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第71話 裏切の女郎

「傷つきたくないなら、私に関わらないで…」

「…なぁ、レム」

 連絡所へと歩く道すがら、メーティスとロベリアに両腕を取られていた俺を強引に後ろに引き寄せたルイが躊躇いながら声を掛けた。俺は両脇の2人に目配せして腕を振り、2人に離れさせるとルイと共に最後尾まで下がった。

「それで、どうしたって?」

 仲間達が聞いていないか眺めながら小声でそう訊ねると、ルイは顔を耳に寄せて話し始めた。ジャックが此方を窺うように何度か振り向いていた所を見るに、ルイは既に同じ話をジャックにしていたらしかった。

「あのネウロって男、前にレシナにしつこく言い寄ってた奴だ。何度も顔を合わせてたし、さっき遭遇した時の反応からして別人じゃないはずだ」

 前置きは無く、突然にその報告だった。感情がまるで追い付かないままに、それでもその情報を何とか処理しようと試みると、自然とパズルが組み上げられていく。頭の中でネウロとレシナが繋がり、思考は『内通者』とレシナを繋げてしまう。以前からレシナの行動には不可解な点が多かっただけに、その予想は妙な実感を伴って具体性を帯びていく。

 …尚早に判断してはならない。ここまで仲間としてやってきた相手が、そんなはずはない。ルイだってまさかそんなつもりで話しているのではないだろう。…『レシナが内通者』なんてこと、あるはずがない。

「それと、さっきネウロと出会した場所…何で俺とジャックが居たと思う?」

 ルイは俺に悟らせるように質問の形を取った。俺は予想こそ立っていながらも、いい加減な返答は出来ず、首を振って先を促した。

「レシナが俺達を呼び出したんだ。『パーティの今後のため話したいことがある』ってさ、あの場所に。…ただそれも不自然でさ、キィマさんはジャックから聞かされて初めて知ったらしくて、何故か呼び出されていないみたいだった。ネウロが現れる数十分前くらいにレシナも含めてあそこに集まったんだ。…だけど、レシナはキィマさんを連れて移動し始めて、俺達には『ここで待ってて』ってさ。…それで、俺達だけが待ってた所に、ネウロが現れた。…仕組まれたみたいに」

「確かに出来過ぎてる。…というか、レシナさんがお前達をネウロと鉢合わせるためにその場所を選んだにしても、ネウロが彼処を通って逃げることを知っていないと出来ないよな。あの展開はネウロも予想していなかったみたいだし、それでもレシナさんが予測出来たってことは、ネウロが彼処を通ったのは必然ってことだ。となると、ネウロの根城があの付近にある。…レシナさんはネウロの居所を把握していたことになる。それが裏切りなのか、たまたま言いにくい形で根城を見つけるに至ったのか…」

 ルイは俺の返事に少し眉を寄せ、「…俺はレシナを疑ったりしてない」と拳を握り締めて呟いた。俺はそれに謝罪しようかとも考えたが、敢えて何も言わないでいた。…レシナを疑うのは仲間を疑うということだが、今の状況を見ればそれを視野に入れる必要があったからだ。その発言を取り下げることはしない。

 ふと、俺達の足が知らず知らず遅まっていることに、前を歩く列が遠く離れ、代わりにジャックが立ち止まっているのを見て気付いた。ジャックの立つ場所まで歩いて、俺達もそこに立ち止まるとルイが語気を強めて俺に訴えた。

「レシナは…ネウロに利用されていたんだ。確か最初の犯行の被害者は、レシナの家族だったはずだろ?…あの日、…ホテルで最初にレシナがネウロに言い寄られていたあの日、ネウロはレシナの家がこの街でも1、2を争う豪邸だと知った。だからしつこく家庭内情を訊き出そうと接触してたんだ。それできっと、レシナもその犯行に利用するために脅されて、その後もずっと操られて、…だからいつも愛想笑いして過ごしていたんだ。…あのレシナがあれだけ不自然に笑ってやっていたのに、…もっと早く気付くべきだった…!」

 それはルイの想像に過ぎない。だが、ルイは恋人として濃い時間をレシナと共に過ごしてきた。まさか裏切られたなどとは考えたくなかろう。俺はルイの想像に反論したりはせず、しかし肯定もしないように気を張った。

