第57話 未知が故の愚鈍
ジーン達の協力が決まったので、部屋への道すがら互いの自己紹介などを済ませた。それぞれ部屋に衣類の荷物を持ち込み、積もる話は夕食でと、一先ず俺とレシナは装備の修繕のため布袋に纏めたそれを担いで防具屋へと赴いた。毎回の様に殆ど無言の俺達の間に、宿を出て数秒後に追い付いたサラが例の如く活気付いて背中を叩いた。
「よっす、レムリアドくん!それとレシナちゃん!ご一緒していい?」
「あぁ、はい!もちろん」
「はい、どうぞ」
快く笑って受け入れる俺と相反して、レシナは距離感が掴めずよそよそしく真ん中を譲った。レシナは人見知りという訳ではないのだが、サラのようにグイグイ近付いてくるタイプの人物は苦手のようだと見ていて気付いた。…彼女がジャックを疎んでいるのもそれが理由なのだろう。あいつは初対面でも女なら関係無しにがっつくからな、多分第一印象は最悪だったに違いない(1年生初期の俺)。
「いやぁ、それにしてもこの街でレムリアドくんに会えるなんてねぇ。不思議なものね」
「そうですか?」
感慨深そうに呟いたサラの一言に、いまいち心情が測れずそうして首を捻る。サラはフッと笑ってスカートのポケットに空いた手を突っ込み儚く街を見回した。
「去年会ったのも5月だったから、ちょうど1年くらいよね。あの時話したこと覚えてる?魔王の動向がどうこうってやつ」
おそろしく寒いギャグ。俺でなきゃ見逃しちゃうね。見逃すべきなんだよなぁ…。
「あぁ…確か、結局去年の10月頃、街に襲撃してきたんですよね?場所は…」
「その場所がここ、ダルパラグよ」
言われて思い出し、ハッと息を呑んで辺りを見回した。…静かで平和な街並みだ。魔王が直々に襲撃した街などとはとても信じられない。当時の記事を見たわけでもなく、後になってからHRでユーリにより知らされただけの事件だったが、実際にその場所に訪れて聞かされると…実感とも違うが、不思議な心地がした。
「街を暗雲と雷が包んで、大地が割れて、砂漠が焼けたわ。聖水林のバリアに防がれてるから住民に被害は出なかったけど、勇んだパーティが街を飛び出して何人も犠牲になったの。私達はそれを食い止めるために動いていたけど、全員は止めきれなかった」
サラは悔いるように眉を寄せて俯き、レシナはそれをぼんやりと見つめて何かに思い耽っていた。…俺もサラの後悔に同情していたが、それよりも気になることがあった。…聖水林の『バリア』と言ったか?バリアとは何のことだ、そんな話はアカデミーで聞かされていない。
「あの、サラ先輩、いいッスか?」
「うん?どーぞ?」
「聖水林ってバリアなんて張ったりするんですか?初耳なんですけど」
あー、とサラは暗い顔から立ち戻って下唇に指を当て、答えながらその人差し指をクルクルと回した。
「討伐軍で密かに伝わってる話よ。聖水林っていうのは光の力のローカルな循環装置みたいなもので、その光の力を使って街をバリアで覆い囲ってるの。球体みたいにね。魔物は闇の存在だから、光のバリアを通過できない。また同時に、外部からの魔法はこのバリアに遮断されるから、中にいる限り絶対に攻撃を受けることは無いんだって」
…かつて、クリスの家の婆やたるチェルシーから伝えられた、勇者と魔王の話を思い返した。勇者は光の神と人間の女との子供、魔王とは光の神を殺し世界を乗っ取ろうとしている闇の神であるとされる。…サラの口振りで察するに、彼女も、その仲間達もその手の事情を少なからず把握しているようだ。レシナは知らされていないので訝しげに首を傾げ、「光の力…闇の存在…?」と難しい顔をしている。
俺は続けて問い掛けた。
「アムラハンに魔物が侵入したこと、ありましたよね?…あれは、バリアで防げなかったんですか?球体ってことは、地下にもバリアは張られてるんですよね?」
「アムラハンは…あー、ごめん。それは聞いてないや。でも、多分聖水林の光の力が不十分なんだと思うよ。だから地上にしかバリアが無いんだと思う」
