第14話 失った恋
帰宅したのは、もうとっくに部屋の2人が寝静まった後だった。交際が決まってから泣きっぱなしだったロベリアを宥め続け、そのまま夕食も外で済ませることにして、彼女を無事に送り届けた時にはもう日を跨ぎかけていた。
暗闇の中で足を忍ばせ、五月蝿くないようにシャワーを浴びると、下着姿のまま疲れきってベッドに倒れ込んだ。知らぬ間に眠りこけ、朝になってメーティスの悲鳴で目覚めた。
ぼんやり目を開けて声のした梯子を見ると、メーティスは真っ赤にした顔を両手で覆い、指の間から僅かに俺を見て騒いでいた。
「きゃっ…きゃっ、…ちょ…レム、何でっ…早く、早く服着て!」
「…それ言いながらバッチリ見てるお前は何なんだ。…着替えるから梯子降りてろよ」
…別にこの部屋でいつも着替えてるしパンツ一丁なのも見慣れてるものだと思うが、メーティスは未だに恥ずかしがる。前日の疲れも抜けきらないので、随分と覇気の無い態度で追い払った訳だが、メーティスは素直に聞いて梯子を降りていき、俺はベッド横のロッカーに寝間着を押し込んで私服に着替えた。
ベッドから見下ろすと2人がクリスのベッドに座って見上げていた。メーティスももう平気な顔に戻っており、クリスと2人揃って寝間着のままだった。
「あー、俺が出るの待ってたのか。悪い、今出てくから着替え終わったら呼んでくれ」
梯子を降りながらそう告げて後ろ手を振ってドアを開けると、「レム」とクリスが呼び止め、振り返った俺にメーティスから笑顔で告げられた。
「明日、シノアさん家に行くことにしたから、レムも用事が無かったら一緒に行こうねっ」
「かしこまりー。…じゃ、給湯室で珈琲飲んでるから」
短く答えて、また後ろ手を振って部屋を出た。給湯室の蛇口からは昨晩寒かったせいか温い湯しか流れず、仕方無くコンロで沸かしながら豆を挽いて待つ。この分だと珈琲を淹れる頃には着替えが終わってそうなので、折角だし2人の分も珈琲を用意してやることにした。
…ロベリアとの交際は、他の生徒に秘密にはしないが、敢えて広めるようなこともしないということで決まった。付き合うからこうしよう、などの約束事も大して無い。ロベリアも奥手のようなので、俺の方から何もしなければ暫くは今までと変わらない関係でいられるのではないだろうか。…そう望んでいる。
そして、先程のメーティスからの誘いに、今更に、自分が気にするべき相手がロベリアだけでないことを思い出した。昨日は気が動転していて、ロベリアのことしか考えられなかったのだ。…ロベリアと付き合ったら、今度はシノアと不和が生じるかもしれなかった。
…ロベリアのことを話さなければいいのか?でも、そんなことがあってはシノアにもロベリアにも失礼ではないか。シノアには伝えておくべきだ。…しかし、どう伝えればいいんだ?
