3-1 教会
周囲の喧騒から切り取られたかのように、その教会はひっそりとそこにあった。
ヴァロは教会のドアを開く。
教会の女神の像あたりにはろうそくが煌々と灯っている。
人のいない礼拝堂はどこか寂しげだった。
礼拝者用の長椅子と机が規則正しく並べて配置してある。
二人は教会の中に足を踏み入れる。
不意をつくように、背後からその声は聞こえてきた。
「忘れずに来てくれたようですね」
その少年はななめ後ろの席に座っていた。
さっき見渡した時はその場所には誰もいなかったはずだ。
「ようこそ。この教会の神父さんとは顔見知りで今は席を外してもらっています」
「ずいぶんと手馴れているな」
背後を取られたこともそうだが、動き一つ一つが異様なまでに洗練されている。
それに対してヴァロは警戒で返した。
ヴァロはフィアを背にその少年から遠ざける。
「大丈夫です。誓って僕から危害を加えるようなまねはしませんよ。
もともと五年前まで僕は暗殺者専門の訓練を受けていましたから」
「暗殺者専門の訓練?そんな施設が今もあるのか?」
ヴァロはその存在を聞かされ驚く。大陸東部の山岳部で、そんな訓練をする施設があるこ
とは風のうわさで聞いたことがあるが、まさかその人間と出会うことになるとは思ってい
なかったのである。
「ありますよ。彼らは孤児院やスラム、貧しい村々から子供を集め、才能のある人間には
それなりの教育を施します。そして、訓練した子供を商品として送り出すのです。
もっとも僕のいた組織は『狩人』により四年前に一掃されましたが」
「…」
「そして僕はグレコさんもその時の討伐に参加していて、
そしてその際に僕はグレコさんに拾われたのです」
それを異端審問官『狩人』が暗殺者の育成施設まで破壊していたのは驚きである。
グレコと言う人間はずいぶん手広くやっているらしい。
さすが『狩人』の序列五位といったところか。
「幸いなことに僕のこの身には魔法抵抗力もありました。
そこを見込まれてグレコさんに『狩人』の下で働くように誘われ、
現在ここのトラードの監視役を行っているのです。
僕の素性は理解していただけましたか?」
ココルはヴァロたちに
「自身の組織を潰した組織の下で働くことに嫌悪感とかはないのか?」
「愚問ですね。扱う人間が変わっただけですよ。それにグレコさんにはよくしていただい
ていますし、感謝もしています」
暗殺者特有の考え方だ。
彼らにとって契約は絶対であり、破れば生命線ともいえる信用を失う。
このココルと言う少年は、おそらくそれを幼いころから徹底的に教え込まれたのだろう。
「君はもし提示される条件が良ければグレコから寝返るのか?」
ヴァロは気になった疑問をぶつけてみる。
「…契約の期間中は誓って裏切るようなまねはしません」
ココルは静かにそう言い放つ。
「契約の期間中っていうとそれはいつまでだ?」
「ここの管理者が変わるまで」
ヴァロはにやりと笑む。
「遅れたな。俺の名はヴァロ・グリフ。マールス騎士団領領フゲンガルデンで『狩人』を
している」
ヴァロの差し出す右手をココルはおずおずと握り返す。
ココルは騎士と言う言葉に、歳相応な目の輝きを見せる。
ひょっとしたら騎士というものに何らかの憧れがあるのかもしれない。
「私の名前はフィア。同じくフゲンガルデンの聖堂回境師よ」
「聖堂回境師!」
フィアの言葉にココルの周囲を取り巻く雰囲気が微妙に変化する。
ヴァロはそれを察した。
同じ聖堂回境師、ここの聖堂回境師カランティとつながりがあるのと思われてもしかたな
い。
「安心してくれ、俺たちは連中のの悪事を暴くためにここにきたんだ」
ヴァロは慌ててその言葉を続ける。
ここで警戒されてしまっては元も子もない。
ココルは警戒を和らげ、首を振る。
「失礼しました。グレコさんの紹介で来た方々を疑うなど
浅はかにもほどがありますね。あの方が信用して私の名を出したのであれば
私もあなた方を信用しなくてはなりません」
ヴァロとフィアは顔を見合わせる。
ずいぶんと実直な少年のようだ。
「それで私に何か用でしょうか?」
ここでフィアが口を開く。
「トラードの地下の道案内を頼めますか?」
「トラード地下の案内ですか?」
ココルは不思議そうにそれを聞き返す。
「理由は言えません。情報が確かならば、あるモノが眠っているはずなんです」
「地下と言えば私もたまに調査しておりますが…」
「お願いします。力を貸してください」
フィアは頭を下げる。
「わかりました…。それでは明日の朝、中央の広場の噴水の前でお待ちしております」
「ああ」
ココルはそう言うと教会の中に消えていった。
「地下の案内をさせるつもりか」
教会を出てしばらくしてヴァロはフィアに語りかける。
「おそらく経験上、地下の構造は入り組んでると思う。
私たちだけじゃ見つけるのに時間がかかる。彼の力を借りるべきよ」
その点ではヴァロも賛成である。
フゲンガルデンでも、ミイドリイクでも地下に潜ったことがあるが、
かなり複雑で入り組んでいた。ただし一つだけ気になる点がある。
「信用出来ると思うか」
ヴァロから飛び出してきたのはその一言だった。
「信用はできる気がする。ただヴァロがそうしたくないっていうのなら
無理に参加させるつもりはない」
フィアの言葉にヴァロは首を振る。
「いいや、すまない。少し神経質になり過ぎてた」
ココルと言う男は暗殺者の訓練を受けていたという。
言動にはとくに警戒するようなことはなかったが、
知らず知らずのうちにヴァロはその纏う気配に反応して神経質になっていたようだ。
「グレコさんの紹介だから多分問題はないだろうしな」
「…トラードでの味方は一人でも多いほうがいいとも思うし」
そうこの地は敵地でもある。
信頼できる味方は一人でも多いほうがいいのだ。
「そうだな」
二人は宿へと足を向けた。