流石に何でも知っているということではないようだが、それでもサラ達は俺達よりずっと先を行っている。俺は尊敬と感謝を込めて頭を下げ、
「そうですか。いえ、良いことを教えていただきました。ありがとうございます」
「ううん、ごめんねーちゃんと答えられなくて」
「いえいえ、十分ですよ。それにしても色々と詳しいですよね。そういった話って何処で聞けるんですか?」
謙遜するサラに、俺は顔を上げて話題を転換する。レシナは会話に混ざらないながらもじっとサラを見つめ、殆ど警戒もしていない。サラは自慢げに答えかけたが口を閉じて押し止まり、誤魔化すような笑みを浮かべて、
「ちょっととある街でね」
と煙に巻いていた。答える訳にはいかないらしい。それはそうだ、そこは俺達の足で進んで知っていかなくてはならない。何事も与えられてばかりとはいかない。
しかし、サラはそう告げてからすぐに明後日を向いて思い直すと俺の肩にポンと手を置いて顔を寄せてきた。その悪戯な微笑に俺は少し首を傾げる。
「ね、後でバーに行かない?」
「バーですか?…けど、明日も早いでしょう?構わないんですか?」
「1時間だけだから大丈夫!それに、レムリアドくんにも有益だと思うよ。来て損は無いと思う」
サラは俺の返事を待たずレシナにも笑い掛け、「君も来る?」と誘っていた。
「いえ、私は今日は…。また後日でもよろしければお付き合い致します」
レシナは即答した。サラは特に気にする様子もなく「そっか、残念」と微笑んで頷き、俺には『来るよね?』と言うような視線を浴びせる。…まぁ、行きたくない訳ではないしいいんだが。
「…じゃあ、夕食後に2人で行きましょうか」
「うん!1年ぶりにサシ飲みだね!」
「そうですね。楽しみです」
俺とサラは顔を合わせて和やかに微笑み合う。その輪から少し外れているレシナは、何故だか睨むように俺を凝視していた。
修繕とクリーニングの依頼を終え、宿に帰って夕食にありつく。アムラハンの海鮮ディナーに比べれば非常に質素ではあるが、ナツメヤシの実やターメイヤ、ムルキーヤなど他ではなかなか見ることのない料理を頂けたので満足といった所だ。魔人の舌に合うようにされているため、本来の物とは少し味は異なるのだろうが…。
サラがジーンに俺をバーに連れ出す旨を伝えていると、それを見たジャックが何故かメーティスに告げ口したりそれをキィマが窘めたりして一悶着あった。「皆、仲がいいね」とサラは面白そうに笑っていたが、どうも俺は気恥ずかしくなり半ば強引にサラを引っ張って飛び出した。
到着したのは階段と柱が伸びて2階のみという木造建築物であり、その大きな戸をギィ…と軋むような音を立ててサラが開ける。先導されて入ると、人気の無い店内は朱色のランプに照らされて、その暖かい色彩の端にある細長いカウンターの向こうには黒いドレスを来た妖艶な美女がブロンドの長髪を左肩に束ねて微笑を浮かべている。
サラはその女性と眼が合うと、「どうもママさん」と脇でヒラヒラ片手を振った。
「あら、お嬢ちゃん。今日は彼氏も連れてきたのね」
「いいえ、違いますよ。この子にはちゃんと彼女いますから」
サラは女性のからかいに真面目に答え、確認を取るように俺と顔を合わせた。「いませんよ」と苦笑して答えると、サラは目を大きく開けて驚いていた。
「え、メーティスちゃんと付き合ってたんじゃ…」
「もう別れましたよ。去年、あの後すぐに」
返答が終わるや否やサラが青冷めた顔で何か言おうとしていたが、少し間が悪くカウンターの女性に「まぁ座りなさいな」と勧められたためカウンターの椅子に着いて会話を打ち止めた。実際、カウンターの前にずっと立っているのも迷惑だったであろう。…後で2人になった時にでもサラの誤解を解いておこう。
「それで、コスモでいいのよね?そっちの彼も?」
