第61話 救われぬ愛
「…誰だ…それ…」
訊き返した声は渇れていた。フルは眼を逸らして俺の返答を流すと、「…そうよね」と1人納得していた。そして数秒の沈黙の後、「何でもないの。忘れて」と立ち上がり帰路へと振り返る。俺はその合図に従って並び歩くが、頭は前述のそれに支配されていた。
脳裏を過った光景には、黒髪の少女がいた気がした。しかしそれ以上の印象は記憶に留まらず、俺はのっぺらぼうの不確かな少女を『セサリー』と名付けるしかなくなっていた。彼女が俺にとって何だったのか、誰だったのかも分からないままだ。…しかし俺は、その見知らぬ少女に強く惹かれ、記憶の底に眠る感情を無視する訳にはいかなかった。
帰宅してからメーティスの存在を思い出したが、彼女は何も訊かなかったので俺も何も言わなかった。
それから十数日間、俺はフルに対し漠然とした恐怖心を抱いていた。自分でもその正体が分からないまま、何とか平然としているように努めていた。しかし、それに対してフルはと言えば、
「はい、兄さん。口を開けて」
と、そんなことを言いながら現在夕食の席で俺に『はい、あーん』とフォークを差し出していた。背けていた顔を、先端に刺さったブロッコリーが頬に触れる前にフルの方へ戻し、それを押し込まれるのを渋々受け入れる。そしてフォークが引き抜かれて口が自由になると、ブロッコリーをさっさと飲み込んで文句を言う。
「おいフル、何なんだよさっきから。俺は別に自分で食え――」
「ほら、ミートボール」
フルは俺の発言を遮って無味の肉を突っ込んだ。流石に俺も顔をしかめたが、フルはそれを見て満足げだった。
「兄さんって人間の身体じゃないんでしょ?食器を壊したら大変じゃない。だからここにいる間は私がお世話してあげる」
「…いや、制御出来るから壊したりしないって。放っててくれて構わな――」
「ほら、スープも」
そうしてまた遮られる。…もう、どうとでもしてくれ。俺は不貞腐れてされるがままになった。
ロベリアやキィマやルイはポカンと手を止めて呆け、レシナは汚いものでも見るように顔をかしめ、ジャックは怒髪天衝の形相で俺を呪って見つめていた。親父やお袋は俺達の様子を見て、『しょうがないな』とほくそ笑んでそっとしていた。そんな中、メーティスだけが何か悟ったような顔をして俺達を気にしないように食事の手を速めていた。
これがどういう状況なのか、俺には分からない。ただフルは俺に余計な世話を焼いてはメーティスやロベリアに挑戦的な視線をぶつけ、何やら最近は裏でその2人に探りを入れているらしい。何故それ程にフルが俺の女性関係に敏感になっているのか、俺にはその理由がまるで理解が出来なかった。
ふと、少し仲間より多く食べてしまっていることに気付き、「もう飯はいいよ」と俺から告げると、フルは意外にもあっさり頷いて俺の傍を離れた。そして廊下の方へ歩いてから振り返り、『ご馳走さま』も無しにドアノブに触れながらお袋に訊ねていた。
「あ、今日、私が1番風呂を貰ってもいい?畑の手伝いで疲れたから早く寝たいの」
「フル、あたしらはもてなす側だからね。お客さんがいらっしゃるんだから配慮しなきゃいけないよ」
お袋はそう言って口では渋ったが、実際に昼間フルの働きを見ていたのか、レシナの方に眼をやって『すまないがフルの言うようにさせてやってくれないかね』と無言で訴えていた。レシナは普段通り愛想の無いムッツリ顔のまま、コクンとスープを飲み込んで頷き答えた。
「いえ、構いませんよ奥さん。私達は元々入浴の必要がありませんから、折角のお湯が冷めない内にご家族の皆さんで済ませておいてください。今後もそうしていただいて構いません」
