第28話 春潮に溶ける泡雪
対峙する3体のゴーレムを睨み、2体を2人に任せて俺は1体へと斬り掛かる。レベルが3へと上昇し、ゴーレムの2倍の速度と2撃で仕留める攻撃力を有したために、当初に比べて張り合いの無い戦いは僅か1分の内に終結する。
勿論、そんな戦闘で戦術を学べるはずもなく、かと言ってゴーレムの数を増やすにも回復薬や復帰薬のアカデミーへの供給は学期毎に決まっているため3体までしか相手に出来ない。クリスへの放課後の戦闘訓練が1年期で終了したのもこうした所に理由があるらしい。
1つの班に与えられる訓練時間はトータルで15分。ユーリがゴーレムを準備して次の班の訓練に入るまでの時間、生徒達はユーリから戦闘のアドバイスや、時間が大幅に余れば特別に炎魔法への対抗術の手解きなどを受けるのだった。
俺達は横一列に並ばされ、前へと歩み寄ったユーリに眼を見て話される。
「まずはメーティスさん。…毎度のことだけど、あなたは召喚師だけど身体能力…特に身のこなしには目を見張るものがあるわよね。私はその才能を無駄にして欲しくないの。だからこれは召喚師としてではなく、一戦士としてのアドバイスよ。召喚師としては標準以上だから、気負わずに聞きなさい」
「…は、はい」
「あなたの動きは速度頼りで馬鹿正直だし直線的過ぎるわ。戦闘は基本、正面衝突は避けるものよ。背面に回るなり足を封じるなどの工夫は戦闘では不可欠ね。それから相手が攻撃の動作に入ってから回避を始めるのも良くないわね。今は速度で上回っているから辛うじて何とかしているけど、いつまでもその調子だと一切回避出来なくなるわ。…ただ、回避時の足の運びとカウンターへの繋ぎはよく出来ているから、多少予測が利くようになればすぐ化けるはずよ。普段から自分でシミュレーションするようにしなさい。それと攻撃時のメイスの握りが甘いわね。また突くにも打つにもブレがある。この問題はおそらく技術面ではなく精神面ね。初日から2週間になるし、恐怖って訳ではないんでしょ?…戦いに迷いが生じるのは召喚師にはありがちなことらしいけど、割り切れないとこの先やっていけないわよ」
ユーリは流れるように鋭く指摘していき、メーティスは萎縮して涙目になりつつも「はい…そうですね…はい…」と縮こまった声で返答していた。最初のアドバイスの時は本当に泣いてしまっていて、ユーリもその事を覚えているので口調は柔らかくしているようだが、ぶっちゃけ俺でさえ時々『怖っ』と思うのにメーティスが堪えられる訳も無かった。
一頻りメーティスに告げると、ユーリは今度は俺を向く。ただ、今度はメーティスへの優しく気遣ったものではなく、少し怒りも孕みつつも冷静な表情を向けて話し始めた。
「次、レムリアドくん。…あんたね、個人としての戦闘の筋が少しはあるのは百兆歩譲って認めてやるけど、いい加減私もキレるわよ。毎回毎回パーティを無視して1人で戦って、そんなんで外でも通用すると思ったら大間違いよ!ちゃんと他2人と連携しなさい!メーティスさんとロベリアさんはちゃんと協力してやってるのに、あんたがそんなんじゃいざと云う時どうにもならないでしょうが!」
「いや、俺は別に…。…ってか、3対3なら1人ずつで対処するしか無いでしょう?2人だって基本は1人1体で戦ってたじゃないですか。今のやり方以外にどうしろって言うんですか」
「あんた2人がどうやって戦ってるか一遍見なさい!大体1対1を3ヵ所でやるのと3対3をやるのじゃ全く別!誘導したり退路を絶ったり役割を分担したり、やれることの幅はいくらでも広がるの!それぞれが1対1で戦うにしたって、その配置で敵の行動を制限したり仲間同士で助けるべき所を助け合ったりすればもっと違ってたわ!あんたのは独りで倒してはまた次も仲間の獲物をかっさらって倒しての連続で連携なんかあったもんじゃない!あんたのその独善思考がパーティの足を引っ張ってるって自覚しなさいよ!分かってんの!?」
