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第12話 幼い勇者

 7月2日の木曜日の5限目、黒魔法学の授業が始まって数十分後、豪快な音を立てて勢いよくドアを開け放ち、マイクが足早に教壇に立つエラルドに駆け寄り、何やら耳打ちする。エラルドは血相を変えて頷き、

「自習にします。各自教科書を予習、復習するなどして勉強しておくように」

 教師2人はそのまま教室を後にする。生徒は皆、教師達の足音が消えると口々に隣の席と話を始め、次第に声を潜めることも忘れていく。

「何かあったのかな?…また、魔物が侵入したとか…?」

 若干顔を青白くさせたメーティスは隣の席から俺に顔を寄せて訊ねる。俺はその頭を撫でてやりながら、

「トンネルなんてそう簡単にポンポン掘れるもんじゃないだろ。だからこの短期間でそれはあり得ないし、そもそも先生達だって元は討伐軍のエリートだって話だからそう何度も侵入を許したりしないだろ」

「…そう…だよね…、大丈夫だよね…」

「おう、心配すんな」

 努めて優しく笑い掛けるとメーティスは神妙に頷いてしがみつくように座り直し、俺は撫でるのをやめてクリスの席を向いた。クリスは心細そうに此方を見ていたが、俺と眼が合うと知らん顔で前を向いた。

 声を掛けようかと立ち上がりかけたその時、プツッと電子音が鳴りアナウンスが入った。

『訓練用ゴーレムが収容庫から脱走し、校舎内を移動しています!生徒達は教員の指示に従って校庭に避難してください!』

 教室内がシンと静まり、また声を潜めて話を始める。困惑と疑問の波紋が広がり、それぞれの表情に不安の影が落ちる。

 そもそも訓練用ゴーレムという単語自体初めて耳にする。ゴーレムというと、何だったかの神話に出てきた意思を持って動く泥人形だったと思うが…。訓練用…、訓練というのは戦闘訓練のことだろうか。

 とにかく教師がいない中独断で教室を出て良いものか?しかし、この場に留まるのも危険なのではないか?色々な考えが頭を巡るが、やはり避難するべきのように思われる。…その場合、俺が統率を取らなければならないのか?

 俺が考え込んでいる間にクリスが立ち上がり、教室を見回しながら声を上げる。先程までの不安そうな表情は消え去り、毅然とした宣言に生徒の視線が一斉にすがりついた。

「先生の指示を待っていても仕方がないわ。私達で考えて避難するべきだと思う。ここから校庭に出る最短ルートは教室を左に出て階段を降り、1階の非常口を出るルート。この場に戦える人がいない以上、すぐにでも校庭に向かうのが最善というのが私の考えなのだけど、誰か異論はあるかしら?」

 誰も何も答えない。このまま黙って座っていても状況は好転しない。全員が動くための切っ掛けが必要なのだ。俺は席を立ち、クリスのそばまで歩く。

「俺も今すぐ逃げるべきだと思う。ここで教師の指示を待っていたところでゴーレムとやらに攻め込まれて怪我人が出る」

 メーティスは何も言わず立つと俺の後ろをついて歩き、また俺の視線に応えジャック、ルイ、ロベリアと立ち上がる。それに続いてリードも立ち上がると生徒達は一斉に従い、1つの列になって教室を出た。他の教室からは既に全員逃げ仰せたらしく廊下は無気味な程の無音に包まれており、胃が押し上げられるような緊張が走る。

 先頭を歩くクリスが階段に向かう角で立ち止まると、同時に、カサッと何かが床を這うような物音が耳に入る。嫌な予感に胸が騒ぎ、堪らずクリスの前に飛び出そうとするもそんな俺をクリスが左手で制した。

「レム、出ていっちゃダメよ。多分、この階段にいる。…私が足止めするから、指示したら全員すぐに逃げて」

 クリスの蛮勇とも言うべき発言に、後ろに並ぶ全員が驚愕して息を呑む。…もし訓練用ゴーレムとやらが現れるとしたら、そいつは魔人が戦闘訓練を行うような相手だと考えられる。人間が戦ったって勝ち目なんかあるわけがない。

「おい、何言ってんだクリス…!そんなことしたらお前死ぬぞ!今引き返せばそんなことしなくても――」

「来るわ、逃げてッ!」

 俺の説得を遮って放たれた恐慌を孕む叫び。同時に高速の人影が廊下の先から飛び出し、クリスが全身で掴み掛かるとその姿が露になる。身の丈1mの土色の人形のような姿をしていたが、生徒らはゴーレムをまともに見ない内に悲鳴と共に背を向け、我先にと脱兎の如く撤退した。