丁度良く顔を合わせる機会が出来たのだから、明日伝えるのがいいだろう。文通で唐突に『彼女が出来ました』と言うのは剰りにも無神経だろうし、面と向かって言わなければ伝わるものも伝わらない。上手くタイミングを見つけて、然り気無く、かつ穏やかに告げなくてはならない。
「レム、着替え終わったわよ。戻ってきて」
珈琲を3人分淹れた所にクリスが呼びに来て、俺が「おう」と返事しながらポットを置きフィルターを捨てていると、クリスは傍に歩いてドリッパーを洗い始めた。
「おお、サンキュー。ポットも頼んでいいか?」
「ええ、勿論」
告げながらトレイとソーサーを引っ張り出してカップを並べている内に、クリスは手早くポットも洗い終えた。メーティス用にフレッシュとシュガー、スプーンも付けてトレイを運び始めると、クリスは何も言わず給湯室の灯りを消したり部屋のドアを代わりに開けたりしてくれた。
「へぇ~!それで昨日の帰り遅かったんだ!よかったね、レム!初彼女だよっ!」
メーティスは甘い珈琲を両手で飲み、ベッドから脚をプラプラさせて笑った。クリスは何故か沈んだ顔をして眼を逸らし、音も無く珈琲を煽っていた。
「彼女が出来たのはいいけどさ、シノアにはどう伝えようかなって思ってさ。だって、気まずくなるだろ、これって」
「…うーん、…なるかもね。わざわざレムが言わなくてもいいと思うよ。何なら、私からこっそり伝えてもいいし」
「そういうもんかね?…ちゃんと俺から言わないと駄目な気がするんだけど…」
首を傾げて難しそうに唸るメーティスと向かい合い、メーティスのベッドに腰掛けていた俺は、一口煽ってからクリスに眼を移した。
「クリス、お前はどう思う?…やっぱ、俺以外の口から伝えた方がいいのか?」
クリスは驚いた様子で目を見開き、俺を見つめて少し考えた。交際経験のあるクリスが、おそらくこの場で最も堅実的な回答をくれるはずだ。メーティスもクリスを凝視し、食い入る2つの視線に交互に顔を向けたクリスは、俯いて、1つ1つ噛み砕くように大切に告げていった。
「本人に、面と向かって言われたら、きっとシノアさんは本音を言えなくなるわ。…レムとしては、けじめとして自分で言いたい所だとは思うけど、それで満足できるのはレムだけよ。…その辺りは私達に任せてもらえばいいから。…だから多分、明日はレム抜きで行った方がいいかもしれないわね」
予想以上に的確な助言だったが、どうも俺の気が済まない。…かと言って行動すればクリスの言う通りになるに決まっていた。
メーティスと眼を合わせ、俺が頷くと、メーティスも渋々頷いて優しい笑みを向ける。そしてメーティスは立ち上がり、カップを勉強机の上のトレイに戻してトレイを持ち上げた。
「じゃあ、明日はレムお留守番ねっ。もしかしたらシノアがレムと話したいって言うかもしれないし、退屈かもしれないけどレムは部屋から出ないで待ってて」
「…うん、そうだな。そうしとくよ」
頷いて珈琲を飲みきり、俺は差し出されたトレイの上に「ありがとう」とカップを置く。メーティスは「うんっ」と笑ってクリスにもトレイを差し出した。クリスはカップを置きながら、「私も手伝うわ」と立ち上がり、メーティスは首を振ってドアへと歩いた。
「いいよいいよ、私が持ってくから…。…あ…」
メーティスはドアの前で立ち止まり、「やっぱりついて来て?」と照れ笑いして振り返った。クリスはフフッと面白そうに笑って近づき、両手が塞がったメーティスの代わりにドアを開けた。
そうしてトレイを運び出す2人の背中を見送り、翌日は勉強して過ごそうか、と予定を立てた。余程、遊んでいられる気分では無い。
日曜日の模様は、結論から言って、俺には何の音沙汰も無かった。応接室でのクリスからの慎重に慎重を重ねた弁明にも、シノアは「そうですか」と一言きりだったそうで、その後は2人が帰宅を切り出すまで何も喋らなかったらしい。…俺の心の靄は晴れず、その夜は逃げるようにジャックとルイの部屋に訪れて、頭を使わない遊びを繰り返した。彼らは何か気づいたのか、野暮な詮索はしなかった。
結局の所、シノアが何を思ったのか分からない。『今後も友達として仲良くしたい』とクリスに伝言を頼んでいたが、シノアはそれには何も答えなかったと言う。
