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第31話 譲れないもの

「さっきから聞いてりゃ何だよそれ、ふざけんなッ!ミファがソプラの転生者だ?メーティスが召喚師としてミファに劣ってるだぁ?…そんなもん知ったこっちゃねぇんだよ!ミファをパーティに加えるってのは賛成だ、好きにすればいい!けどそれで俺とメーティスは用済みだってのは横暴なんじゃねぇのかよ!?今までの俺達の葛藤は、覚悟は、友情はどうなるんだ!全部無かったことにしろってのかよ!」

「…そうです」

 マリーは怯まず俺と顔を合わせて答え、俺は一瞬言葉を失うもまた怒鳴り散らした。他の教員は口を挟まず、慰めるように柔らかい視線を向けてくるばかりだ。…この2人もマリーと同意見であり、この場においては俺の敵でしかない。

「メーティスが万一にも足手まといになるってんなら、俺がクリスもミファもまとめて守り通してやる!俺達は4人で1つなんだ!代えなんかあって堪るものか!」

「あなたにそんな実力がありますか?絶対にクリスティーネさんを死なせないという保証があるんですか?」

「あるさ、やってやるよ!」

 俺はそう断言した。しかし、マリーは俺の目をじっと見つめると、小さく溜め息をつき、暫し伏せた視線をグッと俺に突き刺した。

「…あなたにそんな力はありません。確かにあなたは座学の成績は申し分無く、型破りながらも戦闘時の判断速度には目を見張るものがあるとユーリ先生からは話に聞いています。…しかし、あなたにはパーティとの連携が出来ていないなどの問題もあります。今のあなたにクリスティーネさんを守るという大役を与えるのは不適当と言わざるを得ません。…そうでなかったとしても、私はこの場であなたに勇者のパーティを任せようなどとは考えません。あなた以上の実力者など大勢いるんですから」

 拳を握り、歯を鳴らしたが、返す言葉は無かった。マリーの言う通り、俺は訓練中ずっと1人で戦おうとしていた。…けどそれはクリスに力量を認めさせて仲間としての信用を得たいと焦ったために起きてしまった事故のようなもので、本当の俺はちゃんとメーティスやロベリアに協力出来るんだ。…堪らずそう叫ぼうとして、そんな自分の情けなさに愕然とした。

 …幼稚な言い訳しか出来ない無力な俺は、マリーを睨みながら恨み言を呟くしかない。何か一つ手傷を負わせなくては俺の気が済まなかったのだ。

「…マリー先生…俺は先日まであんたのファンでしたよ。…これっきりです」

「別に構いません。…決定は決定です」

 …マリーはもう俺を見てすらいない。俯いて唇を噛んでいるクリスに眼を向けて、クリスからの返事だけを待っていた。俺は引っ込みがつかず、かと言ってこれ以上言えることも無く、途方に暮れて立ち尽くした。

 ふと、凍てついた沈黙に響くように、クリスがポツリと呟いた。その声音は静かながらも怒りを灯し、ギラギラと敵意を剥き出していた。それに面と向かうマリーは、俺の時と変わらず冷静で涼しい顔をしている。…所詮子供の戯れ言だと切り捨てられたように思われ、益々俺からマリーへの憎しみは色を濃くしていく。

「レムもメーティスも私の親友です。私は彼らに他のどの生徒よりも強く信頼を置いています。…パーティはチームプレーでこそ真価を発揮するのでしょう?なら、私に必要なのは強い力を持った他人などではなく、彼らのような絶対の絆を持つ者であるはずです。…ただ強いだけの人を、私は信頼など出来ません」

