第17話 焦り早まる盲の少女
今回はちょっと長すぎですが、自分的にキリの良さを優先しました。皆さん眼が疲れたらしっかり休んでください。
「とーちゃーく!…わぁ、相変わらず眺め凄い!ねぇねぇ、凄いよほら!」
踊り場へと駆け上がり、わーきゃーと楽しそうに回るメーティスに、少し後を走って追いついた俺は呆れた眼を向ける。…こいつ、地味に俺より体力あるんじゃないか?…そんなことを思いながら、2人してお目当てを探して辺りを見回した。
…ジョギングを始めた翌週、俺も選ぶのに付き合って買い求めたグレーのスポーツウェアを着たメーティスと、一緒に並んでのジョギングを始めた。元々一緒に走りたがっていたメーティスだったが、黒猫のセスを話題に出すと地団駄を踏む勢いで同行を訴えた。
クリスの帰宅までには帰られるよう、セスのいる場所を目的地として真っ直ぐ行って真っ直ぐ帰るコースにしてあるが、それではトレーニングとして物足りなくなる。丁度良くスポーツ店に訪れたので、そこでダンベルを1つ買っておいた。ジョギング後、入浴までの時間で使って鍛えることにしたのだが、思ったより辛くて若干挫けかけている。
また、勉強は自力でやってはいたのだが、どうしても俺の頭では理解し辛いものが出てくる。それを訊こうにもクリスは熱心に書物を耽読しているし邪魔したくない。メーティスに訊いたとしてもクリスは自分のことを後回しにして勉強を見てくれようとするため、俺は部屋では2人の手を借りないことにした。
しかし、その代わり、授業中での質問を積極的にやるようになり、またそれで理解出来ないようならサラを図書室に呼んで教えてもらうようになった。…セスのお蔭で気持ちを切り替えられたことと、元気なフリをしていたのが自己暗示になったのかもしれない。思えば俺は長いこと悩み過ぎていた。アニマルセラピーの有用性を理解したのと同時に、『切り替えは大事』なんて俺がクリスに言えたことではなかったなと省みた。
…ただ、唯一の問題は、
「きゃ~、セス~!いい子にしてた~?偉い偉~い!」
セスを独り占め出来なくなったということだ。メーティスがミルクや水、餌を持っていくようになってからセスがメーティスにばかり甘えているため、その背中を細々と撫でながら少し寂しくなった。
…ただまぁ、メーティスとセスが仲良くしているのを見るのは好きだからいいだろう。これがロベリアだったら、俺は心の支えを完全に失っていた気がする。…何て最低な彼氏だろう。
最近はクリスの正体が生徒の間で広まってきていて、教室ではクリスが大勢の生徒に囲まれて話し掛けられている。クリスも話し掛けてもらえることは嬉しいようで、やんわりとしか距離を取らない。俺やメーティスは教室でクリスと話せなくなっていた。
俺はロベリアと廊下で話して業間を潰すようになり、メーティスはジャックやルイを中心にいろんな生徒と仲良くなっているらしい。それぞれが別々の時間を過ごしがちになり、部屋でも奇妙な距離が開きつつあった。…こんなことでいいのだろうか?