「いやぁ、そういう訳にもねぇ…。…まぁ、ご厚意に甘えてフルはパッと入ってきな。あたしらはこれからも最後でいいからね」
フルは特に感謝を言い表すこともせず「はい」と残して風呂場へ向かっていった。その足音を聞き届けて「ご馳走さん」と立ち上がった俺は廊下へ歩き出し、直後硬直が解けたように動き出したメーティスが「ご馳走さまです」と続いて部屋を出た。
メーティスは俺の隣に並ぶとアハハと作り笑いを浮かべてきた。
「凄かったね、フローニアさん」
「おー、ホントな。いや、マジで意味が分からん」
「好きなんじゃない?レムのこと」
「ま、それなりに良い兄であるように努めてきたからな。これで嫌われてたら泣く自信ある」
メーティスは俺の返事を聞いて神妙に俯くと、俺の前に立ち塞がって真剣に眼を合わせた。
「本当に家族愛かな。見てるともっとこう、男女間の、形振り構わない感情に見えるけど…」
「…は?…いや、いやいやいや…妹だぞ?」
「でも、血は繋がってないんでしょ?レムってこの家の養子でしょ?」
「いや、そうだけどさ…」
血縁は無いが、ずっと兄妹として育ってきたのだ。俺自身そんな風に考えたことはないし、フルだってそんなつもりは無いだろう。…そもそも、兄妹間の恋愛なんて、そんな状況小説か何かでなければ有り得ない。
俺はメーティスの、発言の割に真っ直ぐな視線に顏を背けた。「何か言われたりしたのか?」と半笑いで訊ねてみると、メーティスは大きく頷いてそれに答えた。…冗談だったのだが。
「『兄さんとはどんな関係なんですか?距離が近くて目に余ります』、『兄さんには気安く触れないでください。兄さんはエッチだからすぐに手が出ますので、その気が無いならやめてください』、『兄さんは私にいつも優しくしてくれました。私が誰よりも兄さんを知っています』、『兄さんは――」
「ちょ、ちょっと待て。…それ、マジでフルが言ったの?冗談なら笑えないんだが」
怒涛の発言に両手を振ってやめさせると、メーティスは首を振って疲れたような顔をした。
「マジで言ったよ。少なくともそれぞれ2回ずつ以上は」
「あっ、あぁ、あれだ。俺の周りに同年代の女子がいるの初めてだから警戒してんだろ。小姑的な感じで」
「ううん、絶対違うと思うよ」
メーティスは頑なにそう断言した。…フルが俺を異性として愛している?そんな訳が…俺はそれをどう受け止めればいい?…拒絶はしたくないが、フルを選ぶ訳にもいかない。妹であることを抜きにしてもクリスのことが胸に引っ掛かる。
「…ねぇ、これはフローニアさんの味方をするとか、レムにあの子を選ぶように催促するとかでもないんだけど、…フローニアさんにとってレムは兄じゃないのかもしれないよ」
「…それは…どういう…」
「だって、レムは養子に来たんだから、その前まで赤の他人でしょ?フローニアさんは人見知りするタイプにも見えるし、最初はお互いに遠慮もあったんじゃない?…ここからも憶測だけど聞いて。レムは妹として受け入れるようにしてきたんだろうけど、フローニアさんはレムをすんなりとは家族に出来なかった。葛藤の中で家族の距離で過ごしてきて、どちらかというと幼馴染の感覚に近いと思う。…フローニアさんはレムを、ずっと異性として見ながら傍にいたんだと思うよ」
…俺が今まで当たり前としてきた前提が全て覆された。フルが俺を想う理由が非現実的なアブノーマルではなく、理屈の通った現実的な現象として塗り替えられていた。頭でフルと俺との関係を正しく理解するに至ってしまったのだ。…しかしそれでもなお、俺はフルの気持ちを受け止めきれなかった。
「…ちょっと、いろいろ考えたい。…1人になりたいから、今日は部屋に引きこもるわ。…他の奴らにも、事情は話さなくていいから、俺を構わないように言っといてくれ」
