表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/116

第33話 内向きの虚栄心

 5月23日、日付が変わって1時間も経たない夜更けに、けたたましく寮の警報が鳴り響き、飛び起きてよく聴けば市街スピーカーからの緊急時用サイレンまで街に轟いていた。

 左右の2段ベッドの下で寝ていた俺とメーティスは、唐突の警報に混乱し、獣の群れの中に放り込まれたような焦燥と恐怖に包まれた。

 寮のアナウンスでは透き通った冷静な声音で、

《寮内の全生徒に告ぎます。現在関所を通過して魔物の軍勢がアムラハンへ大挙してきています。寮内の生徒は寮入口前へ集合し、適宜教員の指示を受けて避難してください》

 市街スピーカーからは曇り掛かった電子音混じりに切迫した様子で、

《魔物の襲撃が予想されたため、本日1時12分より避難指示が発令されました!住民の皆様は直ちに非常時ガイドブックをご確認の上避難指定施設への避難をお願い致します!繰り返します――》

 2つのアナウンスが重ね合わさる中、ベッドから立ち上がって顔を合わせた俺達は、寝間着のまま壁に掛かった鍵を持ち出して部屋を飛び出し、ロビーを目指して廊下を走り出す。アナウンスの説明では魔物の脅威がいつ訪れるものなのか皆目検討がつかず、俺達は今目の前に敵が現れやしないか不安で一杯だった。

 連なるドアは階段側から順に駆けつけた教員達に乱雑に開け放たれ、生徒の避難を確認していたその教員達は避難中の俺達や他の生徒が通過していくと口々に、

「外で先生方が指揮を取っている!」「クラス毎に並んで待て!」「指示があるまで大人しくしてろよ!」

 向こうも返事を期待してはいないであろうため、俺達は脇目も振らず階段を降りていく。1階への階段を降り終えてそのままロビーへと駆け出した俺の腕をメーティスが掴み、振り返ると愁眉を寄せて鬼気迫った叫び声を上げていた。

「クリスとミファは探さなくていいの!?」

「魔物はまだ入り込んでないんだ、心配はないさ!もし危険があったとしてもあいつらは俺達よりずっと強い!今は俺達が逃げることだけ考えればいい!集合場所に着けばあいつらが無事がどうか分かるだろうし、ここで引き返して万が一逃げ遅れたら洒落にならないからな!」

 俺はただひたすらに冷静であるように努めて告げ、メーティスもそれを聞くと少し落ち着いて考え直し、ぎこちなく頷いた。

「…そう、そうだよね!…でも、もしクリスがまた戦おうとしてたら……」

 そのメーティスの一言に、かつてゴーレム事件ではクリスが俺達を逃がすために戦ったのだと思い出した。…そして今、1年という月日を経てもなお変わらず、クリスの無事を信じるしかやりようのない自分を発見して、自分が何も変わっていないと、これまでの努力は何の意味も齎さなかったという錯覚を覚えた。

 …錯覚だと、思いたかった。

「……あいつも、そこまで馬鹿じゃないだろ。第一クリスだってミファの安全を優先したいはずだ。…それに、俺達が助けに行くより、教員に任せた方が確実なんだ…」

 俺はメーティスから顔を背けて答え、そんなことしか言えない自分の未熟さに手隙を握り潰した。メーティスは腕から手を放すと俺の隣に並び、「ごめん、止めちゃって」と改めて手を繋いだ。

「行こう」

「…ああ」

 俺達は足を揃えて逃げ出した。無力感を胸中に燻らせながら…。


 寮を出て10分、生徒が全員外に集まったことを確認したマイク、エラルド、ハイルは、前に立って俺達を見回した。代表したマイクが声を張り上げ、近くの者と不安を共有していた生徒達は一斉にそちらを注視した。

「これで全員集まった!今からアカデミー地下の緊急用シェルターに避難してもらうが、1学年ずつの移動となるから指示するまで勝手に動き出さないでくれ!まずは1年生からだ!ハイル先生が案内を務めるのでAクラスから順に付いて行ってくれ!」

 マイクの指示があって早速ハイルが「どうぞ、1年生から」と校舎へ向かって歩き始めた。それに1年生も続いて歩き、他学年は座り込んだままでいたが、俺は1人立ち上がって声を荒げた。

「おい、全員集まってなんかねぇよ!クリスは、ミファはどこにいるんだよ!?」

 生徒達は一度に、『変な奴がいるな』と云うような顔をして振り返り、マイクが俺と眼を合わせて「いや!」と首を振った。

「クリスティーネ、並びにミファリーは最重要防衛対象者としてアナウンス前にマリー先生に保護してもらっている!一般の生徒より更に安全な部屋へと既に移動し終えた上、教員4人体制で護衛しているから心配することはない!」

