素直になりたい二人
俺の名前は囀 御幸。大学3年。
名前だけだとよく女と間違えられるが、俺はこの名前を気に入っている。
普通、男なのに女みたいな名前なんて嫌だろう。
でも俺は普通ではなかった。
普通ではないからこそ良いこともあれば、苦労することもある。
いつもと変わらない日々。
授業が終わり、学食を食べに行く。
お気に入りのカレーを注文し、適当に空いている席を探し、そこに座り、待つ。
特にいじめられている訳でもないが、ただ単に俺には友達がいない。
友達がいないと不便なこともあるが、特に欲しいとも思わなかった。
「ここ、座ってもいいか?」
長身で短めの髪の、爽やな印象の男だった。
この人、どこかで見たことある・・・
そうだ、いつも学食で彼女と仲よさそうに食事している人だ。
友達が多くて、いつもキラキラしている。
俺とは正反対の人だ。
「よう、今日もカレーか?」
「なんで分かったんですか?というか、今日も、って・・・」
彼はたまに気軽に話しかけてくるが、別に仲がいいわけではない。
彼は誰にでもこうやって話すのだ。だから彼は友達が多い。
でも俺はどうもこのノリが苦手だ。
「お前、いつも一人で寂しそうにカレー食ってるから、友達いないのかなーと思ってさ。」
「寂しくなんかないですよ。」
友達いないのかなーって、知ってて言ってるだろコイツ。
別に寂しさは感じていない。
俺はそう思っている。
「俺は、翔太。春日 翔太。お前、名前は?」
流石に彼の名前は知っていた。
向こうは多分俺の名前を知りたかったのだろう。
「囀です。珍しい名字ですよね。」
「下の名前」
「・・・御幸です」
「いい名前じゃん!御幸、よろしくな」
俺を下の名前で呼びたがるなんて珍しい。
下の名前は女みたいだし、上の名前が珍しいから俺は昔からずっと上の名前で呼ばれていた。
「俺のことは翔太って呼んでくれていいぞ。」
「いや、でも先輩ですし・・・」
翔太、彼は大学4年。俺の一年上の先輩だ。
もう単位をほぼ取り終え、今は就職活動に励んでいる。
「タメで話してほしい。」
「えっ?」
「御幸と友達になりたいんだ。」
俺は困ってしまった。俺と友達になりたいだって?
別に珍しいことではないだろう。
彼は色々な人と関わりたいタイプだろうし、もしかしたら俺のことを気遣ってこういう対応を取ってくれているのかもしれない。
こうも誠実に言われると断りにくい。
というか、本来断る理由なんてないのだが。
「別にいいですけど・・・」
「乗り気じゃないなぁ。怖いのか?」
心を読み取られているようで怖い。
確かに頭が良さそうではあるが、さすがに読心術までは持っていないだろう。
・・・友達を作るのが怖いだとか、そんな表面的なものじゃなくて、もっと深い部分。
読み取られてなければいいのだが・・・
でも、何故か、この人なら安心して友達になれそうな気がした。
試すだけ試してみればいいんじゃないか。
「いえ、友達になってください。」
「何もそんな改まって言わなくても。俺らはもう友達だ。」
そういえば、なぜ翔太は今日彼女と一緒じゃないのだろう?
あまり聞くようなことじゃないと分かっているが、気になってしまう。
「今日は、彼女さんは一緒じゃないんですか?」
「あー・・・ ちょっと喧嘩しちゃってな。」
「そうですか・・・ 仲直りできるといいですね。」
「まあ、気にすんな。いつものことだから」
「そうですか・・・」
「・・・俺の前では敬語じゃなくていいからな?」
翔太は喧嘩しただけと言っていたが、俺には何か隠しているように見えた。
人のことなんて普段あまり気にしない俺に、こんなことは珍しかった。
その日は、連絡先を交換して、それぞれの授業に出た後、そのまま帰った。
―――次の日
連絡先を交換したとはいえ、挨拶以外特にしていない。
というか、何を話せばいいか分からなかった。
話すことがないなら無理に話す必要もないだろうけど。
それが友達ってものだろうと俺は思っているし。
「今日はたこ焼きか?一個くれよ。」
翔太だ。今日も彼女と一緒じゃないようだが、まだ喧嘩が続いているのだろうか。
ふと周りを見回していると、翔太の彼女とその女友達が一緒に学食を食べている様子が見えた。
何やらこちらを見ながら話しているようだ。
翔太に何があったのだろうか。
翔太が話しかけてきたときは5個、今もたこ焼きは5個だ。
「たこ焼き食べないんですか?」
「俺にあーんしてよ。俺ずっと口開けてたんだけど。お前はそっぽ向いてるから見えなかったかもしれないけどさ。」
男同士であーんってするか普通?
