表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/116

第54話 差別の気配

肉体の欠損や奇形など、そういうものを見ると人は気味悪く思うそうですね。脳や精神のことでも言えますが、みんな人と違うものが怖いんですかね。例えば斜視なんてのはどうでしょうか、幼き日の私はそれでえらく人外扱いされたものですが…(隙あらば自分語り)。

「あれ、レシナさんどこ行った?」

 全員分の皮の鎧を揃え、兜の購入へと軌道をシフトしてから最初の宿泊を済ませた朝、ロビーに集まった俺達に遅れて現れたジャックが訊ねた。

 遡って昨晩、4月8日の夜、既にアカデミー通信の新刊が発行されていたため、他のパーティがロビーを立ち去ったタイミングを見計らってレシナと2人で情勢の確認作業に入った。そこには、『アムラハン関所の瓦礫撤去』が3月20日に開始し、5日間を掛けて撤去を完了、そして3月以内を目標に関所の開拓と討伐軍によるその護衛が行われた旨が綴られていた。彼女の動向はそこで取り決めたのだった。

「関所が復興したかが曖昧だから、連絡所に確認しに行ってもらってる。フィールドに出る時に門番の人に訊くのでも良かったんだが、あそこに全員で屯すと迷惑掛けるだろうからな。それにそこら辺は連絡所が管轄してるから、正式なことは連絡所に訊くべきなんだ。で、効率を考えた結果俺らは別行動で修繕した装備の受け取りを済ませようって訳だ」

 ジャックはそれを聞き届けると、「ほーん、なるほど」と適当に頷いてキィマの尻を触りに行った。…昨晩もこの話聞かせたんだけどなぁ、とキィマに手をつねられ悶絶しているジャックを見つめながら少し悲しくなった。

 ふと、それまですぐ隣でじーっと俺を見ていたメーティスが俺の耳元に口を寄せた。何だろうかと聞くと、その声は労るような声音だった。

「…レム、兜を揃えたら、そろそろ次の街に移るお金を貯めた方がいいんじゃない?多分その頃にはトロールの棍棒も沢山手に入ってるだろうし、売って足しにしようよ」

「あぁ、そうだな。あの棍棒がいくらになるか分からんが。因みにアムラハンからダルパラグって馬車代は1人いくらになるんだ?」

「950クルド」

「は?」

「だから、950クルド」

 えっ何それは…。1人分でその額なの?聞き間違いだよね?多分全員分と勘違いしてるよね?

「…全員分で?」

「全員分だと、うちのパーティが2850クルドと、ジャック達のパーティが3800クルドで、合計6650クルド」

 そんなの無理なんだけど…。というかメーティス計算早いな。

「…んー、あー…まぁ、何とかしよう。近日中にアカデミーの支援局に所場が無いか訊いてくるよ」

「うん、そうしよう」

 メーティスは頷き、他の者にも『いいよね?』と確かめるように顔を向ける。雑談していたルイとロベリア、ジャックに関節技を極めているキィマが無言でそれに頷く。ジャックは激痛に身を捩りそれどころではなさそうだが、…うん、まぁ、また伝え直せばいいだろう。

 そろそろ出発したいのでロベリアに受付への部屋鍵の返却を任せ、行って戻ってくるのを静かに待っていると、ふと気に掛かったという様子でルイがジャックに歩み寄っていった。

「で、お前は何で二度寝なんかしてたんだ?魔人の身体なのに睡眠欲も無いだろ?」

 ルイは羽交い締めのままのジャックを見下ろしながら問い掛け、キィマの手の力が緩まったためジャックは気を落ち着けてルイを見上げた。その顔はげっそりとして、溜め息と一緒に僅かな疲労が滲み出ていた。

「それ訊くくらいなら何で起こしてくれなかったんですかねぇ…。まぁ、昨晩寝ながら色々考えてたら、結局ちゃんと眠れなかったんだよ」

 ジャックが、これまた彼らしくないことを言い出した。ルイは「考え事…?」と首を傾げ、キィマの方へと視線を移す。キィマは『知らない』と言うように首を振り、ジャックから両手を放して解放した。ジャックは肩をグルグルと後ろに回して解しながら答え始めた。