 マイクの説明の間に近づいたエラルドにより肩を押されて座らされ、マイクはその説明に次いで生徒を見回した。エラルドは「心配は尤もです」と俺の不安を解すために笑みを向け、またマイクの傍へと駆け戻っていった。

「不公平と思わないでくれ!これは回り回って全員のためなんだ!世継ぎの無いクリスティーネが死を迎えれば、俺達だけに留まらず人類が絶滅する可能性がある!ここで何としても守りきらなくてはならない!勿論お前達のことは討伐軍の未来を担う精鋭として全力で守り抜く!…だが、重要度とそこに掛けるべき戦力はクリスティーネ達の方が上ということになるんだ!…どうか、分かってほしい!」

 マイクはそうして深々と頭を下げ、生徒達は困惑して眼を逸らしたり隣の者と話したりしていた。すぐに2年生の番が来てエラルドが先導していく。マイクはそれと同時に身体を起こし、歩いていく2年生を見送った。

 俺達もじきに歩き出し、列が乱れた隙に隣に駆け寄ってきたメーティスが俺の耳元に顔を寄せた。

「クリス達、ちゃんと守ってもらえて良かったよねっ。…安心した」

 メーティスは素直にそうして笑っていたが、クリス達が他所で庇われているその状況は、俺には自分の無力さを増幅させる魔の囁きに他ならなかった。「そうだな…」と口だけで答え、俺はメーティスの手を握った。

 メーティスは驚いたが、拒絶は見せなかった。


 校舎地下の広いフロアに生徒全員が押し込まれ、そこへ辿り着くまでの通路には教員達が待機している。生徒は皆、気の置ける友人と束になって点在し、俺も例外でなくメーティスとロベリアを両脇に座らせて固まっていた。メーティスとは手を繋ぎ、ロベリアは俺の服の裾をきゅっと指先で掴んでいた。

「…魔物、ここまで来ないかな?大丈夫、だよね?」

 ロベリアは恐怖に顔を青くして自らの震える肩を抱き、俺から顔を背けたまま縋り付くような細い声を上げた。

「…通路は守られてるし、街は滞在中の討伐軍の人達が巡回してくれてるんだ。…大丈夫さ」

「…そうよね。…うん」

 ロベリアは迷子のような頼りなく甘えた声を返して納得すると、そのまま俺に寄り掛かっていた。…俺達はもう恋人ではないが、今はそんなことでロベリアを跳ね除けてしまいたくはない。彼女の不安を取り去るために、俺は今一度ロベリアとの接触を許容した。

 ロベリアの肩を抱き、メーティスと繋ぐ手の力を強めた。メーティスはその手と俺の顔とを見比べると、遠慮したように俯いてからゆっくり俺の肩に額を突いた。俺は手を離し、空いた腕を彼女の肩に回した。不快にさせたくはなかったので触れる程度にしか力を込めなかったが、メーティスは暫しそのまま腕に身を預けると、頬を赤くして俺の手に触れた。

 両腕に女を抱いて慰め、しかし、本当に救いたい人には手が届かない。…俺はクリスが好きなのだろうか、と、場にそぐわぬ疑問を抱えながら不安ばかりが募る時間を過ごした。

 すぐ向こうに自分の女を包むように抱くジャックやルイの姿を見つけると、自分のこうした行為が堪らなく空虚に思えた。…何も出来ない自分を認められず、手近な女を抱き寄せて侠気を演出しているに過ぎない。……しかし、そうでもしなければ俺の自尊心がバラバラに砕けてしまいそうだった。

 リードとも眼が合った。どうしてか彼はメーティス達を励ます俺を見て何処か遠い眼をしていたが、何故か俺にはその眼が『同情』を孕んでいるように見えた。…俺の被害妄想かと考えもしたが、リードをそのような捻くれた目で見たつもりは毛頭無かった。


 それから何時間か経ち、とうとう魔物が街へと大挙してきたらしいのを通路で通信機を手に話し合う教員達の騒ぎで察した。生徒達はより一層恐怖して互いに抱き合い、声を殺して震え上がった。メーティスやロベリアも俺に強くしがみつき、俺も「大丈夫、大丈夫だ」と安心させるのを装って彼女達を抱き締めていた。…ただ1人、リードだけが孤独に胡座をかき、膝に頬杖をついて虚空を睨んでいた。

