第68話 後悔と更改
大変申し訳ございませんが、今週から来週に掛けて予定が詰まっておりますため、来週は休載とします。再来週までお待ち下さい。
やはり木造であった連絡所には、ジーン達と別にもう1パーティが現れていた。そちらは男女2人ずつのパーティであり、サラを除いた3人が彼らと立ち話をしているようであった。サラはその一群から少し離れた場所でレシナに話し掛けていたが、俺が現れると身を固くして困ったように視線を逸らし、レシナとの会話も一瞬にして滞った。
「…どうもッス」
「……うん」
俺から声を掛けてみてもサラは返答に困るらしく、短い会話だけで重い空気を漂わせている。レシナは俺達を見比べて小さく溜め息をつくと俺の方を向きながら、
「先程までの話、彼には私から伝えますか?それなら彼は置いてけぼりのまま一先ず私が説明の続きをお伺いしますが」
とサラに問い掛けていた。サラは急いで首を振り、
「あっ、待って!私から話すから…」
と俺を向いて姿勢を正し、緊張した面持ちで息を整えた。俺は彼女の警戒を解こうと微笑み掛けていたが、あまりその効果は無いようだ。
「…久しぶり、レムリアドくん」
「はい、お久しぶりです」
「うん。…えっと、今回呼んだのはね、丁度ここ数日から起き始めた連続強盗致死傷事件の調査の協力を要請したかったの。まだこっちも調査の日が浅くて何の情報も無い状態なんだけど、その状況を打開するのに人手があると嬉しいかなってね」
サラは遠慮がちに説明を進めたが、俺は彼女には敢えて遠慮などせずに質問をすることにした。互いに気を遣い続けて関係を取り繕った所で、解決が遠退くだけだろう。ならば俺だけでも今まで通りを装う方がいい。
「強盗致死傷…ですか。それは、民兵が解決出来ない案件なんでしょうか?どうも討伐軍が当たるべきかというと些か疑問があるんですが…」
「あぁ、うん。…人間の犯罪ならね。けど今回の犯人は形跡から総合して魔人の可能性が高いから、民兵では対処出来ないってことで私達にお鉢が…」
「ま、魔人って…討伐軍から殺人犯が出たんですか!?」
サラが何気無く答えたそれに、俺は驚愕して大声で問い質した。サラはそれに少し慌てて顔を近づけ、シーッと人差し指を口の前に立てた。俺も慌てて小さくお辞儀し、「すいません」と早口に謝った。
「…けど、まさかそんな…。魔人の身で人を…それも強盗なんてチンケな理由で…」
「そんなに珍しい話でもないよ。パーティが皆死んで1人だけ取り残されたりするとね、新しくパーティを編成したり別パーティに加入したりするのに随分と苦労するんだよ。1人じゃフィールドに出ても戦えないし、街の人達からの支援だってそう何度も期待出来るものじゃない。おまけに魔人は人間から差別される存在だから、そういう不満も相俟って凶行に走る者も現れてくる。…フィールドで戦う魔物はその殆どが獣型なのに、アカデミーではゴーレムとばかり戦わされたでしょ?あれも本当は、魔人が人間に敵対した場合にも対応出来るように仕組まれた訓練だったんだよ」
「け、けど、先生方はゴーレムとの訓練のことは、『武器を扱ったりなどする人型の魔物との戦闘を想定している』って…」
「うん、それはその通りだよ。…もし人間に敵対してしまったら、私達は、『人型の魔物』だからね」
…開いた口が塞がらない。魔人が敵に回ることがあるなんて…。…しかし、考えてみればそれは当然のことかもしれない。人を守るために人外の身体となった魔人が、守るはずだった人間達に気味悪がられ疎まれている。如何に強い正義感を持って討伐軍に入ったとしても、そんな不当な扱いを受けながら真っ直ぐ正義を貫いてはいけないだろう。失望から犯罪に手を染めてしまう者がいても何らおかしなことは無かったのだ。
「…『人型の魔物』を…俺達はどうするんですか?…殺すんですか?」
「原則としては、殺すことになるんだろうね。魔人は敵に回れば、街へと侵入出来る魔物と同義だから。けど、無理に殺すことはないと思う。行動不能にさえしてしまえば、そのままアムラハンに搬送してアカデミーに任せればいいよ。手間とお金が掛かるけどね」
「そうですか」
ホッと胸を撫で下ろしてまた別の質問に入る。…彼女自身は過去にこうした事件に関わったことはあるのか、と訊きたかったがそれはやめておいた。
「現状、被害はどの程度出ていますか?『連続』という以上1、2件では済んでいないのでしょうが…」