「……うん、仕方ないね。分かった。でも、フローニアさんのことは邪険にしないであげてね。本当に傷付くだろうから。レムは前にロベリアとのこともあったし、そこを上手くやる力は持ってると思うから、頑張って」
「…まぁ、それは、勿論だが…」
会話がそこで途切れ、俺が部屋まで歩くとメーティスが見送りをするように付いて歩く。そして部屋を目前にメーティスが立ち止まり、「じゃあ」と手を振り合って俺は自室のドアを開けた。…ただ一つ気に掛かり、ノブに手を掛けたまま振り返って訊ねた。
「…なぁ、何で俺に話したんだ?…黙っていてくれれば暫くは上辺だけでも上手く行っていたのに。こんな廊下で立ち話する内容でもなかったし、打ち明けるにしても普段のお前ならもっと慎重になるはずだろ?」
内心メーティスを責めたい気持ちもあったせいか、言い方が悪くなってしまった気がした。しかし俺がフォローを始める前に、メーティスはその問いに答えていた。
「嫌な予感がしたから」
「嫌な予感?」
「最近のフローニアさんを見てて、ずっと考えてたことではあったの。当然レムに話すのも、ロベリアと相談したりしてからと思ってた。でも、今日のフローニアさんの様子を見てたら、もうそんな悠長にしていられないような気がしたんだ。…フローニアさんが何かしようとしているような予感がした。緊張や高揚が伝わるっていうか、言動がぎこちないっていうか…とにかくそんな気配だった」
…女の勘という所か。経験上、メーティスの勘はある程度信用に足ると考えていいものだということは知っているが、今回に関してはハズレであって欲しい。
「…まぁ、分かったよ。何にしても考える。じゃ、おやすみ」
「うん、おやすみ」
改めて手を振り、ドアを閉めるとベッドに座って膝に肘を突いた。メーティスはドアの向こうで少し立ち止まるも、振り切るように早足で離れていく。俺はそれから風呂と歯磨きの時間以外はその場から1歩も動かずに考え込み、風呂を上がってすぐに横になるも、またそこから眠らず考え続けていた。
今後フルとどう付き合っていくか、そもそも過去のフルにその兆候があったのか、俺にとってフルが何者だったのか…。そうして思考を巡らせる内にはたと思い出したのは、『レミオ』というもう1人の俺の存在だった。ロベリアとの一夜にのみ姿を現した、別人格の俺だ。
思えば俺は既に、その存在の発見と共にフルとの関係を危惧していたはずだった。しかし不確かなその発想が剰りにも恐ろしく、俺はその記憶を頭の縁に追いやったまま今日まで忘れていたのだった。…今こそこれを真剣に考えなければならない。フルと添い寝をする度に記憶が断線していたその訳は、『レミオに人格を交代してフルと夜を越した』からに他ならない。…つまり俺は、過去にもう何度もフルと関係を持っていたかもしれないということだ。
…夜が更けてくると、俺の部屋の前に小さな足音が響いた。この家の部屋には鍵が無い。訪れた人影はゆっくりとドアを引いて部屋に忍び込み、足音を殺してベッドまで近づいてきた。…拒絶にはならないように、俺はそう気を付けて声を掛けた。
「一緒に寝るのか、フル」
寝返って見た彼女は少し驚いていたが、怖じ気づいた様子ではなかった。
「兄さん、起きてたの。…怖い夢を見たのよ、いいでしょ?」
「俺はもう魔人の身体だ。もし寝相で身体が触れたりしたら大変なことになる。悪いけど、添い寝は難しいぞ」
「大丈夫よ、入るわね」
フルは有無を言わさず布団を捲って入り込む。「おい、無理だって…」と押し出そうとしたが、その手にフルが痛がって呻くフリをするので、無理に追い出すことも叶わない。そして俺が起き上がろうとすると、フルはぎゅっと俺にしがみついて動きを封じ、結果として俺はフルとの添い寝を許すしかなくなっていた。
