第65話 言外の理解
完全に投稿が遅れました。申し訳ございません。
翌日、件の約束通り俺は1人防具屋に訪れていた。オーディンはそのシワだらけの顔を子供のように朗らかに笑わせて、現れた俺を建物の奥へと押し込んだ。
「店の方はよろしいんですか?」
「あぁ、構わないさ。今日は1日閉める」
オーディンは気軽く答えて行く先のドアを開け、更に奥へ奥へと促した。長く続いたトンネルのような細い通路から拓けてきたのは、初老ながらガタイの良いの数人の男達がえんやこらと金槌を打つ蒸した工場だった。鍛工炉の火が広い室内を薄暗く照らし、男達の額に滲む汗はその挙動毎に煌めいた。
オーディンは俺の横で立ち止まり、「ここが工場だ」と試すような視線を俺に向けた。俺はそれらの行動の意図が分からず、「はぁ…」と首を捻って頷く。暫しそこに沈黙があると、男達の内1人が作業を中断して歩み寄り、首に掛けたタオルで額を拭いながら近づいた。レベル20の嗅覚では人間の汗も激臭なため、俺は息を殺して表情を崩さぬよう努めた。
「親方、店番はいいんですかい?」
親方とはオーディンのことらしい。オーディンは俺に向けていた笑みから一転してつまらなそうに表情を無くし、「今日は休業だ」と言い切った。
「そりゃあまた何で…。…そちらはお客さんで?」
男は俺を興味深そうに見て訊ねた。俺の来訪と休業を繋げて考えているのだろう。オーディンも俺に興味が向いたことを好ましく思ったのか上機嫌になって大きく頷いた。
「ああ、レムリアドさんというらしい。私は今日彼とじっくり話さねばならんから、邪魔はせんようにな」
「邪魔なんかしやせんがね…、しかし、店はやってもらわなきゃ俺らの懐も暖まらねぇんで。そこをどうにかしちゃくれませんか?」
男はオーディンを訝しく見つめながら腕を組んで頼んだ。オーディンは「あぁ、分かった」と適当に言い放って俺を振り向き、
「さて、今度は家に行こう。来た道を戻るぞ」
と、俺の肩をパシパシ叩いて元の廊下へと引き返していった。俺は男に一礼してそれについて歩き、後から聞こえてきた男の悪態とその他の笑い声に耳を傾けた。
「ちぇ、勝手にやりやがらぁ。腕が立つからって多目に見てりゃあ…」
「まぁまぁ、いつもこうじゃねぇか。親方の自分勝手に律儀に付き合うこたねぇ。何なら、今日はお前が店番すりゃいい」
「ハッ、冗談!あの手はこっちが勝手にやったらグチグチ言い出すんだ。そっちの方が付き合いきれねぇ」
その会話は魔人の耳だから聞こえただけで、オーディンには届いていない。俺はせかせかと早足に歩くオーディンの横顔を眺めながら先日のレシナの言葉を思い返していた。
レシナは実父を『嫌な父親』だと言った。そしてオーディンも同じ臭いがすると言っていた。その意味が何となく、先程のオーディンの言動から透けて見えたように思う。要するにオーディンも、レシナの父も、全てを自分の思い通りにしておきたい未成熟な大人だったということだろう。レシナが無愛想ながらも大人びているのは、そんな父親の下に暮らし、気を張っていたからではないだろうか。
廊下を抜けて今度は螺旋状の階段を上がり、2階の奥の一室へ招かれた。木の戸を開けて眺めると、その小さな部屋の一面に本が並んでいた。砂漠地帯の街並みに相応しくない大きな本棚に、革の表紙で畳まれた小難しそうな書物がぎっしりと詰まっている。童話の絵本やスケッチブックなどは本棚の端に追いやられ、窮屈そうに萎れていた。
「ここが、レミオの部屋だ」
オーディンは誇らしそうにそう告げた。学術書の他には殆ど何も置いていない堅苦しい部屋を前に、何だか物悲しい気がしてきて、絵本の近くにあった本に手を伸ばしてみた。タイトルは『青い獣の愛』。…偶然にも、それはクリスが好んで読んだ戯曲だった。
「息子は読書が好きでね、私は方々の知り合いから本を頂いてきたのさ。将来は偉い学者になるだろうからってね。実際私の息子はそれは利口で、毎日熱心に勉強していた。…あの事件さえ無ければと、何度悔やんでも足りない」
「ベッドや机は、この部屋には無いようですが…。レミオは何処で寝ていたんですか?」
