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第44話 明日のための決別

今回長いです。その分次回が短くなりそうなので、今回はゆっくり読んでください。

「…それで、大事な話って?」

 いつもより1時間多く設定して存分に楽しませた後、2人して肩まで布団に収まって休んでいた所で、サーシャは何気無く目を丸めてそう訊ねた。どうも雰囲気で伝わってはいないようだが、遠慮はせずに伝えることにした。

「唐突で悪いんだが、今日でこの関係も終わりにさせてくれ。こういったことはもうやめることにしたんだ」

 サーシャはふむと俺の顔を眺めると、納得し、少し寂しそうに頷いた。

「…前みたいに建前で言ってる感じじゃなさそうね」

「あぁ、今度は本気だ。これ以上俺も逃げ続けている訳にはいかない」

「……そう、ね」

 サーシャは苦々しく眼を逸らし、俺はそんな彼女に寝そべったまま正面を向く。「それでだ」と続くとサーシャは興味を引かれたように俺に向き直り、俺は一呼吸置いて本題に入った。

「どうして俺と関係を結んだんだ?…何か、理由あったりするのか?最後だからはぐらかさないで教えて欲しい」

 サーシャは暫し細めた眼をあちこちに泳がしたが、その間も俺が見つめていると観念したように溜め息をついて沈んだ顔のまま口を開いた。

「…別に誰でも良かった。気晴らしがしたかった所にあなたのことを知って、丁度いい相手だと思っただけよ」

「…辛いことがあったのか?」

「別に。……そうね、ちゃんと話すんだったわね。…そうよ。嫌なこと…本当に酷い目にあったの。…私、1年生の頃アレナスって子と付き合ってて、その子とは少し主従関係みたいになってた。だからアレナスの頼みは何でも聞くようにしていて、時には嫌でも従ってたの」

 …アレナスとは、記憶が正しければ、ラズウルフ侵入やゴーレム事件の立役者であり2年期初め頃に多くの女子生徒と心中した女子生徒だったはずだ。…サーシャとアレナスが付き合ってたなら…女同士ということになるが、この際そこは置いておこうか。

「そんな中、学校の秘密文書を探してこいって言われて、私も最初は困惑したけど、同じ事を頼まれた子が数人いたから、アレナスに愛想尽かされないために今度も従うことにしたの。…けど、あっさり先生達に捕まってしまって、そこからは本当に酷い仕打ちを受けた」

「酷い仕打ち?」

「…身体検査って分かる?裸にされて、身体のあちこちを見られるの。普通は見るだけで終わるんだけど、そこでは…。…うん。……いや、それはいいの。本当に辛かったのは、そこから。…その頃は冬だったのに、布切れ1枚の格好で拘束されて空調機能もない独房に閉じ込められたの。それも数ヶ月…2年期の5月まで。…トイレも個室じゃないし水も流れなくて、加えて目の前で先生にトイレの中身をゴミ袋に移されたりして…凄く惨めだった。シャワーもね、週に1回、数人に監視されながらだった」

「……酷いな」

 サーシャは俺の返事を聞くや少し嬉しそうに頬を弛め、きゅっと布団の端と俺の手を握って続けた。俺は検討違いな疑問も抱いていたが、話の区切りがつくまでそれは訊かないことにした。

「私が自覚無しに犯罪をしてたのが悪かったのは分かってるけど、それでもあんまりだと思った。…私は、好きな人のために、ただちょっとファイルを取りに行っただけのつもりだった。今までも悪いことだけはしないように生きてきた。だから言えることは、アレナスのこと以外は全部正直に答えてたのに、独房にいる間ずっと『犯罪者』『盗人』って大声で捲し立てられて…。…私が悪いのは分かってるのよ。…でも、辛かった。……挙げ句、両親からの手紙だって言われて自白を促すような文書の紙を差し出されて、無理やりそれを踏まされた。…もう、全部話したのに…。…なのに、踏めって…。…お父さん…お母さんを……、…これ以上話さないなら…2人の言葉を…踏みにじれって…親不孝の盗人って…」

「…もういい」

 俺はサーシャを胸に抱き寄せて、その背中を撫でた。サーシャは肌を青白くさせたまま微かに震えていて、俺はそれを落ち着かせようと暫くそうしていた。

 …4人それぞれの話をちゃんと聞いて、何を思って俺との関係に縋っていたのかを確かめたかった。彼女達だって1人の女、人間なのだ。単に性欲を満たすだけのためではなく、それに依存しなくては自分を保てないような事情があるかもしれない。サラの時のようにそれを聞けたなら、俺は自信を持って人間の普遍的な弱さを認め、他者への恐怖を緩和出来ると思った。それが俺に必要な『証明』だったのだ。