「…よし、ごちそうさま!…じゃ、俺用事あるから」
考え事をしている内に昼飯を食べきって、水を一気に飲み干すとトレイを持って立ち上がった。ロベリアはそんな俺を見上げると、また悲しそうに食べかけのスープを見下ろした。
…食事中に相槌ばかりでろくに話を聞かなかったのがいけなかっただろうかと、「…ロベリア?」とトレイをテーブルに置いて覗き込んだ。ロベリアは俺を一瞥するも、一層不安そうにして俯き、膝の上の両手を強く握っていた。
「レムくん…私のこと、嫌い?」
「はっ…?…まさか、そんな訳無いさ。…まぁ、最近ちゃんと相手出来てなかったかもな…。それはごめん」
ロベリアはブンブンと首を振り、今にも泣きそうな小声で、
「…放課後、いつもメーティスさんと何処に行ってるの?……付き合ってるのかって、2人とも噂になってるよ」
俺は思わず呆けてしまったが、納得してくると腹が立ちながらも笑い掛けてロベリアの頭を撫でた。…ったく、クラスの奴らも目敏いもんだな。そんなこと気にするくらいなら勉強してろよ、暇人共が。
「メーティスとはクリスが帰るまでジョギングしてんだよ。そーゆーアレじゃねぇ。…っつーか、お前もメーティスが俺に気が無いの分かってんだろ?」
「…わかんないよ…そんなの」
ロベリアは忽ち責めるような険しい顔をして、抑え気味ながら声を荒げていた。周囲にいた数人が振り返って見ていたが、そいつらの眼の愉しそうなこと…。…俺はロベリアを落ち着かせたい一心だった。
「だいたい、レムくんはいつも昼休みどこに行ってるの?女の先輩と一緒に仲良さそうにしてるの、私見たよ?…教室ではレムくんとメーティスさんが付き合ってるかもって言われてっ、クリスティーネさんだって、勇者の子孫だか何だか知らないけど…いつも遠巻きにレムくんを見たりして身分差恋愛だって陰で騒がれて…!……彼女は、私なのにっ…!」
「ちょっ…待て、落ち着け!…クリスもメーティスも、ましてやサラ先輩も俺は何とも思ってねぇよ!向こうだって俺をそんな風に見てねぇし、全部ゴシップ好きの馬鹿女達が勝手言ってるだけだって!俺の彼女はお前だ!それが全てだろ!?」
「だったらもっと!もっと私を構ってよ!何で私を放ったらかしにして他の女の子と遊ぶの!?それに左手の、シノアさんって子のことだって!文通だって許したんじゃないんだよ!?友達だからって、信じろって言うから我慢してたのに…私が何も言わなかったら次々他の女とくっつきに行くの!?」
「い、…いやっ、だから!遊びとかで一緒にいるんじゃなくて…その、ジョギングとか…勉強も見てもらわねぇとだし……シノアも、ほら、同年代の友達初めてっていうから…相手してあげたいし……」
声が大きくなってきたロベリアは、周りの生徒の視線を浴びながらも顔を真っ赤にして身体を震わせていた。俺が徐々に答え難くなり口調が尻窄みしていくと、ロベリアはとうとう堪えきれず立ち上がった。
「それが嫌だって言ってるの!ジョギングなら私が付き合うし、勉強だって一緒にする!シノアさんなんて、人の彼氏と文通したがるような、そんな捻くれた人のこと気にする必要無いでしょ!?」
「ち、ちょっと待て…お前……」
「一番気に入らないのはシノアさんよ!顔だって見たことないけど、レムくんに怪我までさせておいてどの顔して私達の間に割り込んでくるのって話だよね!?最初に聞いた時から嫌いだったよ!初めての友達とか、そんなのどうせ気を引きたくて言ってるだけじゃないの!?恩人にまで迷惑掛けるような女に友達なんか出来なくて当たり前よ!」
この事に関して諸悪の根元は自分だと分かっているが、シノアの悪口だけは聞き逃せなかった。俺はロベリアの両肩を掴み、鼻先を突きつけて叫んでいた。
「いい加減にしろ!シノアは何も悪くねぇんだよ!悪いのは俺だ!全部優柔不断な俺のせいなんだ!…シノアを罵るのだけはやめろ…やめてくれ…!」
