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第42話 交わる自責

5日間以内に投稿したかったんですけどね…

 5月2日、昼食を終え、人目を避けるために校舎裏へと移動した俺とメーティスは穏やかで甘やかな一時を満喫していた。俺は硬い石段の上にぴったりと股を閉じて座り、メーティスはその膝の上に頭を乗せて少し居眠りしていた。

 相変わらず膝枕に慣れないメーティスは初めの数分ほど頬をほんのりと染めて身動ぎを繰り返していたが、俺が爪先の振動で揺すりながら頭を撫でていると徐々に呼吸を落ち着かせて寝息を立て始めた。一度寝付くとメーティスはちょっとやそっとでは起きないので、俺は無垢な寝顔を覗き見ながら頬を突ついたり前髪で遊んだりして過ごしていた。

 そんな無防備で可愛い彼女につい夢中になってしまうが、何とか気を張ってこまめに腕時計をチェックするようにしていた。メーティスが毎回安心して寝てくれるように、間違っても5限目に乗り遅れてしまわないように、こうした部分はちゃんとするようにしていた。

 ところがこの日は邪魔が入った。雑音も少ない此処は、近づく者がいればあっさりとその足音を響かせる。超人の聴力では基本、人間相手なら距離のある内からそれを察知できるのだが、この日は実際にその姿が見えてくるまで気づけなかった。理由は簡単で、接近していたのが俺と同レベルの魔人…その中でも特に足音がしないリードだったからだ。

 リードは俺とメーティスとを交互に見ながら正面まで歩いてきて、「今、大丈夫かな」と自信無さそうに訊ねてきた。

「見りゃ分かんだろ、普通にお邪魔だ」

「…うん、まぁ、…そうだね。すまない。…けど、他の時間に君を探してもなかなか捕まらないから」

「そもそもお前、俺とは今後関わらないとか言ってたろ。急に何だ」

 自分でも対応に刺があるのが分かるが、それがメーティスとの時間に割り込まれたというだけの理由ではないことも分かった。リードを憎まないつもりでいたが、実際に面と向かって話をされるのは我慢がならないようだ。

「…それもすまない。けど、君に頼みたいことがあるんだ。多分君じゃないと解決出来ない」

 リードの顔は真剣そのものだった。そこには普段と違い明らかな感情の起伏が灯り、申し訳なさや不甲斐なさが視線や引き攣った口元から垣間見えた。それを見る内に俺の中の割り切れない感情もすんなり薄れていき、「まぁ、話してみろよ」と促した。リードは目を見開いて安堵すると僅かに口角を上げて頷いた。

「あぁ、助かるよ。…カーダ村のことは聞いてるだろ?そのことでミファが落ち込んでいるんだけど、僕やクリスではこれ以上元気付けてやれそうにないんだ」

 リードが『クリス』、『ミファ』と気軽く呼ぶのを聞いて、あの2人が俺の知らない時間を過ごしてリードと距離を縮めていることを強く感じ、胸の奥にずっしりと重苦しい杭が刺さった。俺は頻りにメーティスの頭を撫でて視線を伏せ、リードに動揺を悟らせないようにと努めた。

「…いや、それ、俺じゃあダメじゃないか?ミファから聞いてるか知らないけど、年末頃に俺、ミファに酷いこと言って絶交してんだよ。…今更俺が話し掛けようとしても、…あいつ俺のこと避けると思うぜ?つーか、別に俺じゃなくても…本当にお前らでどうにもならなかったのか?仮に上手くいかなかったにしてもクリスがすんなり引き下がるとも思えないし、お前だってそういうの得意な方だったはずだろ。……もし俺とミファが話すきっかけを用意してくれてるんなら、そんなお節介要らないからな?」

 最後の言葉は口をついて出てきただけだったが、言っている内にそれは十分に考えられる話だということに気が付いた。…そうだ、あれから今日まで、何やかんやと理由をつけて俺は一度も謝って来なかった。…ミファにも、クリスにも…。何をどう考えたって俺は彼女らに謝るべきなのだ。

 …しかし、彼女らとの関係は既に途絶えていて、もう彼女らには彼女らの空間が出来ている。今になってそこへ踏み込んで一方的に謝るのも無粋なのではないか。……ほら、この通りだ。すぐにまた謝らないための理由を見つけてしまう。ずっとこうだった。大会後だけでなく、それより以前から俺はそれを繰り返してきた。自分の責任から逃げているのだ。…と、分かってもやはり逃げるのだ。