「被害件数は既に5件に及んでるよ。富豪を狙った犯行が繰り返されてて、被害を受けた家庭は残らず一家皆殺しに遭ってる。…被害者の中には、ダイナ家の御一家も含まれてるよ」
サラはそう告げて気の毒そうにレシナに眼をやった。ダイナ家、つまりはレシナの家族だ。しかしレシナは落ち込む所か晴れ晴れした顔で俺に、
「それについては犯人に感謝するわね。…あんな家、消えてくれた方がありがたいわ」
返答に困ったので返事はしないで「それで、今後は?」とサラに先を促した。サラもすぐ俺との会話に戻ってくれた。…遺族が喜ぶ殺人事件ってどういうことだよ。
「まだ民兵から受け取った情報しかないし、動き出せないね。ただ規模からして単独犯なのは濃厚だし、こっちの人数は4パーティもいればお釣りがくると思うからこれ以上協力者は要らないかも。…住民への聞き取りは民兵の方で進めて情報提供してもらえるから、とりあえず犯人が捕まるまで討伐軍は街から出られないように明日から門の警護を頼みたいのよ。私達は民兵と会議したり他の街にこの事件について連絡してこれ以上討伐軍の訪問が無いようにしたりするから」
「分かりました。警護は24時間ですか?」
「そうだね、2パーティで交代して当たってもらえると助かるよ」
「了解です。じゃあ、その方向で仲間にも話しておきます」
互いに頷き合い、サラは続けてレシナを向くと「いいかな?」と了解を取った。レシナは「はい、承知致しました」と静かに礼をして返し、サラはそれを見届けて「よし!」と両手を腰にやった。丁度、そこへ他パーティとの話し合いを脱したジーンが歩み寄ってきてサラの隣に並んだ。
「あ、ジーンくん。話伝えといたよ。門番の警護引き受けてもらえるって」
「そうか。…2人とも、よろしく頼む。仲間達にもよろしく伝えておいてくれ」
ジーンはサラの言葉に頷くとそう言って俺達に一礼した。畏まった彼の態度に俺はフッと笑みを溢して両手を胸の前で振った。
「いえいえ、此方こそよろしくお願いします。お互い頑張りましょう」
「ああ。…まぁ、呼び出した用事は以上だ。今日の所は休んでもらえばいい。明日、警護自体は10時から頼むが、予定確認のために9時に一度連絡所に来てくれ。じゃあ、お疲れ様」
「はい、お疲れ様です、ジーンさん。サラさんも」
手を振ったジーンに、そのまま続けてサラにも会釈して1歩下がる。レシナもその後に「お先に失礼します。お疲れ様です」と深く頭を下げ、共に連絡所を去っていった。
お疲れ、と頷いたサラだったが、去り際に見た彼女は安堵と疲れを内包した微笑みを湛えていた。…俺の故郷を守れなかった自責の念が、未だ彼女に酷く気を遣わせているのが手に取るように伝わってきた。
「門番の警備か…。まぁ、新米ならそういうポジションに就くしかないよな」
宿泊する部屋の片方に仲間を集め、皆思い思いにベッドや小机の椅子に座る中で俺とレシナから依頼の説明をすると、少し面倒臭そうな声でルイがそう納得した。ジャックとキィマは俺達より先に連絡所に行った分、ジーン達の会話を傍聞いて事情を多少把握していたらしく特に意見などはしなかった。メーティスやロベリアは、昼間の喫茶店の一件が頭から離れていないのかあまり興味が無い様子だった。…つまり、乗り気な者は1人もいない。
まぁ、それも当然だろう。ジーン達にはお世話になったし、協力したいので引き受けはしたが、結局やることは捜査の本筋には絡まない役割だ。それも、ずっと門の傍に立っているばかりの仕事となれば嫌に思うのも無理はない。俺としては境遇や立場を同じくする魔人の犯人を相手に捜査というのは気分が悪いので、寧ろありがたい程なのだが…。
レシナの家が狙われたことを告げればルイもやる気を出すだろうか?…いや、ルイもレシナの家庭事情は聞いているだろうしそれは無いか。
「…それで、2パーティで交代って言うけど、具体的にどんな感じにするの?」
小さく手を挙げて訊ねたキィマに、答えようとした俺を遮るようにして珍しくもレシナが返答していた。それはまるで、示し合わせたような綺麗なリズムだった。
「ええ、まずは私達から担当して、3日置きに朝10時の交代としましょう。睡眠や休憩の必要は無いし、時間単位で交代するメリットは無いわ。そうでしょう、レムリアドくん?」
レシナはそうして俺にも同意を求める。…実際、彼女の案は正しい。フィールドを寝ずに歩き回ることもある俺達には3日間の立ち仕事など別に苦にもならない。俺が元々考えていた12時間交代の案は、人間の常識に脚を引っ張られていたと言わざるを得ない。通すなら彼女の案だと俺も思った。