「いや、昨日俺、結局魔が差して混浴行って来たじゃん?そこで会ったお姉さんが痛い痛い痛いィッ!」

 答え始めたはいいが早速キィマに手首を捻られていた。感覚が鋭い魔人には、腕を斬り飛ばされるような度を越えた痛みよりこういうジワジワ来るものの方が堪えたりする。…ジャックが悪いのは確かだが、出来ればフィールドに出る前からHPを減らさないで欲しい所だ。そこへロベリアが引き返してきて、共に外に出て荷車置き場へと歩きながらジャックは先程の話を続けた。

「いや、俺が行った時は殆ど貸切状態だんだけどさ、入ってたら後からすげぇムッチリしたお姉さんがタオル巻いて入ィッ!…ってきて、眼福眼福って眺めェッ!…て、たら、……何か気に入られたのか向こうから言い寄ってきィッ!おい、キィマ!いい加減つねって話の腰を折るのはやめろ!進まねぇだろ!」

「じゃあずっとつねっとくよ」

 キィマはムッと口を尖らせてそっぽを向いたまま、力一杯ジャックの肘をつねり続ける。アアァァァァッ!と仰け反りながら細く悲鳴を上げるジャックに対し、ルイは冷えきった視線を浴びせ、

「で、そのまま一晩コースか。最低だな」

「バッカ、彼女いるって断ったわ!お前ッ、俺ちゃんと1時間以内に部屋に戻っただろ!何なら俺いつも男風呂に入ってる時もっと長い時間掛けてるだろうが!」

 ルイの言葉にキィマの手が余計に強まったため、ジャックは猛抗議しながらキィマからの責め苦に耐えている。ルイは特に興味無いという様子で「ふーん」と荷車の方を向きながら頷き、ロベリアが荷車の鎖を解錠するのを眺めながら「それで?」と続きを促した。

「ああ、そしたらな、そのお姉さんに物凄い叱られた訳よ。あの混浴ってな、そもそも討伐軍用の出会いスポットなんだとよ。おおっぴらにはしてないけど」

「出会いスポット?」

「職業柄あちこち街を移るせいもあってなかなか出会いが無いとかでな、色々溜まった連中が相手探すために入る風呂なんだと。そんな訳でリア充はお断りの場所なんだそうだ。そのまま流れで最後まで行けるように個室風呂まで用意されてた」

「へぇー、…まぁ、魔人の身体じゃあ普通に生きてるだけで禁欲状態だし、風俗も入店禁止だしな。そういう措置もあるんだな」

 ジャックとルイの会話にメーティスもキィマも嫌な顔をして俺の方へと逃げてきて、ロベリアは知らん顔をしたまま鍵を返しに向かった。…あれ、ひょっとしなくてもこれって俺、男として見られてなくね?別にいいけどさ。信頼されてるんだと思っておこう。

「そんでまぁ、夜通し考えたんだよ。俺らって何なんだろうなってさ。…これ、ちゃんと人間扱いされてんのかなって」

 ジャックの溢した唐突な重い言葉に、ルイは瞬時に顔を青くした。後の2人も言葉を失い暗い顔で少し考え込んだ。

 …普通、兵士と言えどもこれほどに個人のプライベートにまで干渉するような世話などしてはこない。この措置は一重に、俺達魔人が一般人に対して性的暴行を働かないようにという意味合いを持つ措置である。人間は魔人を厄介な兵器として見なし、押さえ付けたり体良く往なしたりしながら不利益を被らないように気を付けているのだ。

 …学生の頃からそれは考えたりしたことがあった。俺達魔人は、人間のために存在しているにも関わらず、人間の手によって尊厳を奪われているようだと時折思っていた。そしてそれはきっと勘違いなどではなく、これから先、旅を続けていけば幾度となく思い知らされることだろう。サラから聞いた旅の話にも、その予兆のようなものを随所で感じていた。そしてここ最近では、俺を含む全員がそれを感じる出来事が彼方此方で起こっていたのだった。

 暫し左手の傷を見つめて思い詰めていると、不意にフッとジャックの笑い声が聞こえ、少し驚いて顔を上げた。

「ま、俺は自分が人間だって分かってるからな。それだけでいいだろ。…可愛い彼女もついてるしな」

 ジャックはキィマを俺から引き離して片腕に抱きながら気楽そうに告げ、キィマは頬を真っ赤に染め上げてジャックを見上げた。…ルイは呆れたように、メーティスは安らいだようにしてジャックに笑い返し、俺もジャックの笑みに頷き返す。…この旅にジャック達を連れていて本当に良かったと、この時心から感謝した。


