8-1 打ち上げ
フィアはトラードでの大方の仕事は一通り終わったという。
表向きは聖カルヴィナ聖滅隊が動いたということになっているために
『狩人』への報告書は簡易的なもので済みそうだ。
聖カルヴィナ聖滅隊によって通行制限のかけられていた、トラードも今日から解放されている。聞けば多くの人が出入りするために長い間、通行制限をかけることは難しいのだという。カランティたちのその後の動向は気になるが、教会が表だって動いている。
これ以上は彼らに任せ、ヴァロたちは明日にはトラードを発つことにしていた。
夕暮れ、聖カルヴィナ聖装隊との話し合いも終わり三人は宿に戻る道を歩く。
「ココル、明日俺たちはこの町を発とうと思うんだが…」
ヴァロは脇を歩く少年にそう言って切り出した。
「ああ、私のことなら大丈夫です。いつでも発てる準備はしています」
「世話になった方とかもいるんだろう?」
「それを含めて昨日別れをすませてきました」
「それならいいんだが…」
どうも聖カルヴィナ聖滅隊の一件以来ヴァロへ向けるココルの視線が熱い。
まるで子供が英雄に向ける視線のそれである。
不意にヴァロは見覚えのある二人の人影をとらえた。
「グレコさん、ラウィンさん」
グレコはラウィンを連れ立って道の真ん中に立って宿の前に立っていた。
「よう、うまくやったみたいだな」
「おかげさまで」
「いい店知ってる。少しそこで一杯やろうぜ」
グレコは背を向ける。
「グレコさん、いろいろとありがとうございました」
ヴァロとフィアはグレコに頭を下げる。
グレコの助けがなければ、こうすんなりとはいかなかっただろう。
「カッカッカ…それにしてもお前ら、よく生き残れたもんだな。
現職の聖堂回境師敵に回して。捕まったと聞いたときにはもうだめかと思ったぜ」
グレコの言葉はもっともだ。
「…ええ」
そのことに関してはヴァロもフィアも同意見である。
何度死にそうになったかしれない。
何度あきらめかけたかわからない。
それでもここにこうしていられることに、二人は感謝していた。
「ココルも、お前さ。俺たちに連絡してから敵陣に突っ込んでいっただろう」
「突っ込むというのは語弊ですよ、グレコさん。忍び込んだんです」
「同じことだ。魔女の住処に一人で突っ込んでく馬鹿がいるか」
「いますよ、ここに」
目の前でわけのわからないやり取りがなされている。
「言い合いしているところすみませんが…」
ヴァロは思い切って二人の間に割って入る。
「ココルのことなんですが、フゲンガルデンに連れて行こうかと思うんですが…」
「そりゃ、お前の部下にするってか?」
グレコは目を丸くする。
「はい」
「カッカッカ…いいんじゃね?」
あっさりとしたグレコの対応にヴァロは面食らう。
「そもそもカランティが本当に失脚するとは思ってもみなかったし、そいつの行先、宙ぶらりんのままなんだわ」
グレコは陽気にそう告げた。
「んでもって、フゲンガルデンには『狩人』てめえだけだしな。それで坊主はどうしてえんだ?」
「私はフゲンガルデンという場所に行ってみたいです」
隅っこで小さくなっていたココルはここぞとばかりに声を出す。
「そーかそーか、なら行って来い。昔からおめーは騎士に憧れてたもんなぁ」
にこやかにグレコは語りだす。
「…!!」
いきなりのグレコの告白にココルの顔からは表情が消えた。
「みてりゃ丸わかりだっての。初めお前に渡した給金も騎士の本に使ってたろ。
それに甲冑つけた人間の後をつけていたこともあったけな。
極めつけはおめえの部屋に…」
真っ赤になりながらココルはグレコの口に食べ物を入れる。
「ほら。これおいしいですよ」
ヴァロもフィアもラウィンも必死で笑いをこらえている。
いつもは冷静なココルがここまで感情をあらわにするのは珍しい。
ココルの少年らしい一面に、その場にいた皆は笑った。
当分は騎士見習いってことになるだろうが。
職場に人が入り、モニカ女史は喜ぶだろうか。
ヴァロはフゲンガルデンの自身の職場を思い出していた。
「早く帰るといい。もたもたしてるとフゲンガルデンつく前に年越ししちまうぜ?」
ここからフゲンガルデンまで、コーレス経由で少なくとも二か月以上の行程になる。
ただし、それはあくまでコーレス経由での話だ。
「ルーランによらなくてはならないから、完全に年内に到着するのは厳しいですね」
そうこれからルーランまで足を運ばなくてはならない。
聖カルヴィナ聖装隊を動かしたのは、状況から見て間違いなくユドゥンである。
フィアはユドゥンに礼をするために会いに行きたいと言っている。
「ルーランねェ。…聖カルヴィナ聖装隊、動かしたのはユドゥンだな」
グレコはヴァロに向けて静かに告げる。
「はい」
「奴め、とうとう教皇まで動かしやがった。一体どれだけの手管もってやがる」
グレコは小さく物騒なつぶやきを漏らす。
「グレコさんはこれからどうするんです?」
「報告書が終わったら、大陸中をぶらぶらふらつくさ。
仕事は山のようにあるからな。
ココル、フゲンガルデンに立ち寄った時なまってたら承知しねえぞ」
「はい」
ココルは真っ直ぐに返事を返す。
宴会も終わり、それぞれの帰路についた。
ラウィンと二人きりになるとグレコは小さくつぶやく。
「ラウィン、俺たちはこれからカランティの追跡な」
「…ここの『狩人』は放っておいていいのか?」
ラウィンは寝ぼけ眼で鋭い問いをグレコに投げかける。
「ここの『狩人』の調査は上でやるとさ」
「ならいい」
そう、ここトラードに赴任された『狩人』はカランティと結びついている可能性が高い。
『狩人』の上層部はこれからそれを洗う作業に追われるだろう。
「とにかくココルの件はあいつが拾ってくれて助かった。疑惑のある連中の下につけるわけにもいかんしな」
グレコは静かにそうつぶやいた。
「それにしても、実績を積み上げる『魔王の卵』に上もどうでるかね」
グレコは空を眺める。
空には多くの星が煌めいていた。