「あぁ、それでいいと思う。…それじゃあ明日から3日は任せる。いいか?」
俺はレシナからキィマ、ジャックにルイと視線を移しながら問い掛けた。皆それぞれに頷いて了承し、早くもスケジュールが組み終わった。メーティスとロベリアにも「いいか?」と顔を向けたが、彼女らは唐突に話を振られて驚いた様子のまま、首肯か否定か分からないような小さな頷きを以て応えた。…今日はもういいけど、明日には仕事に集中出来るコンディションにしてもらいたい。1時間だけとはいえ連絡所に出向くのだから。
「よし、じゃあミーティングは終わりだ。オフって言ってたのに集めて悪かったな。もう夕方だが、好きにしてくれてていいからな。ただ明日は朝早いからそこだけ注意してくれ。以上、解散」
パン!と手を叩いて立ち上がり、解散の指示を出したものの、別に皆この後どうしたいという予定も無いらしく暫くはその場に留まっていた。ルイはレシナ、ジャックはキィマと隣り合って夜は何をするかと話し合っていて、ベッドに並んで座るメーティスやロベリアは、共に俺を見つめて『間に座れ』というようにスペースを開けながらベッドをポンポン叩いている。
報告書でも書こうかと思って部屋を出るタイミングを窺っていたのだが、お呼びが出ているならそれに従うべきだろう。実際今日はオフだと俺が言ったのだから、報告書の作成などして自分で約束を破るのも褒められたことではない。…ただ、今のこの2人の間に座るのは少し…、いや、非常に疲れそうだ。現状どちらにも恋愛の気が向いていないので、俺がこの場で彼女らに出来ることは会話を往なすことくらいなものだ。ごっそり精神を磨り減らすのが眼に見える。
2人の視線がギラギラしていて、ひたすら挑戦的な笑みを浮かべているのがもう本当に胃に悪い。そして眼が合ってしまったからには行かない訳にもいかず、ただただ気が重い。何か場を逃れる手段は無いものかと思案しつつも歩み寄っていると、小さなノックが3つ続いて遠慮がちにドアが開いた。
部屋中の視線がその物音へと集中し、現れた人影がおずおずとドアの隙間から顔を出して覗いてくる。そこには自信の無い表情で俺を見つめるサラがいた。
「…レムリアドくん…ちょっと今いい?」
彼女の声は真剣そのもので、その用事はメーティス達を差し置いて受けるべきものだと強く感じた。「悪い、出てくる」と言い残し、俺は真っ直ぐサラの下へと歩いていった。
「はい、何ですかサラさん」
「うん、ごめんね。…少し話したいなって思って。…何か用事とかあるなら別にいいんだけど」
「いえ、何もありませんから大丈夫です。…とりあえず、バーにでも行きますか?去年みたいに」
サラは驚いて目を開くと、息をついて穏やかに微笑み大きく頷いた。メーティス達から怨恨の眼をビシバシ感じながら部屋を去り、陽が落ちていく街を歩いていった。
辿り着いたのはバーというより、テーブルが多く何から何まで木造な横広い酒場だった。そこのカウンターの端を陣取り、両者ジンのロックを注文し終えて腰を落ち着けた所で俺から頭を下げた。
「いやぁ、俺からバー行こうとか言ったのに結局案内させてしまってすいません。適当に歩けば見つかると思ったんですが、生憎普段酒なんか飲まないもんで…」
「…あぁ、それで反対方向に歩いてたのね」
「はい、面目無いッス」
サラは俺の話を聞くと途端に楽しそうに微笑み、しかし会話が途切れると少し遠い眼をしていた。ここまでの道程でもその調子で、彼女も俺との会話自体はそこそこ楽しんでくれているようだが、基本的には彼女の緊張を解くには至らなかったようだった。
程無くマスターからジンが渡される。その酒気を軽く嗅いで、少量を口に転がしているとサラから会話が振られる。マスターは会話が始まると同時にゆっくりと俺達から距離を取り、俺は肘をついたままサラと顔を合わせて聞いた。
「…ユダ村のことは、ごめんね。私じゃ何の力にもなれなかった。…カーダ村の後悔をただ繰り返しただけだった」
「サラさんは悪くないですよ。…寧ろ、誰も悪くなかったんです」
「…私、やっぱり何にも出来ないよ。少しはレベルも上がって、経験もついて、確かに自分達のことは解決出来るようになった。…でも、他の誰かを助けたり、守ったりすることはいつまで経っても全然出来ない」
サラは肘をついて指先を組んだ両手に、項垂れるように額を押し付けて独白した。やはりその声は弱々しく、酷く滅入っていた。