 それから十数日、片手間で仕事を探しながら資金集めを行っていた所へ、とある求人が募集され始めた。どうやら各地で大規模な作戦が立て続いているために臨時で資源調達の必要が出てきたらしく、折良く大量に仕事が用意されていた。

 俺達は早速、ヒレン草摘みと鉱員の護衛を引き受け、在庫や馬車の利用の都合で決まった実施日までは資金集めを続けた。そして迎えたヒレン草摘みの当日、5月2日、早朝から宿を出て準備の詰めに防具屋へ赴いた。本来は開店していない時間帯なのだが、最近通い詰めているお蔭でお得意様として待遇を良くしてもらったのだ。俺の遠慮などそっちのけで話は進み、ありがたくお邪魔させてもらうことにした。

「おー、来おったか!修繕完了しとるぞ、ほれ!」

 防具屋の店主、リザード・クラフは待ちかねたように笑ってどっさりとカウンターに俺達の装備を並べた。他に客もいないので、俺達は横並びにカウンターの前に立って、各々の防具をその場で装備し始めた。

「なぁ爺さん、黒いマントが似合いそうな鎧って無ぇか?そんでごわごわしてなくて動き易いやつ。もちろん赤だぜ、赤」

 ジャックはどうやら酷く気に入っているらしい赤い鎧と兜をパシパシ叩きながら身に付け、リザードにそんな軽口を叩いた。ジャックのそんな全く遠慮しない物言いにも、リザードは随分嬉しそうに笑って頷く。…孫とでも話してる気分なんだろうな、とその楽しそうな老いた表情を眺めながら黒い装備に身を纏った。

「コートじゃなくマントか!そいつぁ選択肢が広いぞ!ならその内マントも数種取り寄せておくかの。時間があったらじっくり試着してみたらどうじゃ」

「おお、いいねぇ!楽しみにしてるぜ、爺さん」

 ジャックはリザードの前へグッと右手でガッツポーズを取り、リザードは笑いながらその甲に自らの甲をぶつけた。彼らの中での挨拶のようなものだろうか。それを眺めていたルイはフッと笑いながら首を傾げていた。彼の鎧は黒髪の補色ということなのか、純白に染められている。

「その内鎧は金属製にしないといけなくなるだろ。見るなら皮じゃなくて鋼の鎧じゃないか?」

「皮の方がかっこいいの多いだろうがアホか!」

「あれっ、俺変なこと言ったか!?」

 ジャックにガツンと言い返されてルイは困惑して俺を見る。大丈夫だルイ、何も間違ったこと言ってねぇから。

 リザードはジャックの味方、もとい皮の鎧の味方らしく、その明らかにおかしい発言にうむうむと共感していた。女性陣はそんな、皮の鎧同盟2人組に対して怪訝な顔をしている。…まぁ、こういう男のロマンみたいなのは女の子達には分からないんだろうな。ファッションの話に置き換えて説明してやれば伝わるかもしれない。

 因みに残りのメンツも鎧と兜は色を統一して組み合わせている。メーティスは朱色、ロベリアは俺と同じ黒、レシナとキィマは赤といった具合だ。キィマがジャックとお揃いを選んだことは想定内だが、レシナが白ではなく赤を選んだのは予想外だった。…まぁ、特に理由など無いのだろうが。

「ま、そうは言っても防御力が第一だしな。デザインが気になるってのは分からなくもないけど、金属製だって別に見た目は悪くはないだろ」

 ルイの味方になってやろうと告げると、リザードはふむと顎に手を当てて俯き、ジャックは腰に手を当てて首を振った。

「ちげぇんだよー、もっとフラットな見た目が好きなんだよー。金属製だと何か重ぇんだよー!」

 分からなくはない、というより、昔の俺なら恐らく同意したであろう言い分だった。確かに金属製の鎧は重々しい印象を醸していて威圧的ではある。ただ、実戦を経験している今、とてもそんなことに拘る気分ではなくなっていた。

