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第24話 情欲の侵食

 シノアとはあの一件から、数日周期で外で会うようにしていた。手頃なカフェを1ヵ所見つけたので、毎回そこで落ち合い、そして夕方まで他愛ない話をしたり何もせずぼーっとしたりして過ごした。端から見ればそれは付き合いの長い恋人同士のようにも見えたりもするのかもしれないが、実際の所はシノアが一定の距離を保って俺と接するための練習のようなものらしい。…あれきりでまた暫く会わなくなると次にどんな顔をしていればいいか分からなくなるから、と頼まれたのだ。

 俺としてもそれで良かったと思うし、ここ最近のシノアとの距離感は近過ぎず遠過ぎずで、俺にとって心地良いものだった。サラと一緒にいるのと同じくらいには気楽な時間に思っていた。

「…私、もうじき本格的に医者としての道を進んでいくことになります。きっと、これまでみたいに予約があればいつでも家で出迎えられる私ではなくなるかと。だから、文通もこれで終わります。皆さんにもよろしくお伝えしておいてください」

「おう、了解。…頑張れよ。また、お互いが多く時間を取れるようになったら遊んだりしようぜ」

「はい、その時はまた…。夏とかも、時間はどこかで取ろうかとは思っていますので…」

 日が暮れて、俺達はカフェを出る。…次に会うのは春休み辺りになりそうだ。言っても2ヶ月くらいなものだし、そう寂しくもない。

「またな、シノア」

「はい、じゃあまた、レム」

 以前より少し緊張の解れた笑みを向けてくれるシノアと手を振り合い、互いの家へと帰る。雪も溶け、春風が緑に息吹き始めたが、俺にはシノアとの冬が未だに染み込んだままでいる。

 …本当に、あの選択は正しかったのだろうか。世間的に言えば、決して正しいと言える行為ではなかったであろうが、両者同意の上なら悪と呼ばれることもない。明確に悪と言われたなら俺もそれで納得したはずだが、今の所俺とシノアとの行為を詰った者は1人もいない。…まぁ、ロベリアや、思い詰めた俺を必要以上に心配してきたクリスなどにしか今回のことは打ち明けていないのだが(メーティスには言わなかった)。

 …結果として、俺が自分の問題に少し踏み込めたことや、シノアとの距離も然して変わらないままこれまでにケリをつけられたのだから、良しとするべきなのだろうか。…ベッドに横たわって嬉しそうに笑ったシノアと眼を合わせた時、今までの俺が潔癖症なだけだったのかな、と自らの恋愛観、性的価値観を省みたのだ。

 何にせよ、童貞ではないという自覚が出来るようになって良かったと思う。


 ……始業して数日後、それは突然の事件だった…。誰にこんな状況が想定出来ただろうか、何とジャックとルイの2人に彼女が出来たのである…!先程とテンションの変動が激しいと思われるかもしれないが、実際諸々の憂鬱はそのインパクトで全部吹っ飛んだ!

 話は遡って1月12日、始業から2日目の総合魔法応用学でのエラルドの話が発端だった。それは魔人化するに当たって直面し得る性の問題だった。既に先輩との繋がりなどから知っていた生徒もいたが(俺はロベリアから前に聞かされた)、知らなかった生徒は授業中にも関わらず小煩く騒いでいた。

 …改めて話そう。魔人化時に既に失っていた部位は、それが治癒中の傷などでない限りHPでの回復対象に含まれない。例えば子供の頃に怪我をして現在腕が無い人は(そもそも健常者でなくては入学出来ないが、ものの例えだ)、魔人になっても腕が無いままであり、HPの作用でも治癒されないのである。しかしそれは逆に、魔人化前に失っていなければどんな部位でも修復されてしまうのである。…処女膜さえも。

 そのため、処女だった生徒は魔人化前日に専用の棒状器具で貫通させられる(エラルドは『性交時の痛みが無いように』と説明したが、本当にそんなことまで世話を焼くつもりで決められているのかは甚だ疑問である)。童貞の生徒も、魔人化後に起こり得る精神異常時に、または討伐軍内に一般化した慢性的なセックスレスのために一般人への強姦を犯す事例が過去にあるため、今の内にアカデミーの経費で風俗店へ行かせられる事になっている。

 この話を受けて、生徒達は男女問わず、早速初めてのお相手を探し始めた。以前から好意を持っていた相手へ告白したり、顔の良い他人を捕まえてきたりと、皆形振り構わなかった。ジャックとルイもその集団に含まれる。