 …そんな中、俺とメーティスだけは戸惑って足を止めクリスへと振り向いていた。クリスだけ置いてなど行ける訳がない。

 クリス越しのゴーレムは黄色い眼光を俺達に向け、その隙をついたクリスの蹴りに飛ばされて床に背を打った。ゴーレムはゆらゆらと立ち上がり、俺達3人を見回すと両足を肩幅に広げて姿勢を低くして駆け出した。クリスは突の構えを取って待ち構え、正面から再度ゴーレムの両腕を掴み止めた。

 クリスは焦りと苦痛に顔を歪ませ、ゴーレムから視線を外すことなく怒号を上げた。

「2人共早く行って!私は大丈夫だから!」

「馬鹿言わないでお前も逃げろよ!人間が勝てる相手じゃないんだぞ!」

「私は勝てるわ、普通の人間じゃないもの!知っているでしょう、私は化け物なのよ!」

 有無を言わさぬ物言いのクリスは、しかしゴーレムに力負けして両手を払われ、仕返しとばかりに腹部を蹴り抜かれる。折れた腕を庇って床に背を擦ったクリスを見下ろしたゴーレムは、実に俺の3倍はあろうと云う走力でクリスを通り過ぎてきた。

 接近する悪魔に、今更俺とメーティスは悲鳴を上げた。2人揃って全身が強張り、膝が砕け、勢い余って尻餅をつく。右手を振り上げ襲い掛かろうとしたその悪鬼は、速やかに立ち上がったクリスに羽交い締めされて動きを止められていた。

 クリスはキッと眉を寄せて俺達を睨み、「逃げなさいッ!」と声を張り上げた。額には、あれだけのトレーニングで1度も流したことの無かった汗が、まるで水を浴びたように滴っている。

 …俺達は目を疑った。クリスのその金の瞳は、小さいながらも魔人のように光を放ち、そして折れたはずの両腕は傷一つ残さず完治していたのだ。

 クリスの眼は1歩も譲らず俺達を追い立てる。俺は覚束無い手足に力を振り絞り、ヨタヨタと駆け出してメーティスの手を引き逃げ出した。腰が抜けているメーティスを無理やり立たせ、肩を貸して走る。その後ろでは苦痛に喘ぐクリスの声が響き、俺は歯を食い縛って振り返らぬように走り続けた。

 今の俺達には何の手助けも出来ないのだから。


 逃げた先の階段を降りる頃にはメーティスも自分で走れるようになっていた。2人で並んで走り、しかしクリスを心配する剰り互いに一言も話さなかった。

 階段を降りて1階に出た途端、先程逃げたはずのクラスメイト達が泣きながら悲鳴を上げて廊下の先から駆け戻ってくる。その事態の異様さに立ち止まって眼を凝らすと、その一群の背中はジリジリと一個体に抉られて数を減らされている。

 …またしても、ゴーレムだった。

 俺とメーティスは迫り来る一群に背を向け、その先の非常口から逃げようとした。しかし、それと同時に頼もしく底抜けに明るい声が掛かって悲鳴が鳴り止み、一群の足音まで静まると俺達も足を止めて振り返った。

「もう大丈夫!助けに来たよ!」

 と、その言葉の通り、生徒の群れの向こうでは槍に似たメイスに突き刺されたゴーレムが天井まで投げ上げられ、更に真下から顔程の大きさの赤い火の玉を受けて爆発し、黒く焦げて落ちていくのが見えた。…あれは、炎魔法の『ファイア』だろうか。

 生徒達は恐怖から解放されて友人と肩を抱きながら泣き笑いしていたが、校庭まで出ないことには安心できないはずであった。生徒達は左右に道を開けさせられ、見ると皮の鎧などを装備した6人の生徒が、いずれも瞳を発光させて武器を構えていた。

 その先輩と目される彼ら6人の内、先程声を上げたと思われるオレンジ髪の女性が生徒を見渡して、溌剌な口調と穏やかな表情を崩さないまま呼び掛ける。他の5人で廊下に倒れる数名に声掛けしていき、表情が陰るのを見てその殆どが重症なのだと知った。