「クリスティーネさんの仰りたいことは分かります。ですが、あなたの死は人類の死と言っても過言ではありません。チェルシー様から仰せつかってはいませんか?光の血が途絶えた暁には、世界中の聖水林が消失し、瞬く間に魔物の襲撃を受けてしまいます。私どもとしましては、クリスティーネさんの安全こそが第一です。勇者のパーティの使命は世界を廻り魔王との決着の糸口を探してもらうことであり、魔物と戦い続けてもらうことではありません。正直に言うと、私は勇者のパーティに高いチームワークなど求めていません。あなたさえ脅威から守られていればそれでいいんです。…それと信頼関係の話ですが、皆さんはアカデミーの入学から知り合った仲でしょう?まだ1年しか絆を深めてはいません。これから半年に掛けて適格者を抜擢し、クリスティーネさんやミファリーさんと同じ部屋になってもらうのは今年度後期になると思われます。学生として共に過ごすのはそこから2年間。…信頼を築くには十分に時間はあると考えていますが、いかがでしょうか?」

 何て酷い言い種だ!俺とメーティスを不要と詰るに飽き足らず、俺達の友情までも侮辱するのか!

 クリスは『光の血』と会話に挙がるなり忽ち顔を青白くし、俯いて黙ってしまった。マリーはそれに一瞬表情を沈ませると、今度は気遣うような振る舞いでクリスに顔を寄せて諭し始めた。

「…クリスティーネさん、あなたが本当にレムリアドくんとメーティスさんを想うなら、あなたは2人を遠ざけるべきだと思いますよ。…持たざる者が持つ者と共に歩むというのは、果てしなく過酷で残酷な道のりです。友情などで全てが上手くいく訳もありません。…現実を見てください。あなたは今、2人を地獄へと道連れにして自分だけ英雄となる未来と、2人を突き放すことで守り抜く未来との内1つを選ばなくてはならないんです。…今決めてください」

 それは一見選択を与えているかのようで、本質的には結論を押し付けている。ここでクリスが俺達との未来を諦めなかったとしても、マリーはまたあの手この手で意見を変えさせる。極端に言えば、クリスの意見など放っておいて教員で勝手に話を進め、明日にも全校生徒に通達するのだろう。

 クリスは目を瞑ったまま長く悩んだ。膝の上に握った拳が力んでは震えた。そして俺達を交互に見つめると今にも泣き出しそうな悲しい顔で笑って、優しく告げていた。

「今まで、ありがとう」

 俺も、メーティスも、何も言えなかった。ミファもまた泣きそうに沈んだ顔のまま俯き、クリスは涙を流さないように上向いて口を噤んだ。

 教員は3人ともホッと息をつき、そうと決まればと俺達に部屋替えを強要した。教員達としては1日置いて心変わりされては堪らないのだろうが、それでも最後に1晩過ごさせてくれても良かったと思う。俺達には今まで連れ添った者として、決して易々と捨てられはしない想いがある。それを、こうも簡単に無下にしてしまうマリー達を、俺は悪魔だと罵った。


 520号室、そこが今日から俺とメーティスとが暮らす部屋だった。そこは長年空き部屋だったようで大量の埃が舞っていて、俺達は入室早々に掃除をするように言われた。案内を務めたマリーは言うだけ言ってベッドなどを廊下に運び出すと「仕事が残ってますので」と立ち去っていき、俺達はゴミ箱に詰め込まれた気分で掃除を始めた。

 無言で壁にハタキを振っていると、それまでずっと静かに壁を(はた)いていたメーティスが不意に口を開いた。一言発する前に埃で噎せてしまい、俺がそれに振り返ってからは口元を手で覆いながら話した。

「…これから、どうしよっか…」

 メーティスは途方に暮れた顔でそう呟き、俺が何も言わないと首を振って続けた。

「…どうしようも何も無いよね。クリスと同じパーティになれないだけで、討伐軍を目指すことは今までと変わらないもん。それは分かってるの、でも……どうしよっか、って…」

 メーティスはまた途方に暮れて俯いていた。…今まで信じていたものが崩れ去ったのだ、それは当たり前の反応だった。対して俺も壁の一点を見つめ、繰り返し考えたそれを口にした。