早朝に届いた手紙と、1日費やして何度も書き直した返事の手紙。これだけが、文通だけが今シノアと俺を繋いでいる一線の絆だった。どうか返事があってほしいと願いを込め、顔色を窺うような情けない手紙を連絡所のポストに滑り落とした。
そして月曜日、学校が再開したその日、マイクから進路指導室へ呼び出され、俺、クリス、メーティスの3人で赴いた。灯りは無く窓からの斜陽にのみ照らされた一室では、低いテーブルを挟んだ2つのソファーの内、窓側にマイクと背の高い老婆が並んで座っていた。
俺達の入室と共にその2人が立ち上がり、老婆がお辞儀して語り出した。メーティスは以前クリスの家に行ったらしいので面識があるようだが、俺は会うのは初めてだった。
「お待ちしておりました。レムリアド様には初めまして。私はチェルシー・セントマーカ…邸宅にてクリスティーネお嬢様の身の周りのお世話をさせていただいている者です。本日はお嬢様に纏わる重大な事情をお伝えしたくお呼び致しました。どうぞ皆様お掛けください」
クリスは俺を向いて頷き、先導してチェルスと向かいのソファーに腰を下ろす。その左に俺、メーティスと並び、マイクとチェルスが座ると一瞬の静寂が訪れる。そしてすぐ、マイクが俺達を見回して、
「クリスティーネには既に伝えたことだが、このまま何事も無ければお前達がクリスティーネと同じパーティに所属することになるだろう。であれば、今の内からその特殊な事情について知っておくべきだ。…レムリアド、それにメーティス、…これから先の話は全て現実だ。穿った見方をせず、素直に受け取ってほしい。その上で気が重いと言うなら、無理にクリスティーネのパーティを希望することも無い。…だから、まずは真剣に、チェルシーさんの話に耳を貸してくれ」
その前置きに続き、「どうぞ」とマイクはチェルスを向く。チェルスは厳かにマイクと頷き合うと、単刀直入に説明を始めた。その間、全員がその語りに口を挟まなかった。
…お嬢様が伝説の勇者の末裔であるとのお話は、お嬢様ご自身からお伝えされたとのことですが、その勇者と魔王との関係も理解していただかなくてはなりません。
まずは最初に、伝説の勇者『リアス』が何者であったかについてから鮮明にしておきましょう。勇者リアスは皆さんが知っておいでのように、魔物の侵略により人の住む土地の多くが失われた時期に現れ、聖剣を振りかざして聖水林で人里を囲い魔物を退けたお方です。その後彼は聖なる巫女ソプラ・ネシアドを引き連れ、討ち倒した魔物を人間達の手に渡し、人々に魔人として戦う術を生み与えました。この聖なる巫女が、現在における召喚師と呼ばれる者の間でも格段の力を持っていたお方でした。
リアス様は魔王の存在を示唆し、魔王討伐軍設立後ソプラ様と共に魔王の捜索へと旅立ちました。…その末路は悲惨なものでした。ソプラ様は自らその命を絶ち、リアス様はその行方すら分かっておりません。リアス様は魔王の手に殺されたと考えるべきでしょう。
…しかし、それで希望が潰えた訳ではありません。リアス様とソプラ様との間には、ご子息が1人おられました。そのお子様は召し使いをつけられ、厳重に屋敷に守られて育ち、また許嫁との子を儲けて旅立ちました。その後も代々、分家を生まず一筋の家系を描きその血は受け継がれ、クリスティーネ様へと繋がっていきました。
さて、ここまでが勇者の血の歴史です。ここからは勇者と魔王との因果の言及ですが、…はっきり申し上げます、現実の話です。聞きながらお伽噺と感じられても仕方の無い、突拍子も無い話となりますが、お2人共、どうか否定せずお聞きください。
…話はこの世界の創造へと遡らなければなりません。この世界を、この宇宙を形作ったのはある1つの絶対的なエネルギー体でした。そのエネルギー体は分献上『サガ』と呼ばれます。サガはこの世界を生み出す過程として、その生み出すものの基となるエネルギーを発生させ、そのエネルギー体をある種の担保として地球に置いていました。