 …けど、それは自分勝手な証明だった。他人の傷を抉り出す行為でしかなかった。そんなこと、俺が一番良く分かっていたはずだったのに。…後の3人にも同じように聞く予定だったが、もう十分だ。これ以上誰も傷付けてはならない。サーシャにもこの辺で聞くのはやめにしよう。

 そう考えたが、サーシャはまだ続ける気のようだった。「もういい」と再度伝えても、サーシャは話をやめなかった。

「独房から解放されて普通の生活に戻っても、自分が犯罪者で、また酷い仕打ちを受けるって考え方から抜け出せなかった。おまけにアレナスも死んでしまって…。今更愛なんか残ってなかったけど、それでも特別な相手だったから、いなくなったのを知って凄く空虚になった。…ずっと、2年期の間空っぽで過ごして、短スパンで男を乗り換えて乗り換えて…、でも普通に交際する手間が煩わしくて、その内慰めてくれるなら恋人じゃなくてもいいって思うようになって…。そんな頃、リード・I・ベトルがあなたを紹介してくれたの。1年期にしか話さなかったから距離があったし、アレナスとの出会いに間接的に関わってた人だから警戒もあったしで、あなたのことを聞いてもあまり良い予感はしてなかったんだけど…」

 サーシャはふと顔を上げ、俺の唇に短いキスをして離れた。…思わぬ行動に俺は言葉を失ったが、サーシャは俺のそんな顔を見てにっこりと子供のように笑った。

「…終わりたくないなぁ。…あなたのこと、好きになりかけてたのに」

「…悪い。けど、俺はもう気持ちを変える気はない」

「……うん、そうだよね…」

 サーシャが俯くと重い沈黙が流れる。ここで慰めの言葉など掛けた所で、俺は彼女の前から立ち去らなくてはならない。中途半端な慰めの言葉など意味は無い。…なら、話を変えるべきだと思った。

 俺は先程気になっていたことをサーシャに訊ねた。サーシャはその間抜けた質問に拍子抜けして目を丸くした。

「5月まで独房にいたって聞いたけど、勉強とかどうしたんだ?普通に進級してるけど」

「え?…あぁ、独房から解放されてから放課後や休日に1年期の内容は勉強させられてたわ。1年後期分の期末テストも休日登校して受けて合格したし、魔人化は健康管理の手間を削減するためとかで独房時代にさせられていたし。…今思うと、魔人化をさせた手前留年されると面倒だったんじゃないかな」

「…そっか」

「うん」

 また沈黙。…気の利いたことの一つも言えない。どうしようかと悩んでいると、サーシャはフフッと楽しそうに笑い、俺が「うん?」と首を傾げて見ると、今度は首を振っていた。

「いや、何だか困ってるみたいだったから。面白くて」

「何だよそれ」

 サーシャは口元を覆って楽しそうに笑い続け、俺もそれを眺める内に重たい気も何処かに吹き飛ばされていた。

 制限時間を迎え、俺達は共にホテルを出ると、他愛なく教師の悪口でもして笑いながら寮へと帰っていった。そしてロビーに着くと、「じゃあ」と手を振って気軽く別れて部屋に戻った。…サーシャのことを知れて、最後には笑い合えて良かった。これで俺達はきっぱりと、互いの道を進むことが出来る。

 あとの3人は翌日だ。俺は諸々を済ませるとすぐに眠りに就いた。可能な限り1人1人と真剣に向き合うために、余計な時間は作らなかった。


 翌日はイシュルビアから順に話をつけることにしていた。弱みを引き出すような真似はせず、関係を終わらせることを告げるだけに決めていた。しかし、普段は俺を主人か何かのように慕うイシュルビアは、別れを切り出すと途端に泣き叫び、ブランケットを俺の顔に投げつけた。両者ベッドの上に横に並んで向かい合って座り込んでいて、あまり騒ぐとその拍子にどちらかが床に落ちてしまいそうだった。

「嫌です!絶対に!レムリアド様に会えなくなったら、私生きていけません!」

 イシュルビアはそんな無茶苦茶なことを言って俺にしがみついた。俺はそれを押し剥がしていいものか分からず、「落ち着け、とりあえず」と両肩を叩いて窘めた。

「絶対に嫌!そしたら、誰が私の相手をしてくるんですか!?私は誰の命令を受ければいいんですか!?…誰が…誰のッ…!」

「いや、待って、落ち着け?…そもそも何がそこまでお前を突き動かすんだ?俺ずっとお前のその『私はご主人様のものです!』みたいなノリってただの悪ふざけだと思ってたよ?俺、お前に何かしたっけ?」