このまま朝まで起きているしかない。戦闘でもあまりMPを減らさなかったので、無理に寝なくとも大丈夫なはずだ。俺はフルから顔を背けて溜め息をつき、フルは俺の態度も構わず頭を胸に乗せて甘えてきた。
「…ねぇ兄さん、あの女…の人…、メーティスさんから何か言われた?」
「何かって?」
「惚けても分かるわ」
フルは鋭い口調でそう問い詰めた。…メーティスが言った『何かをしようとしている』というのはこの添い寝のことだろうが、この話題をフルの方から出してくるのは想定外だ。こんなに早くその時が来るとは思わなかった。…いや、早い方がいい。今後もずっと添い寝をされては困るし、いずれは話し合うことだ。寧ろ、スムーズに決着を付けるためには、メーティスの話を今日聞けたのは最善の流れだったに違いない。
返答に時間が掛かったが、なぁなぁにして終わらせることだけは無いように、細心の注意を払う心構えは出来ていた。
「…何でそう思う。俺は単にフルの安全を考慮しただけだ」
「それは本当だと思うけど、だったら尚更、兄さんが私にそんな態度を取る訳が無いもの。いつもなら、きっと私を傷付けないように必死で優しくしてたはずよ。今みたいに、『どうせなら嫌われてもいい』みたいな態度は取らないわ」
「………また、女の勘か。敵わないな」
「兄さんが正直なだけよ」
フルは何が面白いのかクスクスと笑って寝間着の上から俺の身体を撫で始めた。…何度も触れたことがあるはずのその手が、まるで全くの他人の手のように感じる。俺はその手を放って話し始め、フルはうっとりした声と微笑みのままそれに受け答えた。
「フル、レミオって知ってるか?」
「…さて、誰かしらね」
「惚けんなよ」
フルは一瞬確かに狼狽えたが、それを表には出さなかった。暫し黙り込んだかと思うと、「どこで彼を知ったの?」と訊き返された。
「アカデミー時代、色々あったんだ。どういう時にレミオが現れるのか、大体の条件も分かってる。そしてお前が、過去にもう何度もレミオと夜に会っていることも察してる。今日だって、レミオに会いに来たんだろ」
「…怒ってるの?」
フルの声音に怯えが混じった気がして少し胸が痛んだ。やはり裏切られてもなお、俺はフルを妹として大切に思いたいのだろう。…『裏切られた』?…そうか、俺は家族のつもりでフルと接していたのに、フルが違うものを見ていたことに腹を立てているのだ。そういう意味では、確かに怒っているのかもしれない。
「……別に、ただ、お前がどういうつもりなのか確かめたいだけだ。メーティスに言われたんだ、お前が俺に好意を持ってるかもしれないって」
「…『兄さん』は、それを信じたの?」
「信じたくないと思ったけど、信じたよ。ただ、お前が本当に好意を向けているのが誰なのかが重要だけどな」
「……どういう意味?」
フルはとうとう目に見えて戸惑った。心を窺うように見開かれた目に、真っ直ぐ視線をぶつけて問い掛けた。
「お前、レミオが好きなのか?」
フルは息を呑み、途端に瞳を潤わせた。小さく口を開閉し、止まっていた右手を徐に下腹部へと伸ばした。しかし俺が彼女の腕を浅く掴み、彼女の逃避は打ち砕かれた。
「レミオが好きなんだな?」
もう一度問い掛けた。フルは腕の痛みに顔をしかめ、俺が手を緩めると素早く振り解かれた。フルは右腕を手で押さえながら俯き、今度は身体を起こして唇を重ねてくる。手で止めて顔に痣を付ける訳にもいかず1度目は許したが、顔が離れた瞬間に俺は自分の口を覆って次を防いだ。…一瞬のそのキスの味に覚えがあり、見知らぬ自分とフルとの過去を漠然と垣間見たように思った。
「…何で…」