そのエネルギー体こそが私達が『神』と呼ぶ存在です。火の神、風の神、大地の神、とそれぞれに司るものがあり、そして対となる神の調和によりこの世界は一定の秩序を保っているのです。動植物なども、その何対かの神の調和による生成物でしかなく、その調和が崩れれば忽ち消えてなくなってしまいかねない存在です。しかし莫大に増えた動植物は神々を地球から、天界と呼ばれる別次元へと追いやりました。
神の内の1つがある人間に恋をしました。それは光の神、アポリオスです。ここで言う光とは、私達が知っているような月明かりや日の光などという視覚的なものとは異なり、理と言うようなより概念的なものとして世界を覆っているものです。
光の神は愛する人間の女性のため、本来持っていた力を磨り減らしてまで自らに生殖能力を付加しました。その結果無事1人の、神の血を通わせた子供が生まれたのです。光の神とその妻は共に、大量の子を産むつもりなど無かったため、光の神は予め1人のみを、しかしたった1度で確実に子供を産めるように生殖能力を調整していました。
…お分かりの通り、勇者の血筋とは光の神の血筋です。分家が生まれなかったのも光の神の意志が故です。勇者は神と人間のハーフだったのです。
光の神の対となるのは闇の神、タナトヌクス。闇と言っても不穏な存在ではなく、やはりこれも光と同様に概念的なものでした。光、闇は共に動植物などの生命に通ずる理なのです。
闇の神は光の神を嫌い、排除しようと思案していましたが、光の神が自らの力を弱め、更に人間の妻を持つという弱点が生じたことでついに動き出してしまいました。闇の神は妻を人質にとり、光の神を殺しました。しかし、光の神は死の間際、地球上に自らの力を振り撒き、そしてその妻に伝言を託しました。闇の神は妻を用無しと解放したため、妻は地球に帰り勇者へとその伝言を伝えたのです。
闇の神こそが魔王です。魔王は魔物による侵略を始め、勇者はその魔の手を食い止めるために旅立ちました。そして一説によれば、魔王を倒せるのは光の血を持つ者…すなわち勇者の血筋だけなのです。
「…勇者の血筋は、いつしか召し使いの家系無くしては成り立たなくなりました。故に現在は召し使いの姓『セントマーカ』を生活上の自らの姓としています。また、本日までこうした事情を隠して過ごさせていたのはお嬢様のお父上様の計らいでした。出来る限りお嬢様には普通の子としての生活を与えたかったのです。これをお嬢様にお伝えするのは、何事も無く庶民的な暮らしを続けていれば殿方との婚儀の前に、お嬢様がアカデミーへの入学を希望した場合は1年期の中間にと決められていました。しかし先日のゴーレムとの戦いでお嬢様が自身の力をはっきりとご自覚されたため、話さざるを得なくなったという訳です。私としてももう少し、普通の子としての生活を送らせてあげたい所でした。…以上が、私からお伝えする全てです」
チェルスは深く頭を下げて締め括り、長い間時間を忘れていた俺はハッとクリスを向いた。クリスはぼんやりテーブルを見下ろして表情を失っていたが、俺に気づくとニコッと笑っていた。
メーティスは現実味の無い話にポカンと呆けていて、俺と眼を合わせると表情も変えずに首を傾げていた。…俺も、信じられないというのが本音だった。しかし、これ程大真面目なこの空間が、まさか茶番だとはとても思えない。…現実の話なのだ、ということだけははっきり受け止めていた。
「光の血というのは代を重ねる毎に薄まり、今となっては最小限受け継ぐのみの力となっている。しかしその力は戦いの中で覚醒していき、いずれは強大となる。魔物との戦いによる勝利の記憶を伴った筋肉疲労が、段階式に光の血を強固にしていくんだが、…その様子は魔人や召喚師ともよく似ていて、討伐軍のパーティの形式に組み込むことが可能なんだ。現状、クリスティーネは魔人で言う所のレベル1相当だ。ただ、魔人や召喚師が持つような、火、氷、風の『属性』はクリスティーネには無い。勇者が使える魔法は代々白魔法だけなんだ」
マイクからの付け足しに、俺達は何の反応も出来ないでいた。ただ、突然の話に衝撃を受けるばかりで、それに対する疑問も何も無くなっていた。