 俺やクリスやロベリア、それに召喚師となるため対象外なメーティスは、知人が性的放縦を働くのなど見たくもないので、ここ暫く教室では無関係を装って静かに過ごしていた。しかしその間に事件が起きていて、俺はその事を後から知ったのだ。

 俺は、ジャックからメーティスへは不可能だが、ルイからクリスへの告白や交渉はあり得ると踏んでいた。実際生徒の何人かがクリスに愛の告白を、もしくは正直に相手になるようにと懇願をしに近づいたりしていた(全部俺が未然に防いだが)。しかしルイは一向に迫ってくる様子が無く、それを不審に思って俺が訊ねると、ジャック諸とも既に問題を解決していたのだった。

 レシナ・ダイナ、キィマ・ラルベルという2人の生徒から、あの2人に誘いがあったのだ。ジャックもルイも、好きな人がいたにも関わらず他所の女に手を出して、そのまま付き合い始めていたのだ。…聞いた時は、何ていい加減な奴らだと憤りもしたが、そうした気持ちは次第に2組のカップルへの好奇心によって薄れた。そもそも、ロベリアやシノアとのことがあった俺には彼らをどうこう言う資格など初めから無い。

「レムもロベリアと続いてたらトリプルデート出来たのにな」

 ジャックはこれ見よがしに笑って俺にそう言った。ルイもそれに並んで、少し申し訳なさそうに、それと同時に照れたように、

「レムにはクリスティーネさんとの間を色々取り持ってもらってたのに、こうなったのはホント申し訳ないんだけどさ…やっぱり俺とクリスティーネさんじゃ釣り合わなかったっていうか…。レシナとは上手くやっていけそうだし、…まぁ、可愛いとこあるっていうか……だから、クリスティーネさんのことはレムに任せるよ」

 …ルイは何故かクリスが俺に好意を抱いていると思い込んでいるらしかったが、そういう話ならと今回のことも納得出来た。一方、ジャックの言い分はと言うと、

「俺もまぁ、メーティスは脈無いかと薄々思ってたからな。それに、キィマと仲良くなってその日の内に火が点いたって言うかさ。…メーティスって、何か子供だし、俺みたいな汚れた男がたかっていい相手じゃないだろ?」

 と、思いっきり言い訳染みたことを言っていた。…こいつは、最初から彼女が欲しかっただけなんじゃないかと思う。…根はいい奴なんだけどな。……まぁ、誰も不幸になってないならいいか。実際脈は無かったし。

 と、そんなことがあって夜、相変わらず机に向かって無表情で専門書を読み耽っているクリスと反対に、ぷくーっと頬を膨らませたメーティスがベッドの上で体育座りしていた。

「どうかしたか?何か怒ってらっしゃるけど」

「怒ってないもん」

「そっか」

 俺は勉強を中断してクリスの横を離れ、3人分珈琲を淹れて戻った。クリスも「あら、ごめんなさい」と珈琲を受け取ると一旦勉強を止めてメーティスを向いた。メーティスも珈琲(滅茶苦茶甘くしたやつ)を手にベッドから脚を放り出し、俺はクリスの隣で椅子に座ってメーティスが口を開くのを待った。

「…ジャックくん、私のこと好きって言ってたくせに」

 幾らか飲んで落ち着いたメーティスがポツリと溢してまた一口飲んだ。クリスは俺と何となく顔を見合わせ、メーティスを覗き込むように見つめた。

「彼のこと好きなの?」

「そうじゃないけど…。好き好き言ってくれてたのにあんなあっさり…」

「仕方ないわよ、彼だって人の子だもの。愛が続かないことだってあるわ。彼が新しい人を見つけたように、あなたにもいい人が現れるわよ」

 クリスの大人な物言いに、メーティスは「むぅ…」と口を尖らせる。まぁ、メーティスにその気が無いのにいつまでも言い寄るなんて余程好きじゃないとあり得ないからな。そう考えるとジャックも別に責められる筋合いは無いだろう。

 …しかし、ジャックがメーティスを諦めて選んだキィマという女子のことは、教室が一緒なだけでよく知らない。レシナという子のことも全く不明だ。

「なぁ、レシナさんとキィマさんってどんな子なんだ?」

 訊ねると、メーティスは首を傾げて記憶を見上げ、言い淀んで答えた。クリスもよく知らないらしく黙って珈琲を飲んでいた。

「いい人達だったよ。レシナさんは大人っぽくてかっこいいし、キィマさんもおやつくれたし」

「おお、そうなのか」

 いい人そうなのしか分からなかった。…しょうがない、決して本意ではないのだが、これは自分で調べてみるしかなさそうだ!