 リードは笑って首を振った。そういうつもりはないよ、と断って続けたが、俺はその思い込みに囚われて話半分に聞いていた。

「本当に僕らでは解決出来ないんだ。ミファは僕らの前では『勇者の仲間』として振る舞いを選ぶからね。どれだけ慰めても躱されて、決して弱音は言ってくれない。…だから、今の彼女を慰めるのは仲間である僕らでなく、外部でありながらミファが心を許す相手…つまり君だという風に僕は推測しているんだよ。…それに、僕は僕で、一身上の都合で真っ直ぐに慰められないからね」

「一身上の都合?」

「それにはノーコメントさ。…とにかく、君に頼みたい。僕もミファには元気になってほしいからね。…この通りだ」

 リードはピシッと姿勢を正し、丁寧に深く頭を下げる。…俺はそれを眺めて複雑に胸中を掻き乱されながらも、「…まぁ、やるだけやるよ」と顔を背けて答えた。リードはハッと顔を上げて目を見開くと、また真剣な顔つきで「ありがとう」と頭を下げた。…リードに感謝されると、妙に腹が立つ。それがどういう気持ちなのか俺にもよく分からない。

 そしてリードは身体を起こすと、最後にメーティスを見下ろしながら、

「すまないね、邪魔をしてしまって。もう行くよ。…メーティスさんにもよろしく。折角の睡眠を妨げてしまって申し訳無かったと伝えてくれ」

 そう言って微笑みながら立ち去っていった。メーティスはその言葉にピクリと身体を弾ませ、力が入った瞼をプルプルと震わせ、頬は耳に掛けて桃色に染まっていた。

 …俺はリードの足音が聞こえなくなったのを確認して、ゆっくりとメーティスに顔を寄せていき、フッ…とその耳に吐息を掛けた。

「ひぁんっ!」

 メーティスの高い悲鳴が裏山の森に木霊し、俺は少し驚いたが徐々に笑いが込み上げてきて必死に堪え始めた。メーティスは羞恥に肩を、またワナワナと口を震わせて見開いた涙目で俺を見上げていた。

「メーティスお前、寝たフリしてたのかよ。起きれば良かったじゃねぇか」

「だ、だって!いつの間にかリードくんが来て話してて、起きれる空気じゃなかったし!…起きて、どんな顔すればいいかも分かんなかったし…」

 メーティスは言いながら顔を更に真っ赤にして俯き背中を丸くしていた。俺は湧き上がった温かさに先程までの憂鬱も吹き飛ばされて笑いながらメーティスの頭を撫でた。メーティスは「うぅ~…」と唸りながらパタパタと足をバタつかせて悶絶していた。

 何はともあれ、メーティスのお蔭で気が休まり、俺にも自分の問題に向き合う心の余裕が出来た。可愛いは正義…。これでセフレなんかいなければ愛妻家のようにも見えるのだろうが…。


 …とはいえ、クリス達の部屋へ向かう勇気は無いし、リードはずっとクリスと過ごしているし、ミファの2年期のクラスも何処なのか分からないので接触はままならなかった。そのまま3日は経ち、どうしたものかと悩んでいた。優柔不断の臆病者だ。

 この日、5月5日は、木曜日の相手であったはずのリサ・ルバルが、急に友達と出掛けると言い出したので、わざわざホテルで待っていた俺は手持ち無沙汰で溜め息をつきながらフラフラと寄り道して寮へと帰っていた。…ドタキャンされるくらいなら学校で伝えてもらった方がまだありがたかった。

 金、土、日とはずっとメーティスと過ごす予定であるため、木曜日にお預けを食らうのは正直頂けない。リサには来週お仕置きするとして、今日はまたイシュルビアでも誘うことにしよう。あいつなら多少自己中心的に扱っても問題はない。寧ろ何故か喜ばれるくらいだ。

 そうして下卑た予定を立てていた所、ふと通り掛かった宿屋の店先に懐かしい背中が見えてきた。俺は彼らから少し遠くで足を止め、彼らが気づいて振り返るのを暫し待った。その2人は黒いインナーの上に清潔感のある襟シャツを着て、仲間と思われる同じ格好の1対の男女と顔を向かい合わせて仕事のことを話し合っていた。