オーディンの発言を切るように訊き、俺は本を棚に戻した。オーディンは一瞬黙り込んだが、すぐにまた口を開く。その声音は見るからに不満そうだった。
「…あぁ、寝床は家内と3人で共有していたんだ。レミオはよく家内と抱き合って寝ていたよ」
「奥さんはどんな方でした?」
「優しい女だったよ。時々融通の利かない所があったが、それを差し引いてもいい妻だった」
「融通が利かなかったというのはあなた1人の考えでしょう」
オーディンはまた俺の言葉に黙り込んだ。…その静寂に我に返ると、俺はふと湧いてきた疑問に口を噤んだ。…俺は、何で今こんなことを言ったんだ?完全に無意識だった。何も考えず溢れたのがその言葉だった。自分の内側にもう1人、別の人間がいる心地だ。そしてそれは間違いなく、レミオの言葉だというのも分かっていた。
「…それは、どういう意味だ?」
オーディンは感情を殺したような無機質な言い方で訊ね、俺はそれに「…いいえ、何でも」と首を振った。オーディンはじっと俺を横から見つめて、俺は反らした目で部屋を見渡して無言を貫いた。オーディンは見極めるように俺を観察し、笑みを作って優しそうな声で、
「何か思い出したか?」
何故か俺は脅されたような気になって反抗的に切り返した。
「何も思い出しませんよ」
オーディンは「そうか」と落胆し、しかしなおも要求するように俺を凝視した。その眼が堪らなく鬱陶しく、俺は視線を逃れるために話題を変えた。
「…話が戻りますが、あの事件とは?」
されど視線は無くならず、寧ろ要求の色は濃くなったようだった。俺は今すぐ帰りたい気分だった。
「あの事件?…あぁ、さっきの。…いや、昨日話に出たままだ。魔物に馬車を襲われて妻もレミオも失った。あんなことがなければ、レミオはあのまま偉い学者になって、家族全員で裕福な暮らしが出来ただろうにとな」
「そうですか」
此方からの話題が尽き、俺はもう限界を感じた。「すいませんが、今日はこれで」と、およそ普通の流れからは逸脱した形で強引に別れを切り出すこととした。オーディンは目を見開き、驚愕を顕にして俺に見入った。
俺は暫し挨拶に迷い、「…では」と早足に駆け出そうとした。そこへオーディンが手を伸ばし、「レミオ!」と呼び掛けた。俺は咄嗟に足を止めてしまい、その後に続く言葉を待ってから去ることにした。
「…君は…本当にレミオか…?」
それは困惑し、疑うような声だった。俺はそれに苛立って「さぁ」と返しながら振り向いた。
「俺は記憶喪失で、その前のことは何も分かりません。ですが、昔の俺がレミオと名乗っていたことは知っていますし、そして俺があなたの息子だったであろうことも感覚で察しています。そういう意味では、俺は確かにレミオダル・A・リアドなんでしょう」
「…そう、か…」
「ですが、俺はあなたの思い通りになる愛玩動物ではありません。レムリアドとしての記憶や感情も持ち、既に別個の人間として確立しています。ですから、記憶を取り戻したとしてもあなたが固執している『息子』にはなりません」
オーディンは呆気に取られて返答も出来なかった。俺はそれを見ながら急激に自身の胸に昂っていた熱が冷めるのを感じ、「…失言です、すいませんでした」と背を向けて歩き出した。
了承を得ないまま階段を降りていき、玄関口へと差し掛かると後からドタバタ足を踏み鳴らしてオーディンが追い付いた。その表情は鬼気迫り、俺は振り向いたまま足を止めていた。息を切らし、何かを言おうと急いている彼の姿に、俺はこの1時間で感じた嫌悪感など清算されていた。
何も言わずに発言を待つと、彼の言葉は予想外のものだった。
「…レムリアドくん、君の旅を応援する!防具の修繕や販売にも力を注ぎ、及ばずながら手助けもすると誓おう!…この街の南西に召喚獣の神殿がある、是非向かうといい!それから、回復薬も援助しよう!今持ってくる、ここで待っていてくれ!」
オーディンはそうして廊下をまた走っていく。何を伝えたいのかぼやけたままでいたが、その熱意に俺は留まることにした。1分してオーディンが小瓶の詰まった布袋を持って戻り、受け取ると中でカチカチと瓶が触れ合った。
「ありがとうございます」
困惑のままそう言うと、オーディンは無言で小さく頷き、徐々に肩と唇を震わせていく。空気が抜けるようにオーディンが呟くと、同時に赤く染まった顔に2筋の涙が伝った。