 イシュルビアは顔を真っ赤にしてしゃくり上げながらも、深呼吸を促すとどうにか落ち着いてきて、漸く静かになって俯きながらポツリポツリ話し始めた。俺はそれを眺めて一安心していたが、その内容を伺うに従って彼女の中での俺の存在の大きさを知り、次第と全身が引き攣るような恐怖を覚えた。俺が人間なら冷や汗の一つでも掻いてきそうなものだった。

「私は、家族に期待されてアカデミーに入学してきました。占い師がどうとか言われましたけど、とにかく、私は将来有名な騎士になると言われていました。実家ではずっとお母様の言う通りにしてきて、自慢の娘でい続けてきましたから、今度もそう在ろうと真剣に思っていました。…だけど実際に入学してみれば勉強も然程出来る訳でもないし、運動神経も特筆する所が無いし、何も上手く出来ませんでした。…それで、年度末に送る家族への手紙には嘘ばかり書いて…。…そんな自分が嫌で…。…私は例の大会に出場しました。…それが最後の望みでした。けど、それも1回戦で敗退。…私にはもう何も残されてませんでした。家族にもきっと必要とされません。お母様は自慢にならない娘なんて要らないから…。だから自殺しようと思いましたけど、数回ナイフを腕に刺して身体が汗ばむと、そこで泣いてしまってもう何も出来ませんでした。……そんな頃、あなたのことを人伝に聞いたんです。…準優勝者の男がやさぐれて2股を掛けているって噂でした。私は敗けてからずっと大会は見ていませんでしたけど、友人から聞いてあなただと知りました。…それで、あなたに会ってみることにしたんです」

 …実際には恋人1人セフレ1人と、考えようによれば2股より質が悪い状況だった訳だが。

「…けど、俺に会ってどうしたかったんだ?俺はお前を敗かした奴だぞ?…それも、あんなこっぴどいやり方で…」

 イシュルビアはふと俺を上目で一瞥すると、また俯いて続けた。

「はい、…私はレムリアド様に敗けました。…凄く強かった。私なんかとても歯が立たないくらい…。…凄く怖かった。…でも、だからこそ私はあなたに接してみたかった。…その大きな腕で支配されたかったんです。私は途方に暮れていたから、自分では何も決められなくなってしまったから…。もしあなたが暴君なら、殴られて、犯されて、滅茶苦茶にされても良かった。…何でもいいから、私はあなたに屈服してしまいたかったんです。…でも、あなたは私の想像とは違っていた」

 …俺は、まるで自分を俯瞰するような心地になりながらそれを聞いていた。…この子は俺に似てる。いや、俺と同じ道を歩んできたのだ。そしてその形は俺と異なっていながらも、同じように何かに依存しなくてはやりきれなかったのだろう。

 イシュルビアはまたメソメソと泣き出した。俺は一瞬彼女に腕を回しかけたが、今の彼女にそれは寧ろ酷だと手を引っ込めた。そうする間に彼女の濡れた目が俺の目を捉え、彼女は再び語り出していた。

「…優しかった…多分、今まで会った誰よりも…。…あなたの印象が変わるのに時間は掛からなかった。…最初はただ、自分の全てを誰かに委ねて、破滅してしまえばいいつもりでした。けれどレムリアド様は突然訪ねてきた私の話を真面目に聞いてくれて、大会でのことも心配してくれて…、だから私は、破滅なんて投げやりなものじゃなくて、ただあなたに私を委ねたい一心で関係を持ちました。…レムリアド様は身体だけの関係なんて嘯いておきながら、まるで恋人みたいに大切にしてくれて…」

「いや、それは違う。…俺はただ自分が満足したかっただけだ。お前のためになんか、これっぽっちも考えちゃいなかった」

「そんなことはありません。いつだってレムリアド様は私を気遣ってくれました」

 イシュルビアは俺の話なんか聞かず、いつまでも俺を賛美していた。…しかし、俺はもう彼女の主人ではいられない。今日で関係は終わりなのだ。彼女が期待するようなことをしてしまう訳にはいかなかった。…それに、俺がそうしようとしているように、彼女も前を向かなくてはならない。今すぐとは言わないが、それでも遠くない未来、それを実感する時が来ると思う。…今彼女に優しくしてやるのは、彼女のためにならない。