激怒したまま俺を睨むロベリアは、不意にその眼から熱を引っ込め、俺を突き放すと給食を食べ残したトレイを持ち上げた。ロベリアは俯いたまま、今度はぼそぼそと低い声で告げた。
「来週からテスト勉強期間だよね。だから、テストが終わった後の土曜日…8月8日に出掛けてちゃんと話そう。…『ラムール・ドゥ・ロー』で」
「分かった、ちゃんと話し合おう。ラムー……って、それ…バーじゃなかったか?…未成年だぞ」
「アカデミーの生徒だって言えば許してもらえるよ。…いつかのお礼に何でも1つ言うこと聞くんでしょ?」
有無を言わさぬロベリアの物言いに、俺は気圧されて渋々頷いた。ロベリアはそれを見届けると、「夕方に迎えに行くね」と告げて通り過ぎていった。見送りながら、過去の自分の、告白を受け入れた浅はかさを悔いた。
一手目を明確に間違えた。修正など出来ない。愛の無い交際など、初めから上手くいくはずもなかったのだ。…彼女と別れるための言葉を探すのは、テストが終わってからにしよう。
数分後、とぼとぼと歩いてきた俺を、図書室の前で壁に凭れて待っていたサラが満面の笑みで出迎えた。
呼んでおいて会わないのは変なのでサラとは予定通り図書室で合流すると決めていた。ただ、さっきの今で勉強を見てもらう気などあるわけもなかった。
「すいません、先輩。…わざわざ来てもらって、待ってもらってましたけど、…今期はもうこれで終わりにさせてください。本当、ごめんなさい」
深く頭を下げた俺に、サラは当然戸惑って、掛ける言葉に迷いながらあわあわと両手を胸の前で広げていた。そして俺が顔を上げると、首を傾げて優しく笑って訳を訊いてきた。
「えっと、…その、彼女さんに怒られちゃった?」
「えぇ、まぁ…。さっき見てました?」
「あ、さっき怒られたんだ。…見てないけど…あらら…。運が無かったね。…じゃあ、私から謝っとこうか?」
「いや、そんな…!いいですからっ、俺の問題ですし…。それに、相手誰か分かんないでしょう?」
サラはきょとんと目を丸くし、「クリスさんじゃないの?」と不思議そうにした。…何で誰も彼も検討違いなカップリングするんだ?
「違います。…言っときますけど、メーティスでもないです」
「そうなの?…あー、じゃあ私から謝っても拗れるだけか。…頑張ってね。彼女さんのお許しが出たらまた勉強教えてあげるから」
「ありがとうございます。…でも、俺、そいつとは別れるんですよ。後期からお願いします」
サラは「おおぅ…」と身を引いて苦笑いし、引き攣ったまま静止した。面倒なことに巻き込んでしまって申し訳ない。…しかし、サラはふと楽しそうにニヤついて俺に顔を寄せてきた。
「何?ひょっとして私に乗り換えるの?…駄目よ?魔人は人間と恋愛しちゃいけないの」
「…そうなんすか?…いや、じゃなくて、別にそんなつもりないですし…」
「そう…。ま、何にしても頑張って」
サラはヒラヒラと手を振って去ろうとしたが、俺はついその手を掴んで引き止めていた。振り返ったサラに「何かアドバイスとかありませんか?」と訊ねると、サラは難しそうに唸って腕を組んだ。
「…アドバイスが欲しいってことは、その子とは今後も仲良くしたいの?」
「まぁ、はい、そうです。…また、友達として…」
「そっかぁ…。私もジーンくんとはそんな感じだったしなぁ。…でも、私ってこんなだからそんなに揉めたりしなかったし…。う~ん、…ごめん、気の利いたこと言えないな」
「はぁ、そうですか…」
まぁ、自分の頭で考えて言わなきゃ駄目だろうし、寧ろ聞かなくて良かったかもしれない。ありがとうございました、とまた頭を下げた時、サラは「あっ」と思い出して俺の手を取った。
「ごめん、忘れるとこだった!実はね、クリスさんに言って1回だけ訓練を見学させてもらえることになったの!メーティスさんも連れて金曜日に武道場においでよ!」