俺は彼女の背中をそっと撫で、顔を上げた彼女に優しく笑い掛けた。彼女は涙を浮かべない代わりに表情を作る余裕も忘れて俺の目にじっと見入っていた。
「どれだけ力と気持ちを尽くしても足りなくて、希望が叶わないことは山程あります。ただ、その後悔を乗り越える度に、自分が尽くせる力と気持ちは大きくなると思います。…だから、次があればまた頑張りましょう。多分、たったそれだけでいいんですよ」
「…レムリアドくんは、大人になったね。…私なんてずっと取り繕って、裏でメソメソしてて、…何にも変わらない。……ジーンくんや君に慰めてもらおうとばかり考えて…ホント…変わらないよ…」
「大人かどうかはちょっと怪しいッスけどね。…でも、いいんですよ、サラさんはそんな感じで。縋りたいって当たり前のことですし。それが情けないことだとしても、そうやってる内に自分の中で見つかってくるものもあると思いますから。…サラさんはちゃんと自分でいろんな事に気が付ける人ですしね」
我ながら少し格好つけたが、一応本心で答えたつもりだ。サラは俺の言い分を聞くと、ぴとりと俺の肩に額を押し付けてきた。俺は彼女の背を撫でるのはやめて、ただその小さな身体を見守ることにした。彼女は下ろされた俺の手を名残惜しそうにチラリと見て、グリグリとその額を強く肩に押し付けてきた。
「…ねぇ、ダメ元なんだけど、前みたいに…してくれない?」
「それは、ちょっと。…すいません」
「…だよね。ごめん、忘れて」
彼女は落胆したように俺に暫し体重を掛け、そのまま自分なりに整理がつくと起き上がって深呼吸した。そうしてジンをガッと呑み干し、「すいません、ウォッカ、ロックで」と追加で注文した。
「…呑もう!レムリアドくん!0時までパァーッと!」
「おっ、いいッスね。けどゆっくりにしましょうね。魔人が一気呑みしても得しないでしょ」
「あっ、確かに…。じゃあ代わりにおつまみね」
サラはまた追加で食べ物を注文し、出されたウォッカを揺すって嗅いだ。気丈に振る舞うことにしたらしい彼女を頬杖して眺めながら、ふと考え付いたことを口にした。…彼女にこれを告げるのが最善かは知らないが、少なくとも意味のあることだと思った。
「…サラさんが関わる仕事や後悔って、何かと俺に縁がありますよね」
「うん?…うん」
「クリスの訓練を手伝ったり、ミファの…俺の友人の故郷だったカーダ村のことや、俺自身の故郷だったユダ村のことだったり」
サラはコップをカウンターに下ろして俯く。落ち込んだというよりは、話の筋が見えず不安がるようだった。彼女は聞きながら少しずつ、その視線を俺の目に向けていった。
「そして今回のこと。…この街、ポーランシャは、俺が記憶を失う前に住んでいた…謂わば、生まれ故郷なんです。俺自身もちゃんとした自覚がある訳じゃありませんが、やっぱり何処か、本能的に親しみを覚えています」
「…そう、なんだ」
「はい。…だから、今回の件で犯人を取り逃がしたりしたら、サラさんはまた凄く後悔するんじゃないかなって思います」
俺はその話題に反してサラに微笑み掛けていた。サラはそれが腑に落ちないのか、不思議そうに首を捻ったまま小さく頷いた。俺はサラの頭にポンと手を乗せてその瞳を覗き込んだ。
「…だけど、サラさんも俺も、いろんな後悔と向き合って此処まで来ました。それはきっと無駄にはなりません。今回の事件に尽くせるものは今までより大きなものだと思います。後は解決に挑む姿勢だけですから、成功を目指して一緒に頑張りましょう。…そして、それでもやっぱり足りなくて、また失敗してしまうとしたら…その後悔は一緒に分け合っていきましょう。…それでどうですか?」
サラは大きく目を見開いて、同時に息を呑んでいった。俺はそれを見つめて笑い掛けながら、「ねっ」とその同意を求めてみた。サラはゆっくりと閉口していき、しかし次第に目を細め、視線を逸らしながら吹き出してしまっていた。
「…あれ?何か面白かったッスか?結構良いこと言ったつもりだったんすけど…」
俺がそうして困惑していると、腹を押さえて息を整えたサラは笑いながら首を振った。
「ううん!良いこと言ったよ、感動した!…じゃ、一緒に頑張ろっか!」
「はい。頑張りましょう」
サラは片手を差し出し、握手に応じると勢い良くブンブンと振った。少しはサラの心が軽くなったのならそれでいい。その後はとりとめの無い話をして過ごした。
アムラハンへ急ぐことは無い。サラのためにも今回は頑張ろう。そう心に決まると久し振りに全身を熱意が満たしていった。