「………こんな弱いゴーレム相手に戦略も何もねぇよ」
腹が立ち、顔を反らしてボソッと呟いたそれはしっかりユーリの耳に届いていたようで、「ったく、これだからガキは…」と溜め息をつくと俺へのアドバイスはやめてロベリアを向いた。…本当に弱過ぎて1人で倒せるんだから仕方ないだろ…。
「はい、じゃあロベリアさんね。あなたはきっちりセオリーに則って上手くやれてるわね。ただ、自分の実力に自信が足りないわ。もっと狙える時に前へ踏み込んで行きなさい。全体的に攻撃が浅くて避けられることの方が多いし、ゴーレムの挙動に敏感になり過ぎて損してる。…まぁさっき言ったけど、今日見せてくれたメーティスさんとの挟み討ち、…あれは良かったわ。仲間をサポート出来るスキルは何よりの長所よ。ただ技術や力があるだけじゃ肝心な時役に立たないし。その点、あなたは胸を張っていいと思うわ」
「…はい、ありがとうございます。……」
ユーリから俺への当て付けに、ロベリアは困った顔で俺を一瞥した。俺は決まり悪くそれに顔を背け、アドバイスが長くなり10分経ったのでユーリは俺達を見学に帰しクリスを呼び寄せた。クリスは俺を励ますように微笑んで行ったが、その表情はユーリの言葉以上に俺の胸に響いた。
2年に入って科目数が減り、その少ない科目の中でも座学は探査旅行学Ⅱと調査活動実習(実習と言うが、基本的には話を聞く授業だ)の2つであるため自習をする必要は殆ど無くなった。その分夜になると暇で仕方なく、人間だった頃のような筋トレもこの身体には大して意味が無いため生徒はダラダラと過ごしがちになる。…そこを行くと俺達は幾分真面目であろう。21時を過ぎるとクリスは白魔法、メーティスは召喚術、俺は戦術を図書館から借りた本で各自で勉強していた。
では21時までの時間では何をしているかというと、これまた殆ど勉強をしている訳だが、それは俺達のための勉強ではない。
「…うーん……『個人でなく医療施設によって筋肉弛緩剤の作成が行われる場合、1瓶に必要な材料とその数量はどの程度となるか?』…。…個人と医療施設って、…何の違いが……難しい…」
赤チェック柄のパジャマ姿で部屋へと訪れたミファは、貸してやった教科書を捲りながらウンウン唸って宿題に挑む。そうして机に向かうミファを俺達で取り囲み、3人掛かりでヒントを出す。ミファは以前出掛けて以来、平日は21時まで部屋に来て遊んだり勉強したりして過ごしていた。俺達もミファが来てくれるのは嬉しいし、日々の潤いと言っても過言ではなかった。
「そこは発展問題だから、図書館で調べないと載っていないわよ。……そうね、一部説明しましょう。…個人での作成となると材料調達の容易さや所要時間の短さを優先して錬金調合法を用いられるけれど、病院などではそれらを考慮せず安全性を重視されるわ。…筋肉弛緩剤は錬金調合法では濃度を調整出来ず毒になりかねないから、比較的安全な古流調合法を用いられるの。…すると、材料はどうなるかしら?」
クリスはミファの傍にしゃがんで寄り添い、専門書が必要な部分のみ助言してやっていた。ミファはそれを聞くと教科書を捲らず目を瞑り、数秒掛けて思い出したそれを宿題のプリントにサラサラと綴っていく。書き終えたミファはクリスを見つめ、微笑んで頷かれるとパアッと明るい笑みを浮かべた。
「ええ、そうね。その3種よ。それぞれの材料に役割があるけれど、それを習うのはまだまだ先でしょうし今の内は習っているものだけに専念して勉強するといいわ」
「はい!クリス先輩、ありがとうございました!」
発展問題は宿題の最後部の問題なので、これでミファの今日の宿題は終わりだ。…しかし、未だに思うが何故あの授業は習っていない所まで宿題にするのだろうか?やっぱあの爺さん(バッカイン先生)って実は見た目と違ってドSなのだろうか?