「ここにいるので全員?このまま校庭まで護衛するけど…」

 生徒が一斉に表情を明るくする中、俺は1歩前に出て彼女に呼び掛けた。メーティスも叫ぼうとしていたが、それは俺の声に塗り潰されていた。

「3階の西階段に1人残ってます!助けてやってください!」

 俺の言葉に、さしもの先輩達も目を見張り、オレンジ髪の先輩は狼狽して声を荒げていた。

「1人!?何してるのその子、死ぬわよ!?」

「俺達を逃がすために1人残って戦ってるんです!急いでください!」

 彼女は焦燥に駆られながら「ジーンくん!」とオールバックの黒髪の男を呼びつけて、並び立つと他の先輩達を見回して指示を飛ばした。

「皆、1年生の誘導をお願い!私とジーンくんでその子を助けに行くから!…ねぇ1年くん、その子、名前は!?」

「クリスです!クリスティーネ・L・セントマーカ!」

「分かったわ!…行こう、ジーンくん!」

 彼女は俺が問いに答えるとジーンという男と迅速に階段を駆け上がっていく。俺は望みを託してそれを見届け、続いて「こっちへ!急いで!」という先輩達の声に従って他の生徒と同様に避難を再開した。メーティスは不安そうに階段の方を気にして何度も振り返り、俺はその手を引いて「大丈夫だ!」と声を掛けた。

「あいつの凄さは知ってるだろ?だから大丈夫だ…!きっと生きて戻ってくれる!今は信じて逃げるぞ!」

 メーティスは俺を振り向いて曖昧に頷き、共に校庭まで駆け抜けた。俺はメーティスに告げた言葉を繰り返し、大丈夫、大丈夫だと自分に言い聞かせた。


 校庭には既に1、2年生が各クラス2列程度に並んで体育座りし、その前に立つ教員らが相談するように顔を合わせて口を開閉している。それで意思の疎通が出来ているらしいが、口の動きが速く声も聞こえないため何を言っているのか端から見て分からなかった。

 俺達もその列の群れに加わり、座って教師達の指示を待つ。多くの者は死の危機を免れて愁眉を開き、区々に犇めいている。…しかし、俺は不安を拭えない。

 だって、クリスがまだ出てこない!…何度腕時計と鼻先を突き合わそうと、何度足裏で砂を摩ろうと、一向に姿を現さないのだ!…ゴーレムとの戦いはどうなった?クリスは無事なのか?酷いことになってはいないだろうか…!?

 …何十分…いや、1時間は経ったのではないかと思われる、長い恐怖、…しかし、実際にはまだたったの3分だった。そして、そのえずくような地獄の末に、

「1年生、共に2年生は2クラス毎に寮へ帰ってください。安全を保証でき次第アナウンスを入れますので、教室の荷物等はその後に各自で取りに行くようお願いします。では、1年A、Bクラスは私に続いてください」

 数人の教師が並ぶ中、カトリーヌがそうして俺達を引き連れて寮へと歩き出す。俺は我慢ならずその教師達に通り過ぎながら声を上げた。列の前方にいたメーティスはその声に怯えた顔で振り返っていた。

「クリスはどうなったんですか、ちゃんと無事なんですよね!?」

 俺の問いに、最も近くにいた教師が答えた。入学試験の面接で相手をしてきた渋い男だ。…確か、マリックとか言う名前だったはずだ。

「先程先生方が向かっていった。連絡はまだ無いが安心していいだろう」

 俺は何て無責任な発言だろうかと憤った。今この場ではそれくらいのことしか言えないのだろう、とは、動揺していた俺には納得できなかった。

「そんな言葉で『分かった』なんて言える訳ねぇだろ!現に死人まで出てんだろうが!」

 俺はカトリーヌに取り押さえられ、そのまま寮まで歩かされた。他の教師達は拳を握って歯を食い縛り、俺への反論などしなかった。

「レムリアドくん、皆頑張っています。…信じて待っていてください」

 カトリーヌの訴える視線に、俺は黙るしかなかった。寮へ帰り、そのまま俺とメーティスは灯りも点けずベッドに座り、自室に籠って待つ他無かった。しかし、その後には『クリスは無事だ』という報せがあるだけで本人はその場に姿を現してはくれなかった。


 クリスは夜になって部屋に訪れたが、その顔は憔悴しつつ晴れやかであった。ドアが開くと同時に飛び上がったメーティスは泣きながらクリスに抱き着き、クリスはしゃくり上げて泣く彼女を抱擁して俺を見上げた。俺が急ぐ剰り梯子に足を掛け損ね、転がるように床に落ちるとクリスが心配して「大丈夫?」と見下ろした。その声音は底無しに優しかった。

