人魚姫の恋
私うまれて初めての恋を致しました。
一目惚れってやつは本当にありましたのね。
おとぎ話だと思っていましたの。
どうしてもお側にいたくて、御姉様や父上様が誉めてくださる声を魔女に差し出してその対価に自由に歩ける二本の足を貰いました。
陸にあがった私をみて驚きたときのお顔も素敵で、忘れませんわ。声を対価に陸に上がれる足を手に入れたこと、もう二度と海に戻れないことすべてを覆すほどアナタに存在を知ってもらえたことが嬉しかったの。
幸せだった。
とっても幸せだった。
しゃべれない私を気にかけてよく遊びにつれていってくれましたわね。
歩くことになれていない私の手を優しく引いて、秘密の場所を教えてくれましたわね。太陽のように暖かい色をしたお花が沢山咲いたとても美しい場所。
そこでは時間がゆっくり流れてまるで世界には私とアナタしかいないそんな気がしましたの。
少し小麦色に焼けた肌にまるで海の底のように蒼い瞳の泣き虫で気が弱いのに、変なところは負けず嫌いでよく人目隠れて努力をしているアナタ。
笑うと太陽の花のように愛らしくて、私は何回も胸を締め付けられましたわ。
嫉妬や悲しみにくれて海底色の瞳から大粒の真珠が零れたときだって、愛しくて愛しくて抱き締めてあげたかったわ。
アナタを泣かせるあの人間、私に色目を使うあの人間を海の餌にしてやりたいと思うくらい憎らしいと思いましたの。
私はアナタのおかげで憎しみや怒り悲しみという感情を知ることができましたのよ。
とっても胸がチクチクして痛いけど、今も胸が潰されそうに痛いけどこれすら愛しいわ。
私ね海のなかでは分からなかったことを沢山学べたのよ。
あの王子を見詰める貴女の瞳に愛しさが溢れているのを知ったときの悲しみも
それはけっして私には向けられない瞳だと知ったときの絶望も、幸せそうに愛しそうに王子とダンスをする貴女の姿をみたときの嫉妬も全部大切な宝物だわ。
ねえ、でもね、私
貴女に愛されたかったのよ。
少しでもいい、王子に向ける瞳と同じ色を私にも向けてほしかったのよ。
その王子はどうしようもない女たらしなんだからね。
声が出ない私を暗がりに引き込んでなにをいたそうと無理強いを強いるような卑劣な男なのよ。
そんな人間に…貴女を渡すのがとても、悲しいの。
政略結婚なんて人間はなんて面倒な生き物ね。
でも貴女がそんなかたちでも望んでいるなら私はこの命投げ捨てても叶えてあげる。
人魚の愛はね、人間とはちがい永久に続くの。
だから愛することは人魚にとって呪い。
裏切ることも嫌いになることも出来ない、例え憎しみに変わろうが愛し続けるの、この命燃え尽きても。
「ねえ、エレーヌ。泣かないで、わたくしとっても幸せよ」
声が出るのは海の魔女に人魚の至宝を対価に返して貰いましたの。
目の前の愛しい愛しい人間を見つめ微笑んであげましたわ。
私の背後には何もない、崖のその下は静かに揺れる海の水面。
私の手には御姉様方が美しい髪を対価に魔女と交わした魔法の短剣。
久しぶりに感じる夜の海風が心地いいわね。
淡い月の光に照らされる貴女もとっても素敵だわ。
「やめて、お願い、アーサーが悪いわ、悪かったけども、考え直してユリシアっ」
涙や鼻水でぐちゃぐちゃでも、可愛らしいわね。
何を必死になってるのかしら…私この王子なんて殺す価値もないと思っていますのよ?
例え、既成事実を作って無理矢理私を妻にしようとした最低な男でも。
貴女が愛する人間ですものね、大丈夫。
私がこの男を変えてあげるわ。
この短剣は命を対価に願いを叶える魔法の短剣。御姉様はこれで私が海に戻ることを望まれていましたの。
でもごめんなさい。
私それよりも叶えたい願いがありますの。
「エレーヌ私貴女を愛していますの。でも貴女の幸せは王子と共にあるようだから…私考えたのよ」
私のすぐ横にお腹から血を流して倒れる王子の手のひらをヒールの踵で抉りながら私は微笑みました。
「私の命を対価にね、貴女たちは永遠に死んでも魂が結び付くの、決して誰にも立ちきれない」
そう、永遠に愛し合ってね。
私が貴女を手放すんですもの…お願いよ。
「……王子は王になっても貴女一人だけを愛し続けるわ。そしてね愛し合って生まれてくるこどもたちは必ず誰一人幸福を知らず死ぬのよ。一人は疫病で一人は戦死、一人は暗殺一人は無理心中…そして最後の一人は国をも揺るがす大きな過ちを侵し自殺をするの。貴女は悪魔の子を生んだ魔女と言われ幽閉されるわ。王は気が狂い国が傾く。…ふふ、そしてね、国が滅ぶの。」
どうしたのエレーヌそんなに震えて…まるで怯えているようよ?
涙もとまらないのね…可哀想に。今楽にしてあげるわ。
「貴女は目の前で愛するこどもたちが死に逝くのを止められない。最愛の夫が狂い幽閉されても手を差し伸べることも出来ない…国が滅ぶ様を国王の亡骸を抱いて老いて死ぬまで一人で…独りで見守るのよ。何度も何度でも同じことを繰り返すの。記憶は残っているのに貴女はどうすることも出来ない…。うふふ、…うふふ、あはは、あははは、くふ、ふふふ」
ああ、幸せ。
これが私の幸せね。
でもどうしてかしら私の頬が濡れているわ。雨なんて降っていないのに。それになんだかこの水はしょっぱいのね。懐かしい…海の味に似てるわ。
さあ、そろそろ最後の仕上げね。
愛するエレーヌ貴女の姿を目に焼き付けるの。
私今とっても綺麗に微笑んでいるでしょう?
だって、とても幸せなのよ。
それに結ばれる二人を祝福すべき記念する日ですもの。
「愛してる、愛してるわエレーヌ、私のお姫さま…シアワセになってね、…」
私の胸に突き刺さる短剣が命を吸い、どんな力をもった賢者や魔女でも融けない魔法をこの国にかけていく。
月がとても綺麗だわ…。
ねえ、エレーヌ…どうしてそんな悲しそうな顔をするのよ、もっと喜んでください。
「愛してる…あい、して、る……にくい、わ、にくい、」
私は崖に身を投げて、海の一部になるの。
そしてこの国のあの二人の行く先を見守るわ。
「にく、…い、ああ、しあわせ、に、なんて、させ、ないわ」
後悔するがいい。
後悔するがいいわ。
泣き喚き、変えられない不幸に絶望すればいいのよ。
生きながらも死んだように、愛しながらも憎み憎まれ裏切られ罵られ蔑まれ、衰退して死ねばいい。
私の純潔を踏み散らしたあの男も、私の愛を利用してその男に言い寄った貴女もミンナミンナミンナミンナ不幸になればいい。
不幸なって嘆き哀しむ度に私を思い出してくれればいい。
永遠に私は貴女の中で生き続けるのよ。
ねぇ、愛してるわ
いつまでもいつまでも