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第20話 性と愛の差異

 クリスにメーティス、それにシノアは何をして過ごしているのだろう。この部屋に立ち入る者は他に無く、薄氷の静寂が包む中、俺とロベリアは隣り合ってベッドに腰掛けている。ロベリアは何も言わずとも俺との間に20cm程の距離を取り、ただ俺が言葉を発するのを待っていた。

 …俺から始めなくてはならない。だが、いきなり本題に入ろうというのも性急過ぎる気がしてならず、まずは取っ掛かりを得ようとロベリアを見つめた。ロベリアが微笑んで眼を合わす中、とにかく一言と思い切り頭に浮いてきた話題を漫然とぶつけた。

「シノアとは、仲良くやれそうか?」

「…うん、まぁまぁ。思ってたよりずっといい子で驚いたよ。ただその分、『この子がいたんじゃ私は振り向いてもらえなくてもしょうがないな』って、納得しちゃった」

 そんなことはない、と言おうとして引っ込めた。

「………喧嘩にならないか不安だったんだよ。お前、シノアのこと嫌いって言ってたから」

「うん、会うのが少し前だったら絶対喧嘩してたと思う。…でも今は、レムくんにはフラれたし、それでも1度でも抱いてもらえて自分なりにけじめがついた後だったしで、…色々と思う所があったからね。…さっきシノアさんと話してみて、向こうもいろんな気持ちを抱えてレムくんを慕ってるんだって分かったの。だからもう、シノアさんを嫌ったり出来ない気がする」

 …聞いて、少し驚いた。隠されたあの夜を、俺とロベリアが共に過ごしたのであれば、ロベリアはきっと復縁したと信じて恋人を名乗るであろうと考えていた。…だがこれを聞く限り、ロベリアは俺とのことを過去と割り切って話してくれるつもりであるらしい。それは俺にとって僅かにも希望となった。

「…医者に『彼女さんから貴方の話をお聞かせいただきました』って言われたから、別れ話が無くなったのかと思ってた。…俺はあの夜のことを覚えていない。俺がお前にしてしまったことへの償いはするべきだが、それがどれほどの規模なのか分からないままなんだ。そのためにも、お前にはあの日のことを教えてもらいたいし、自分のことも知りたい。…場合によっては、俺はまたお前の彼氏に戻ることも考えてる」

「病院には説明し易いからそう名乗っただけだよ。…少しの間会わなかったからかな、今は私も結構落ち着いてるの。前だったら何でもいいから復縁したいなんて思ったりして、それを押し通したかもしれないけど、今は違う。…責任を取るためや関係を保つためなんかで付き合ってほしくない。だから、償いなんて要らないよ。しなくていい」

 ロベリアは大きく首を振って微笑んだ。その表情は悲しく、今にも静かな涙が頬を伝うのではと思われる悲愴を感じた。それを眼にして、俺も漸く覚悟が決まった。

「…話してくれ。あの日お前が見たものを」

 ロベリアは俺と真っ直ぐ眼を合わすと、ゆっくり頷いて目を細めた。

「あの場所で、レムくんに私がさせたことは、多分レムくんの想像通りだと思う。ラムールからの夜道、諦めきれなかった私がレムくんに泣きすがって、『しよう』って。…だけどその瞬間から、レムくんは別人の言動を取り始めて私に抗わなくなった」

「…その別人ってのが、レミオなんだな?」

「うん。…『お姉ちゃん誰?』、『僕はレミオダルだよ』って、最初そんな風に私のことが分からないって言ってた。私も訳が分からなくなったけど、演技で他人のフリをしてやり過ごそうとしてるのかと思って、そのまま強引に連れていったの。…何かね、すごく小さい子みたいだった。いつもの、ちょっとお道化ぶった勝ち気で男らしいレムくんなんか見る影も無かったよ。…私が何かする度に唇を舐めて、目なんか純粋そうなまん丸で、見るからに繊細で内向的な子だったよ。慣れてくれるまでずっと緊張して怖がってるみたいだったし…。……あ、そうだ!左手!」

 ロベリアは何か思い至って俺の手を取り上げると、その甲をじっと見下ろして「やっぱりそう…」と納得したように頷いた。

「…左手がどうかしたのか?…この傷か?」

「うん、その傷のことだよ。レミオって名乗ってた時のレムくん、左手の傷が無かったんだよ。前髪ももうちょっと長くて…。だから私、途中でそれに気づいてから、本当に別人だったんじゃないかと思ってすごく怖かった。…でも朝起きた時に見たら傷があって、シャワー浴びた後レムくんが起きて普段の声で呼んでくれて安心したんだけど…」

