが、安易に『分かる』などと言って、その苦痛をありきたりにしてしまうようなことはしてはならない。…彼が抱えきれない感情を、他人が知った顔で包み込んでなどやれるはずがない。俺は無言で彼を抱き寄せ、背を擦ってやることしか出来なかった。
ふと、留置室のドアが開く。現れたのは残る両班のリーダーだった。ジーンはドアの前に立ってバツが悪そうに顔を背け、聴取班のパーティリーダーは不機嫌そうに眉を寄せてズカズカと歩み寄る。彼は俺とジャックを睨みながら怒鳴り、口調に共鳴してその足が速まっていく。
「誰が勝手に証拠を持ち出していいと言った!?どうもお前の行動は目に余る!次はお前も豚箱にぶち込むぞ!」
リーダーは俺を威圧して近づくとジャックの手から遺書を踏んだくる。その乱暴さに遺書は端が破れ、瞬時に顔を赤くして怒り狂ったジャックはリーダーに掴み掛かり拳を振り上げた。
「てめぇ!何しやが――」
次の瞬間、リーダーの瞳は強く光り、ジャックはそれを見て金縛りに遭ったように静止する。そして膝をついて崩れ落ち、寝息を立て始めた。ルイは焦って駆け寄り、膝をついて彼を揺すりながら呼び掛けたが、寝ているだけと気付くと冷静になる。リーダーはジャックを見下ろすと嘲るように鼻を鳴らし、背を向けてドアへ歩き出した。ルイは無言ながら、殺意の滲んだ眼でその背を睨んでいた。
「…返してください。それは、彼の物です」
言わずにはいられなかった。ルイが叫ぶより先に俺がそう告げた。しかし、リーダーは振り返りも立ち止まりも、言い返すことすらもせず部屋を去っていった。…執拗に引き止めて抗議するのも無意味に思われ、俺達はその背が消えていくのを苦々しく見届けた。ジーンは彼が消えた廊下の先を見つめると、真っ直ぐ俺の前に歩いて気まずそうに告げた。…それは労いなどではなく、警告だった。
「レムリアド、これ以上お前は何もしない方がいい。…ネウロの確保以降、向こうはずっとピリピリしてる。以前からレシナと繋がりがあるお前が新人の身分でやたらと動きたがるのを不審がってるんだ。…お前が提案してレシナの監視をサラにやらせることになっていたが、お前が誘導したように思われたために俺が監視を代わることに決まった。お前は警戒されてる。それを自覚してくれ」
「…はい、分かりました」
俺の返事に一応納得したジーンは小さく頷くと俺の腕を引いてドアへ向かう。メーティス達は動揺したが、ジーンが彼女らの間を通り過ぎていくと後ろを付いて歩く。ジーンは更に語気を強めて俺に告げた。
「宿に戻って、指示があるまで何もするな。…今は無理言ってサラに代わってもらってるが、この後ずっと俺はレシナの監視に就かなきゃならない。…これ以上はお前を庇ってやれないんだ」
「…はい」
「さぁ、今日はもう帰ってくれ。…こいつら2人への面会くらいは許してもらうように言っておく」
ジーンは駄目押しにそう繰り返し、グルスに「2人を任せる」と告げて俺達を連れ出した。俺はドアを抜ける寸前、振り返って見た。唇を噛んで嘆く彼女らの後ろで、辛い夢を彷徨うジャックの肩に手をやり、静かに俯くルイの姿が悲痛だった。
翌朝には、俺は宿の一室で彼女らに事情を聞かせ終えていた。深夜過ぎ、眠れないと言ってベッドから起き上がったメーティスに起こされた俺とロベリアだったが、ならば丁度いいと話し始めると全員すぐに眠気が覚めた。2人は困惑し、混乱した。何処までが本当なのか、レシナの発言に嘘は無いのか、と何度も追及した。事情を簡単には受け入れられず、クリスを心配する余裕すら無いようだった。そうしたいざこざを乗り越え、クリスを迎えに旅立たなくてはならないことを説明し終えた頃には、窓から陽が差し込むまでに時が進んでいた。