「…もう、何も強要はしない。…だから、…せめて……。…せめて、また顔を見せてくれないか…?」
オーディンは頭を深く下げた。俺は目を疑った。彼が頭を下げるなど…。しかし、オーディンがそうして切実に訴えるのを眼にしては、もはや彼を憎んだりは出来なかった。
「…分かりました。大丈夫です、修繕依頼でも此処には足を運びますし、気が向けば私用で挨拶に伺いますよ」
「…ありがとう」
オーディンは濡れた顔を上げて俺と眼を合わせると、もう一度深く頭を下げた。俺はそれに「はい」と頷き、ゆっくりと扉を開けて外へ出た。
「それでは、また」
俺がそう告げて扉を閉めるまで、オーディンはじっと頭を下げたままでいた。
…過去を話し合うには至らなかったものの、言いたいことは言えた。…そんな気がした。レミオが父親を嫌っていたのは確実であろうが、それだけではないだろう。レミオは父親との確執を抱きながらも、きっとレミオなりの愛着も抱いていた。漠然とだが、俺はそう感じていた。
話し合えば分かり合える、とは思わない。感情や信念、性格というものが介在しては、例え両者が正論と分かる議論であっても実を結ぶことはない。寧ろ、両者が両者の正論を思い描くがために破綻する。それは先日のロベリアとの会話でも明らかになったことだ。和解にはどうしても時間を要する。レミオとオーディンの間には、きっと互いの本音を伝える努力も、それを冷静に見つめる時間も無かった。
今なら俺を仲立ちにそれを果たせるかもしれない。少しずつなら、オーディンと話し合ってみるのもいいと思った。
その晩には皆で集まり、今後の方針を固めることにした。俺はその気分でなく宿の部屋に籠って報告書を作成していたが、今日1日で皆存分に羽を伸ばしてきたらしい。ジャックなどはオフ気分が抜けず、会議の間も終始キィマの腰に腕を回してイチャイチャしていた。…まぁ、この2人はいつでもそうなのだが。
「――よって、今後の目標は此処より南西、風の神殿とする。行き先が街じゃないから、今回は馬車が使えない。1ヶ月以上の道程を歩くことになるはずだ。念入りに準備するため、明日から1ヶ月はポーランシャを拠点にレベル上げを始める。それでいいか、皆」
見渡して確認した俺に全員が各々に頷いて返した。それを見届けてパンッと手を叩き、
「よしっ、じゃあ会議終了。皆お疲れ」
そう会議を締め括った。1部屋に7人で座っていては流石に狭苦しかったのか、皆は一斉に姿勢を崩して溜め息をつく。真っ先に立ち上がったジャックはキィマを引っ張り上げ、
「んじゃ、俺キィマと出掛けてくるから!あっ、朝には帰るから心配すんなよ!」
「…もう、バカ」
キィマははしゃいでいるジャックの横で頭を押さえ、心底疲れきった態度で悪態をついていた。羞恥を通り越して呆れているという所か。俺は特に触れることもなく「おう」と言い返し、ウッキウキで去っていく2人を見送った。…ジャック達が行くとなると…、とルイの方を向くが、ルイはじっと俺を向いたまま動き出す気配も無い。レシナはレシナで何やら神妙な顔付きで指を組んだ両手を見下ろしている。ジャックに次いで発言したのはロベリアだった。
「私はもう寝るけど、…メーティスはどうする?誰も寝ないんじゃ私も寝辛いんだけど」
メーティスはロベリアの視線にすぐ頷こうとしたが、ふと俺の方に一瞥をくれる。俺はそれに微笑み返し、『そんなに俺を気にしなくていい』と諭す気でいた。しかしそれより早く、ルイが口を開いていた。
「レム、ちょっと話したいことがあるんだけど、いいか?出来れば1対1で」
その突然の申し出は、俺自身も身に覚えの無いことだった。ルイの表情は真剣そのもので、ともすれば気迫すら感じる程だ。メーティスは俺とルイを見比べるとロベリアに振り向き、
「じゃあ、私も寝るかな。レシナさんは?」
と笑い掛けた。レシナは顔を上げて無表情のままゆっくり首を振り、「私は少し風に当たるわ」と立ち上がるとそのまま部屋を出ていく。それを見送ったメーティス達も、よっこいせと気だるそうに立ち上がった。
「じゃあねレムくん、おやすみ」