「まぁ何にせよ、ネウロとレシナさんが何らかの形で繋がっていたのはもう明白だろうな。ともかくネウロからは色々訊き出すとして、レシナさんにも事情を確認する必要はあるだろう。早いとこ呼び出して事実を確認しておきたいな」

「ああ、そうだな。…レム、やっぱり俺はさっきの場所に戻って2人を待つことにするよ。もし本当にレシナが裏切ったのなら、あそこにレシナが戻ってくることもないだろ?…俺は、レシナがただ操られただけだった方に賭けたいんだ」

 ルイは真剣な顔で告げた。駄目だと言っても突き通すような強い執念を感じた。…彼が盲目などとは思わない。愛する人に疑いが掛かれば、誰だってルイのように必死になるだろう。その気持ちを俺は尊重したかった。

「…分かった。けど、場合によっては俺は俺で行動する。お前が何を選択しても俺はお前を責めない。その先で敵対もあり得るが、俺は手を弱める気は無い。そこは理解しておいてくれよ」

 それは暗に、『自分はレシナを疑っている』と口にしていた。そしてそれにある程度の確信も抱いており、レシナが裏切り者だと想定出来る、と。…ルイは憤慨などせず、真っ直ぐ眼を合わせて頷いていた。それきり会話を打ち止めると、ルイは元来た道を走り出していった。

 その場に残されたジャックも、ルイをチラチラと振り返って焦るように、「俺も戻っていいか?」と俺に訊ねた。俺はそれにすぐ頷いたが、ジャックは足踏みしつつ詳しく告げた。

「俺はレシナさんを完全に疑ってる訳じゃねぇ。…けど、それでも心配なもんは心配だ。キィマは今レシナさんと一緒に動いてる。キィマがどんな目に遭うとも分からねぇ。けど急いで探しても切りがねぇ。…だからせめて、唯一手掛かりがあるあの場所に戻って、それから順を追って考えたい」

「あぁ、分かった。俺も何か分かり次第お前らと合流する。それでいいか」

「あぁ、頼むぜ!」

 話が済めば一目散と、ジャックはルイの後を追って駆け出した。俺も連絡所へ向かった一行に追い付こうとやや早足になる。…まずはちゃんとした事情を聞きたい。そのためには、ネウロに聴取しているパーティから状況を教えてもらわなくてはならない。

 …この1年、仲間として協力し合った。同盟のリーダー同士として、ある程度仕事の上で同じ時間を過ごしてきた。…ジャックやルイには立場上あのようには言ったが、正直今でも彼女を疑いたくはなかった。


 連絡所に着き、真っ先に臨時会議用の部屋へと赴いたが、そこには誰もいなかった。民兵署に移動したのかと考えたが、本件は署内に持ち込まないとの決定があったことを思い出し、やはり連絡所で聴取を行っているのだと考え直す。ロビーまで降りて今一度受付に名乗ると、案内すべきか確認を取るとのことで数分待たされ、その後「どうぞ」と地下への階段を通された。

 行き着いたのは特殊留置室の並ぶ暗い廊下であり、幾分か進んだ先の一室の前に止まった。此方でお待ち下さい、と引っ掛かる言い方をされ、「はぁ…」と了承とも疑問ともつかない返事をしてノブを回す。部屋の奥の壁沿いにはメーティスとロベリアが3つある椅子の内2つに座らされ、それを見張るようにジーン達が取り囲んでいた。

 その全員が俺の登場に振り向き、俺が戸惑ってゆっくりとドアを閉めて入るとジーンが眉を寄せてスタスタと近づいてきた。メーティス達と、ついでにサラも、心配した面持ちで俺を見つめていた。

「…あの、これは…?」

「第50号パーティリーダー、レムリアド・ベルフラント。…重要参考人として身柄を拘束する」

 ジーンは抑え込んだ低く細い声で告げて俺の腕を引いた。俺は不意のことで呆けてそれに従って歩いたが、やはり納得はいかず「ま、待ってください!」とその手を振り解いた。ジーンは足を止めて振り返るが、掴み直すことも威圧することもなく、ただ悲しそうに俺を見た。『拘束』とは言ったが、メーティス達が特に枷に繋がれているでもないことを見るに、それ程強い疑いが掛かっている訳ではなかったのだろう。その時は混乱していて、それらに気を回さなかった。