「…俺はまだ、諦めるつもりはない」

 メーティスは顔を上げ、ゆっくりと俺を向きじっと見つめる。俺もそれに顔を合わせ、2人して見つめ合っていると、開け放したドアをコンコンコンと3度ノックする音が俺達を振り向かせた。そこには優しく微笑むクリスと心配そうに眉を寄せたミファとが横並びに立ち、「お邪魔します」とクリスを先頭に入室した。

「…ここが新しい部屋なのね。まだ埃が舞っていて大変だけど、日中は陽が差し込んで暖かそうね」

 新居を見に来たような素直な反応を示すクリスに、メーティスは信じられないというように目を見開いて「どうして…」と口を開けていた。クリスはその問いの意図する所が分かってまた優しく笑って言った。

「…いつまでも一緒という訳にはいかなくなっただけよ。同じパーティじゃなくたって、私達は友達じゃない。傍に居られるなら会わない理由は無いのよ」

 メーティスはクリスの返事に暫し呆け、少しずつ、安心して堪らず漏れだしたようにぎこちなく笑い始めた。俺もミファも、それを静かに見守った。

「あ…あははっ…そうだよねっ!…会っちゃいけない理由なんて無いもんねっ!…私ってば、終わっちゃったって勝手に思って……もう、前みたいに、…普通に話したり、出来なくなる、かも…って……お…も、…ってぇ……」

 メーティスは喋っている内に段々と声が上擦り、弱々しく掠れていき、しゃくり上げて泣き始めた。それにクリスは微笑んで両腕を広げ、メーティスはその胸の中に抱きついていった。子供のようにワンワンと泣くメーティスに感化され、ミファも後から後から溢れ出る涙を袖で拭っていた。

「…やだよ……私、もっとクリスと一緒に居たいよ…。…何で私じゃダメなの…?…私、一生懸命やったのに…何でなの…?」

「…ごめんなさい…ごめんなさいね。…でも、私は自分の使命に、あなた達を無理に縛り付けたくはないの。…私も一緒にいたいけど、でも出来ることなら、私はあなた達には幸せになって欲しいのよ…。…だから、ごめんなさいね…」

 クリスもいつしか泣き始めて、胸の中のメーティスをあやすように揺すりながら申し訳なさそうに何度も背中を擦っていた。メーティスが僅かに落ち着きを取り戻し始めると、クリスは彼女を抱いたまま俺へと視線を移す。

 潤んだクリスの目を逃げずに見つめ、「…諦めねぇさ」と口を開く。クリスは驚いて目を見張り、1歩踏み出した俺を食い入るように見つめた。

「俺は必ずお前の傍に帰ってみせる、必ずだ!そしてマリー達を見返して、何が何でもメーティスを仲間に引き入れさせてやる!…約束だ!」

 クリスは更に大きくした目から大粒の涙を落とし、「…ありがとう」と微笑んだ。…嘘なんかにはしない。俺は絶対に全てやり通してみせる。こんなことで、終わりなんかにして堪るものか…!


 …翌日、マリーの予告通り臨時で全校朝礼が開かれた。皆、体育館へと集まってクラス毎に並んで床に座る。春とはいえ午前8時ともなると冷えきっていた床に1年生の多くが凍えてしまっていたが、事の重大さ故か朝礼を抜け出そうとする者はいないようであった。また、ステージ上には教壇の左右に椅子が用意され、クリスとミファが座らされていた。

 朝礼は教頭や他の教員による開式の辞などは無く、生徒の集合を確認するなり校長が教壇から語り始めた。体育館は校長ただ1人の声の他には一切物音も無く、その厳粛さに支配されていた。