女性は訊きながら既に手を動かし始めている。サラはハッと我に返って、「え、ええ。お願いします」と急いで返事した。そして気を取り直し、背を向けてシェイカーを振る彼女に手を指しながら俺に笑い掛けた。
「レムリアドくん、この人はメアリー・イクシズさん。このメアリーズ・バーのオーナーで、討伐軍の情報屋も受け持ってるわ。単純に討伐軍内の噂とかもだけど、アカデミー通信とか一般人に公開出来ないような情報も大体こっちに流れてくるから、これからは頻繁に活用するようにね。コスモポリタンを注文して200クルド払うのが情報貰う合図だから」
「は、はい。分かりました」
情報屋って裏社会っぽくてカッコいいですね。しかし、アカデミー通信だけじゃなくこういった所も活用しないとやっていけないのか。当たり前といえば当たり前だが、学校で習ったものが全てではないんだな。
メアリーは速やかに2人分のグラスに赤いカクテルを注いで差し出し、サラはそれを受け取ると手早く100クルド札を2枚渡した。俺もせかせかとそれに倣って200クルドをカウンターに滑らせ、メアリーは「はい、おあいそ」とそれを受け取るとピッと指先で弾いて数え、カウンター下へとそれをしまった。
「それで、何を知りたいわけ?」
メアリーはカウンターに頬杖を突いて凭れ掛かり、試すような眼を俺に向けた。俺は緊張でグラスを持つ手に変に力を入れていたが、サラは慣れている分平気な顔で「何か新鮮なネタあります?」と1杯煽っていた。
「新鮮って何よ?まぁ無いこともないけど、欲しい情報は客が選ぶのがルールでしょう?…あぁ、これを私に言わせたかったのね。小賢しいわぁ…」
メアリーが嫌そうにじとりと眼をやると、サラは『まぁまぁ』と言うように左手を前後に振って笑った。
「じゃあ、マニ大陸の件でも教えてあげてください。多分知らないと思うので」
「それはあんたが知ってるでしょう。私じゃなくていいわ」
「今日はお試しで連れて来てるので、私が知ってることを聞く方がやり易いんです」
「それ、あんたが先輩ぶりたいだけじゃない」
メアリーは呆れたように鼻で笑いつつ俺と向かい合い、俺はまた緊張に背筋を伸ばす。サラはそんな俺を横から見守り、絶えず穏やかに笑う。…しかし、マニ大陸の件って何だ?
「あんた、名前は?」
「レ、レムリアド・ベルフラントと言います」
「そう。…じゃ、レムリアドさん、教えたげるからよく聞きなさい。あと、今後は1人で来なさいね。情報提供は基本1対1だから」
「は、はい」
メアリーの底知れず深い瞳に吸い込まれ、俺は身を固めて聞き入った。メアリーはそれまでと打って代わり真剣な面持ちとなった。
「4月28日、マニ大陸の陥落が確認されたわ」
…陥落…?…え、マニ大陸が…?
「マニ大陸の…何処がですか?ペルシャですか?」
「全土よ。大陸中の全ての街が攻め落とされたわ。勿論ペルシャもね。現在、アムルシア以外の大陸に滞在しているパーティで奪還作戦が組まれているけど、正直状況は絶望的ね。期待は出来ないと見ていいかもしれない」
…マニ大陸全土が魔王軍の支配下に置かれた。そう聞かされてからパタリと周囲が遠く感じ始め、メアリーやサラも俺の異変に気付いたのか食い入るように俺の目を見た。…剰りにも、現実味が無さ過ぎる。頭が空っぽだ。何も考えつかない。しかし、マニ大陸のことは俺には無関係と割り切れない。1つの不安が背中に張り付き、どうにもそれを拭えなかった。
「…マニ大陸のペルシャは、仲間の…メーティスの故郷なんです」
俺の一言に、サラは大きく目を見張り、俯くとまた酷く気落ちして「…ごめんなさい」と謝罪が溢れ落ちた。メアリーはサラを静かに見つめ、
「謝ることは無いわよ。寧ろ、知らないでいるよりこの方がいいでしょう」
「でも、今はアムルシアから出られないし、何も出来ることが無いんですよ。…案じるばかりで動けないというのは、きっと凄く辛いことだと思います」
「ええ、それもそうね」