「説明してください!納得出来ませんって!何があったんですか!?」

「…ネウロから訊き出した情報では、お前達が行動を共にしていたという第36号パーティのメンバーが内通者…いや、この事件の主犯だったことが明らかになった。お前達はここまで主犯と連れ添ってきた。だから参考人として身柄をここに拘束することが決まった。ネウロからの聴取が済み次第、第36号パーティも同じように拘束する予定だ。…流石にお前達を疑ってはいないが、…頼む、ここで大人しくしていてくれ。向こうのパーティはお前達も纏めてアカデミーに突き出そうと考えている。下手なことをして余計な疑いを生まないようにして欲しい」

 ジーンは顔を伏せ、そのように懇願した。他の者も顔を反らし、メーティスは唇を噛み、ロベリアは額を押さえて考え込んでいた。…主犯…主犯だと…?悪くてもネウロ側のスパイとしか考えていなかった。…それが、主犯だと?……ネウロがそう言っているだけだ、決まった訳ではない!…しかし、もし主犯だとして、…何故此処に来てそんな行動に出た?…何の目的で…。

「…その主犯ってのは……レシナ・ダイナですか?」

 考えを纏めたい一心で、ジーンにそれを訊ねた。メーティスとロベリアは愕然と目を見開き、サラは驚いたように俺を見つめた。ジーンは俺の真意を探るように目を細め、ズイッと顔を近づけた。

「…知っていたのか?いつから?」

「ついさっきです。ルイ……レシナと交際している彼が、ここ最近の彼女の様子が怪しかったと打ち明けました。それで、彼とジャック……第36号パーティの男2人を先程のあの通りに呼び出し、ネウロと対峙させたのがレシナだと言うんです」

「…その2人は今どうしている?」

 ジーンの質問に答えようと口を開いた直後、部屋のドアが豪快に音を立てて開き、聴取していたパーティのリーダーが現れた。そして部屋を見回すと、振り返って眼を合わせた俺を見て品定めするように全身を見渡し、来いと告げるように顎を振った。

「レムリアド・ベルフラントだな。参考人の筆頭人物として聴取に同席してもらう」

「分かりました、今行きます」

 願ってもなかった。自分の耳でネウロの主張を確かめたかった。即答して急くように歩き出した俺に彼は少し警戒を解いたようで、先に廊下に出て待っていた。

「レム!」

 不意に、メーティスが引き止めるように声を荒げる。俺は一瞬振り向いて笑い掛け、「すぐ戻るよ」と窘めて出た。リーダーと俺との間に会話は無いまま、ネウロの待つ奥の留置室へと歩いていった。

 その仮設の取調室の中央には長机が1つと、その向こうに椅子1つあり、ネウロは白い拘束衣を着せられた上に赤い鎖で椅子に括られていた。右の壁には2人程の民兵が別の長机を用意しそれに向かってノートに記録を執っている。ネウロの表情には開き直ったようなふざけた笑みが浮かび、俺が現れると一層嬉しそうに見つめた。左右背後と囲むパーティメンバーには脇目も振らず、俺とリーダーとの2者だけを向いていた。

「この男を交えて取り調べを再開する。まずお前に指示を出していた女の名前と特徴を改めて話して聞かせろ」

 リーダーは俺を一瞥してネウロに命令した。ネウロは「あぁとも」と笑い、唾を飲んで正面に進んだ俺を見上げて告げた。

「主犯の女はプセフトラだ。長髪と目の両方がピンク色の女だ。初めて会ったのは宿で、頼みがあるってんでラブホに連れてかれた。そこの待合室で利用客がいないタイミングを狙って、金儲けの話をし出したんだ。どうも仲間に怪しまれたくないとかでな、男絡みの事情ってことにしちまえば余計な詮索はされねぇってなもんで彼氏の前ではナンパ紛いに接触するように言われた。そんで毎度その接触の時に指で番号を教えられ、夜はラブホに出向いてその番号の部屋に出向いてドアに挟まった手紙で指示を受ける、ってな寸法よ。…あぁ、よく出来た相棒だと信じきってりゃあこの始末だ!全くよぉ!」