そこに至って、漸くメーティスはクリスの身を案じられる程度に現実を受け止め始めた。
「…クリス、無事かな…」
呟いて、膝の上に指を組んだ両手を見下ろした。その隣に座るロベリアはメーティスをじっと見た後、正面のベッドに座る俺に眼を移して言い難そうに、
「…クリスティーネ様が捕らわれたなら、…ミファリー・ドレヌ様はどうなったのかな?…リードくんとの3人で構成されたパーティなら、ミファリー様もクリスティーネ様と一緒に…」
「…あぁ、連れ拐われた可能性がある。いや、ほぼ確実だろうな。けど……そうだ、よく考えればミファのことは何も言ってない。…ミファを解放する気は無いのか…?」
まだ何も確定していない状況だが、その不安は大きかった。レシナはクリスのことしか言わなかった。その障害となるはずのミファがどんな扱いを受けるかまで訊いてはいない。…クリスに気を取られていて頭が回っていなかった。
メーティスは額を膝の上の両手に押し付けて溜め息をつき、「…もう、何が何だか…」と弱音を溢した。…その通りだ。こうして彼女らに話して聞かせた俺でさえまともに状況を把握していない。何も分からないからこそ、今はレシナに従うしか無くなっているのだ。…俺の行動が警戒されているらしい今、この街を出るのでさえ一苦労だ。そして街を出ても一寸先は闇…もはや神仏にでもすがらなくてはやりきれない。
ふと、部屋の前にツカツカと足音が近づく。昨晩と違って今度は落ち着いていた。ドアへのノックに「はい」と応えると、開けて顔を見せたサラが少し驚いていた。
「こんな時間なのに、起きてたの?」
「はい、まぁ…」
「…まぁ、そうだよね。…あんなことがあっちゃ…」
サラは昨夜の騒動を思い返して俯くも、ドアを閉めて部屋に入り真面目な表情を作った。俺達も寝間着姿ながら、その空気を察して立ち上がり彼女の方に身体を向けた。
「今日9時からレシナ・ダイナの取り調べをする。第50号パーティにも同席してもらえればって話だから、大丈夫なら来て。…一応任意だから断ってもいいけど、変に勘繰られるかもしれないから来た方がいいよ。どうする?」
俺は頷いて「行きます」と即答した。対して2人はどうかと見やると、返答に迷っていた。メーティスが1歩踏み出して「ジャック達は?」と訊ねると、サラは首を振って答えた。
「あの2人は精神的に参ってて同席させられないし、また同席させるまでもなく被害者だろうって見解だから。…あ、だからって別にそっちが共犯だなんて思われてないよ。…少し、警戒はされてるけど…」
サラの返答を聞き、メーティスは俯いて、ロベリアはサラを真っ直ぐ見つめて答えた。その2人の様子に、サラも悲しそうに微笑んでいた。
「…私、今日はジャックの傍に付いててあげたい。…すごく心配だから」
「私もジャックの所に行きたいです。…それに、正直今レシナさん…レシナに会いたくありません。…殺してしまいそうです」
サラは頷き、その眼を俺に向ける。その優しい微笑みは俺にも同様の返事を期待していたようだったが、俺の考えは彼女らとは違った。
「そっか…。うん、そうしてあげて。…レムリアドくんは?どうしたい?」
「いえ、俺は行きます。…今ジャックに会った所で、俺には何の声掛けも出来ない。それにこんな事態を招いたのは俺の監督不行き届きと言っても過言じゃない。俺には捜査に関わる義務がある。…そうでしょう?」
「……そう。…あんまり、気負いしないでね」
サラは暗い面持ちで頷くと、まだ何か言いたそうにしていたがそのまま部屋を去っていった。『これが俺なりの責任の取り方だ』と彼女を納得させた訳だが、この態度そのものが嘘なのは言うまでもない。俺はただレシナが起こした騒動の全貌を知りたいだけで、ジャック達への責任は…無い訳ではないが、それ自体は理由になり得ない。俺はクリスを救い出すことを第一に考えていた。ミファのことも心配だった。だからレシナの意図をどうにかして探りたかったのだ。ただそれだけだった。