狼狽えているサラに対してメアリーはやはり含蓄が窺える。落ち着き払った様子のままメアリーは俺の手に触れ、その甲を撫でながら囁いた。
「この話はとにかくここだけのことにしておきなさい。後ろめたいでしょうけど、そのメーティスさんだかには黙っておくべきよ。時が来るまでね」
俺は暫し呼吸を整えて「はい」と頷いた。…メアリーの言う通りだ。この場所で教えられて良かった。いつかは知るであろうことなのだ。メーティスのためを思えば、これが最善の流れに違いない。ラバカを奪還するか、アムラハン港が他の大陸に航路を持つかすれば、この話をメーティスに聞かせよう。それまでは必ず隠し通さなければならない。
サラはまだ切り替えられないでいたが、メアリーは空気を悪くしないように会話を主導し、「他に何か訊きたい?1ついいわよ」と俺に訊ねた。…生憎そんな気分にはなかったが、これで終わりにしてしまうと後味が悪い。俺は何とか愛想笑いを浮かべて首を捻った。…多少わざとらしくてもいい、とにかく少しでも明るくしなければ。
「すいません、ちょっと何も…。…あぁ、そうだ。なら、伝説の勇者のこととかで何かありませんか?」
「勇者?…勇者ねぇ…。勇者の何を知りたいかが肝心だけど」
「勇者のことなら何でも…。俺、勇者の末裔の子と知り合いなので、その子が来年卒業してきた時に力になりたいんですよ」
「あぁ…クリスティーネ・L・セントマーカさんね。へぇ、知り合いなのね」
メアリーはあっさりとクリスの名を言い当て、俺はそれに驚愕した。…しかし考えてみると、討伐軍内での噂も情報として集まるのならこれも当然なのだろうか。ともかく話を続ける。サラはまだ暗い顔をしていた。
「はい、まぁ…。…何かありませんか?」
「そうねぇ…。なら、特別に1つ教えてあげましょう。けど、これはおいそれと人に話さないこと。クリスティーネさんにも詳細は明かさない。それを守ると必ず誓いなさい」
メアリーは念入りに釘を刺した。俺は少し身構えて「はい」と応じ、未だ俯くサラを一瞥した。
「伝説の勇者の故郷の話よ」
「…故郷…ですか。…そういえば、確かにそれは聞いたことがありませんね」
「そうでしょうね。途中に遭遇する魔物が異常に強いことと、馬車での進行が不可能なことが原因で辿り着くのは至難の業よ。その剰りの過酷さに、一定の条件を満たしたパーティ以外は目指すことも場所を知ることも禁じられているの。そしてその地の重要さ故に、魔物に知られる危険が無いようにその街に纏わる言葉は全て禁句とされているわ。その街の名前は――」
…十数分後、俺とサラはバーを出て宿へとトボトボ歩いて帰った。サラは無言のまま俺の顔を窺い、どうやら掛ける言葉を探しているようだった。俺はそんな威勢の無い先輩に苦笑した。
「結局サシ飲みするの忘れてましたね。情報貰ってそのまま出てきちゃって」
冗談でそう告げると、サラは何を深読みしたのか一層顔を暗くして「ほんと、ごめんね」と小さく頭を下げていた。
「何か、私要らないことしちゃったみたいで…。何だか君と関わるとヘマしかしないね、私」
「そんなことありませんよ。実際、今日連れていってもらって助かりました。お蔭でメーティスを不用意に心配させる事態は避けられたんですから。クリスにも土産話が出来ましたし。だから、感謝してます」
落ち込むサラを慰め、その幼い表情に堪らず頭を撫でそうになる。ウズウズと伸びかけた手を気づかれる前に引っ込め、両手をポケットに突っ込んだ。…サラに告げたことは本当のことだ。サラは勝手に自虐しているが、彼女は何のヘマもしていない。確かに俺の不安は増えたが、これはメーティスを守るために必要な苦痛なのだ。それを思えば感謝しか無いだろう。
サラは俺の目を探るように見つめながら、朧気な笑みを浮かべ、しかしすぐにまた表情を失った。
「それは…ありがとう。…でも、それだけじゃないでしょ?メーティスさんと別れたのって、やっぱり…」