プリントを畳んで筆記用具を片付け始めたミファに、机の右に立つメーティスは笑って話し掛ける。ミファもそちらを向いて手を止めがちに応答し、その背を寂しそうに見つめていたクリスはふと思い付いて立ち上がり珈琲を淹れに行った。珈琲が飲めないミファのために、クリスは先日ココアパウダーをこっそり買っていたので、早速使う機会が出来て少し嬉しそうでもあった。
幼く素直なミファを相手に、クリスはすっかりお姉さん気分のようだ。分かりみが深い。メーティスの方は精神年齢が合う友人が出来たという様子だ。
「同じ部屋の人達とは仲良くしてる?クラスの子達とは?」
「はい、いつも遊んでもらってますよっ。いろんな楽しい所知ってて、時々私も連れて行ってくれます。ちょっと怒りんぼな人達ですけど。教室でもみんな優しくしてくれて楽しいです!」
「へぇ、そっかぁ!じゃあじゃあ、先生とは話したりするの?お気に入りの先生とかいる?」
「先生方ともお話しますよ!『他の人と仲良くやってますか?』って、何だかみんなに同じこと聞かれます。…お気に入りの先生……あっ、そういえばこの前カトリーヌ先生にお茶とお菓子出してもらって色々お話したんですよっ。その時のアップルティーがすごく甘くて美味しかったのでまた頂きたいです!」
「えっ、いいないいなぁ!ねぇねぇ、お菓子はっ?お菓子は何貰ったの!?」
メーティスは目をキラキラさせてお菓子の話題に食い付き、ミファも回想して頬を綻ばせながらそれに答えていた。…しかし、それを聞いていた俺にはお菓子よりもカトリーヌとの会話の方が気になった。…カトリーヌとは言え教師に呼び出されるなんて、ミファは一体何をしたのだろうか。
頃合いを見て、2人の会話が一段落つくと同時に訊ねてみた。2人の視線が一斉に俺を向く。
「ミファ、カトリーヌ先生とは何話したんだ?」
「え?…えーっと…、出身のことや家族のことを聞かれたりしました。あと、最初に何かよく分からない機械で検査みたいなこともされましたけど…」
「機械?…何の?」
「よくわかんないです。…機械から繋がった…バンド?みたいなものを腕に付けられて、ランプが光って…『ありがとうございます』って…。それで終わって、説明はありませんでした」
俺とメーティスは眼を合わせた。…聞いている感じだと、ミファが話す機械というのは『シースルー』のことだろう。それを召喚教諭のカトリーヌが行って面談もしたということは、…もしかすると召喚師の素質を見出だされたのだろうか?
メーティスは何故だか少し暗い面持ちになり、ミファは俺達を交互に見て不安そうにする。…とりあえず、結果がどうだったのか知りたくなった。
「ミファ、…その、答えにくいこと訊くんだけどさ」
「?…はい」
「あー、えー……ミファって、その、男性経験はお有りで?」
「…?…何の経験ですか?」
「いやっ……、…っていうか…な…、…ミファって…処女?」
ミファは真ん丸な曇りない目で俺を見つめ、くい~っと深く首を傾げながら、「しょじょって何ですか?」と訊き返した。
「…すんません、許してください」
思わず俺は土下座していた。
「ちょっ…え?…あの、あの、どうかしたんですかっ?えっと、本当にわからないので、…あの、頭上げてくださいっ」
ミファはアワアワと両手を彷徨かせて俺の前に膝をついた。メーティスは頬を指先で掻いて赤面し、眼を逸らす。そこへ戻ってきたクリスはその光景を見渡して「…レム、どうしたの?また悪さしたの?」と困惑していた。…えっ?今『また』って言われた?俺ってそんなにやらかしてるイメージなのかな…。
「あ、クリス先輩お帰りなさい!…あっ、ココアだっ!頂いていいんですかっ?」
「ええ、どうぞ。安物で申し訳ないけど」
嬉しそうにココアを凝視して待ち構えるミファにクリスは満足そうに微笑んで、真っ先にミファに渡すと次にメーティス、立ち上がった俺へと珈琲を手渡していった。俺達が立ち飲みしている真ん中で椅子に座るミファは、フー…、フー…と一生懸命に冷ましたココアを、「いただきますっ」と飲み込んだ。その幸せそうな笑顔に、俺達まで癒される。
「…そういえばミファ、1年生の間では行方不明者は出ていない?大丈夫かしら?」
一息ついたクリスは机に腰を凭れて穏やかに話し掛ける。ミファはココアをゴクゴク飲みつつも、その問いに「はい、出てませんよ?」と頷いた。
俺とミファの話はまだ途中だったのだが、クリスがいる前でこれ以上話してもいい方には進まないだろうし、此方は折れておくことにした。クリスはミファの口元を拭いてやりながら俺を向いた。始まったそれはここ最近注目の的となっている消失事件の話題だった。
「…もうあれから1週間は経ったのに、まだ誰も見つからないんですって。民兵に捜索願いを出して先生方も一緒になって探しているのに、後から後から生徒が消失しているわ。…一体何なのかしら、こんな突然に…」
「さぁな、分からん。…男子はまた陰謀陰謀って面白がってるが、正直ただ生徒がアカデミーから逃げ出しただけって気がするけどな。…だって、この学校の生徒なんて親に言われて入学した奴らが大半だろ?それで進級したら人間じゃなくなってんだから、嫌になる奴もいるだろ。今まで黙って従ってきたのがここで爆発して、アカデミーを抜け出したりしたんじゃないかと思う」