「…見た目ごと変わったのか…。…そんな、作り話みたいなことが…」

 …聞き出しておきながら全く信じられなかった。現実にそんなことがあるはずがない、ましてや俺がそんな…。剰りの衝撃に頭が真っ白になり、ろくに考えることも出来なかった。ただロベリアの話をそのまま受け取るしかなくなった俺は、額を押さえて一心にロベリアを見つめた。ロベリアは前方を見るとなく見据えた。

「声もいつもより高くてね、喋り方もいつもと全然違うの。…多重人格なんじゃないかって、今でもそう思ってるよ。こういうこと、今まで1度も無かったの?」

「あぁ、無かった。…でも、俺は記憶喪失で9歳以前のことを覚えてないんだ。記憶喪失後に養子に貰われたから、その前の俺を知ってる奴もいなかったし…。けど、今聞いてる感じだと、何かそのレミオって奴が前の俺な気がしてくるんだよな…」

 ロベリアは俺の手を握ると、俯いて深く息を吸い、前のめりに顔を寄せてきた。

「…私、レムくんの味方だからね」

「…あぁ、助かる」

「うん。……それで、病院には、どうするの?…通院していくつもりなら、クリスティーネさん達にも事情を話すべきだと思うよ」

 そうして俺へと判断が委ねられ、俺も深呼吸して何とか考える頭を取り戻した。部屋を静寂が包む間、ロベリアは俺の手を擦って微笑み掛けてくれていた。

「…多分これ、精神科の案件だよな。そんなの通院してたら、っていうか通院がバレたら、また教室の馬鹿共が騒いで嫌なことになりかねん。…今のところ生活に支障が出てる訳でも無いし、レミオが現れる状況も限られてるらしいから放置でいいだろ。まぁそれでも、クリスやメーティスには話しておこうかと思う。一緒に生活してるんだから、また何かあった時に困るだろうし…」

「うん、そうだね。…それがいいと思う」

 …フルはレミオのことを知っているのだろうか。…いや、おそらく知っていて黙っていたのだろう。今後ユダ村に帰ったら聞き出さなくてはならないが、そうなると妹と俺との関係が疑わしいので恐ろしくなる。気を揉んでも仕方ないため、今はあまりその事は考えないようにしよう。

 ロベリアはベッドから立ち上がり、ドアへと少し歩いて此方を振り向いた。話すことは話し合ったと判断して、俺も部屋から送り出そうと立ち上がり、しかしまだ1つ明確にしていないことを思い出した。

「…なぁ、俺達、別れたんだよな?」

「……そうだね」

「…また、友達として始めても、いいか?」

 寂しそうに笑って眼を逸らすロベリアに、少し踏み込んでそう訊ねた。ロベリアは俺と眼を合わせると、目を丸くして突然笑い出した。意味を解せず首を傾げると、ロベリアは首を振って謝った。

「ごめん、ちょっとね…レムくんが不安そうにしてる時の顔、レミオくんに結構似てるから…何だか可笑しくって…」

「…お前、そうやって笑ってるけどな、知らない自分のことを人から言われるのは割と恐怖なんだぜ?」

「あははっ、そうだよね。…でも、そんなに怖がらなくていいと思うよ。私、レミオくんも可愛くて好きだし。レムくんとレミオくんがまとめて彼氏になってくれてもいいかなって思ったりしてるし」

「まぁ、放っといても無害な奴なんだろうなってことは分かったが…」

 クスクス笑っているロベリアだが、俺は流石に同調して笑える程呑気な気はしていない。笑おうとしてもどうにも引き攣ってしまい、ロベリアはそれを余計に面白がっていた。

 ふと、ロベリアは息を整えると両手を後ろで組んで俺を見上げ、今度は優しく笑っていた。

「ねぇ、友達が何人出来るかの勝負、結局私が勝ったんだよね?」

「…まぁ、そうだな。リードを人数に加えてもお前の方が圧倒的に多い訳だし」

「だよね。…じゃあ、勝者から敗者に1個命令。…レムくん、今度はちゃんと好きになった人と付き合ってください。関係が壊れるとか責任がどうとかは二の次で、好きな人と一緒になるって約束してください。…これからは友達として仲良くしていくから、レムくんは私に限らず自分が好きな人を見つけて、その人との幸せを考えてください。…私も、レムくんに好きになってもらえるように友達からやり直します」

