第3話 勉学より先に色恋
入学式の翌日、早速授業が始まることとなった。そしてその最初の授業は『武器演習』。初っ端からハードだなと思いながら体操着に着替えた訳だが、更衣室を出て早々にそんな憂鬱は吹っ飛んでいった。…そう、女子生徒の体操着姿が全てを癒してくれたのだ。
男子の体操着は上下黒のタンクトップと膝丈のインナー、一方女子の体操着は黒いレオタード。…胸やら尻やらとその体格を余す所無くくっきりと浮き彫りにしたその姿に欲情しない男などいるだろうか!いや、いない!
そしてそんな女子生徒の中でも圧倒的な視線を浴びる2人がいる。そう、クリスとメーティスである。
体育館へ立ち入って真っ先に、俺の視線もその2人に釘付けとなった。クリスは全身がスラッとして細く、その大きな胸と小振りながら張りのある可愛らしい尻は清楚で美しいクリスの有り様を体現している。
メーティスも健康的に引き締まった身体と誰よりも豊満な瑞々しい2つの果実という黄金比によって上品な肉感を醸し、元気いっぱいで純情な振る舞いがその魅惑を魔性へと昇華している。…うん、自分がキモい顔してるであろう自覚はある。
「あっ、レム!おーい、レムー!こっちこっちー!」
後ろに両手を組むクリスを相手に立ち話していたメーティスは、入館した俺を見つけると周囲も気にせず満面の笑みで両腕を振って俺を呼んだ。おい、バカ、やめろ!男子からの視線が全部敵意に変わったじゃねぇか!
「おーい、レムってばー!もー!」
「うるせぇ!今行くから待ってろ!」
急いで駆けつけると、メーティスはブンブン両腕を振りながら楽しそうに声を上げる。俺は興奮する彼女を両手でドウドウと落ち着かせながら聞いた。
「あのねっ、武器演習とトレーニングって組作ってやったりするみたいでねっ、3人で組作る時はレムも一緒に組めたらなーって!」
「あー、うんうん。おっけおっけ。とりあえず声抑えようぜ。周りの視線が痛いから」
メーティスはおっと、と周囲を見て両手で口を押さえると音量を変えずモゴモゴと続けた。…口じゃなくて声抑えて欲しかったけど可愛いから許す。可愛いは正義。
「今日、組み手の型習うんだって。まだ組み手自体はしないかも」
「今日のとこは組めないな。まぁ、今度ってことで」
絶対ね、とメーティスが笑い掛け、それに頷いたのと同時にマイクが入り口から現れて生徒が集合する。号令の後、すぐに授業が始まった。
「じゃあ、早速だが全員両腕を振っても人に当たらないように広がってくれ」
出席番号で並んだまま広がっていき、場所が決まるとマイクによって『戦闘時の武器の重要性』について説明される。生徒は皆体育座りして大人しくそれを聴き、10分と短めの説明が終わるとその場に立たされた。
「よし、静かに聞いてくれてありがとう。去年の連中より皆大人で助かるわ。ここからはちょっと身体動かしてもらうぞ」
マイクはそう言って、自ら構えを取り、腕や脚の位置や曲げ方を口頭で伝えながら俺達に真似させた。両拳を固く握り、手の甲を相手に見せるように腕を立て、左腕を顔の高さ程に上げる。全員がその姿勢を取り終えるとマイクはそのまま続けた。
「討伐軍で基本としている徒手空拳は『合空拳』と呼ばれ、剛、突、柔とそれぞれ3通りずつ型を有している。今してもらっているその体勢が正段の剛の構えだ。身を屈めて両腕をやや下にやれば下段、身体を心持ち伸ばして両腕を高くすれば上段の構えになる。まぁ、段を言わずに『~の構え』と言われたら正段のことだと思ってくれ。…剛の構えは破壊力と防御力に特化した構えで、攻撃を仕掛けたり防御を取る場合は基本的にこの構えを用いる」
話しながら下段、上段と姿勢を変えてみせ、生徒はそれに倣って確かめるように何度も動いていた。皆熱心ですなぁと思い思い俺も構えを試していた。
次だ、とマイクは剛の構えをやめ、両拳を顔の前に構え、横向きに軽く握った左手で顎を守り、背中を少し丸める姿勢を取った。