9時過ぎに連絡所に出向いた。メーティス達とはロビーで別れ、俺は受付に歩き、2人には先に行かせることにした。…今は聴取の準備をしていて邪魔は入らないはずだ。手早く申請を済ませよう。
受付嬢に手帳を見せ、用件を手短に伝える。受付嬢は困惑した様子で俺を見つめた。
「アムラハンまで、1パーティだけで予約させてください。同乗者は無しで。日時は特に指定しませんが、なるべく早くお願いします」
彼女は俺と手帳を見比べると首を振り言い辛そうにした。それもそのはずだった。俺は一番の障害を見落としていた。危ない橋を渡ることに緊張し、頭が働かなかったのだろう。言われる中でそれに気付き、内心焦りながらも何とか活路を見出だそうと奮闘した。
「申し訳ございませんが、現在この街での馬車の出入りを禁じています。民事取締署の許可が下りるまで申請はご遠慮ください」
「私は予てよりアムラハンに滞在中の勇者一行から要請を受けています。既に合流予定日を過ぎておりますので一刻も早い合流を目指さなくてはなりません。事件も解決しましたから、もうその制限は必要無いんです。どうにか出来ませんか?」
「許可が下りないことにはどうにもなりません。その件は私達の管轄外です。どうか上に掛け合ってください」
…この流れはまずい。押し切れないだろうし、俺1人が民兵署に言った所で一蹴されるのが目に見える。何よりそれを切っ掛けに勾留されたら元も子もない。
どうすれば…、そう頭を抱えた時、背後から肩を掴まれ、声を掛けられた。振り向くとサラが見定めるように睨み、低く窘めるような声を出していた。
「…レムリアドくん、何してるの?何の話?」
「…サラさん、何で…。準備は…」
「他の人がしてる。私は出迎え役だから。…それで、何の話を?」
…これは本当に危機だ。何としても誤魔化さなければ、レシナとの約束に反してしまう。…クリスの事情を知られてしまってはならない。
しかし、俺の思惑も何のその、受付嬢は事実をサラに打ち明けていた。
「この方がアムラハンへ馬車を出して欲しいと申されまして…。現在は馬車の利用を禁止しておりますので、お引き取り願っておりました」
サラは目を丸くして俺を見た。…上手い逃れ方があるだろうか、と必死で考えていると、サラは納得したようにこくこくと頷き、思いもよらず気楽な声を掛けた。
「…あぁ、そっか。クリスちゃん…じゃなかった、クリスティーネ様の手伝いお願いされてたもんね。主犯も捕まったし、アムラハンに戻りたいよね」
存外にあっさりした物言いに違和感は残ったものの、「…ええ。何とか…」と首肯して訴えた。サラは俺の目をじっと見ると受付に向かって笑みを作り助け船を出してくれた。受付嬢もサラの言葉を聞いて俺への警戒を解いてくれたようだった。
「事件はある程度解決し、調査は主犯への取り調べを除いて一応終了となりました。現地に残る調査は民兵署に一任して、討伐軍の動きとしては近日に第36号パーティをアムラハンに搬送する予定です。ですので、馬車の利用は解禁してもらって構いません。今日中に私から署に話を通しておきますので、第50号パーティの皆さんの馬車は今から用意してあげてください」
「そうですか。はい、承知致しました」
サラは俺と顔を合わせて笑い、こう続ける。
「レムリアドくんとしても、早くアムラハン行きたいでしょ?36号パーティと一緒にだと、レムリアドくん達まで犯罪者みたいになっちゃうし」
俺にとってそれは良い風だった。だからタイミングを逃さないようにと速やかに、
「はい。ありがとうございます」