 翌日、業間休みに教室を出ていった2組を交互に尾行した。最初はルイの方を追っていった。ルイとその彼女、桃色の長髪をして妖艶な微笑を絶えず湛えているレシナは人通りの少ない廊下へ移って隣り合って壁に背凭れた。2人とも互いの目を見て、半ば身体を互いへ傾けたまま話していた。

 話と言っても殆ど一方的で、レシナから話したことをルイが慰めるような形だった。レシナは思い詰めたように俯いて喋り、その度にルイがその手を取って熱心に語り掛けるという具合だ。

「――私の家ってそんな風で、いつもお父様の思いつきに振り回されて、4番目のお母様はそんな日々に心労が祟って亡くなったの。葬儀ではお父様はそんなお母様の棺に向かって、『私に尽くすこともなく息絶えるとは、私への愛が足りぬからだ。不貞の雌狐。存分に地獄で懺悔するがいい』と…。お母様は勿論不倫などしてなかった。…お父様は自分以外どうでもいいのよ。私もどうやら親不孝な娘と陰で貶されて…」

「…大丈夫だよ。俺が君を守る。…君のお父さんがそんなに嫌な奴なら、これっきり縁を切ればいいんだよ。自分勝手な見栄で君をアカデミーに追いやったそんな男に父親の資格なんかあるもんか。…これからは討伐軍に身を置いて父親の手を離れて世界を見に行こう。楽しいことはいくらでも見つかるさ」

 レシナはルイの言葉に笑みを返し、キスをせがみ始めた。ルイもおっかなびっくりしながらもそれに応じて、長い間そうしてくっついて過ごしていた。

 …家庭の事情を聞いてしまったのは申し訳ないが、そのお蔭で俺からレシナへの警戒は解けていた。ルイとレシナの交際が乱れたものでなく、ちゃんと互いを想い合ってのものだと感じたので一先ず安心だった。これ以上下手に首を突っ込んだりもしないようにしよう。

 続いてジャックの方はどうかとついていくと、ジャックは緑の短髪を肩に乗せて甘えるキィマの背に腕を回し、2人して屋上へと階段を上がっていった。屋上のドアは鍵が開いていないのではないかと不思議に思ったが、実際ドアは開いておらず2人はドアの前の階段に腰掛けてイチャイチャし始めていた。

「なぁ、今やっていいか?」

「えー?…放課後まで待てないの?」

「誰も来ねぇから大丈夫だって!ちょっとだけ!な、最後までじゃなくていいからさ!」

「ダメだよ、もう…。触るだけ、ね?触るだけなら何してもいいから、それで我慢して」

 犬のように盛りついたジャックをキィマが笑いながら宥め、ジャックは「放課後、絶対だからな」とこれまた嬉しそうにしてキィマの太腿を触り始めた。尾行開始から全然時間が経っていないが、これ以上は見てはいけなさそうなので慌てて教室に退散した。

 …ドッと疲れて机に倒れ込むと、隣の席に座るメーティスが不思議そうに見下ろして、

「どうかしたの?」

「いや、ジャック達の彼女がどんなもんかと思ってな」

 メーティスはその説明では何も分からないようでますます首を捻っていた。ふと、先程のキィマの様子を思い返してメーティスを見つめた。…明らかに子供っぽいメーティスと比べると、キィマは分別のある大人のように思えなくもない。…その彼女を選んだというのは、ジャックなりにメーティスへの想いに決別したことを意味するのではないだろうか。

 まぁ、俺には彼らの考えは分からないし、彼らのことに干渉するべきでもない。あの2人が彼女と幸せに過ごせるならそれでいいと思った。


「まさか君に呼び出されるとは思わなかったよ。最近は女の子達にばかり詰め寄られていたからね」

 学年内でのゴタゴタが少なくなって大分落ち着いてきた頃、俺はリードを連れてシノアと通っていたカフェへ赴いた。リードは忙しいと言っていたがその割りにはすんなりと俺の用事に付き合ってくれた。

「悪いな、そんなに時間は掛けないつもりだから。…アイスコーヒーでいいだろ?」

「いや、ホットがいいかな。アイスコーヒーは舌に合わないんだ」

 注文を終え、届くまでの間はダラダラと近況を話し合ったりして過ごす。聞くにリードはここ最近、全クラスの女子から一遍に交際を求められ揉みくちゃにされるという恐ろしい状況に陥っていたらしい。断れば断るだけしつこく粘着されたようだが、よく見ると顔に大きな隈が出来ているのはそのせいだろうか。