「これが突の構え。下段、上段はさっきの要領と同じ。…突の構えではフットワークを利かせて動き、素早い拳で牽制、そのまま攻撃に転じるといった戦法が取れる」
そして次に両手を広げて右手が顔の前、左手が腰の高さになるように姿勢を変え、両足を肩幅に直した。
「続いて柔の構え。これは相手の攻撃を受け流し、または利用して体勢を崩させるための構えだ。それぞれの型に専用の技があるが、口で言って数時間で伝わるものでもないだろう。基礎的な技は俺が教えるが、残りは今から配る冊子を読んで各自イメージを固めてくれ。専門的な指導を受けたい奴は後期の選択武器演習で希望するようにな」
マイクはそう告げて、冊子を配ると今度はそれぞれの型での専用技を教え始める。前後で2人組を作って習いつつ、ふと見るとメーティスは眼をキラキラさせて張り切り、挙動に勢いをつけていた。対してクリスは冷静に、正確に、寸分違わぬ模倣を目指しているようだ。
どちらも熱意が凄まじいが、俺はゆったり気ままに適当な受講を続けた。俺が手を抜くことで3人のやる気の均衡を保っているのだ。…さーせん、真面目にやります。
2限に探査旅行学の講義を挟み、3、4限と体育館でトレーニングという訳が分からない午前を過ごし、着替えてすぐ3人で食堂へ昼食を摂りに向かう。流石に2限目では制服に着替えるのも馬鹿らしく生徒は全員体操着で教室に帰った。先生もそれでいいと考えているらしく文句を言わないので、今後もそんな感じになりそうだ。
今は皆制服姿だが、此方も体操着に負けず劣らずのいいものだ。男女ともにきっちりとした軍服風の青い制服であり、男子は白いスラックス、女子は白いマイクロミニスカートを履いている。つまり、そう、階段で上手くやればスカートの中を覗けるというわけだ。
これは俺的にとてつもない衝撃だった。お堅いイメージがあった学校という環境でこれ程はっちゃけたご褒美があるとは夢にも思わなかったのだ。まるで『パンツでも覗いて頑張れ』と学校が言っているかのような状況で、俺のテンションは歯止め無く上昇している。…胸が服に押さえられて控え目に見えてしまうのだけは頂けないが。
…さてさて、昼休みがやってきました。先日は全員早々に解散してしまったために逃した交遊タイムの到来だ。ユダ村ではまるっきり出会いが無かったが、美人だらけのこの学校でなら夢も見れるはず!数打ちゃ当たるの精神で声を掛けまくろう!
と、そう決めて勇んで教室へ着いたはいいが、女子への声の掛け方が分からず着席。…あれっ?待って待って、昨日自己紹介があったんだから初めましても妙な感じだし、マジで何て声掛けるのが正解なの?
考えながら立ち上がり、ふと眼についた窓際に立つ女子の3人組へと真っ直ぐ歩いていく。目の前まで行けば火事場の底力でどうにかなるだろうと期待しつつ、脳裏では必死に第一声を探していた。
「…ヘイ!」
悩み抜いた末にそんな頭の弱い挨拶を女子の集団に掛けて右手を上げた。うん、これじゃないなってことは分かった。
「…へ、へい…?」「へーい…?」「……誰こいつ…」
うち2人は半笑いでそれに手を振り返し、1人は敵意剥き出しの顔でボソッと呟いた。ムカつくがぐうの音も出ない。…もうやめにして席に戻ろうか、何なら午後の白魔法学もブッチしようかしらと気が重くなるが、ここまで来たならやれるところまでやらなくては収まらない。
端の2人より比較的ノリが良さそうな真ん中の子に狙いをつけて話し掛けていくことにした。
「…いや、すまん。いや、折角入学したんだから交遊関係広くしておきたいなと思ったんだが第一声が分からなくてさ」
「あー、そういうこと?…うーん、確かに難しいよねー」
「やっぱそうだよな。まぁ俺の場合、田舎者で都会の空気にも慣れてないってのもあるけど」
「都会…アムラハンが?そうでもないんじゃない?結構何も無いところだよ、ここ」