 ロベリアの眼は強かった。俺もロベリアの想いに応えようと、一瞬も眼を離さず聞き遂げて、そのまま大きく頷いて答えた。

「…分かった。約束、守るよ。…俺も誰かを好きになれるように、自分や周りの人のこと、ちゃんと考えていこうと思う。…今日の話を聞いて、今まで誰が俺の邪魔をしていたのか分かったからな。理由も分からず人を好きになれなくて苦しんだ日々とも、もうさよならだ。…ちゃんと自分を分かっていくって決めたんだ」

 ロベリアは満足そうにそれに頷くと、俺の手を取って、

「うん、それでいいと思う。…じゃあ、行こっか。まずは皆に話さなくちゃ」

 ドアへと向かって引っ張っていく。

「…早速事情を話すのか?シノアにも?」

「怖い?」

「………いや、行こう」

 勇気を出して廊下に出ると、彼女達が待っていた。共に1つの部屋に集まって俺のことを打ち明けると、皆それを受け入れて『改めてよろしく』と笑い合った。いい友達を持ったな、と危なく涙が溢れるところだった。

 菓子や遊戯を持ち寄って、そのまま寝落ちるまで馬鹿騒ぎ。ロベリアとシノアも笑っていた。シノアは俺が謝ると、謝られる覚えは無いと笑って制していた。


 プールから数日後、俺は納期に近づいて過激化したアルバイトに追われながらも、恋愛感情の何たるかを追究していた。アカデミー通信の納入まで1週間を切り、その作成の手伝いをすることになったため最近はクリスと共同で動くことが多い。…そのために、同年代の女子が常に隣にいる状況下に置かれ、プールの日以来自分に起こっていた変化に逸早く気がついた。

 6月頭の辺りから2ヶ月間、おそらくレミオによって恋愛感情を抑えられていたのであろう俺は、同時に性的な欲求も封じ込められてきた。しかし、ここ最近、俺は長髪を鋤き上げるクリスの艶かしさや、無邪気に近寄るメーティスの巨乳に幾度と無く心を動かされていた。それはつまり、俺自身が既にレミオの抑制から解き放たれているということを表していた。

 俺がレミオの存在を認知したためか、俺がその制約に抗うと心に決めたためか、それは分からない。だが、今の俺の状態を考えれば、俺はロベリアとの日々で果たせなかった『交際による愛の構築』を成せるのではないだろうか。そんな考えも起きないでもなかった。

 当然、今となってはそんなことをするつもりは無い。好きになった相手と付き合うとロベリアに誓った。そうであれば恋愛に妥協せずにいくことが道理なのだ。情事のために恋人を作るなどナンセンスであり、そんな不誠実を晒すくらいなら風俗にでも行くのが余程誠実と言えるだろう。

 …だから俺は現在、親友達に決して手を出すまいと踏ん張っている。…いや、当たり前の努力なんですけどね。

「もうすぐアルバイトも終わりだね~。お金入ったらさ、皆で買い物しに行こうよっ!レムがロベリアさんと付き合い始めてから3人揃ってお出掛けってしてなかったし、私秋物の服見たいの!」

「そうね、2人も頑張ったものね。…休まないとまたレムに怒られちゃうし、私も一緒に遊ぶわ」

 家への帰り道、元気に笑うメーティスと悪戯な微笑を横目で俺に向けるクリス、そしてアルバイトで疲れ切った身体を伸ばし大きな欠伸を漏らす俺。…何だか、嘗ての俺達に戻った気がしていた。

 ふと前方から走ってくる男があり、見知っていたので俺達の視線は自ずと彼に集まった。白いジャージを来てリズム良く走る赤髪の彼、リードは、視線に気づいて少しずつ速度を落とし俺達の前で立ち止まった。

「やぁ、久しぶり。お揃いでお出掛けかい?仲良いね」

 爽やかなリードの笑みに、メーティスはニコニコして首を振った。リードの方は訊かずともジョギングと分かるが、確かに俺達の方は事情を知らなければ寮から出掛けているように見えるだろう。