「おやすみね、レム。あと、ちゃんと休んでね。遅くまで報告書書いたりしちゃダメだからね」
ロベリアは先日の揉め事を気にさせない軽い物腰で手を振っていき、その後に続くメーティスは名残惜しそうに数度足を止めながらそんなお節介をしていた。因みに、報告書なら現時点で書くことはもう既に書き終えている。
「ああ、おやすみ。また明日な」
俺は笑ってそう言い返し、ルイも直後に「おやすみ」と小声で言って見送った。部屋に男2人となり、女子2人の足音が小さくなって漸く俺はルイとの会話に戻った。俺から訊ねると、ルイは女子部屋のある方を向いて微妙な顔をしていた。
「そんで、話って?」
「…ここだとな…。とりあえずロビーに降りよう。座るところあるだろ、確か」
「あぁ、レストコーナーな。了解」
言い合いながら身体を起こし、部屋の鍵を手にロビーへ連れ立つ。思えばルイとちゃんと話すのも久しぶりだった。俺からルイに話し掛けることも殆ど無い上に、最近は俺が色々とあったことでルイが遠慮してしまっていた。女子に聞かれるのを避けたということは、ソッチの相談だろうか?と勘繰りながらコーナーの椅子に対面して腰掛けると、ルイは落ち着く間も無く本題を切り出した。
「なぁレム、お前メーティスとはどんな関係のつもりなんだ?」
核心を突くような話題に、下らない思考をしていた俺も笑みを失った。『まぁ待て水取ってくるから』と開こうとしていた口も、パタンと閉じられていた。
「メーティスだけじゃないな、ロベリアもだ。どうなんだ?」
「…いや、どうって…」
咄嗟に出たのは繋ぎの言葉だけだった。今まで皆がその話題を避けてくれていたのだと痛感し、まだ何も言われていない内から罵詈雑言を浴びた気持ちでいた。そんな俺の気配を察したのか、ルイは薄く笑って首を振って続けた。
「あぁ、悪い。責めてないよ。…ただ俺はさ、不思議なんだよ」
「不思議って…何が…」
「俺は手が届かないからクリスティーネを諦めた。それで、その時一緒にいてくれたレシナを好きになった。単に乗り換えただけだろって言われたら、そうだって答えるよ。実際そうだし、俺はそれを後悔してないからな。悪いことだとも思わない。より近くで関わってくれる人に好意を持つのは自然なことなんだから。…でもレムは、今も変わらずクリスティーネを好きでいる。それが俺には不思議で仕方ないんだ」
ルイの視線は真っ直ぐに胸に刺さった。彼は責めていないと言ったが、それを聞いて俺が俺自身を責めることになる。クリスとあの2人…俺が頑なにクリスを選び、あの2人を選ばなかった理由…。
「…あの2人とクリスを比べてどうこう言うのは避けたい。クリスを好きでいるのはそうだが、だからと言ってあの2人がクリスより下な訳じゃないんだ。一応、俺はあの2人のことも、友人として大切にしてるつもりだ」
「それは分かる。…というか、レムは皆を大事にし過ぎるからな。それが良いとこでも悪いとこでもあるが」
ルイは苦笑し、テーブルに両肘をついて指を組んだ。その手を覗くようにじっと捉えて少し考え、「じゃあ、言い方変える」と俺を見上げた。
「まず、そんなにまでクリスティーネを好きでいるのは何でだ?俺が彼女を好きでいたのは、顔やスタイル、性格や仕草とか、そういうものだった。…けど、レムの様子を見てると、何かそれだけじゃないように思えてくる。レムには多分、俺とは違う確かで特別な理由みたいなのがあるんだと思うんだ。クリスティーネに拘る特別な理由が…」
「…いや、好きでいる理由は、そんなにお前と変わらないだろ。普通に見た目も好きだし、あとは性格と、……一緒にいた時間の密度…はメーティス達の方が上なのか。…特別なことなんて何も…それだったらメーティス達との関係だって特別だったはずだからな」
「…じゃあ、…クリスティーネが背負ってた使命か?勇者の末裔で、学校でも特異な立場にいた彼女を、お前は支えようと必死だったろ。そんな過程で培われた愛だから、重たくならざるを得なかったのか」
「いや、違う。そんな責任感みたいなものだけでクリスを愛してる訳じゃない。…多分俺は、そんな使命が無くたってクリスに惹かれたと思う。…『クリスが普通の女の子なら』と何度も考えた。だからそれは断言できる」