 声が小さく、全員とも喋るのが速すぎてまるで聞き取れないが、暗かったり真剣だったりする彼らの表情から、その会議は込み入っているようだと感じた。

 今日の所は退散しようかとも思ったが、丁度そこで4人が一斉に此方に気づき、首を傾げる初対面の男女を差し置いて「レムリアドか!」「あ、1年くん!」と驚いた顔をした2人――ジーン、サラはジョギングするような抑えた足取りで駆け寄ってきた。

 俺もこの思わぬ邂逅に知らず知らず頬が弛み、近づいた2人に「どうも、お久しぶりです!」と先んじて手を振った。2人も手を上げて頷きながら目の前まで駆けつけ、『久しぶり』と同時に言いかけて、顔を合わせ手を指して譲り合った。

 そしてまた『ひさ――』とハモったので、可笑しくて笑いながら「じゃあ、サラ先輩」と此方で指名した。2人も笑って頷き、今度こそサラ先輩と俺とで会話が成立した。

「久しぶりね、1年くん!……じゃないか。今は3年生だもんね」

「はい、お蔭様で。あと1年もすると俺もそっちに行きますから、そんときはよろしくお願いします」

「うん、よろしく!…社会に出ると色々あるからね、困った時は遠慮しないでね!」

「はい。サラ先輩もジーン先輩も、俺なんかで良ければいつでも力になりますから」

 サラはジーンと顔を見合わせ、「頼もしいね!」と楽しそうに笑っていた。…久しぶりに会ったが、変わり無いようで何よりだ。それを見て俺も胸の奥からじわりと温かくなった。ジーンも会議から一転して憑き物が落ちた様子で笑い、そうと思うとサラと俺とを見比べて一瞬真剣に眉を寄せた。

 俺がそれを言及するより早く、ジーンは表情を穏やかに崩して「その時は頼もう」と頷いた。詮索は無用だろうと直感し、「はい、勿論」と極力鈍感に見せて笑って返した。

「ねぇ、何て呼んだらいい?3年くん?」

 サラはジーンのそんな様子には気付かないようで小首を傾げてそう訊ねてきた。ジーンはそれを尻目に足音も立てず仲間達の方へと引き返していき、サラは慌ててジーンを追って行こうとしたが、かと言って自分からまた話題を出してしまったので区切りが付かないと離れるに離れられずソワソワしていた。

「別に好きに呼んでくれて構わないですけど、俺が3年生の内にまた会うとは思えないですからね」

「まぁそうよねー。…じゃあ普通にレムリアドくんでいいかな」

「はい、いいですよ。サラさん」

「うん、了解!ごめんね、折角会えたのにあまり話せなくて。またその内色々話そうね!」

 サラはそうして切り上げると急いでジーン達の下へと歩き出そうとしていたが、ジーンは既に仲間と何やら話をつけ、此方を向いて手で制しながらサラに首を振っていた。サラはきょとんと目を丸くして立ち止まり、ジーンは彼女に向けて声を張り上げず告げた。

「残りの仕事は俺達でやっててやる。お前もたまには休め。…レムリアド、今日予定が無ければサラに付き合ってやれないか?」

 ジーンの眼が俺を向く。内向的なジーンには珍しく遠慮の無い注文だった。サラは何か思う所があるのだろうか、特に反論もせず此方を振り返ると、『いい?』と訊くような心配そうな顔で俺を覗き見た。勿論俺には彼らの頼みを断る理由は無いので、「はい、いいですよ」と軽く即答していた。…サラさん、何かあったんだろうか?

「ああ、助かる。サラを頼んだ。…サラ、部屋は一応取っておくが気にしなくていいからな。また明日だ」

 ジーンはサラにそう伝えると、仲間2人を引き連れて足早に宿へと入っていった。サラはそれをぽけーっと見送ると、姿が見えなくなった拍子に俯いた。それは先程仲間と話し合っていた時に見せた沈んだ表情だったが、サラはすぐに笑顔を作ると俺に振り返って柔らかく腕に抱き付いてきた。俺は事情も彼女の感情も分からず当惑し、

「じゃあ行こう、レムリアドくん!先輩が奢ったげるよ!」

 と誘われるままに歩いていった。


 一度寮に戻ってメーティスに伝えてきたため、既に空の明かりが落ち沈んで海底のような闇の中、サラとの距離を腕の幅程に開けて歩いた。向かったのはロベリアと酌み交わした街外れのバーだった。その奥のテーブルを取った俺達は簡単に注文を決めると互いの椅子に背凭れて話した。