 そしてまた、その光景も数時間と続き、最終的に魔物による地下への攻撃は無いままに襲撃は終わりを迎えた。マイクが現れて生徒達を見回し、同時に通路の教員達は忙しそうに退散していった。

「魔物の対処は一通り終了した。第2波もおそらく無いと思われる。今日、明日と臨時休校にするが、…念のため外出は控えた方がいいだろう。…ま、とにかく今日は皆よく頑張ってくれた!この後は寮に帰ってしっかり休んでくれ!以上、解散!」

 マイクは景気付けのためか快活に笑って告げ、

「順番は気にしなくていいから列になって出てきてくれ」

 と通路へ歩き出した。俺はまたクリスの安否を訊こうと走りかけたが、あの様子なら心配は無いだろうと結論してその足を止めていた。

 …何も出来なかった俺が偉そうに訊くべきではない。そう卑屈になってクリスに関わろうとするのも後ろめたくなった。…改めて、もっと力と自信を身に付けなくてはならないと自らを鼓舞していた。


 俺はクリスに会うなら自分に恥じることなく会いたかった。だからメーティスがクリス達の部屋を訪ねに行くのを見送ってすぐ、街の様子を見に出歩いてきたのだが、そこで見た光景は想像を超えて酷いものだった。

 幾らか建物が崩壊し、避難所も5箇所ある内の2箇所を潰されていた。そして帰り着いた我が家が瓦礫と化しているのを前にして言葉を失っている家族や、大事そうに血塗れの布切れを抱いて大泣きして歩く子供、狂ったように笑って半裸で駆けていく若い男などを横切っていく内に、俺自身も心が鬱屈としていきそうで居たたまれなかった。

 さっさと部屋に帰ると、メーティスがミファを連れて帰ってきていた。クリスはどうしたのかと訊くと、ミファは「わかりません…」と小声で答えて俯いた。夕方になってクリスが戻り、ミファを迎えに来たが、俺は会わす顔も無いと思ってその顔を見る前に身体を背けていた。

 会う人毎に暗い面持ちで気が滅入った。夜になって食事や入浴を終え、寝間着からまた寝間着へ着替えると、何もせず歯を磨いて床に就いた。

 灯りを消すのはメーティスのタイミングに任せることにしていたが、明るいせいか気持ちの問題か、とにかく眠れる気がしなかった。メーティスが髪を乾かして歯も磨くと、漸く部屋の灯りが消える。

 いい加減寝た方がいい、と羊でも数え始めていると、ゴソゴソと布団に柔らかい感触が入り込んで背中に抱きついていた。

「…どうかしたのか?」

 特に抵抗こそしなかったが、受け入れる気力も殆ど無いため目だけ開いてそう訊ねた。メーティスは黙ったまま俺の背中に顔を押しつけて、俺の胴に腕を回した。

「…心細いのか?」

「…怖いの」

 メーティスは一言だけ答え、俺もそれに「そっか」とだけ言い返すと後は何もしなかった。メーティスはそれ以上を俺に求めたりしなかったし、俺もメーティスを追いやったりはしなかった。…ただ触れるだけの距離。…しかし、俺達には丁度いい距離だった。


 翌日、昼頃に寮を出て、また俺は荒廃した街を眺めながら散歩していた。昨夜のことをメーティスが今更申し訳なさそうにするので、それが居心地悪くなり逃げるように飛び出したのだ。しかし街には回復の兆しなど無く、避難所近くの通りに並んだ花束や玩具といった供物が一層空気を悲痛にさせた。

 安らげる場所は無いものかと探し回ったが、喫茶店も閉まっていたので望みは薄かった。公園にも子供1人いないようだ、と見渡していると、すぐ横のベンチに見知った背中を見つけた。彼女は悲しそうに金髪を揺らして立ち上がると、先週渡してから常に着けているヘアピンを今日も光らせて振り返っていた。

 図らず顔を合わせてしまい、もはや眼を背けるのも難しくなったため、せめて空気を悪くしないようにと思い「よぉ…」と手を振った。

「……今日、被害者の方々の葬儀があったの。…何百人と亡くなったそうよ。……私も立ち合って、謝罪や、世界を救うと誓いを伝えたかったけれど…門前払いだったわ。……遺族の方々、きっと私が憎いでしょうね……軽率だった…」

 クリスは俺には答えずに横を向いて呟くと、大きな溜め息をついて俺に微笑み掛けた。

「あなたは大丈夫だったの?」

「…まぁ、何事も無かったさ」

「そう…なら良かった」

 クリスの言葉は、笑みは、優しかった。…何処か距離のようなものを感じてはいたが、クリスから俺へと労る意思があるのは見れば分かるし、彼女も俺が嫌いという訳ではないことは明白だった。…それよりも、俺以上の責任感と無力感、使命感を背負っているはずのクリスがこうして強く在り続けられることが、俺には不思議に思えた。