「…ベルフラント、女の特徴を聞いて思い当たるのは誰だ」

 一旦ネウロの発言を手で遮り、リーダーは俺に質問を振る。

「…レシナ・ダイナです。プセフトラなんて名前じゃありません」

「やはり偽名か。…どういう女だ、普段の様子としては」

「少し性格のキツい…いえ、誰に対しても距離を置き、意図して冷たく突き放す女性です。仕事でも必要に駆られないと愛想笑いすらせず、赤の他人に媚びることはまずあり得ません。…そのため、ここ最近ネウロと接触する度に笑みを浮かべるのを交際相手のルイ・ネーロが怪訝に思っていたようです」

「以前から接触があったのは全員が知っていたのか?」

「ルイは知っていました。…私や、他の仲間達は目撃の機会はありませんでした」

 ふむ、とリーダーは頷いて顎に手を当て、情報を纏め始めた。部屋に民兵のペンの音が鳴り響く中、俺はネウロ確保の直後にメーティスから聞かせられていた話を思い返してまた口にした。

「『プセフトラ』…というのは、古代のある言語圏では『嘘つき』の意味がある言葉だそうです。私のパーティの1人に、ペルシャの学者の家庭に育った者がいまして、彼女が言うにはそうらしいです」

「…偽名の由来などどうでも……いや、待った。レシナという女は、その言葉が伝わる相手がお前のパーティにいることを知っていたのか?だとしたら…」

「それは分かりません。…ですが、もしそうだとしたなら、レシナは私達に『プセフトラ』が偽名だと伝える目的でその言葉を選んだ可能性があります。…断定は出来ませんが…」

「…誤認捜査が無いようにした、とでも言うのか…。…一体何の得があって…」

 リーダーはまた暫し考え込み、爪先を床に何度か踏み鳴らすと、ハッと思い出してまたネウロに「続けろ」と促した。

「へっ、勝手だな。まぁいい。…で、何が聴きたい?」

「レシナ・ダイナがお前に提示した金儲けの手段とやらと、お前がそれを呑んだ経緯だ」

「あいよ。…ま、呑んだ経緯からいやぁ『条件が良かった』に尽きるわなぁ。あいつがセッティングと情報収集をやり、俺が強盗をやる。分け前は6:4で向こうが上ってな所がぶっちゃけてて信用してたが、やってくれるなら自分の身体を好きにしていい、なんて決め手がくれば尚更引き受けるさ。相当な上玉だしなぁ、へへへっ。…だがまぁ、その『決め手』ってのが、今思えば胡散臭くて堪らねぇ。信用した俺を呪うぜ。実際に味見したのも1月が初めてだし、ありゃあもう契約違反だろ。…けどまぁ、遅れた分の埋め合わせとかで連れてきたもう1人も上玉だったからな。それで許しちまった」

 話の後半から、レシナとネウロとの肉体関係が仄めかされ、俺はルイが憐れでならず怒りに震えた。…しかし、その最後に、『もう1人』の存在を明かされて寒気を覚えた。思わずまた顔を上げてネウロに見入った俺の横から、「そいつは誰だ?」と質問が続いた。

「名前は知らねぇが、短い緑髪の女だ。こいつがプセフと違ってウブでな、最中はずっと瞼も口も閉じて泣いてやがるんだ。そそるのなんのって」

「その女は率先して協力していたのか?」

「いんや、プセフに報酬の一部だって差し出されただけだぜ。『協力者だ』っつって紹介はされたが、単に事情を知ってて邪魔はしない女って印象だな。…プセフが今日この街の脱出を手引きするって言うもんだから、他にも協力者がいると思ってたんだがな…この様子じゃ、ブラフだったのかもしれねぇ」

 ネウロから訊き出したそれらは、まだ不可解な点は残しつつも、一応の流れを把握出来るまでに纏まってきていた。リーダーはまた俺を向き、「こっちの女は誰だ?」と訊ねた。

 言いたくない、言葉にしたくないと、そう思った。…話の通りならその女はキィマということになる。レシナとルイとの騒動に助け船を出していたことも、考えれば、堂々とネウロと合流し自由に行動するための口実を作ったのだと分かる。キィマがレシナの協力者だったということが、はっきりと窺えた。…しかし、キィマはネウロに抱かれる際に涙を流したというのだ。それはまるで、キィマがその行為に納得していないことの表れのようにも映る。その一点が、キィマを犯人の一味として詰ることに抵抗を生じさせた。