「…私は常々思い憂いていました。魔王と人間…この戦いが終わる日が果たして訪れるのかと。かの勇者リアス様は聖なる巫女ソプラ様をお連れなさり、人里に加護を齎すのみならず我々に知恵と力とをお与えになりました。…しかし我々が何のお力添えも出来なかったために御2人は魔王の手に…。…私は幾度となく夢想しました。リアス様、ソプラ様は、我々のそうした怠惰に呆れ果て、もはや我らを見放されたのではないか。この終わることのない戦慄と苦悩は、御2人が我らにお与えになった罰なのではないか!…私は懺悔致しました。おお、我が神よ!どうか私達の怠慢をお赦しください…。そして我々を信頼していただけるならば、どうか今一度我々にお力添えいただきたく存じます。愚かな我ら人類に、新たな機会をお与えください!……そしてその祈りは実を結び、とうとうその機会は訪れたようです」

 校長は右のクリスへ、左のミファへと手を差し伸べ、2人はそれと同時に椅子から立ち上がり緊張を圧し殺して凛々しく表情を装っていた。しかし2人の立ち姿にはまだ幼さや戸惑いが強く残り、校長の激しい渇望の叫びの前にはままごとの延長にしか思われない振る舞いに映った。

「彼女らこそが、我々に授けられた最後の機会!右手に御座しますは勇者の末裔、クリスティーネ・L・セントマーカ様であらせられます!その白金の髪と瞳はまさしくリアス様の再来!彼女こそ、我々人類の至高の希望となり得ることでしょう!そして左手に御座しますは聖なる巫女の転生者、ミファリー・ドレヌ様であらせられます!…かつてリアス様と共に立ち上がったソプラ様が、まるで符節を合わせるが如く姿を変えて現世に御帰還なされたのです!…これ程の好機を、我々は決して無駄にする訳にはいきません!」

 語気を強めた校長の演説が体育館中に響き渡り、生徒は身体までビリビリと振動したように背筋を伸ばした。クリスとミファは自らに課せられた重大な責任に身震いし、ただ取り乱さないようにと気を張って佇んでいた。

「…クリスティーネ様、そしてミファリー様…御2人を守護する者がいなくてはならないのです。しかし、それは数ではない!数は他のパーティから幾らでも揃えられる!…今ここに必要とされるのは、たった1人の強力な戦士です。彼女達を守る戦士を、私は今年度の2年生から選び出したい!…誰でもいい訳ではありません。選りすぐりの1人だけを、守護者としてクリスティーネ様に謙譲致したいのです。よって今年度後期、その1人を選抜するため、トーナメント形式の決闘大会による選抜試験を実施致します!」

 それまで厳粛に保たれていた体育館は、『決闘大会』という強烈なイベント性にざわざわと騒ぎ始めた。教員の数名が「校長先生のお話の途中です!静粛になさい!」と生徒を叱るが、そのざわめきは止まない。校長は片手を上げて教員を、そしてまた結果として生徒をも制止した。

 再び荘厳な無音に包まれた体育館に、校長の声がひっそりと響き渡る。ステージを見上げる俺の眼と、此方を見下ろしたクリスの眼とが合わさった。

「試験の詳細は、近日中に各教室にて担任の先生方に追って説明していただきます。2年生の皆さんには出願書を配布致しますので、我こそはという生徒さんはどうぞ提出してください。もし出願がなければ、最終的にクリスティーネ様の希望に沿って此方で選ぶことになります。2年生に志願者が現れなければ3年生、それでもいなければ1年生と出願権を譲渡していく予定ではありますが、私としましてはどうか積極的に出願していただきたい所存です。皆さんの心意気に期待します」


 朝礼があった翌日には授業返上で説明が行われた。俺は渡された出願書にその場で記入して、即座に教卓へと提出した。その俺の背中を見た生徒達は冗談半分に出願し、志願の火が燃え広がる。その波は残る3クラスにまで浸透し、1週間の内にトーナメントに適した人数が揃っていた。

 …全員まとめて打ち負かす。軽々しく俺の敵となった生徒達も、俺を見くびり、メーティスをも悲しませた教員達も、全員まとめて打ち負かしてやる。

 憎しみに燃え滾る俺を、クリスは時折悲しみなのか憂いなのかも分からない不思議な笑みを湛えて見つめていた。

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