1-3 報告書
結界都市と言うのは、対魔王戦を想定して結界の張られた都市のことである。
第二次魔王戦争の際にそれは人類にとって重要な砦となり、
その砦が人間をかろうじて絶滅から救ったという経緯がある。
この大陸の人間界の主要七都市に結界が張られており、その管理は聖堂回境師と呼ばれる
魔法使いが管理を担当している。
トラードが結界都市になったのは第二次魔王戦争からしばらくしてからのことだ。
第二次魔王戦争の激戦により、それは機能停止にまで追いやられた。
現在あるのはそれを大魔女たちが補修し、改良したものだという。
それ以後トラードの結界は、ルーシェという一人の聖堂回境師が管理することになる。
だが、そのルーシェは二百年前に大魔女の方針に反発する。
その後、第十魔王として魔王指定され、この大陸のどこかに封印された。
その封印場所は大魔女しか知らないと言われている。
そのあとにトラードの管理者になったのがカランティだ。
そのような経緯を経て、カランティは、二百年前トラードの聖堂回境師として任命される
。
聖堂回境師に任命されたカランティは、先ず優秀な人材を各結社から集めた。
その後彼女の弟子たちが成長するのを見計らうように動き出す。
教会の比較的目の届かない東の国々に送り込み、内乱やクーデターを引き起こすように手
引きし始めるようになたらしい。
グレコから渡された報告書によれば、大陸東部の政情不安もカランティの思惑のうちだと
いう。
彼女はその中で、内乱や軍によるクーデターを誘発させたり、
民族対立をあおり虐殺をおこなっていたらしいのだ。
カランティたちが関わった可能性が高いとされる案件は、二百年の間に三件あった。
『セーア民族浄化』『ローリュン紛争』『エリシカ内戦』の三つだ。
そのどれもが数百名単位で死者、行方不明者が出ており、大陸東部最悪の事件とされてい
る。
その上彼女たちの関与を裏付けるように、報告書によれば虐殺のあったとされるあとの死
体の数がどう数えてもあわないのだという。
発覚すればそのどれもが重大案件になってもおかしくはないモノばかりだ。
『真夜中の道化』が関与したと思われる事件が発生し始めるのはちょうどその頃だ。
ただし最近は教会も東部の政情不安を問題視するようになり、介入するようになってきた
そのためにその件数は減少傾向にあるとされる。
大陸東部では数十年に一度の頻度で、およそ百名単位で人が消えていることになる。
グレコの報告書はその弟子たちの魔法の詳細にわたるまで記載されていた。
ただし、カランティと一番弟子ウィンレイ・ギーブソン、十番弟子ネリート・トトンムに
ついては報告書において白紙が目立ったが。
二人は宿の暖炉の前でそれに目を通していた。
ヴァロはグレコの報告書に驚くとともに事態の重大性に戦慄する。
大陸東部は地域信仰が多く教会の影響力は比較的低い。
さらに小国が林立してるために。教会もなかなか手を出せないという現状がある。
カランティはそこに付け込んだのだろうと推測された。
「ヴァロそっちの報告書は読んだ?」
「…ああ」
フィアはこちらに手を差し出してきた。
ヴァロは報告書をフィアの手の平の上に置く。
「なら、燃やしてしまいましょう。」
フィアがもう片方の手で、ぱちんと指を鳴らすとその報告書に火が灯る。
グレコから渡された報告書は一瞬で灰になった。
「おいおい」
「そう言う約束だし、これはいくらなんでも扱う内容が苛烈すぎる。
調査に基づいて書かれているものだし、信ぴょう性もかなり高い。
万が一誰かに読まれでもしたら、魔女の社会と人間の社会の対立に発展しかねない」
フィアは苦々しくそれを口にする。
彼女の立場からの意見だが、ヴァロにはそれが納得いかなかった。
「フィア、すべて闇に葬るつもりか?」
ヴァロはフィアに厳しい表情で問う。
「…そのつもりはない。いずれ時が来れば必ず明るみに出す。
その前に元凶であるカランティを私たちの手でどうにかする」
フィアは決意の籠ったまなざしで彼女は語る。
ヴァロは彼女の使った魔法を見る。
「『瞬魔』か。ずいぶん扱えるようになったもんだ」
感心したようにヴァロは言う。
「ここまでできるようになるのにかなり練習したのよ」
フィアは魔法式なしで掌に火球を作り上げる。
『瞬魔』というのはかつてヒルデと言う魔女からフィアが教えられた魔法である。
魔法式を脳内で構成させ、魔法式を外部に描くことなく展開させるというものだ。
当然その構成難易度は高いし、複雑な魔法式を編むことは困難である。
加えて体内で魔法式を扱うために失敗すると廃人になることもあるという。
リスクが高いために一般の魔法使いは使用をためらうほどのものらしい。
それをフィアはまるで手足のように扱っていた。
フィアの魔法力はかなりの水準になっているものと見て間違いはない。
「それにしてもどうして連中はそんなに人間を大量に必要とするんだ?」
「おそらく彼女たちの扱う魔法に関係しているのだと思う。
肉体置換はリスクが高いことで有名なのよ。
もちろんそのリターンも大きい。肉体を変えることができれば
寿命を考えずに研究を続けられるし、肉体も若々しいまま。
さらに不治の病にかかっていたとしても取り換えれば死ぬことはない」
「それはすごいな」
「ただし、失敗すれば間違いなく死ぬ」
フィアは冷たくその現実を突き付ける。
「あまりにそれに手を出す犠牲者が多すぎたため、加えて悪用されると厄介なために
大魔女たちは大憲章でこれを禁呪として扱い、それに関する書籍は
リブネントの地下に封じられるようになったと聞くわ」
リブネントと言うのはコーレスから北西の位置にある湖都である。
「捕まえられた人間はその実験に使われているってことか」
「おそらくあの完成度からみて、その推測は間違いないんじゃいかなって思う」
『真夜中の道化』の一部のメンバーは自在に肉体を取り換えていた。
その手際はとてつもなく早く、既に何回もそれを繰り返しているようにも見えた。
「それにもう一つ…気掛かりなことがある」
「気掛かりなこと?」
「この話はこの件が済んでから。とにかく会あれをどうにかしないと」
フィアは窓の外に目を向けた。
そこには夜の闇の中にトラードの放つ光が輝いていた。