「いやっ、『大丈夫か』はお前だろクリス!何ですぐに戻ってこなかったんだよお前!俺らすっげぇ心配したんだぞ!」

 打った背中を擦りながら立ち上がり、何はともあれと笑った俺に、クリスは奇妙な程に慈愛の笑みを向ける。眉を寄せ、俺はクリスと眼を合わせたまま立ち止まった。そしてクリスの後方の廊下にマイクが立っていると気付き、また彼が居心地悪く顔を逸らしているのに漠然とした悪寒を覚えた。

 クリスはメーティスをそっと押し剥がして顔を合わせ、続いて俺の方にも顔を向けると静かに眼を伏せた。胸に手を当てて深呼吸し、真剣に見開いて口を開いた。

「…2人には、今回の事件が終わり次第、…遅くても、来週の内には聞かせないといけない話があるの。…これは絶対に、聞いてもらわないといけないの」

「…何だよ、…そんな、勿体つけてさ」

 気軽く笑い掛けてやってもクリスは笑わない。寧ろ一層その胸に宿る火が強まって、表情には睨むような凄味が湧いてきた。そして口調を早め、此方が口を出すいとまも与えぬ気迫を以て告げた。メーティスも困惑と驚愕に顔を引き攣らせて後退っていた。

「私は伝説の勇者リアスの、直系の子孫…末裔だったの。…私が生まれ持った怪力と俊足、そして異常な回復力も、全ては勇者の血が与えた超能力だった。私は勇者の使命を全うし、救世に身を費やさなければならない立場にあるのよ。そして、あなた達は私が最も気の知れた友人で、私が頼ることの出来る唯一の学友。そのあなた達には、私に関する詳しい事情を知ってもらって、これから卒業まで時間を掛けて覚悟してもらいたいのよ。…私の我が儘なのは分かっているの、でも、それでも私はあなた達と一緒に、…いえ、あなた達に傍にいてもらいたいの。…だから、どうか、聞いてもらいたいの」

 …いきなりの話に、俺は戸惑うばかりで何も言えなかった。俺達に背を向けられるかもしれないという彼女の不安にも、これから先に待ち受けるであろう苦難への恐怖にも、俺は感づく余裕を持てなかった。

「…私達、いつまでも友達だよ」

 真っ暗に沈んだ部屋に吸い込まれるような小さな声を響かせて、メーティスはクリスの手を握った。それはクリスの要求に対する明確な返答ではなかったものの、2人にとってはこれ以上ない友情の言葉だった。クリスは目尻に涙を光らせてメーティスと強く抱き合い、互いの肩に顎を乗せて笑い合っていた。

 俺はマイクと眼を合わせた。マイクは何を伝えたいのかそれに頷き、俺はゆっくりとクリスに歩み寄って顔を合わせた。すがるような弱々しいクリスの視線に背くことなく、俺はまっすぐ向いたままはっきりと告げた。

「俺はお前の友達で、絶対の味方だ。お前の力になれるなら嬉しいし、いくらだって身体も張ってみせるぜ。俺達3人で手を取り合えば、世界だって救えるさ。お前1人には背負わせねぇ、俺達で頑張ろう!」

「…ありがとう、レム。…メーティスも」

 クリスは泣きながら俺に腕を伸ばし、俺は笑って頷いてその抱擁に応じた。3人で抱き合って笑い合う俺達を見届けるとマイクは何も言わず去っていく。

 世界を救う。そんな大それた偉業を成し得る程に自分が有能だとは勿論思わない。ただ、いつかの占いが俺の背を押してくれたのは事実だ。俺はクリスとメーティスと力を合わせ、魔王を倒し、世界を救うのだと、不思議にも何の不安も無くそんな夢を描いていた。

 …その抱擁の輪の中に、現実の無情さなど見据えている者がいるはずもなかった。俺達は剰りにも若く、剰りにも軽率であった。

クリス

Lv.1

HP14 MP10 攻4 防7(2) 速6 精神力10 属性:光(現段階では無属性と同義の扱い)

魔法:ヒール(HP30回復、消費MP3)

装備:探査旅行服(防5)


訓練用ゴーレムLv1

HP22 MP0 攻9 防6 速6 精神力0 無効:状態異常 弱点:なし 経験値2 金0


ダメージ計算:攻/2-防/4

防御時のダメージ:攻/2-防/2

属性・耐性の影響:同属性の魔法を受けた際、それによるダメージとステータスの変化が半減する。同属性の相手による通常攻撃は当てはまらない。

無効:ダメージとステータス変化が完全に無くなる。

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