こういうノリが好きな奴もいるが、どうも気が引ける。
本気でそういう関係になってしまいそうで。
「あーもう。俺が焼きそばあーんしてやるよ。ほら口開けて。」
俺は言われるがままに口をあけて、翔太の差し出す焼きそばを食べる。
味なんてどうでもよかった。
心がどうにかなってしまいそうで。
今までずっと溜め込んできたものが溢れ出るようで。
「何顔赤くしてんだよ。お前がたこ焼きってか?って、このギャグはつまらないか。」
「その・・・ 春日さんは彼女とはどうなったんですか?」
「ああ、別の場所で話してやるからとっととたこ焼き喰っちまえ。」
俺たちは黙々と学食を食べ終わり、誰もいない校庭の裏に行った。
「それで、春日さん・・・」
「翔太。」
「いや、春日さ・・・」
「翔太って呼んでくれ。」
「翔太、彼女となにがあったんですか。」
「いやー、どうもね。愛が足りないって言われて喧嘩しちゃってさ。」
「あんなに仲良さそうだったのに、愛が足りない?」
「楽しく話ししたり、手をつないだり、ハグをしたり。でもな、キスとかはちょっと・・・ その・・・」
「抵抗があるんだよね?」
「おい、なんで分かった!?お前、結構そういうとこ鋭いのか?」
やっぱりか。でも、ここからどうすればいいか分からない。
俺がどうしたいか分からない。
いや分からないんじゃない。認めるのが怖いだけだ。
「女として見られてないってやつでしょ?あんな美人だから自分に相当自信はあるだろうけど・・・」
「ああ、見抜かれたんだよ。」
「なら、別れちゃえばいいのに。無理して女と付き合う必要ある?」
「じゃあお前は無理して独りを選ぶ必要はあるのか?」
無い。でも友達関係を作るのが苦手だった。
「友達関係ってさ、どう接していいかよく分からなくて・・・」
「なら、恋人関係ならいいのか?」
そういうことをさらっといえる翔太がすごい。
この人となら、うまくやっていけるかもしれない。
「まあ、間違ってはいないけど・・・」
「じゃあさ、俺、彼女と別れてくる。」
唐突だった。
上手くいくのか怖い。
独りで結果を待ち続けるのが怖い。
独りは今まで怖くなかったのに。
恋が俺を狂わせる。
「いたいた、ホモ翔太!」
彼女が突然やってくるなり翔太を侮辱してきた。
女二人を連れて。
俺は彼の修羅場を見ることになるのか。
それも怖いけれど、独りよりは怖くない。
「結構楽しい付き合いだったんだけどな、別れようか。」
「ふん!見た目で選んで損したわ。じゃあね!」
案外さっぱりと別れた二人。
だが女と言うのは恐ろしいものだ。
翔太のことを噂として流すに違いない。
「じゃあ、別れたことだし。」
どうすればいいんだ?告白?どっちが?
そんなの、したもの勝ちだろう。
「翔太、今度は俺があーんするから。」
「それは、告白と取っていいのか?」
「翔太がそれでいいなら。」
「俺がいいなら、か。俺はさぁ、あーんなんかじゃ満足できないんだよねぇ・・・」
彼がそう言った途端、俺は唇を奪われた。
彼はやはり格が違う。
でも、そんな彼を守ってやらないといけないのはこの俺だ。
醜い差別や排除から。
でも、翔太は教えてくれた。俺に、大事なことを。
―――次の日。
俺と翔太が並んで歩いていると、周りの人からの注目が集まる。
予想していた通りだ。
「春日、どうだ?新しい世界に入った気分は。」
「ほんと、見るに堪えないよねー。」
俺は強引に春日の唇を奪う。とにかく大げさに。
周りの皆が引いていく気配を感じる。
これでしばらくは・・・ って、おい。
「なかなかやるじゃん、御幸。でも、甘いね。」
翔太は俺と舌を絡め始めたのだ。
嘘だろ・・・ みんなが見てる中でここまでできるのはすごすぎる・・・!
でも、俺はその波に乗るように舌を絡ませる。
こんな驚きの展開から、俺たちの恋は始まるのでした。