 各々の珈琲が手元に現れ、漸く本題に入る。と言ってもそう仰々しいものではない。両者が一口ずつ手をつけてから俺は訊き始めた。

「単刀直入になんだが、お前、クリスとのことは本気なのか?」

「…まぁ、それなりにね」

「クリスの事情、どのくらい知ってるんだ?」

 リードは突然何だという怪訝な顔をして暫し考え、「一クラスメイトとしての情報しか知らないさ」と答えた。

「俺の誕生日の時さ、お前クリスに告白してたじゃん。あの時のお前の言い方がちょっと引っ掛かってな、何か色々知ってそうだったしクリスから聞いたりしてたのかなって思ってたんだ。けど、クリスはお前に何も話してないって言ってたから」

「詳しいことは何も知らないさ。けど、まだ十代の少女が世界の命運を背負わされているという話だけでその心境は多少推し量れる。あの時僕が彼女に告げたのは、単に想像から裏付けた言葉に過ぎない。…それに関しては、君の方が彼女のために色々と出来る立場だろう?羨ましいよ」

 …クリスの力になれているつもりはないが…。とりあえず、リードが本心からクリスを愛していると言うなら、リードがクリスを支えてやるべきに思われる。先日のルイとレシナの様子を見ていてそう考えたのだ。

 以前相談した時、リードは人を好きになったことは無いと話した。それが嘘だったのか、クリスへの告白が気まぐれだったのかは分からない。だが、現状を見る限り、俺がこんなことを頼めるのはリードだけだった。左腕の時計は手に触れる度に冷たいが、そこにある友情を俺は信じたいと思った。

「俺には何も出来てない。…だから、俺はお前にクリスを慰めたりしてやってもらいたいんだ。クリスは今、責任を全部1人で抱え込んでる。俺やメーティスも仲間として協力していくつもりではあるけど、本格的にクリスと並び立てるのは2年になってからだ。それにあいつは、俺達にだけは手を掛けさせまいといつも躍起になる。…お前がクリスが好きだと言うなら、クリスの傍へと踏み込んでいく覚悟が誰よりも備わっているのはお前のはずなんだ。だから、俺やメーティスには出来ない、お前のやり方でクリスを支えてほしい」

 こう言うと、リードは俺をおかしな顔で見つめて首を傾げた。俺はリードが返答に迷っているのかと思っていたが、俺が更に頼み込もうとした直後にリードが呟いていた。

「驚いた…。意外な注文が来たもんだ」

「意外?何で…」

「だって君、クリスティーネさんのことが好きだろう?」

 俺は何を言われたのか一瞬分からなかった。まさか、リードにまでそう勘繰られるとは思わなかったのだ。俺がポカンと呆けて見つめていると、リードは珈琲を煽って一息つき、諭すように優しく告げてきた。

「僕から何かするにしても、クリスティーネさんの詳しい事情が分からない限りどうにも出来ない。けど、君はクリスティーネさんに選ばれてその事情を教えてもらえたんだろう?なら、クリスティーネさんが信頼しているのは君の方だ。僕じゃない。僕は勿論クリスティーネさんを支えてもいいけど、それは大した力にはならないよ。彼女のサポートは君の仕事なんだ。君がやるべきさ」

 開いた口が塞がらず、その後は俺の頭がまるで働かないために話はお開きになった。…俺はクリスが好きなのか?確かにクリスのことは大事にしたいと思っているが、それはメーティスに対しても同じことであり、俺はクリスと恋人になろうという気は更々無いのだ。

 …しかし、ここまでいろんな人にそう思われていると、本当はそうなのではないかと思えてしまう。ましてや俺はこんな異常者だ。ますます自分が分からなくなったような気がして堪らなかった。


 暫く悶々として過ごし、知らず知らずに春は過ぎていく。教室に犇めく情欲の恋人達がその愛を確かにしていくのを眺めている内に、期末テストまで迎えている始末だ。

 サラとの最後の勉強会を終え、テストは見事にクラス1位。考え込んでも仕方がないので、自分とクリスのことは一旦忘れ、間近に控えた卒業式に向けてサラとの日々を振り返っていた。彼女への感謝をどのように伝えようか、必死に頭を抱えて過ごした。

 しかし無情な程に早く、卒業式はやって来た。その日は天がサラを祝福してくれたかのように青空と桜が美しく映えていた。

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