6-2 名もなき者
前回の給仕は楽しかった。
実験で化け物に脳を移植され発狂した人間の話をしたら、少女はその顔を絶望に歪めていた。
その前は生きながらにして魔物に食われた人間の話をすると、少女は顔は泣きそうな顔をしていた。
さて今回はどんな話をして少女をいたぶろう。
デウドラは食事を手にそんなことをずっと考えながら階段を上がる。
部屋を前にしてデウドラは扉が吹き飛ぶのを見る。
あの小柄な肉体ではそんなことなどできはしない。
明らかに魔法の類の力だ。
「あの娘、カランティ様によって魔法は封じられていたはずでは?」
状況がわからずデウドラは混乱する。
カランティに報告するにしても状況を見ておく必要があった。
「なんだ…」
部屋の中央にいたのは杖を手にした少女。
直後、デウドラは見えない力によって壁にはりつけられる。
「巨人の手に捕まったように動けないでしょう?」
彼女ははりつけられたデウドラに彼女は応える。
「馬鹿な、この結界を自由に扱えるのはカランティ様だけのはず」
その言葉にフィアの姿をしたものはピクリと表情を動かす。
「そうあの子は恐れているのね。自分以外の者がこの結界を使うことを」
フィアの姿の女性は遠い目でそう呟く。
「お前は一体…」
「質問しているのは私。ヴァロという男性はどこかしら?」
その少女はデウドラに問いかける。
「私が言うと思うか…ああああああ」
デウドラが言い終わる前に、彼女の左腕が見えない巨人に潰されたようにぐしゃりとつぶれる。それはあっさりと、それでいて瞬きの間に行われた。
「早くして頂戴。私には時間がないのよ。こういうのは私の趣向ではないけれど、
吐かないというのであれば容赦はしないわ。次は右手の指を一つずつ折っていく」
彼女の右手は見えない力によって強引にフィアの姿をしたものの前に差し出される。
抵抗など許されない圧倒的な力。
「か、カランテック様とともにちゅ、中央の玉座の間にいる」
「嘘ね」
フィアのカタチをしたものがそう言うと、デウドラの小指が不自然な方向に曲がる。
「ぎゃああああ」
デウドラは絶叫した。
「生前の職業柄、人の嘘は見分けがつくの。指があるうちに吐いてもらえる?」
「だ、第三研究施設…」
彼女はデウドラの顔をまじまじと見つめる。
「嘘は言っていないみたいね」
デウドラを拘束していた力がふっと消える。
そのままデウドラは地面に倒れこんだ。
「そうそう、あなたはあの子を泣かせたわね」
フィアの姿のそれはその魔女の額に人差し指で触れた。
デウドラの体中でガラスを割ったような音が響く。
「体内の魔力循環機構を砕きました。
これであなたはもう二度と魔法を使うことはできない。
魔法使いとしてはもうおしまい。これからはただの人として生きていくといいわ」
フィアの姿をしたものは反転するとそのまま階段を下がっていく。
左手を潰された痛みが彼女を駆り立てる。
「…よくも…」
デウドラもそれなりの魔法の使い手でもある。
フィアのカタチをしたものに彼女は攻撃を試みる。
直後彼女が魔力を使おうとした瞬間右手から血が噴水のように噴き出し始めた。
「何これ…あああああ」
血と一緒に魔力が体から抜けていく。
彼女はそれを見ていることしかできない。
「…言ったでしょう。魔力の循環機構を砕いたって」
フィアの姿をしたものは冷ややかな目線をに向け、階段を下りて行く。
「さあ、悪い子の躾けをしなくてはね」
フィアの姿をしたものは杖を片手に悠然とその場を後にした。
そこに座るカランティは上機嫌だった。
椅子に座りながらヴァロと言う男の肉体をうっとりと見ていた。
彼女の弟子たちは彼女がいるために、びくびくと失敗のないように仕事をしている。
この者を献上すれば我々もそれなりの地位を得られる。
…私たちの呼称もそろそろ考えたほうがいいでしょうね。
「ホーノア、私たちの呼称で、何かよいものはありませんか?」
目の前で書類をまとめている弟子のホーノアにカランティは語りかける。
「私たちの呼称ですか。そう言えば人間からは『真夜中の道化』と呼ばれていたと聞いたことがあります」
ホーノアの答えにカランティは少し考え込む。
「『真夜中の道化』…。クラウン、王の傍らにいる者。王冠。
ヒョヒョヒョ、人間風情がいい呼び名をつける。
これから我々の呼称を『真夜中の道化』(ミッドナイトクラウン)としましょう」
上機嫌でカランティは微笑んでいる。
「『真夜中の道化』(ミッドナイトクラウン)…いい呼び名ですね」
その呼称にカランティはかなり満足している様子。
上機嫌のカランティにここぞとばかりにホーノアが問う。
「カランティ様、あのフィアとかいう聖堂回境師の処分はどうされるつもりですか?」
「洗脳するというのもいいかもしれませんねぇ。
その男の命をだしに捨て駒にするのもありです。
あの子にとってあの護衛は特別のようですからねぇ…ヒョヒョヒョ」
確かにかなりの実力者でしょう。あの歳で『瞬魔』を自在に操ってみせました。
戦闘になったとしたらたら三人がかりでも捕縛は厳しかったでしょう。
ケシオルたちがやられたのも頷けます。
ひょっとしたら私やウィンレイと同格の魔法使いかもしれません。
だからこそよい手駒になるというもの。
この『狩人』がこちらにいる限り、フィアと言う魔女はこちらの意のまま。
ヒョヒョヒョ、さあてどうするのが最善でしょうねぇ?
カランティはどこか楽しげに物思いに浸っていると、見張りについている部下から通信が入る。
「どうしました、ツエード?」
城の警備を担当している十一番弟子ツエードからの通信だ。
「幽閉していた少女が暴れています」
ツエードの言葉にカランティはしばしの動揺を見せる。
そんなはずはない。あの少女の魔法は使えなくなっている。
魔法は封じたはずだ。結界の力は正常に働いている。
破られた形跡はない。結界の効果は持続したままだ。
「魔法の力を使っているの?」
魔法式も、魔法も掃滅結界の力で封じているはずである。
「それがわけのわからない力で扉を破壊して、
カランティ様のいる第三研究所まで一直線に向かっています」
…なにが起きている?
カランティは起きている状況に困惑していた。
「ツエード、少女のことは私に任せてあなたは見張りを継続しなさい」
いよいよ登場。誰が登場したかはとりあえず明言は避けときます。