 …『俺のためにならない』。ロベリアはかつて俺にそう告げた。…その通りだ、俺は逃げるべきではなかった。ちゃんと自分と向き合って、挫折を克服するべきだったのだ。

 しかしあの時の俺にはそれをするだけの余力も無く、結果で言えばあのまま逃げ場を失って自問自答していたら、俺は自殺しか思い付かなかっただろう。イシュルビアと同じように。…時間でしか解決出来ないものもある。整理を付けるための準備期間が必要だったのだ。そしてその時間は、メーティスとサーシャ達が繋げてくれた。だからこそ今俺は前に進む決心が出来ているのだ。

 そしてイシュルビアにも、その時間は与えられた。結果として俺がそれを与えていた。その時間に不足もあるかもしれないが、それでも確かにイシュルビアは心を落ち着ける場所を提供されていたのだ。辛いかもしれないが、もう今の彼女には、前に進めるだけの準備が出来ているはずだ。ならば俺は、彼女から宿り木を奪う代償に、その背中を押してやる義務がある。

 俺は切ない顔をして俺との思い出を語り続けていたイシュルビアを遮って告げた。

「お前がどれだけ俺を求めても、俺はお前とのこの関係だけは終わらせなきゃならない。…今まで俺はずっと逃げてきた。…だから、今度こそ歩き出さなきゃならないんだ。そしてそれはお前にも言えるんだ、イシュルビア。…お前は俺と同じなんだ。自分の存在意義を見失っている。…だから、俺もお前も、その意義を見つけるために立ち上がらなきゃならないんだよ」

 イシュルビアは声を荒げなかった。今度は俯いてひっそりと、「嫌です…怖いです…」と呟いていた。…俺は彼女を抱き締めない。その代わり、そっとその小さな肩を叩いて鼓舞していた。そうして控えめに慰めてやりながら、ホテルを出る時間になるまで彼女を宥め続けた。

 …皆、誰しも大きな悩みを胸に秘めている。そしてその苦痛が溢れてしまわないように、人はそれを胸の中に押し留め、一生懸命にひた隠しにする。自分に対してすらひた隠し、その苦痛を自覚しないように努めている。だから他人の胸中は日常の中で知ることが出来ず、そうした中で人は自分だけが辛いのだと思い込むのだろう。そしてまた人はそれに苦しめられ、誰にも理解されない孤独な病にいつまでも侵され続けるのだ。

 …人は一生の内にどれだけの悩みを知ることが出来るのだろうか。人生を共にした人達と、その痛みを僅かにも共有し合う中で、自ずと人は自分と他人の弱い所を認めることが出来るようになるのだろう。大人になるというのは、きっとそういうことなのだ。大人とは強い人間ではなく、人間の弱いことを素直に認められる人間を指すのだと思う。

 …自分が弱いこと、他人も弱いということを知ることが出来た俺であるが、未だその弱さを丁寧に扱う術を知り得ない。これから先、俺はそれを見つけていかなくてはならないのだ。頼りなく果てしない道であっても、突き進んでいくべきなのだ。

 イシュルビアにだってそれは出来る。俺はゆっくりと時間を掛けて、イシュルビアにそれを囁いた。イシュルビアは予測のつかない未来に怯えながらも、別れ際には成熟を誓っていた。俺もそれに同様に誓いを示した。


 昼、夕方と、残る2人にも別れを切り出した。此方の2人は俺との関係に然程拘りも無かったため、すんなりとそれを承諾してくれた。これで身体の関係は全て断ち切った。

 大仕事を終えた俺は寮に帰ってホッと一息ついた。そして夕食、風呂と済ませて心身共に解きほぐし、自室のベッドで座って本を読んでいたメーティスに外出を告げた。公園か何処か、夜風に当たって独りになれる場所へ出向こうと外へ出てもおかしくない寝間着を選んでいた。ミファへの謝り方をみっちり考えるためだ。

「今日は遅くならずに帰ってくる?」

 メーティスは寂しそうにそう訊ね、「まぁ、すぐ戻るよ」と答えた俺に関わらず「ねぇ…」と悲しそうに呼び止めて、変わらぬ表情で手元を見下ろした。

「…そんなに気持ちいいの?」

 俺はメーティスの質問の意味が分からず暫しポカンと呆けていたが、どうやら俺がまたホテルに行こうとしていると勘違いされているらしいと分かると、笑ってメーティスの隣に腰掛けた。

 メーティスは不思議そうに俺を見つめていたが、思い出したように後から俺との間に距離を置いた。

「ごめん、寂しくさせたよな。今日はもう何処にも行かない。明日も傍にいるよ」

「本当?」

「ああ、本当だ」

 メーティスは少しだけ笑みを溢し、しかしそれを悟られないように僅かに顔を逸らしていた。俺はその様子を笑って眺めながら、自分のやるべきことに考えを巡らせていた。…ミファへの謝罪を済ませてからと思っていたが、この際今済ませてしまった方がいいだろう。