一瞬、何を言っているのか分からなかったが、どうやらクリスの戦闘訓練の様子を見せてもらえるらしい。今週の金曜日でクリスの戦闘訓練は一時中断、後期からまた再開となる。クリスは夏休みの間もお願いしていたらしいが、マイクはそれを断った。…多分、マイクもクリスを気に掛けたんだと思う。
そして、言い渡された金曜日の放課後、クリスと横並んで武道場へと向かった。俺とメーティスは場所が分からないので、クリスの案内が必要だったのだ。
「レム、ロベリアさんがいるでしょうに此方に来ていいの?メーティスも、戦闘訓練なんて見てても面白くないわよ?」
クリスは素っ気無く左右の俺達に声を掛け、俺も、おそらくメーティスも、クリスの態度にムッとして同時に顔を寄せた。クリスは驚いて身体を跳ねさせその場に立ち止まった。
「お前、いつまで勝手言う気なんだよ!傍にいる俺らがお前の苦労を知れないのがどんだけ息苦しいか分かんねぇのか!?俺らが1番気の知れた友達なんじゃねぇのかよ!事情だけ伝えて何もさせないとか、俺らがそんなの納得すると思うのか!?」
「そうだよ!私達友達でしょ!?ちゃんとクリスを支えたいし、一緒に頑張りたいんだよ!」
「わ…分かったわ、分かったから…!……その、ごめんなさい。…ただ、……いえ、ごめんなさい」
クリスは慌てて頭を下げ、俺とメーティスは顔を合わせて少し笑った。そして顔を上げたクリスと共に歩き出すと、クリスはほんのり頬を赤くして最近は見ることの無かった嬉しそうな微笑みを浮かべていた。
「けど、何で突然見学許したんだ?気が変わったのか?」
「前期では最後で区切りがいいし、元から見学は絶対に嫌という訳でもなかったのよ。…ただ、見られるなら恥をかきたくなかったし、余裕を持って臨みたかったから…。以前断った理由はそれだけなのよ。…誤解を与えたようで、申し訳ないわね」
クリスのそんな告白に、俺もメーティスも2人して面食らっていた。要は、俺達の不安は杞憂だったのだ。クリスは俺達を他人扱いして安全な場所に追いやっていたのではなく、最初から俺達のことも大事に考えてくれていたのだ。
…俺達3人とも、少し我が儘だったのだなと、何だかやけにホッとした。
武道場の内観は体育館とほぼ同じだった。違いと言えば床に張られたテープの位置くらいで、あとは窓の配置やカーテンの配色までそっくりそのままだ。中心にはマイク、サラ、ジーンが談笑して佇み、少し奥では体色の赤いゴーレム2体を両脇に従えて、いつかの面接で試験官をしていたシスター姿の女性(この人がレイラ先生だと思う)が楽しそうに笑って眺めていた。
マイクは俺達に気がつくと、「来たか」と手招きして右側の壁を親指で指した。
「レムリアドとメーティスはあっちでレイラ先生と見学しててくれ。訓練中クリスが危ない時があるかもしれないが、下手に飛び出したりはしないでくれよ。こっちも庇いきれないこともあり得るからな」
クリスはマイクを通り過ぎてジーンの傍に立ち、残る俺達は「はい」と声を揃えて壁に移動した。レイラもゴーレムを置いて俺達に近づき、交互に笑い掛けた。
「よろしくお願いします、レムリアドくん、メーティスさん」
「あっ、はい。よろしくお願いします」
「よろしくお願いしまーす!」
返事の後、すぐにレイラは俺達の間に入ってマイクらを向いた。その視線を追って向くと、マイクはゴーレムの傍に立って3色のプレートを2枚ずつ用意し、クリスは先輩2人と同じように皮の鎧と兜、そして盾を身につけてゴーレムを見つめていた。サラの手には槍のような見た目のメイス、ジーンは厳つい大剣を担ぎ、クリスは左腰に鞘をつけてロングソードを引き抜いた。
マイクが背後からゴーレムの眼前に赤いプレートを差し出し、続いて半透明な黄色いプレートを差し出す。おそらくそれが戦闘開始の指示なのだろう。ゴーレムは2体共プレート越しに3人の戦士を見て、プレートが退けられると素早く掛け出した。
「戦闘開始!」