「…辛かったろ。……強いんだな、クリスはさ」

 弱音を聞きたかった。…自分のためにクリスを労った。しかし、クリスが笑って答えたのは俺の予想を全く裏切った言葉だった。

「あなたが居てくれるからよ」

 …俺はそれを聞いた途端、頭が真っ白になった。続いて、今度は腹立って顔を熱くしながらも淡々と言い返した。…当て付けだと思ったのだ。

「…俺はお前に何もしてやれない。…何もしてやれてない」

「あなたは私を安心させてくれるわ。…私のために一生懸命になってくれている」

「…懸命なのはお前のためじゃない。…全部俺のためだ。俺がお前を支えたいだけなんだ。……お前の傍にいたいだけなんだ」

「………私はそれが嬉しいのよ」

 遂に俺の中でプツリと張り詰めた糸が弾け、胸の中で押し留めていた衝動の濁流が口を突いて彼女へと雪崩れ込んだ。クリスは目を大きく見開き、突然の大声に僅かにたじろいだ。

「…お前は、俺にどうして欲しいんだ!?いつも勝手にやって自分1人だけで納得して、何も、何も俺には話してくれないんだッ!なのに俺が、俺が少し必死にやれば、途端に優しくして…!…俺はお前にとって何なんだよ…!?弟か何かなのか!?俺はお前にとって守るべき弱者でしかないのか!?支え合える仲間じゃなかったのか!?……最初から何も期待なんかしてなかったんだろ?分かってるさ!俺なんかに、こんな、そこら辺にいるような安い男なんかに…、選ばれた勇者様が期待なんかしてくれるはずもないんだ!そりゃそうさ、当たり前のことさ!…それでも俺は、俺はお前の力に…お前と一緒にって…ずっと、懸命に……」

 声が悲しみに掠れ始め、溢れてきた涙だけは見せまいと顔を下に向けると、それ以上はもう何も言えなかった。クリスは1歩ずつゆっくりと近づいて、右手を俺の頬へと伸ばしてきた。クリスの声も少し震えていて、俺の言葉が彼女を深く傷付けてしまったのをはっきりと理解した。

「…ごめんなさい…ごめんなさい、レム。…そんなつもりは無かったの。誤解をさせてしまって……。…私は、あなたとは……あなたとなら、と……」

 クリスの手が俺の頬に触れる。俺はその手を払い退け、決壊した理性が悲鳴を上げるのも構わず唸り声を上げた。顔を上げ、滲んだ視界の先にいたクリスは大粒の涙を溢して俺を見つめていた。

「…もう、俺に優しくしないでくれ…!…これ以上、俺を惨めにさせるな…!」

 クリスは両手で口元を覆って顔を歪ませて後退り、泣き顔のままその場を走り去っていく。俺はそれを見送ることもなく俯いたまま地面に膝をつき、後悔と自己嫌悪に踞って泣いていた。

 …何をやってるんだ、俺は…。…クリスを守るどころか、あんな顔をさせてしまうなんて…!……何がしたいんだよ俺は…!

 怒りのまま、絶えず地面を殴り続けた。土が抉れ、服は破けて土塗れになって、決して発散されることのない衝動を蛮行で押さえつけるしかなくなっていた。


 6月に中間テストがあった。結果はクラス3位。…勉強を蔑ろにして訓練や戦術の探求に明け暮れていた。順位の降格はその代償だった。…成績なんか別にどうだっていい。トーナメントで勝つことが全てだし、3年時のクラス分けに座学の成績は関係無いのだから。

 訓練の対象はアーストという狼型のゴーレムに変わった。メーティスを仲間にすることを認めてもらうため、形として3人でのチームプレーを維持しつつメーティスの立場を立ててはいるが、正直まどろっこしくて敵わない。…俺1人でやればあんな雑魚共10秒で倒せるというのに。

 クリスやミファとはあれ以来一切話さない。向こうが俺を避けるし、俺も顔を合わせたくなかった。こんなみすぼらしい顔を…。……クリスはヘアピンを毎日着けている。…気が知れない。…でも、俺が勝ち残れば全て解決する。それでやっと俺も胸を張ってクリスと話せるし、メーティスも、ミファも仲間になって、また以前のように仲良く出来るようになる。

 全部、俺が上手くやればいい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