第0話 無題
それは悪夢の嚆矢――アポリオスは地に降り立つ前日に深き旧友の制止を受けた。そこは草原であり、小川であり、空であり溶岩であり、それら全てに相反する全てのものとも呼べる無限かつ不定形の園、天界。
ヴァルカナレス、スカンディフレイヤ、ディオノトス。…三者の神はアポリオスに当然の疑問をぶつけ、代表したヴァルカナレスがアポリオスの肩を引いていた。
「何故だ、アポリオス。何故お前はあのような不純の贋物に味方する?私達はお前を最高の友と思い、故にお前の側にいる。…だが、地上を埋め尽くした『生物』という奴は、見ての通り他者を摂取し、ただ自らのみを尊重し続ける醜い存在だ。奴らに本当の友などおらず、繋がりは生存・繁殖・進化のためのファクターでしかない。中でも人間という奴が最も質が悪い。奴らは生物の中で最も我々に近づいておきながら、最も遠退いた化け物だ」
「人間は生物としてのプログラム、所謂本能というものを持ちながら、より我々に近しい心を持っている。しかし、奴らは本能に逆らえない故に幾度となくその心を裏切ってきた。それは我々を冒涜する行為でもある。…そして何よりも、奴らは自らを地上における神と思い込み、その地位が危ぶまれる状況に特異性を見出だす程に傲慢な存在なのだ。…奴らは生物として異常でありつつ、一方で最も生物らしい愚かな者と言えよう。そしてその愚かな傲慢故に、地上を食い物にして汚し続けているのだ」
「そもそも今いる生物達は、元を正せば海水に浮遊する単一的存在であり、我々の力により地上の生成で溢れ出た不純物だ。『捕食』と『進化』というおぞましい力により海を喰い汚しながら数と種を増やし、我らの地上を奪った者達だ。恨みこそすれ、守る必要など無い」
アポリオスはそれに同意はしなかった。ヴァルカナレスの手を放させ、三者に背を向けて地上を目指しながらそれに答えた。
「確かに生物とはそうしたものであろう。私もそこに異論は無い。…しかし、彼らは望んでそう生まれついたというのか?我々は父により誕生し、生物は我々と地球によって誕生させられたのだ。そこに彼らの意思は無かった、我々と同じように。…彼らを不純の存在と見なすのは我々の価値観のためだ。彼らにとっての清純というものがあり、彼らがそれを守るならばそれでいいではないか。…第一、彼らをゴミとするならば地上は既にゴミ箱だ。我々がその場を奪う必要があろうはずも無い。…地上はもはや生物の領域であり、我々は天界を巣とすればそれでいい。敵対などもっての他だ。お前達だって、彼らが嫌いなわけではないだろう?」
去り行くアポリオスに唯一制止すらしなかった神、セトグイアは眼を合わせて優しく声を掛けた。アポリオスは通り過ぎながらそれに大いなる感謝と首肯を以て応えた。
「私達はお前の一存で地上の者達に反旗を翻す。逆に言わば、私達はお前の強い想いによって地上の者達に味方する。…私達はお前の最大の友でありたいのだ」
「あぁ、ありがたい。…さらばだ、親友達よ。私はこれより、人間と生きる」
アポリオスは人間と神の共存を祈り、旅立っていった。