「……それは初めて聞く意見ね。でも、2年生しか行方不明になっていないのだし、確かにそれも十分あり得るのよね。…皆やっぱり、化け物の身体は嫌なのかしら」
クリスは珈琲の水面に映る自分を見下ろして悲しそうに笑う。
「俺は傷が残らないし病気にならないし落とし物しなくなったしで大助かりだけどな。今こうして立ちっぱでいても足痛くならないし」
独り言ちて顔を逸らし、珈琲を飲む俺に、クリスは驚いて目を見張る。「ありがとう」と、クリスも微笑んで顔を逸らした。
「でも、もし事件だったら怖いよね。誰かが誘拐なんかしててこんなことになってるとしたら…。今はまだ友達に行方不明者はいないけど、……もしそうなったら、嫌だな…」
メーティスが俯いて顔を青白くし、クリスはその頭をポンポンと撫でる。ミファは下からメーティスの顔を覗き込みカップを机に置くと、安心させるように微笑んでメーティスの手を両手で握った。
「大丈夫ですっ!きっともう誰もいなくなりませんし、いなくなった人達も帰ってきてくれます!怖いことにもなりません!…信じましょう!」
メーティスはミファの優しい眼差しに、「…そうだねっ!」と明るい笑顔を返した。2人は頷き合い、また一服に帰す。この場所が温かくある限り、外の寒さなどどうでもいいことだと俺は思っていた。
翌日の戦闘訓練でもバッチリ怒られ、つまらない思いでプラプラと食堂へ歩く。4限終わりにユーリに引き止められたので昼食はクリス達と別々になりそうだった。何かいいことねぇかなと思って悶々としている前に、食堂へ歩くミファとその友達2人の背中が現れた。苛立ちでつい足が速まって、ローペースな彼女らに追い付いてしまったようだ。
折角友達といるのにお邪魔するのも良くないので、少し後ろをついて歩くことにする。どうせ行き先が同じなのだし、追い抜いたらミファが声を掛けてきそうだった。同級生とミファの絡みというのに大いに興味があったのも事実だ。
魔人の足音は意図しなくても小さくなるので、普通に歩いていても気付かれることは無い。前の3人は他に誰もいないと思い込んで話していて、お蔭で俺は普段の彼女らを知ることが出来た。
だがそれは、俺が望むような光景ではなかった。
「アスピちゃん(ミファのことを言っているらしいが、明らかに蔑称である)、今日は10時まで帰って来ないでよ。私らちょっちやることあるから。いつも通り終わるまでに宿題全部やっといてくれればいいから」
ミファの左の女子からその発言が出た瞬間、俺は頭が真っ白になって乾く程目を見張った。ミファは何も変なことなど無いかのように困った顔で笑い、その女子に頷いていた。
「うん、わかった。…でも、自分でやった方が身になるんだよ?クリス先輩がね、そう言ってたの」
「はぁ?うっせーよ、私らの成績とかあんたに関係無いでしょ?あんたは宿題見せてくれりゃあいいの。あんま調子乗ってると怒るよ」
右隣の女子がそうして高圧的に告げると、ミファは肩身が狭そうに縮こまり、「う…うん、ごめんね」と愛想笑いを浮かべた。…ミファが媚びるように笑うのを見たのはそれが初めてだった。
そしてまた今度は左の女子が右の女子をヘラヘラと窘める。ミファの表情には笑顔が張り付いている。
「まぁまぁ、しょうがないよカルア、この子KYだから。ほら、考えてご覧なさいアスピちゃん。あんたがやって来た宿題を私らが写す。宿題に出るような大事な問題はテストにも出る。あんたがきっちり宿題やってりゃ私らは赤点回避できるって寸法なのよ」
「……………あ…うん、そうだねっ。…頭、いいね…」
「きゃははっ!そうそう、私ら利口なのよ!あんたはそのクリス先輩ってのに答え貰って来りゃいいの。勉強なんか必要ないの。お分かりぃ?」
…ここまで腹が立ったのは、メーティスを女子に悪く言われた時以来だったと思う。俺は知らぬ間にミファ達の前まで駆け出していた。そしてミファの腕を引き、その女子2人と対峙した。
「えっ、レ、レム先輩…?」
ミファは俺の胸に抱き寄せられて困惑し、俺とその2人の『お友達』とをキョロキョロ見比べていた。2人は訝しそうに俺を見て、「は?何こいつ」などと吐き捨てるように笑って呟いていた。
「お前らミファに何やらせてんだよ。宿題くらい自分でやれ、アホ共」
「はぁ?誰だよお前、関係ないじゃん。その子だって別に嫌がってないでしょ?ねぇ、ミファリー」
ミファはカルアとやらに笑みを向けられ、急かされたように俺を見上げ、「う、うんっ!私、別に嫌じゃないよ!」と訴えた。
「ほら、こー言ってんじゃん。世間知らずなその子のために私らはおつかいさせてやってんの。これが付き合いってもんよ」
…話にならない。俺はそれに言い返すことも無くミファを引っ張って食堂から離れ、寮の彼女の部屋へ案内させると荷物を纏めさせた。
今週は俺達の部屋から通うことにさせ、土曜日に2人で出掛ける約束を取り決めた。