白魔法とは、消耗した身体を癒したり、黒魔法を無効化したり、身体能力を強化したりする魔法だ。黒魔法も同様だが、魔法と言うのはレベルが4以上は無いと出現しないものなのだ。…聞く限りクリスは、レベル1と言われながらも魔法を使えているらしい。…力の付き方が似ているとは言っても、魔人や召喚師とは一線を画す存在だと言うのが、説明の陰からじわじわと伝わってきた。
「これで終わりだが、何か質問は…なんて今訊いても答え辛いだろ?…今日はこのまま帰ってクリスティーネとよく話すといい。クリスティーネも、自分のことで精一杯だろうとは思うが、今日はどうかレムリアドとメーティスを案じてやってくれ」
「…あ、…はい、分かりました」
マイクが申し訳なさそうに告げると、矛先が向くと思っていなかったらしいクリスは驚いた様子でせかせかと頭を下げて了承した。マイクが立ち上がるとチェルスも続き、流れるように俺達も起立して一斉に進路指導室を出た。マイクが首に提げた長いチェーンを服から引っ張り出し、その先の束から選んで進路指導室の鍵を閉めた。
「じゃあ、俺はチェルシーさんを送り届ける。お前達も、遅くまで付き合わせて悪かったな。気をつけて帰れよ」
マイクは手を振ってチェルスを連れていき、立ち止まったままそれを見ていた俺達も、クリスが落ち着いた笑みで「行きましょう」と促して寮へと帰った。
夕食、入浴と終えて、少しは気分転換してきた俺達は、全員でクリスのベッドの上に集まってトランプなどしていた。メーティスが唐突に言い出したのだが、…まぁ、確かにそうでもしないと部屋の空気が重くなりそうではあった。
何種類か遊んだ後、不意に気になって俺からクリスに1つ訊ねる。メーティスの顔が少し強張っていたが、クリスはまた表情を失って聞いていた。
「なぁ、クリス。婆さんがさ、クリスは自分の意思でアカデミーに入学したって言ってたよな?…何か、入学したかった理由があったりするのか?俺は親が強引に入学させただけだったんだけどさ、お前の場合誰も入学しろなんて言わなかったんじゃないかと思うんだよ」
「…そうね、誰も入学を強要しなかったわね」
「じゃあ、何で?」
クリスは遠い眼をして、それから僅かに笑って、懐かしそうに目を細めて語り出した。チェルスの時と同様に、俺もメーティスも口を挾まなかった。
「私、化け物だから…いつも街の子供に虐められていたわ。婆やにも心配を掛けたくなくて黙っていたけど、そんな私を助けに来てくれた人がいたの。…ファウディアー・C・ガーディアン。ファウドは、子供達から私を守ってくれて、いつも傍で私を助けてくれた。…私は彼を愛していたし、彼も私を受け入れてくれたわ。…でも、彼は私と対称的に身体が弱くて、幼くして持病で亡くなったの。…ファウドは、死ぬ前に私に言ったの。自分はいつ死ぬか分からないけど、それでも世界を救いたい。もし自分が死んだら、私にその願いを託したい、って。…だから私は、ファウドの意思を継いで世界を救うために戦うと決めたのよ」
クリスは、今度は嘲るような笑みを浮かべて俯いた。俺から何か声を掛けてやろうかと思案していると、クリスはまた静かに始めた。
「…呆れるでしょう?光の神が人間と結ばれたせいで世界は魔物に壊されたというのに、その血を持つ私は何も知らずにファウドの意思を継ごうとしたの。私は存在からして、ファウドの正義感を裏切っているのよ。…そんなのってないわ。…だから、何としても私が世界を救って、償わないと…、安心してファウドに顔を会わせられないわ」
クリスは言い終えると、「もう、寝たい」と歯を磨きに立った。俺とメーティスは顔を見合わせてそれに続き、俺はいつもに比べると早過ぎる就寝に居心地を悪くした。
…悪いのは魔王だ。光の神は人を好きになっただけで、何も悪いことなどしていない。だからクリスが自分を追い込む必要など何処にも無いはずで、クリスは寧ろ胸を張ってファウドの意思を継げるはずなのだ。…そう告げてやれば良かったのに、クリスの悲しい笑みを前にしては何も言えなかった。
クリスの使命と、俺達にまで覆い被さってくるその責任。俺達は本当ならそちらにこそ眼を向けるべきなのだろうが、俺達はまだ子供で、責任を実感する頭すら無かったのだと思う。
ただただ、俺はクリスを慰める言葉を探して気を揉むしか出来なかった。