「にしても、魔人なのに酒なんですか?」

「うん!…あれ、魔人がお酒を嗜んじゃ変かな?」

「いや、味覚も薄いしアルコールも効かない身体なのに酒飲んで楽しいのかと思って。…俺はまだ味覚失いきってませんけど、サラさんは…。…っていうか、サラさん今レベルいくつなんですか?」

「レベルは19だよ。もう殆ど味なんか分かんない。…けど、それで食事の楽しみが全部消えた訳じゃないよ。果実味の香りも楽しめるし、炭酸の食感も楽しめる。見た目だってね。大事なのは何を失ったかじゃなくて、今の自分が何を楽しめるかだよ」

「……はぁ、なるほど。…勉強になります」

 サラはフフンと得意気に笑い、テーブルに品物が届くまでカウンターの向こうでカクテルを作るマスターを眺めていた。その後は酒を煽り、オリーブを摘まみながら世間話を繰り返した。討伐軍の実態や実戦の過酷さ、ちょっとしたアドバイスなど、サラの方から色々と話題を提供してくれた。

 完全に場の権限を制しているサラの振る舞いに高い社交性と目上の風格を感じ、子供と大人の差を明確に眼にしたように思った。しかし俺がそう感じていたのと同じように、サラも俺に一方的な感想を抱いていたようだった。

 彼女は呑みきってしまったグラスを覗きながら、然り気無く独り言のように呟いた。

「レムリアドくん、雰囲気変わったよね」

「そうですか?…暗くなりましたか?」

「うーん…いや、暗いっていうか…。何だろう、物腰がエロくなったよね。いや、色っぽくなった?」

「はぁ」

 俺は鼻で笑ってグラスを傾けた。…皮肉だ。何も嬉しくない。それまで温まっていた胸の中心が一気に冷え込んでいくのを感じたが、サラはそれに気づいた様子もなく追及した。

「メーティスさんが今の彼女?雰囲気変わったのはそれでかな?」

「さぁ、どうなんすかね」

「メーティスさんは彼女じゃないの?」

「…彼女ですけど」

「今度は上手く行ってる?また困ったことにはなってない?」

 その話題には触れられたくない。神経過敏になっていた俺はそのしつこい詮索に苛つき、『そら、ご所望の返事だ』とやけくそに自嘲して声高に答えた。

「さぁ?5人女を抱き込んでる今の俺を羨む奴が1人でもいたなら、それぁ上手く行ってんじゃないですかね」

 …サラはそれを聞いてきょとんとし、眼を合わせる内に冷静になってきた俺は今更酷く後悔した。…何でこんなこと、それもこんな最低な物言いで打ち明けてしまったんだ。絶交されるに決まってる。折角会って、こんなに話も盛り上がっていたのに、何でこんなにもあっさりぶち壊してしまったんだ。

 俺はサラの返事を怯えて待ち構えた。罵声だろうか、それとも訊き返されるだろうか…。しかし、見るとサラは優しく微笑み、両手に持っていたグラスをゆっくりとテーブルに置いて少し此方に身を乗り出していた。俺は呆気に取られ目を見張り、その口元が動くのを静止して見守った。

「君も頑張ってたのにね。…お互いに、上手くいかないことばかりだね」

 サラは席を立つとテーブルを旋回して俺の横に座り、ピトッと俺に肩を凭れた。何が起きているか分からず凝視していると、サラはテーブルに眼を落としたままフッと笑って続けた。

「ごめんね、本当は先日アカデミーに寄った時に先生達から聞いてたんだ。…クリスさんのこと、君のこと。…だから君が女遊びして過ごしてるのも、何となく事情が分かってる。私はそれを叱るつもりはないよ」

 サラは俺の現状を理解した上で気軽に接していた。それを知ると今日の会話全てが気遣いに固められた嘘っぱちのものに思え、途端にサラへの強い憤りを覚えた。真っ直ぐ、純粋に会話を楽しんでいたのは俺だけで、サラはその時間をずっと裏切っていたのだと自分本位に憤慨した。

「女遊びしてるようなクズを同情するなんて、物好きですね」

 漸く出た言葉がそんなものだった。しかし、サラはそれに表情を変えることもなく首を振ると、

「…私、君に同情してあげる余裕なんて無いよ」

 と俺の胸に手を置いて見上げた。顔を合わせているとサラの表情に悲しい笑みが浮かび始め、それは間を置かずサラの口から速やかに語られた。俺は怒りも無くして黙って聞いた。