 ジャックは憤慨したままでいたが、ふとリザードが顔を上げて面白そうにほくそ笑む。その表情に釣られた視線が集まり、リザードはうむと話し始めた。

「普通の鎧は動物の皮で作るものじゃが、それを魔物の皮で作ったらどうじゃ?それなら防御力の話も解決じゃろう?」

 それを聞いたジャックは夢が膨らんだようにキラキラと目を輝かせ、ルイも少し興味を引かれた様子で目を大きく開き、それに対して女性陣は1人残らず不快そうに眉を寄せていた。

「いいじゃんそれ!面白そうだ!1体ずつ作って集めてこうぜ!」

 興奮したジャックが俺の肩を揺すって誘い、ルイは視線で何かを俺に訴えてくる。リザードの眼も『どうじゃ?』と訊くように俺へ向けられていた。…ただ残念ながら、現実的に考えて首を横に振らざるを得なかった。

「魔物から切り落とした部位は霧散も腐敗もせず残るから、確かに皮を剥いで鎧を作ることは出来るかもしれないな」

「おう、やろうぜ!」

「けど、やるならトドメを差す前、つまり戦闘中に皮を剥がなきゃならない。俺達の実力で、片手間でそんなことが出来るか?トロールとの戦闘も2班での協力があってギリギリなのに」

「そこは…ほら、ローズトード……の鎧は着たくないな、うん。…いや、けどさぁ…」

 ジャックは諦めきれず腕を組んで唸り続け、リザードはそれを眺めながら苦笑しつつ、

「まぁ、まだそんな設備も無いからのう。気長に検討していけばええじゃろう」

 と、ジャックの肩を擦って宥めていた。…こうして人と魔人が共通の話題で胸を熱くしていられるのも、その関係が仕事で繋がっているからなのだろう。世間からは戦士として大役を任されながらも都合によって穢多・非人と呼ばれる俺達を、武器屋や防具屋などの身近に関わる彼らは人間として認めてくれる。

 …この街の住人が他に比べて魔人への不信感が強いことも理由なのだろうか、先に住民への支援要求をしたパーティ達から流れてくる話では、乞食呼ばわりされて追い出されたり、強盗だと濡れ衣を着せられたりしたと聞いていた。…もうじき街を出るかもしれないと思い、参考にと訊ねてみればそうした有り様だ。俺達も日に日に人間への不信感が高まってきていた。

 そこへ至ってジャックとリザードとの和気藹々とした会話を眺めると、ほんの少しの希望が湧いてくる。ただそれだけを頼りに俺は人間達を許してやるように努め、癇癪など起こさないように気を付けている。…俺だって昔は魔人どころか討伐軍に興味すら抱かなかったのだから、つまりはそういうことだろう。市民はそれほど俺達に関心を向けていないので偏見しか持てないのだ。


「どうも、おはようございます。M70期第50号パーティリーダーのレムリアド・ベルフラントです。バモット・メディアント様でいらっしゃいますか?」

「あ、はい。本日は皆様の送迎とヒレン草の運搬を務めさせていただきます。よろしくお願い致します」

「此方こそ、よろしくお願いします」

 街門の前で看板を立てて馬車を背に待っていた男、バモットに挨拶をする。バモットはペコペコと数回、気が気で無いような冷えた愛想笑いを浮かべながら頭を下げた。俺に続いてレシナも歩み出て、ゆっくりと丁寧なお辞儀をしながら上品に挨拶した。

「同じく、M70期第36号パーティリーダー、レシナ・ダイナです。メディアント様、送迎よろしくお願い致します」

「あぁ、はい、よろしくお願いします」

 バモットは急かされたようにいそいそとレシナにも数回頭を下げ、「どうぞ、此方へ」と馬車の中へ誘導する。馬車の中は木製ながら造りの良い床が展開し、左右に6人ずつ座れる長椅子が並ぶ。俺達はパーティで左右に別れて座り、その長椅子の上で平べったく潰れて薄汚れたマットを更に押し潰した。

 手綱を手に馬車を馭し始めたバモットの後ろ姿は緊張が滲んでおり、彼がまだ馭者として未熟であることが仄かに窺えた。


 ヒレン草は街では育たない。どうしたことか、この手の植物は皆、街で育てようとしても数時間で全身が穴だらけになって枯れてしまうのだそうだ。一説には聖水林と同じ性質(光の力のことだろう)を有するために、聖水林に吸収されているとも言われている。そうした理由のため、畑は街の外に設けられる。