それは自然な受け答えのはずだった。しかし、サラは俺が答えると突然表情を消し、観察するように俺の目を覗き込んだ。…どういう意図なのか分からず、俺はその眼光に唾を飲む。…何秒もそうしていたかのような心地がしたが、実際には一瞬だったかもしれない。サラはまた笑顔になると俺の肩をポンポン叩いて地下への階段を向いた。
「ほら、後のことはやっておくから。行っておいで。準備は殆ど終わってるから、君が着けば始まるよ。ダッシュダッシュ!」
「は、はい…。…じゃあ、お願いします」
背を押されて駆け出し、俺はネウロの聴取を行った部屋へと向かった。階段を降りるまでの間、ずっと背にサラの視線を感じた気がした。
部屋に着き、ノックをして入ると既に準備は整っていた。ネウロの時と同様に部屋の端で民兵が長机に向かって書き取りの用意をし、部屋の真ん中には裸のまま背凭れに鎖で括られたレシナが椅子に座っている。それを討伐軍の面々が取り囲み、正面には聴取班のリーダーが立ち、その横には拘束衣姿のネウロがレシナ同様に座らされる。
入室した俺にリーダーとジーンが振り返り、リーダーは顎でジーンを指すと「来たか。そこに立て」と指示した。俺は会釈してジーンの隣に進み、ふとレシナを見る。レシナは俺と眼が合うと不敵に笑い、リーダーはそれを見てピクリと眉を寄せて俺を見た。…この女、俺を困らせるのがそんなに楽しいか…。
サラが言っていた通り、予定時刻に達しない今から早速取り調べが始まるようだった。リーダーの「よし」という声から民兵は一斉にノートに飛び付き、レシナの顔付きも真剣さを帯びる。ネウロはレシナの手並みを拝見するように余裕綽々と笑っていた。
「本件主犯、レシナ・ダイナ。まずはネウロから聞き出した事件の模様を確認する。全て正直に話せば痛い目を見ずに済むが…そうでなければ容赦はしない」
「えぇ、何なりと」
レシナは堂々とした態度で受け入れ、リーダーはそれが気に食わず顔をしかめたが、冷静に聴取を進める。初めはネウロの証言を一つ一つ確かめた。その返答にネウロとの相違は無く、2人が打ち合わせた可能性は薄まっていく。レシナが手引きしてネウロに強盗をさせていたことは確実となっていた。…その確認が抵抗無く進み、苦も無くレシナが主犯として成立していくのを、恐らくこの場の誰もが気味悪く思ったことだろう。ネウロもレシナが正直過ぎるのを見て不審に思ったのか、聴取に口を挟んできた。
「おい、どういうつもりだプセフトラ。…何を考えてやがる。はぐらかしもしねぇでこの状況が引っくり返るのか?」
「誰が話していいと言った、ネウロ。口を挟むな」
「そもそも、だ。てめぇ、俺が捕まるように仕組んだよな。何故そうした?俺が捕まりゃあお前のことを売るのは分かんだろ…。何が目的だってんだ…」
ネウロはリーダーの制止を聞かずに続けた。しかし、それは彼らにとっても気になる疑問だった。リーダーはレシナを向き返答を促し、レシナはケラケラと笑ってあっさりと答えた。…俺は彼女がそれを告げる神経が分からなかった。何故ならそれは、俺に口止めしておきながらクリスと俺達との件をひけらかす行為だったからだ。
「ただの時間稼ぎよ、時間稼ぎ。2月23日まで時間を稼げればそれで私の目的は達成。後は捕まろうが拷問されようが知ったことじゃないわ。現時点で私の目的は達成されてる。それだけ」
「…時間稼ぎだと…?…何の…」
リーダーはレシナを睨んで更に促す。俺は気が気でなくレシナから眼を背けた。レシナは大声で笑い、リーダーは「何がおかしい!」と怒鳴る。レシナは眼を見開いて狂気染みた笑みを湛え、リーダーを見上げた。
「知りたいならアカデミーに戻った方が手っ取り早いわよ!尤ももう全て終わった後だけどね!」
「…クソッ、舐めた真似を…」