「それは俺の問題で起きたことですし、俺達の間で納得し合った出来事です。サラ先輩は関係無いですよ」
「そうなの?…本当?…それなら、いいんだけど…」
サラはやはり釈然としないままの様子で、また宿まで黙り続けた。サラは今、俺に悪いことをしたと思い込んでいるだけだ。此方が普通に振る舞っていればその内状況を正しく理解するだろう。宿へ到着後、「明日はよろしく」と短い挨拶を交わしてロビーで別れ、俺は少しその場のソファーに腰を下ろして今後のことを考えた。
悲報と朗報、メーティスとクリス。…心境は複雑だった。とりあえずクリスを例の故郷へと導くことが、来年の最初の目標となる所だろう。そこには炎の魔石という物もあるらしく、召喚師を連れていけば炎の召喚獣を授かることが出来るので、メーティスやミファにとっても好ましい目標と言えよう。そちらは単純な話だ。…しかし、問題はマニ大陸のことだ。
先程は、いずれはメーティスにも真実を話すつもりでいたが、よくよく考えていくとメーティスには最後まで教えないでいるのが良いような気もしてくる。…他の大陸に移動できるようになり、そこでマニ大陸への航路だけが無いことが判明すれば、否応無くメーティスはマニ大陸の異変を察するだろう。俺がそこで真実を伝えれば、全員でマニ大陸奪還に加わることが決まるだろう。しかし、きっとそこで俺達が出来ることなど無い。ダルパラグの周囲とは比べ物にならない敵が蔓延るような場所に今の俺達が向かった所で、精々邪魔にしかならないだろう。何も出来ず、ただ傍観しているしかない。…そうなるくらいなら、知らない方がいいはずだ。
しかし、だったら今の俺はどうだ?ユダ村の危機だというので気を急いてここまで来た。何も出来ない可能性が高いにも関わらず、俺はユダ村を目指しているではないか。メーティスの状況と何も変わらない。…なら、やはりメーティスにも伝えるのが道理ではないか。正しいのはどちらなのか…。
「あっ、レムー!」
そんな無邪気な声がロビーに響き、メーティスが廊下からトタトタ走ってきた。何も知らない無垢な笑顔、それが今の俺には何より痛ましかった。
「帰ってたんだ!ここで何してるの?またアカデミー通信?」
「いや、少し考え事だ」
「ふぅん。…何考えてたの?」
メーティスはボフッとソファーに勢いよく座り、尻を滑らせて俺の横にピタリと擦り寄ってくる。その表情はというと、『また1人で何か抱えてる』と口を尖らせたようであった。
「…今、ユダ村はあんな感じだろ?やっぱちょっと心配でさ」
「そりゃそうだよね。レム、ずっと一杯一杯な顔してるし」
「そうなのか、自覚無かった。…けど、行っても何も出来ないかもしれないだろ?それ考えるとさ、本当は知らないでいた方が良かったのかな、なんて思ってさ。何も出来ないなら、知ってしまっても辛いだけだから」
「…本当にそう思ってる?何か、レムらしくないよ」
メーティスは訝しそうに眉を寄せ、しかし励ますためか顔を寄せて告げた。俺は口を挟まずメーティスの意見に耳を傾けた。
「諦めたらダメ。戦いに参加出来なくても、せめて雑用とか、何か出来ることはあるはずだよ。それに知らない方がいいなんて嘘。そしたらきっと後悔しか残らないもん。少しでも出来ることはあるよ、だからやらなきゃ!私も…私達も力を貸すから、もうちょっと頑張ろうよ」
メーティスの言葉は温かい。しかしそれが余計に、俺の心には杭となって刺さった。…彼女はこう言っている。なら、俺は彼女に真実を告げるべきだ。彼女は『知らなければ後悔する』と言っているのだから。
「そう…だな…。弱気になった…、ごめんな…」
「ううん!全然!レムはもっと辛いって口に出した方がいいよ。溜め込んでるとまたこんがらがっちゃうんだから」
「ああ、そうだな」
言うんだ。言わないと駄目だ。そうでないと彼女は…。
「…メーティス」
「うん?なぁに?」
メーティスは嬉しそうに笑っている。…俺は何も言えなかった。