「ううん、今日はもう帰るんだよっ。夏休みの間ね、クリスん家にお泊まりしてるの」

「へぇ、そうなのか。それは楽しそうだね。…あぁ、そうか。アカデミーでバイトしてるんだね。学校から歩いてきたのはそういうことか」

「うん!リードくんはジョギング?私とレムも先月はしてたんだけど、今月は忙しくて…」

 メーティスは誰にでもこんな風に楽しそうに話し掛けるのだが、それにしてもリードとは随分とたくさん喋る。俺はロベリアと休み時間を過ごすようになって知らなかったが、リードはクリスとメーティスの両方に普段から話し掛けているらしかった。

 見るとクリスも安らいだ顔をしてリードとメーティスを眺めており、彼女ら2人がリードと過ごしていた時間というものを感じた。

「ここで会ったのも縁かな、良かったらまた近い内に出掛けようよ。レムもね」

「お?…おー、そうだな。丁度さっき買い物しようって話になってたんだよ。お前も一緒に来ればいいさ」

 唐突に会話の矛先が俺に向かい、俺は驚いて咄嗟の返事を取った。すると、メーティスはプクッと頬を膨らませて俺に詰め寄ろうとし、そうかと思うとリードを一瞥して溜め息をつきながら後退っていった。

「…じゃあ、リードくんも一緒ね。9月11日がアルバイトの最終日だったはずだから、…9月12日に寮まで迎えに行くよ」

 あからさまに残念そうにしているメーティスに、リードはフッと面白そうに笑って首を振った。

「いや、いいよ。折角3人で行こうとしていたんだから3人で行っておいで。僕はまた日を改めて誘いに来るよ」

 クリスも俺も釣られて笑い、メーティスが1人申し訳なさそうにリードを上目に見つめていた。リードは「じゃあ、良い夏を」と寮へ走り始め、俺達はそれを見送ってまた帰路を行き始めた。


 家へと近づいてきた頃になり、「用事思い出した」と告げて2人を先に行かせると、俺はまたリードを追って寮へ遡っていった。…この頃悩んでいる議題の答えをリードなら知っているような気がしたためだ。

 事務室で訊けば部屋も分かるだろうと寮のロビーへ駆け込むと、背後から「おや?」と珍しく間の抜けた声を上げてリードが現れた。先程と格好が変わらない所を見ると、どうやら何処かで寄り道して来たらしい。

「どうかしたかい?何か用事?」

「んや、用事って程の用でも無いんだがな。人生相談的なやつ?」

「ふむ…。まぁいいよ、外で話そうか。面白そうだ」

 リードに連れられて寮の裏へと回り、薄暗い軒下に座り込んだ。リードは俺の様子を盗み見つつポケットからライターとボックスを取り、少し縒れた煙草に火を点けた。

「…お前、煙草なんか吸ってんの?」

 目を丸くして驚く俺を脇に見て、上向きに一服し、2指の付け根に挟んだ煙草を軽く揺すって振り向いた。リードの吸い方やソフトボックスを選ぶ渋いセンスに、玄人的な雰囲気を強く感じた。

「うん?…まぁぼちぼちね。クリスティーネさんには叱られたけど、そう簡単にはやめれなくてね」

「へぇ…。何かイメージに合わなくて笑いそうになったわ。…つーか、教師に見つかったら怒られるだろ。寮の傍で吸わない方が良くないか?」

「そんなこともないさ。1年の男子が煙草を喫むのなんて通例だからね。何なら酒だって寮で嗜んでる奴らが多いよ。どうせ進級すればそんな娯楽やりたくても出来なくなるんだ、やった方が得さ」

 そう笑ってまた一服。リードが心地好く白煙を吹くのを眺めていると、俺の顔に好奇心でも見て取れたのか、「1本やるかい?」とボックスの口を差し出された。

「いいのか?」

「1本ならね。それ以上は自分で買っておくれ」

「…美味いか?」

「初めてなら良さは分からないだろうね。18mg(ミリ)の『ラヴィンヘル』だ。少しキツいかもしれない」

 煙草の種類など言われても分からないが、物は試しに受け取った。リードを真似て2指で掴み、口に運ぶとリードがライターの火をくれた。もくもくと煙を上げたそれに戦いて、一時は息を止めて燃え殻に眼を寄せたが、穏やかに眺めてくるリードと眼が合って意を決し勢い良く吸い上げた。