マイクは叫んで飛び退き、対する3人の表情も鋭利さを帯びる。ジーンはゆったりと歩き、クリスとサラは彼を残してゴーレムへと駆け寄っていく。その2人とゴーレムは互いにぼやけた影になり、眼にも留まらぬ素早さ…もはや生物を超えた高速で動き回る。それらの影は舞台を駆けて互いに追い合い、追いつかれてぶつかり一瞬立ち止まっても、すぐに動き出して見えなくなる。
途中、俺達の前を大きなカーブを描いて影が通り過ぎた。靡く長髪と残像を残した金の眼光で、辛うじてそれがクリスであると気づく。…クリスが人間でないことと、魔人や魔物の脅威、…そしていずれは俺達もそうなるのだと言う事実にただ愕然とし、懸命に戦うクリスを応援するような殊勝な感情は何処かに忘れ去られた。
見ると、床のあちこちに水滴が散っている。…教科書で知った話によれば、魔人も魔物もHPが半分を切ると魔因子の過剰稼働で発汗するらしい。もうすぐ誰かが倒れるだろうことは分かったが、生憎動きが速くて誰が汗を掻いているかなど判別出来なかった。
その内、2つの影が同時にジーンに近づいていく。ジーンは大剣を大きく左に振りかぶり、次の瞬間にはそれが右に振り払われていた。2つの影は床を転がっていき、その減速と共にゴーレムの姿となって静止していった。
他の2つの影もジーンの傍に駆けつけ、ぼやけていた影はゆっくりとクリスとサラの姿を現していった。マイクは青いプレートをポケットから取り出しながら歩き出し、「戦闘終了!」と声を張った。クリス達は息をついて、ここが駄目だった、あそこはこうだった、などと戦闘を振り返っているようだったが、結局俺には何が何だか分からなかった。
マイクが青プレートをゴーレムに見せ、レイラがゴーレムに触って何かしている中、クリスは俺達に笑い掛けて『どうだったかしら?』とでも言いたそうに首を傾げていた。俺は呆気に取られ、メーティスもポカンと口を開けて目をパチクリさせるばかりだった。
戦闘訓練は休憩を挟みながら続き、1時間掛けて終了する。寮への帰り道、メーティスは素直にクリスを凄いと褒めていたが、俺にはそこにいるクリスが別人のように思えて仕方なく、何の声も掛けられずにいた。
クリスは少し寂しそうに俺達を見て、またいつもの優しく悲しい笑みを浮かべた。
…テスト期間が終わり、終業式を迎えた日の夕方、部屋で待っていた俺を尋ねてロベリアが現れた。最後に話した昼と変わらず、ロベリアは暗い面持ちで俺の腕を引いて寮を出た。事情を知らないクリスとメーティスはぽーっと俺を見送り、俺も2人には何も告げぬままロベリアについていった。
テストの結果はあの2人と同着でクラス1位、全教科満点の出来だ。お蔭で勉強への後悔や不安も無く、真っ直ぐロベリアのことだけを考えて今日を迎えられた。…俺も覚悟を決めて、ロベリアに打ち明けるつもりだった。
着いたバーは時間が早いためかガラ空きだった。…こんな所に来ておいてこう言うのも妙だが、俺達は酒を楽しみに来た訳ではないため、飲み物はパッと眼に着いた安いカクテルにして注文を終えた。
「レムくん知ってる?魔人になるとね、お酒も煙草も効かない身体になるんだって。だから人間としての最後の1年、アカデミー生は禁酒法も喫煙禁止法も免除されるんだよ」
「…それが、バーを選んだ理由か?」
「半分ね。…2人で一緒にお酒とか飲んで、煙草なんか吸ってみたりして…それで、レムくんに初めてをあげられたら、安心して2年生になれるから。…処女のままじゃ魔人にもなれないし、器具でそっちを卒業するのも嫌だし…」
…魔人には肉体の欠損を魔人化以降の状態に回復する力がある。それはつまり、どんな些細な傷をも、本人が了承した貫通傷までも元に戻してしまうということになる。…そうなれば女性は交わる度に激痛に苦しまなくてはならなくなる。…だから魔人化施術に向けて女子生徒は処女を捨てなくてはならない。
ロベリアは淡い桃色のカクテルを煽り、その一口の内に肌を赤くした。俺も同じものをグッと煽り、腹から込み上げる弱い熱に額を焦がしていった。
