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ノーバーの村は他のどの村とも離れた森の中にあるためディーンはまず一番近いジャッカの村へ向かった。ジャッカはノーバーの村よりも大きく行商も多いのでそこまで行けば整備された街道に沿って王都へ向かうことが出来る。ジャッカまでは森の中の一本道を行くので迷うことはないが荷物運びをするディーンにとってはいつもの代わり映えのない緑の景色が続くだけの道のりだ。
しばらく歩き続けるとディーンは普段この森で見かけることのないグリンドルを見かけた。この魔獣は全身を緑の美しい毛に覆われ鹿のような姿をしている。力があり温厚な性格なので馬の代わりにと豪商なんかが欲しがるような魔獣だ。こんな森ではめったにお目にかかれないような魔獣をその目で見られたことにこの旅の幸先のよさを感じて思わず笑ってしまった。
しかし今日は違っていたようでグリンドルの次にはカラシャ、ドードウ、グリニフと次々と魔獣を見かけた。魔獣を含む魔物は人が寄り付かない森の奥深くや荒野といった特定の場所に現れることがあるらしいが、普通の森や人の元へ好んで出てくることはないはずなのだ。普段まったく遭わない魔獣たちに村を出て既にいくつも見かけている。
何かがおかしいと思ってしまえば先ほどまでの浮かれ気分は消え去っていく。軽かった足取りを止めディーンは今自分が運んでいるこの荷物が何かしら呼び寄せる餌のような役割をしているのではないのか、自分は魔物に食べられるためにこれをもっているのではないかと変な考えがよぎる。
汗で滑りそうになる手で荷物の入った袋を握り締めた。確信など一つもないただの思いつきだが、こういった嫌な予感がするときのディーンの勘は外れたことがない。周りの静けさのせいかドクンドクンと自分の脈を打つ音がまるで太鼓を打つように大きな音を立てているかのように耳の奥から聞こえた。
どれほどそうして立ち止まっていたのかわからないが地を揺るがす地響きのような咆哮がすぐ近くで聞こえ、それを合図にディーンは森へと駆け出した。
ディーンが虎狼に対抗するような武器など持っているわけもなくひたすら走り続けた。森のなかなら木々が多少は障害物になり虎狼も早くは追いつけないだろうと考えてのことだったがまるで虎狼は獲物が逃げるのを面白がるように追いかけてくるのだ。息も切れ切れになりながらもディーンは足を止めることなく道なき道を走り続けた。
―死にたくない。
ただその一心で動かなくなりそうな足を叱咤し走り続けた。少しでも気を抜けば後ろに岩のように大きな灰色の虎狼がすぐ迫ってくる。先ほどまで明るかった空も日が傾き夜をつれてこようとしている。縦横無尽に森を走り回っていたディーンの足は大きな木の根に躓き転げながら倒れこんだ。
倒れこんだままではいられず、すぐに後ろを振り返ればゆっくりとこちらに向かってくる虎狼の姿が見えた。闇雲に走っていたディーンは気づかなかったがいつの間にか虎狼に崖のあるこの場所に誘導されていたのだ。じりじりと後ろへと下がるが崖が迫りもう逃げ場はない。
逃げ場を失い青い顔で怯えるディーンを前に虎狼はにやりと笑うように牙を剥いた。