フルは驚愕して俺を見た。『有り得ないことが起こった』…そんな顔だった。俺は横を向いて眼を反らして答えた。
「レミオは記憶喪失前の俺、つまり主人格だ。レミオは女性から行為を強いられることにコンプレックスを抱いていた。そしてレミオは俺に『コンプレックスに囚われないこと』を求めていた。だから、逃れられず女性から行為を持ち掛けられた時、レミオは身代わりになるため人格として表層に浮かんできたんだ。けど、俺はもうそのコンプレックスを克服している。レミオもそれを分かっていて人格交代に必要性を感じていないんだろう。その結果、俺はレミオと人格を交代しないようになったんだ」
絶句するフルに、俺は続けて告げることにした。これで全て解決してくれればいい。そうした望みを託して放ったはずの声は、思いもよらず掠れていた。
「お前がレミオを愛していたんなら、…悪いが、もう諦めてくれ。もうレミオはお前の前には現れない。俺もお前とは家族として仲良くしていきたい。…だから、もうこれからは…」
「…違う…」
フルは小声で弱々しく呟いた。俺はそれに口を閉ざされ、一心にフルの目を見つめた。フルは涙を溢して俺を睨み、俺の服の胸元を両手で握り締めた。
「…私は、レムを…レミオだけを愛してたんじゃない。…確かに、最初は……。…でも、私は、兄さんに…」
「……フ…ル…?」
「最初の夜だって、本当は兄さんに抱いてもらいたくて…!レミオは兄さんとの間に入り込んできただけで…!私だってそんなの分かってた、私から行くからそうなるって!レミオの過去は、私がよく知ってるんだから!でも、だってしょうがないじゃない!兄さんは私を子供扱いするばかりで、添い寝に時間を掛けてもそんな気起こしてくれないし!レミオのことも愛してるから、兄さんがしてくれないならって諦めて…!兄さんに分かるの!?好きな人が突然別人になって、それでもまたその人を好きになって!その想いに挟まれた私の苦悩が誰に分かるって言うのよ!?何で分かってくれないの!?私は兄さんを愛してるのよ!?」
…訳が、分からなかった。宥めようにも言葉が出なかった。フルは俺が無言でいると闇雲にキスの雨を浴びせ、身体中をまさぐり始めた。やめさせなくてはと焦るが、暴れるフルを相手に下手に動くと怪我を負わせるかもしれないと混乱した。
「やめろフル!おい、駄目だってば!」
俺は必死で叫んだ。皆を起こすかもしれないなどの配慮も忘れていた。しかし言葉の抵抗ではフルを制することも叶わず、その内目を覚ましたメーティスとロベリアがドアを開け放って駆けつけた。
メーティスは暴れるフルを引き剥がし、ロベリアは俺に駆け寄って「大丈夫!?平気!?」と訊きながら乱れた服を直し始めた。無言で頷いてフルを見た俺に続き、ロベリアもフルに眼をやる。メーティスは召喚師の力を使わず、本来の、人間の腕力でフルを抑えていたが、その身体がフルの動きに揺らされる光景から、フルがナーバスに身を任せきっているのをありありと感じた。後から他の者達も集まって廊下から覗いていたが、その誰もが猛獣を見るような怯えた顔をして黙り込んでいた。
「離して!離してッ!離してぇッ!!」
メーティスは一言も発せず悲しそうな眼で、叫ぶフルを見下ろした。そしてその視線は俺にも向けられた。メーティスが言わんとしていることを知りたい一心で俺はフルを見つめたが、フルはもう叫ぶのもやめて啜り泣きながら項垂れているだけだった。
翌日以降、フルは俺と眼を合わさず黙り込むようになった。親父達は何も無かったフリをして普段の生活を守ろうと努めたが、そのやりとりの隙間にはどうしても違和感が入り込む。異様な静けさを孕んだ家の中、フルの腕に付いた大きな紫の痣だけが、その一夜の出来事を主張し続けていた。