 一気に胸を充たした熱い苦味に堪らず煙草を離し、思いっきり噎せ込んだ俺をリードが愉快そうに笑っていた。

「あぁ、やっぱり駄目だったか。どうだい、初喫煙の感想は」

「ゲホゲホッ…こ、これ、悪いけどさ、…ゴホッ…、苦い、辛い、クッソマズい…」

「ははっ…まぁ、そんなもんだよ。煙草なんか格好つけて喫むもんさ、味が気に入って喫み始める奴なんか少数だよ。喫みたくなったら喫めばいいし、その気が無いならこれきりにするべきだ。元々喫む歳じゃあないんだから」

 楽しそうに告げながらまた一服と洒落込んでいるリードが酷く大人びて見え、俺は対抗してまた吸っては顔をしかめて笑われていた。それを暫く繰り返していると、リードが思い出したように首を傾げた。

「それで、何の用だったんだい?何か相談だったんだろう?」

「あ、ワリィ、忘れそうだった」

「まぁ僕はこのまま喫み続けるでもいいんだけどね」

 俺は燃え殻を地面に擦って一息つき、早速本題に入らせてもらった。リードは微笑んで身体を僅かに俺へと傾けて聞いた。

「いやさ、人を好きになるってどういうもんなのかって訊いてみたいんだよ」

「何だい、それは。…笑う所なのかい?」

「いや、割と真剣なやつだ。ほらお前って女性経験多そうだし。何かモテ男のアドバイスみたいなのねぇの?」

「随分な言われ様だね」

 リードはカラカラと笑って一服つき、地面に擦って火を消した煙草を指先ではね飛ばして答えた。

「悪いけど僕に恋愛の極意を聞くのはお門違いだよ。僕は仲良くしてくれる女性には出来る限りのサービスをする主義なだけさ。その延長に交際することもあるという程度で、僕から人への好意なんてものは無いに等しいよ」

「そうなのか。…疲れるだろ、それ。好きでもないのに相手するってさ、滅茶苦茶精神磨り減らないか?まぁ相手の子には失礼だし申し訳ないけどさ」

「だからこうして煙草に頼るんだよ。やたらモテるってのも辛いもんさ」

 最低なシンパシーに俺達は笑い合った。長く思い詰めていた反動もあって、誰かとこうして嫌味無く笑い飛ばしたかったのかもしれない。

「そうは言うけどさ、お前クリスとは前に1回デートしてたろ。メーティスともよく話すらしいしさ、ぶっちゃけ本命はどっちなんだよ」

「僕はそういう気は無いよ。彼女達とは純粋に仲良くしたいだけさ。まぁクリスティーネさんに関しては勇者の末裔だという興味が無い訳でもないけどね。…君こそ彼女達とはどうなんだい?」

「俺だってあいつらとは普通に友達だっての。勝手にあの2人との噂立てられてるけど、大体俺、最近まで別に彼女いたし。…そもそも女子が勝手に色々言い過ぎなんだよ、何であいつら人の恋愛事情にズカズカ踏み込んでくんだよ。お前も何か言われたりしねぇの?」

「僕は言われたこと無いな。まぁ僕が手広く仲良くしていて特定の誰かとそうなるイメージが無いからかもしれないけどね」

 …そうして気がつくと空が真っ暗になるまで話し込んでいた。リードとじっくり話すのも初めてだったし、恋愛ごとについて遠慮無く同じ立ち位置で話し合えたのも初めてだった。他の友達とは共有出来ない時間を過ごし、リードとの距離が随分と縮まった気がした。

 色々と話せたが、結局、恋愛の真理など人に訊くものではないなということと、やはり性欲と愛とには明確な差があるものだということを理解した。リードは女性の相手をしたことはあれど、恋愛感情を抱いたつもりは無かったと話した。…一見して外道のような話ではあるが、それは人がひけらかさないだけでよくある話であり、寧ろ自身のそうした姿勢を正当化しない辺りに好感を抱いた。

 ふと思ったのが、もし俺に心から愛する人ができて、いざその人と身体を重ねようという時に、果たして俺はレミオに変わることなくその肌を抱けるのであろうか。…それを確かめる術は無い。

 性を営むが故にレミオが現れるのか、愛を深めるが故にレミオが現れるのか…。おそらくはそのどちらかであるが、その2つには明確な違いがあり、それは一概に唱えられるものではないのだろう。

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