「メーティス」

 優しく声を掛けると、メーティスは不安そうに振り返って俺の目に見入り、静かに俺の言葉を待っていた。視界の外では、メーティスがベッドのシーツを指先で握り締めた気配がしていた。

「今日まで、俺のために付き合ってくれてありがとう。…お蔭でずっと救われてきた。お前に甘えていられたから、俺は心の傷を癒せてきた。不安から逃れることが出来た。…そのお蔭で、俺もやっとやり直す覚悟が出来たよ」

 もう俺が言おうとしていることが分かったのだろう。メーティスは目を見開くと息を殺すようにして思い耽り、「私も…」と口を開いていた。

「私もレムに優しくしてもらって、嬉しかった。…レムが私を特別扱いしてくれるのがすごく嬉しくて…最初は支えるだけのつもりだったのが、途中から目的なんて忘れてた。こんなこと言うと、すごく意地悪だけど、ずっとこのままでもいい気がしてた。レムが私だけを特別にしてくれるのが気持ち良くて、…本当はサーシャさん達にも取られたくなかった。…恋ってよく分かんないけど、多分それとも違くて、…ただ自分のためだけの独占欲っていうか、私を特別にしてくれるからって理由で…それだけでレムを離したくないって思ってた。……だから私、あんまり、感謝されることはしてないんだ」

 メーティスは女神などではない。ましてや天使でもない。1人の人間だった。俺はそんなことも忘れて彼女を自分にとって都合のいい女神として崇拝した。それが彼女を変に自惚れさせてしまって、共依存へと陥れてしまっていた。彼女もまた弱い人間の1人に過ぎなかったのだ。

 かつてミファにぶつけた暴言は、全て俺自身に返ってきていた。俺はメーティスを真っ直ぐに愛してなどいなかった。俺は彼女の優しさに甘えていただけだ。唯一自分を許してくれて、信頼出来るから傍にいただけだった。

「でもね、私、レムが元通りに戻ってくれるのは賛成だよ。レムがまた前みたいにカッコよく頑張れるようになったら、それはそれで嬉しいの!だから、私、レムのこと応援したい。…だから、距離取るとか…そういうのは…嫌なの」

 空元気を振り撒くように笑った彼女だったが、それも尻窄みになって最後には乾いた笑みを浮かべるだけになった。俺はその頭を優しく撫で、「ごめん」と深く頭を下げた。

「不安だったよな、本当にごめん。…もう距離取ろうなんて言わないよ。これからも仲間として一緒にやっていこう。ロベリアにも、俺からちゃんと全部話して、分かってもらうように頑張ってみるから」

「…うん、…約束だよ?」

「ああ、約束だ。…けど、今までみたいに逃避のために甘えたりはしない。それじゃあ前に進めないんだ。…だから、けじめはちゃんとつけなくちゃならない」

 俺はベッドの上に正座してメーティスの前に畏まった。メーティスは一瞬戸惑ったように見えたが、すぐに真似をして正座し、俺と向かい合ってしっかりと眼を合わせた。

「別れてくれ。…また友達としてやっていきたい」

 メーティスはそれを聞くとゆっくりと目を瞑り、深く頷いてパッと見開いた。その表情は晴れやかで、久しく見なかったメーティスらしい笑顔に思われた。

「分かった!…じゃあ、これからもよろしくね!レム!」

「…ああ、よろしく」

 差し出された右手と握手を交わし、互いに温かく笑い合った。そして早速、

「実はミファと仲直りしたいんだ。相談、乗ってくれるか?」

 と、元は独りで片付ける予定だったそれをメーティスに打ち明けた。メーティスはパァッと嬉しそうに目を輝かせると、「うんっ!」と大きく頷いて答えた。

 …メーティスとは一緒に歩いていこう。逃げないことに固執し過ぎて、大切なことを見失っていた。メーティスはこれまでも一緒に頑張ってきた友達だ。これからだって一緒に頑張っていけばいい。それは彼女に逃げることにはならないはずだ。彼女を大切に思うなら、その繋がりを大切にするべきなのだ。

 俺は話し合うために給湯室へ珈琲を入れに出向き、そこにメーティスもついてきた。この数ヶ月俺だけが一方的にこなしていたその作業をメーティスとも分け合う。そうして出来た珈琲を飲んで顔を見合せながら、俺達はかつて共有した温かい空気を思い出していた。

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