ルイは背筋を整えてテーブルに手を下ろし、「…どこに惹かれたんだ?」と眼を合わせた。その問いの答えは、驚く程すんなりと出た。
「あいつさ、極端にお人好しなんだ。どんなに自分が大変な状況で、どれだけ苦しくってもさ、周りに困っている人がいたら手を差し伸べるんだ。自分なんか後回しにしてさ。…それがクリスの好きな所だし、同時に嫌いな所だ。もっと自分を気に掛けるべきだといつも思ってた。…あいつ、本当はそんな風に振る舞える程強い人間なんかじゃないんだ。本当に人並みで、年相応の女の子なんだよ。弱いのに不安を圧し殺して、人のために強く装ってしまうんだ。そんな生き方してたら、いつか無理が来るんじゃないかって…心配で、だから側に居たかった」
ルイは驚いた様子で聞いていた。しかしその眼をテーブルに落とし、次の瞬間には「…なるほど」と満足げに微笑んでいた。
「腑に落ちたよ。なるほどな、それなら納得だ。やっぱり、お前だったからクリスティーネをそこまで愛したんだろうな。もし俺とお前の居場所が逆だったとして、同じ経験をしたとしても、俺はそんなにまで好きでい続けられなかった」
ルイは俺がクリスを好きでいる理由を、俺の言葉通りには納得していなかった。ルイが納得したのは、その先にあるものだった。
「似てるんだよ、お前とクリスティーネは。だからそれだけ親身になれる」
「…似てる…のか。…本人にも言われたな、それ」
「似てるよ。だってさっきお前が言ったクリスティーネの好きで嫌いな所って、お前にも当て嵌まることだったからな。お前だって、自分がどうなろうが関係無く周りのために動くだろ。普通そこまでならないだろ、ってくらいにさ」
「別にそんなことは…。俺は自分本位でしか動かねぇよ」
「そんなことあるよ」
ルイはピシャリとそう言い切ると、片手で頬杖をついて目を細め、ぼんやりと机上を見下ろして思い耽る。そして漏れ出したように言葉が紡がれ、
「…まぁ、お前が一筋でいる理由は分かった。…けど、それだけにメーティス達がやるせない」
とその心中を語った。
「…メーティスとロベリアの気持ち、知ってたのか」
「見てれば普通に分かるよ。そもそもお前、2人とは1度付き合ってたんだから、もう明白だろ」
「…それはそうか」
ルイはまた頬杖をやめて忙しなく姿勢を整えた。ルイが今日言いたかったのは一重にこれだったのだ。
「俺はレシナを選んで、それも選択の1つとして正しかったと思ってる。だからレムが何となくでクリスティーネを好きでいるのなら、あの2人のことも選択に入れて欲しいと思ったんだ。正直お前らを近くで見ていると、もどかしいし居心地悪いし苦しいしで一杯一杯なんだよ」
「お、おう。…まぁ、なに、何かごめん。一応そこら辺は色々考えてんだけどね。まぁ、もう少し考える」
「うん」
ルイは俺の返事を聞くと、ふぅ…、と一息ついた。一段落して辺りが静まるような心地の中、水でも飲もうかと後方の有料給水機に眼をやったりしていると、要件が終わったためにふと俺からも気になることが出たりした。
「…レシナは今何してるんだ?」
「レシナ?…あぁ、報告書書きながら俺を待ってるはず。ロビーでお前と夜話すってことを教えたら、『ならラブホテルの待合室で待ってる間に書くわ』ってさ」
「マジか。じゃあ早く行った方がいいな。時間取らせて悪い」
「いや、俺の台詞だなそれは。うん、じゃあ行くかな」
ルイは照れ臭そうに笑って立ち上がり、出入口の方へと身体を向けた。俺は椅子に深く背凭れてそれを見送ろうとしていたが、ふとルイが足を止めて神妙な面持ちで告げた。
「…最近…いや、結構前からそうだったんだけどさ、レシナのやつ、俺に何か隠してることがあるっぽいんだ」
「隠し事?…まぁ、女子だし、彼氏にも隠すような事だってあるだろ。そんなに気にしなくていいんじゃないか?」
「…そうなのかな。…本当、何なんだろうな」
ルイは釈然としない様子のまま歩き出し、去っていくのを見届けた俺は気を取り直して水を飲みに立った。コップに控え目に水を注ぎながら、ルイとの話を思い返す。…あの2人、特にメーティスのことはこれからも悩んでいくべきだろう。差し当たっては距離感を明確にする事に気を付けていくと決めた。