「いやいや、俺んとこと比べたらずっと華やかだって。…この街のことよく知ってるみたいだけど、君、アムラハン育ちなのか?」
…無理に質問を作らないと会話が終わりそうな雰囲気だ。だが今はとにかく警戒を解くことに専念しなければ…。
「リサ、トイレ行こ」
直後、ずっと睨んでいた端の子が2人を引っ張って教室の外へ歩いていった。話していた真ん中の子も静かに手を振ってそのまま去っていく。その場にポツンと残される俺。やっぱダメでした。
めげずにその後も幾度と無く挑戦し、後半は割と会話が続いてくる。ほぼ全女子との会話が終わると共に、2つの確信が浮かぶ。
まず1つ、既に生徒は皆同じ部屋で暮らす生徒同士でグループとなっており突入し辛くなっている。もう少し時間を置いて教室内の緊張感が無くなってから再戦するべきと思われる。
そしてもう1つ、…会話が続いてると思ったけど、これ適当にあしらわれてるだけだわ。…悲しいのでメーティスに癒されてくる。
5限目が終わり、ハイローラン略してハイル先生が一旦教室を立ち去ると、俺とメーティスが同時にはぁーっと息をついて机に凭れた。くてんと脱力してメーティスは俺に笑い掛け、俺もそれに笑みを返した。
「疲れたねー。授業ってこんな感じなんだね。話聞いてノート取るだけだと思ってたよ。逆に訊かれるんだね」
「いや、手ぇ挙げなければ話聞いてノート取るだけだぞ。…メーティスって勉強出来たんだな。当てられまくり正解しまくりだったじゃん」
「え?教科書に書いてあったこと言っただけだよ?」
最初の授業の段階で教科書の内容を把握してる時点で俺よりずっと出来がいい。なお、クリスもメーティスと同じ回数、もしくはそれ以上に手を挙げては正解していた。
…ひょっとして寮の部屋ってIQが均等になるように人員が組まれているのだろうか?いやいや、書き取りテストだけで頭の良し悪し決まるのかよ。つーか、この2人で均衡取るとかどんだけ俺の頭は悪いんだよ。
メーティスの隣にいると自虐が止まらなくなるので、この業間にトイレを済ませに行くことにした。トイレから教室に戻ろうとしていると廊下に集まった女子の集団が嫌な笑みを浮かべて話していた。俺はそそくさとその横を通り過ぎようとしていたが、話の内容に思わず足を止めた。
「メーティスさんってホント空気読んでないよねー。何かブリっ子入ってるし、男受け狙い過ぎ」
「あいつ裏でヤりまくりでしょー、絶対。股が緩いからあんな頭も緩いんだよ」
「必死すぎだろあのブス。あんなの嫌われるって普通分かるじゃん」
…怖っ!女子怖っ!
口々に放たれる恐ろしい暴言に内心恐々で、すぐにでも立ち去りたい気分だったが、メーティスを悪く言われるのは我慢ならずとうとう声を上げてしまった。俺が口を開くより早く、集団は俺の方を睨み付けてきた。
「お前ら人のこと勝手に悪く言うなよ。メーティスは普通にいい奴だぞ」
女子の方々は無言で俺を睨み続け、俺は一言「ちゃんと話せば分かるさ」と告げて教室に帰った。後方から何やら俺の悪口が聞こえ始めていたが気にしない。…気にしないように頑張る。
戻ってきた俺にパァッと笑顔を向け、メーティスは男子との会話を切り上げて駆けてきた。話していた男子3人は一瞬俺を睨むが、その場に留まっていたクリスを話し相手にし始めた。
「ねぇねぇレム、廊下に女の子達出てったんだけど何でか知らない?」
メーティスはドアを閉める俺にそう訊ね、俺は少し悩んでから笑って廊下に親指を指した。
「普通に世間話して盛り上がってたぜ。気になるなら参加して友達になってきたらどうだ?」
「へぇー。うん、じゃあ行ってくる」
メーティスは素直に頷いて駆け出していき、俺はつい「あっ、おい」と呼び止めてしまう。メーティスは首を傾げて振り返り、「なにー?」と不思議そうに目を丸くしていた。
「…すまん、何でもない。上手くやって仲良くなってもらえよ」