 2時間掛けて移動し、その馬車は草原の只中に広々と張り巡らされた円形の木製地面の上へと赴く。そしてその中央には直径1kmはあるような広大なヒレン草畑があり、馬車はその目前に迫って緩やかに停車した。

「着きましたよ、皆さん」

 彼は一仕事終えると大きく息をつき、安心したように表情を和らげて俺達を振り向く。俺達は彼を向いて速やかに立ち上がり、

「では、収穫に掛かります。メディアント様は此方で休憩なさってください。後のことは私達で行います」

 と仲間を引き連れて馬車から降りていった。バモットに眺められながら、俺達はその畑に中腰になった。

 ヒレン草…その様相は、茎を経ず、根から直結した3枚の大きな葉が、丸まって折り重なるようにしてその先端を俯かせているようである。色は深碧と言った所だが、こうして実物が大量に並ぶ様を見ていると色違いのキャベツのようにも思われる。…不意に、またユダ村のことが気に掛かった。

 作業は順調に進んだ。肉体が疲労しない俺達魔人にとってはそもそもが簡単な仕事だった訳だが…。制限時間は5時間で、その許す限り休まず収穫し続けるように言われている。いくら戦えるとは言っても、不要な戦闘は避けるのが当たり前なので、こうした時間制限が設けられていた。装備を固めておきながら、やることは農作業なのでシュールなことこの上無い。

 最初の1時間の内に既にノルマの80kgは収穫を終えているが、収入が収穫量に比例するようなので休憩は挟まなかった。俺達は人数が多いので、上手くすれば今日の手取りは明日の仕事より多いかもしれない。そうと思うと一層手が動き労働に身が入った。

 ヒレン草は指で根をスッと切り離し、左手で潰さないようにふわりと運ぶ。唯一苦労するのがそうした力の加減だった。しかしそれも慣れれば容易いことだ。コントロールが苦手なジャックには、馬車の後部に繋いでいる荷車に収穫したヒレン草を運ぶ役割を与えている。持つな、腕の上に乗せて運べ、と念を押した甲斐もあり、一先ずは失敗は無いようだった。

 仕事に不安が無くなると、今度は何でもないことに気が向いてくる。…そういえばあの馬…と、これまで俺達を連れてきて、今は馬車の前で座って休んでいる黒い馬をふと見つめる。長時間の走行を可能とし、…今日は普通の荷車だが、普段は人間の腕力ではびくともしない討伐軍用の荷車をも引っ張って走っている。他の動物と比べると剰りにも常軌を逸した身体能力の、馬だ。

 アースト、ゴーレム、アービアン…人工的に生み出された魔物の劣化体。それらは魔因子操作の産物であるが、それが可能だと言うなら…馬も、()()()()()出来るのではないか?…世間には『品種改良を重ねた特別な馬』だということで通してはいるが、あの馬はアカデミーから各街に支給された馬なのだ。その可能性は十分に考えられた。無論想像でしかないのだが、もしそうだとして、それを人々に伝えたら何が起きるだろう?…人々は得体の知れない生物として恐怖し、酷い扱いをするのだろうか?

 …そんなことを考えていたから、という訳ではないのだろうが、唐突に発せられたある言葉に俺は目敏く食い付いた。俺だけではない、周りの6人もだ。もう初めの緊張も無くなり、ふんぞり返るようにしてパンを囓りながら退屈していたバモットが独り言を呟いたのだ。独り言で終わるはずだったそれは、超人の俺達の耳にははっきりと伝わってきた。

「…化け物だなぁ、ありゃあ…」

 それは、3時間もの間手を休めることも、汗を流すことも無い俺達に対する、バモットの率直な意見だった。思わず俺達は一斉に彼を見て、彼はそれに気付くと逃げるように顔を逸らしてまたパンを食べた。

 …ふと、1年生の頃にクリスが嘆いていたことを思い返した。…こんな気持ちだったのだろう。今更に、差別の視線と迫害を一身に受けて育った彼女の生い立ちに正しい理解が出来た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