リーダーは拳を震わせて睨み、しかし言い返すことはなく次の質問に移った。レシナが言う通りに早くアカデミーへ搬送した方がいいと考えたのだろうが、それも恐らくレシナの狙い通りだ。…搬送を促し、早く馬車が使えるように手を回したのだろうと気付いた。
「あのアジトの金塊は何だ?あれも強盗で得た金じゃないのか?まさかこの男のように『最初からあった』などと抜かす訳ないだろう」
「…あぁ、金塊ね。…その通りよ、最初からあった。少なくとも私が用意したものじゃないわ。アジトもそうよ。私が作ったものじゃないわ。そもそもあんな規模のアジトを一から作る時間なんて無いし」
「ならどうしたと言うんだ。墓を暴いてまで誰がアジトなど…。話せないというなら…」
「話すわよ。…話しても話し足りないくらい。そもそも、あれは元々アジトなんかじゃないわ。とある傲慢な富豪が後ろめたい金を隠すために作った巨大金庫。その中心の1人は内部に隠し階段と部屋を設けて猫ババしたり、そのために買収した業者を暗殺してその部屋に閉じ込めたりと因縁が渦巻く物騒な金庫よ。まぁ、隠し階段の入口は私が見えやすく加工したけどね。それが仇になって見つかったようだけど」
思わず溢れ出た人間達の業。その外道さに一同は慄き、レシナは嗤い、ネウロは感心する。そしてリーダーは民兵が書き留めるまで待つと、その質疑応答を1歩先へと深めた。
「…その富豪達は誰だ…。…特に、中心の1人と言ったな。…何者だ」
「中心人物は私の父よ。私自身が連れ込まれた場所だもの。他の富豪も皆死んだわ。皆殺した。…まぁ、どうだっていいことよ」
背筋がゾクリとした。…『殺した』と告げる彼女の笑みが、本当に嬉しそうだったからだ。それまで純粋に怒りのみをぶつけていたリーダーも、レシナの狂気に一瞬怯んだ。そして2、3度口を開いては言葉を呑み込み、絞り出すように質問を投げ掛けた。そこを境に、リーダーは俺やネウロを除いたレシナ1人だけを警戒するような心境に変わって見えた。
「…目的は『時間稼ぎ』と言ったな。この事件そのものに目的が無かったというのは一旦納得する。集めた金も装備や爆炎弾等の軍資金にした以外に手を付けてないようだからな。…なら、次だ。何故自分の家を最初の犠牲者に選んだ。何の目的だ?遺産か?あの金塊か?」
「まさか。そんなつまらないことじゃないわ。あんな家の遺産なんかどうでもいい。…分かっているでしょう?復讐よ。他の富豪達を殺したのは、被害者を富豪に絞って事件の連続性を演出するためだけ。私が恨んでいるのは父と、父の暴走を知っていて何もしてくれなかったあの家だけよ。…あんな家への復讐のためだけに人生を捨てたなんて思われるのは癪だから言うけれど、復讐なんてついでよ。目的は飽くまで時間稼ぎ」
「ならその恨みの根元は何だ?父親の悪行を見かねたのか?」
「そんな正義感無いわ。…あの男には散々ぶたれた。散々犯された。あの忌まわしい金庫の地下室で。…だから今度は利用してやったのよ、あの家も、あの地下室も。清々したわ。この機会を与えてくださったあのお方に感謝しなくちゃ!やっぱり私はあの方を愛してる!ルイなんかあの方の足下にも及ばない!」
「あのお方だと…!?誰だ!言え!この事件を操ってきたのは誰だ!あの遺書に名があった男か!?答えろ!」
レシナは狂ったように笑い、命令にもまるで耳を貸さない。それ以降どんな質問にもまともに答えず、しかしその表情には何か鬼気迫るものがある。取り調べは既に体を成さず、止むを得ず俺は宿に帰されることとなった。
彼女を狂わせたのはリードじゃない。もっと根本にある、人間達の罪悪の記憶なのだと理解した。…彼女を救うべきじゃないかと、そんな思いばかりに駆られて彼女を憎めなかった。