「うんー!」
パタパタとメーティスが走り出すと、クリスは心配そうに廊下を見つめて男子達に「ごめんなさい」と謝り、メーティスの後をついていった。様子を見についていこうかと思ったが、クリスもいるなら危険は無いだろう。
俺は解散していく男子らの『邪魔すんなテメェ』というような赫怒の形相に顔を背けて席に着いた。…早く授業始まってくれ。さっきから睨まれっぱなしで心がしんどい。
見渡すと、教室の半数ほど女子が出払っており、残った女子のグループが教室の各所に点在している。そんな中、1人で席に着いて寂しそうに女子のグループを見つめている子がいた。…そういえばあの子には話し掛けてなかったな、と思い出して俺は席を立った。
「何見てんだ?」
暗い茶髪の女子の視界に顔を覗かせて笑い掛けると、その子はビクッと驚いて俺を見つめ、困ったように眼を泳がせて黙った。
「…仲間に入れてもらわないのか?ずっとあっち見てた気がしてたけど」
視線があったその方向には、2人組の女子が窓に凭れて談笑している。俺がそちらを一瞥して告げると、彼女は暫し俯いておずおずと語った。
「…同じ部屋の人達なんだけど、幼馴染だとかで2人で盛り上がるから…」
「…2人の中に入っていけないってことか?」
彼女はまた困ったように笑い、コクリと頷いて赤い瞳を俺に向けた。
「…昔から友達作るの苦手で…。…まだ学校に来てから他の子と全く話してなくて…」
「じゃ、俺が初めてってことになるのか」
彼女は俺の言葉に目を見開くと嬉しそうに「そうだね」と笑った。…一応弁明するがこの言い方に下心は無い。
少しは打ち解けたかな、と様子を見つつ、
「君、名前は?俺はレムリアド」
「あっ、ロベリア、です。…よろしく」
「おう、よろしく」
ロベリアはにっこり微笑んで頷くと、また例の2人へと視線を戻し、すがるような眼を俺に向けた。
「レムリアドくん、最初の話し掛け方ってどうするのがいいか分かる?…同じ部屋で過ごしたのにあの人達と全く話せなくて、もう1日経っちゃったしどう声を掛けたらいいか分からなくて…」
「んー、それはちょっと今の俺に訊いたっていい答え返ってこないぞ。さっきそれで惨敗してきたところだからな」
ロベリアは目を丸くして、途端に口を押さえて吹き出した。
「あっ、笑いやがった!」
「あ、ご、ごめんなさい…ふふっ…」
顔を反らして笑いの壺に入っていた。俺も自然と笑ってしまい、2人して声を上げて笑った。一頻り笑い合って、「よしっ」と手を叩いてロベリアの眼を向けさせる。ロベリアは口元を隠して忍び笑いしつつ耳を傾けた。
「じゃあ勝負しようぜ。俺と君、前期の間にどっちが多く友達作れるか」
「えー?」
「俺は今んとこクリスとメーティスがいるから2人分リードしてるな。…だからまずは、そっちも同室の2人に話し掛けてみることだな」
「でも、何て言っていいのかわからないし…」
「とりあえず、ダメ元で突撃してみりゃいいさ。特攻あるのみだ。…例えば、…そうだなぁ…」
俺はわざとらしくその場を歩き回りながら顎に手を当てて唸り、それを見て楽しそうにしているロベリアに右手を差し出した。
「お嬢さん、向かいのカフェでお茶しませんか?」
「あっはは!それ、友達作るときの声掛けじゃないでしょ!」
そうしてまた笑っていると、生徒達が教室に戻ってせかせかと席に着き始める。廊下から来たバツが悪そうな女子達と嬉しそうに笑っているメーティスを見て、誤解は解けたようだなと安心していると、傍を通りに来たクリスが眼を合わせて微笑んだ。
俺はそれに頷き、ロベリアに手を振って席へと戻りながら、
「ま、お互い頑張ろうぜ。目指せ友達100人!」
ロベリアは笑って「ありがとう」と頷き、授業が始まるまでの間もニコニコと前を向いていた。
ロベリアが友達を作れたと思ってくれていたらいいな、と俺はその背中を暫く見つめていた。