「…今日は煙草も無い。お前と夜を迎える気も無い。俺は、お前とケリをつけるために此処に来たんだ」
「……やっぱり、そうなんだね。…1ヶ月…短かったね」
「…本当は、最初から付き合うべきじゃなかったんだ。俺はお前が好きなんじゃなかった。誰を好きにもならなかったのに、関係が壊れるのばかり恐れて曖昧にしていたんだ」
俺は今までの全てを打ち明ける。決意は堅い。しかし、ロベリアはそれを聞く内に俯いていき、俺への返事も擦りきれたように小さくなった。
「俺、どっかおかしいんだ。…一緒にいればお前を好きになると本気で思ってた。その内お前と会うのが嬉しくなって、一緒にいるだけで楽しくなって、どちらともなく身体を求めるんだろうと……でも、俺はお前を好きにはなれなかった。勿論嫌いじゃない。けど、『嫌いじゃない』『仲良くしたい』は、…どうあっても『愛してる』にはならなかったんだ」
「…分かったよ。…はっきり言って…」
「シノアのこともそうだ。お前に対してのそれと同じに、俺は誰も好きになれない。好きになろうとすると、胸の裏側で何かが邪魔するんだ。女に心が揺れる度に、誰かが心を抑え込むんだ。…俺も、何でそうなのか分かんないけど、…これ以上は無理なんだ」
「やめてって……はっきり言ってよ…!言い訳なんかしなくていいんだよ…!」
ロベリアの声に、カウンターの向こうからマスターが覗いて見ている。手元のグラスが宝石のように鮮やかに輝いている。天井から差す朱色の明かりも、全て華やかに見えた。…綺麗だったはずの場所に踏み入った歪な異分子が俺だ。…俺は1人、此処から去らなくてはならない。
「別れよう」
返事は無い。ロベリアは俯いたまま。…俺は立って彼女を見下ろし、痛む胸を押さえて「帰る」と背を向けた。ロベリアの手が力無く伸びて裾に触れたが、断腸の思いで振り払い足早に会計に向かった。1クルド置いて、マスターに「お釣りは彼女に」と伝えて飛び出した。
…この季節にしては剰りにも寒い。夜風に当たってそう思った。…最低の気分だ。ロベリアは今頃泣いているだろうか。…でも、これで良かったんだ。ずるずると引き延ばして傷を深くするよりは、ずっと良かったんだ。
辺りも構わず自分に言い聞かせ、覚束ぬ足を見下していると、不意に背中へと柔らかい女の感触が抱きつく。…振り返りもせず、覚えのある体温に胸を熱くさせ、
「もう終わりだ。…ロベリア」
ロベリアは、きっと首を振っていたと思う。彼女の顔は見えていないし、俺も振り向くような真似はしなかった。
彼女は静かに、しかし力強く俺を抱き締め、俺の耳元に口を寄せて囁いた。…その言葉が俺の耳に届いた瞬間、俺の意識は穴底に落ちていった。
クリス
Lv.8 HP35 MP31 攻32(18) 防49(16) 速27 精神力17 属性:光
魔法 ヒール(HP30回復、消費MP3)、
デトクス(状態異常解消、消費MP5)
装備 ロングソード(攻14、耐550)、皮の鎧(防10)、皮の兜(防11)、皮の盾(防12)
ジーン
Lv8 HP39 MP16 攻45(27) 防51(18) 速14(18) 精神力12 属性:炎
装備 グレードソード(攻18 速-4、耐700)、皮の鎧(防10)、皮の兜(防11)、皮の盾(防12)
サラ
Lv8 HP30 MP24 攻22(9) 防42(9) 速27 精神力10 属性:炎
装備 メイス(攻13、耐300)、皮の鎧(防10)、皮の兜(防11)、皮の盾(防12)
黒魔法 ファイア(攻10 消費MP4)、
スリープ(自分より精神力が下の者を眠らせる 消費MP8)
卒業試験用ゴーレム
HP36 MP0 攻30 防20 速20 精神力0 無効:状態異常 弱点:なし 経験値10 金0
損傷(耐久減少量)=(攻撃力÷2)+(相手の防御力÷4(攻撃の打ち合いの場合は相手の攻撃力)÷2)