「…カーダ村が全焼した一件ね…私、半年前に事情を聞いてたんだ。周期的に誘拐事件が起きてるから対処してほしいって村の人達に頼まれて…なのに私はその時同行してた先輩のパーティにそれを任せた。私達にはまだそういう大きな任務をこなす力は無いと思ったから。…あの時、私があんなこと言わずに協力していれば、何か出来ることがあったかもしれないのに」

 サラは告げながら俺に体重を掛けていき、俺はそれを左腕で抱いて顔を覗いた。サラは酔ってなどいないし、俺も正気のままだったが、俺達の他全てがふわりと薄れて思え、そこには俺達2人しかいないような錯覚を覚えた。

「…仕事のことにそれだけ真摯になれるサラさんは立派だと思いますよ。俺なんかとは違う。俺なんか…一つの挫折で墜ちる所まで墜ちてきて、未だに自分と向き合えないでいます。…きっと心が弱いんです」

「私も同じよ。…弱いのよ。…だから、慰めて欲しいとは言わないし、私も君を慰められないの。それで傷を舐め合いたいんだけど、それにはやっぱり会話じゃ限界があって、こうして君の横に来てみたの」

 彼女はそうして逐一自分の言動を分析すると、俺に縋るような視線を向けた。俺はもう彼女がどうしたいか、俺自身がどうしたいかを理解していた。

 …俺は彼女に…いや、誰でもいいのだろうが、とにかく、…今の自分を認められたかった。詰られるでも叱られるでもいい、何か今の俺の醜態に反応をして欲しかった。向き合って欲しかった。いつも皆が腫れ物のように俺をそっとするから、面と向かって、嘘偽り無く関わって欲しかったのだ。…だからサラに打ち明けたのだ。これがこの場における俺の弱さだ。

 サラも同じだったのだ。カーダ村の事件で自責に囚われ、仲間にそれを吐き出すことも叶わず、距離の丁度いい俺を掴まえて甘えたくなったのだ。その延長で俺の前で先輩風を吹かせたりしていた。そしてその甘えが彼女の理性を越えて現れ、こうして俺の横に寄り添ったのだ。

 先輩と後輩…目に見えた上下関係でありながら、俺達はある程度遠慮の要らない間柄だった。それが故に一度こうして本音を曝けてしまうと歯止めは利かなくなり、サラは俺に抱きついていた。

「ねぇ、君、女遊びが得意なら私とも遊んでよ。今日限りでいいから」

「あなたにそれを頼まれるとは思いませんでした。俺なんかでいいんですか?」

「他の子とも遊ぶ度にそうやって律儀に断りを入れるの?…それに私、後輩との恋愛も期待してたって前に言ったよ」

「…『いつか何かお礼をする』とも言いましたね」

「そうだね、だからお願いする」

 会話が途切れて一瞬辺りが静まり返る。しかし俺はそこで考え直したりはせず、サラと共に立ち上がって「行きましょう」と会計に向かった。そして外へ出るとサラをホテルへと連れて歩く。

「舞い上がって誘ったけど、本気で嫌なら、いいからね?」

「嫌ではありませんし、サラさんは魅力的ですよ。…それにあなたも言ったでしょう?『傷を舐め合いたい』、『私達は同じ』だと。…俺にも今あなたが必要なんですよ」

 サラはフフッと高く笑うと恋人のように俺の腕に絡み付いた。向かう通りが荒んできても、サラは赤くなったり、怖じ気付いたりもしない。俺も浮かれた気分でも憂鬱な思いでもなく、ただ達観していた。

 彼女を貞淑でない女とは思わない。彼女には抱えるものがあり、それに押し潰されないように快楽を求めただけのことだ。人間にはその対象が剰りにも多い。酒、煙草、時には薬…そして快楽の最たるものは愛と情事だ。魔人に与えられた快楽は愛と情事だけだ。俺達は愛していない相手にさえも寄り掛かり、弱い心をぶつけ合わなくてはならない不器用な生き物なのだ。

 恋愛感情も介在せず、純情に学生生活を過ごしたはずの俺達は今、なおも恋愛とは無縁の感情のまま、傷を舐め合うためだけに一線を越えようとしている。世間は俺達を許さないだろうが、俺達には互いに悪気は無く、持ち得る限りの誠実を以て互いを労っていた。

 低俗な部屋に入り、サラがシャワーを浴びてくるのを待つ傍らに、俺は今日まで女を侍らせて何をしたかったのかを悟った。…俺は自分の弱さを他人に押し付けたかっただけだったのだ。

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