「おい、早く答えろ」

 リーダーが訝しげに見つめて俺に促し、口を開き掛けると、またそこで騒音に遮られた。ドアを荒々しくノックし、「ジーン・ヴォルムだ!」とくぐもった声を上げた彼に、駆け足でドアを開けたリーダーが応じた。顔を見せたジーンは後ろにドナを連れ、そしてまたドナが後ろから両腕を押さえて連れていたのは、涙に頬を濡らして助けを求めるような眼をしたキィマだった。

「何だ、どうした!?」

「キィマ・ラルベルが出頭してきたんだ!それと、何やら話すことがあるらしい!」

 リーダーはキィマを見下ろして息を呑み、俺を、そしてネウロを見る。ネウロはリーダーの視線に頷き、

「おぉ、そいつだよ!最高だったぜ!」

 と下卑た声で笑っていた。俺は堪らずネウロを殴りそうになった。しかし、はたとキィマの様子に違和感を覚える。…キィマは姿を現してからずっと、その視線を俺に向けていた。そしてその眼は命乞いや釈明などではなく、もっと危機迫ったもののように思われた。そしてその疑問は、すぐにキィマにより氷解した。

「レムリアドくん!ジャックを、ジャック達を助けて!このままじゃジャックが!ジャックとルイがレシナに殺される!早く助けに向かって!」

 キィマは必死に、しかしそれ故に具体性を損じた言葉で助けを求めた。ジーン達も、リーダーやその仲間達も状況を理解出来ず、俺も動揺が大きく何も言えなかった。キィマにはそんな俺達が呑気に見えたのか、怒気を孕んだ大声でまた捲し立てていた。

「私はどうなったっていい!騙そうとか作戦とかそんなんじゃなくて、本当にあの2人が危ないの!レシナはその男にあの2人を殺させるつもりだった!アジトの近くにあの2人を待たせて、その男にぶつけさせて、殺すつもりだったの!それで殺せなかったから、今度は自分の手で殺そうとしてる!止めようとしたら睡眠ガスを使われて、出が遅れてレシナも2人も見失っちゃったの!もうここしか頼りがなくて…!…レムリアドくん、お願い!ジャックを!」

 ドナの手から逃れんばかりに乗り出して叫ぶキィマに、その言葉の真摯さと真実味を強く感じた。もはや彼女が嘘を付いているなどと疑う者はいなかった。彼女の剣幕はネウロさえも感心させた。そしてもはや一刻の猶予も無いことを悟ると、俺は立場など構わずリーダーに叫んだ。

「俺、行きます!ネウロのアジトを教えてください!」

「おい待て!お前は事件の参考人だ、妙なことはするな!」

「妙なこと!?何が!仲間の危機だ、んなこと知ったこっちゃありませんよ!」

「何だその口の聞き方は!おい!この男を取り押さえろ!」

 リーダーの命令に従う者はいなかった。皆戸惑って、俺を捕まえるのを躊躇していた。苛立たしげに周囲を睨んだ彼に対し、ジーンが俺に駆け寄って肩を掴み申し出た。

「俺が同行してこいつを見張る!参考人と言っても元々同盟を組んでいただけで事件に直接関与した訳じゃない!ネウロを追い詰めたのだってこいつらだ!信用に足るのは分かってるだろう!」

 リーダーはジーンと暫し視線を交わし、ジーンが引かないと分かると渋々「…分かった」と頷いて民兵に眼を配せた。民兵は忙しなくノートの下から地図を引っ張り、それを彼に手渡した。その地図はそのまま俺の手に渡り、リーダーはドナが押してきたキィマの腕を掴むと俺に顎で合図した。

「俺達はこいつからも事情を訊く。お前らで解決して、必ずレシナ・ダイナも連れてこい!行け!」

「はい!」

 焦りの剰り早口に短く答え、俺はジーンと共にドアを撥ね飛ばすようにして部屋を出る。凄まじい速度で突き進む現状に戸惑い眩む思考の中で、ただ彼らの無事をひたすらに案じた。その剰りに急速な展開さえ彼女の策略とは露知らず、俺は疑問を捨て置いて走り続けた。

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